第244話 先物買い
「シマズ卿。砂糖のブツはいまどこにある?」
「生産したのはここから船で20分ほどの離島だ。そこの倉庫に、精製までした状態で置いてある。ここまで運ぶのだって運賃がかかるからな、買い手が見つかってから運ぶつもりだったのだ。その値段なら送料はこちらは負担できんぞ」
「ああ、かまわない。後から場所を教えてくれ。ここに運んでもらう必要はない。そこから直接運ぶとしよう」
「350トンもか? ここからイズモ国は遠いぞ。船便が必要ならこちらで手配することもできるが」
「砂糖はミノ国で使う予定だからそっちに運ぶ。うちには運搬専門の部長がいるから心配はいらない。ハタ坊が起きたら連絡をとって、引き取りに来させるよ」
「350トンだぞ?」
「2回も言わなくても大丈夫だ」
「送料は負担せぬぞ」
「それも2回言うな! 分かってるよ」
ミノウの転送魔法は、イルカイケの水を抜けるくらいあるのだ。たかが350トンぐらい楽勝であろう。あっ! そうだ。離島と言ったな。ということは、こんな方法があるじゃないか。
「なあ、その離島では砂糖は作り始めたばかりだと言ったな」
「ああ、数年前までは無人島だったのだ。漁師が避難所として使っていたのだが、そこにサトウキビが自生しているのが見つかってな。試しに栽培してみたら、結構取れたということだ」
「そうか。これからもそこで砂糖は作るつもりなんだよな?」
「もちろん、そうだ。これからも買ってくれるか?」
「そのことだが。こんな取り引きはどうだ。その島で取れた砂糖は、すべて俺が買い取る」
「おおっ。それは願ってもないことだが、そのときは市場価格にしてくれよ」
「いや、100万円だ」
「なにを言っている。生産量は安定していない、と言っただろ。それは何トンだった場合の値段だ?」
「生産が安定していないからこその提案だ。どのみち作物なのだから、年によって豊作だったり不作だったりするだろ?」
「それはもちろんだ。今年は良く取れたほうだが、10年ぐらい前には雨がまったく降らず、大凶作になったこともある」
「そのリスクも含めて100万で買う、と言っているんだよ」
「どういうことだ? 俺に分かるように話してくれ」
「つまり、その島でその年に獲れた砂糖は、何トンあっても100万円で俺が買う、ということだ」
「まったく獲れなかったらどうする?」
「それでも100万円払う」
「そ、そんなこと……あ、その代わり大豊作でも?」
「ああ、当然100万で全量買うことになる」
「うぅむ。そういうことか……どっちが得をするのか……おい、コマツはどう思う?」
とコマツに声を掛けた。どうやらこいつが側近のようだ。
「悪い取り引きではないと思います。あの島の気候はサトウキビの栽培に向いていますが、台風の影響を受けやすい場所です。安定生産は難しいでしょう。ただ今年はうまく行ったので、これから生産量を増やして行こうとしています。ずっと100万というのはちょっと」
「そうか。それならとりあえず3年契約でどうだ? 3年が過ぎたらその時点でまた値段交渉をする、ということで」
「なるほど。それなら良いですね。こちらは豊作不作にかかわらず、ともかく毎年100万の現金が確実に手に入るということになります。損はないですね」
これが有名な「先物取り引き」である。売るほうは、不安定な気象を心配せずに確実な収入得ることができる。買うほうは気象リスクを負う代わりに、安く買える。適正な値段であるなら、Win-Winの関係が築けるのである。
「その通りだ。もっと収入が欲しければ砂糖を増産できるように頑張ってくれ。4年目以降は、これから3年の実績を見て値段を決めよう」
「よし、分かった。それで取り引きをしよう。ただし、運送費はそちら持ちだぞ」
「どんだけ運送の心配をしてんだよ! 分かってるってば」
「いや、ここから内地にものを運ぶのは、かなりのリスクがあってな。値段も高いのだよ」
「リスクがある?」
「それだけの大荷物となると、船便以外にはない。それは当然、船の難破という危険があるのだ」
あっ。そうか。忘れていた。サツマ(鹿児島)からの船便は、外洋を通らないといけないのだった。瀬戸内海でも難破の危険はあるが、外洋となればその危険度は遥かに増す。それが砂糖の値段の高い理由のひとつだろう。
しかし、こちらにはミノウがいる。タダで使える大量輸送兵器? だ。俺は良いものを眷属にしたなぁ。
「そうか。運送費にやけにこだわると思ったら、そういうことか。ということは、他にもなにか商品があるのかな? 良かったらそれも運ぼうか?」
「主な商品としては、サツマイモ、それから作るサツマ焼酎、桜島大根、サツマ揚げ。それに、工芸品のサツマ切子というのもある」
「サツマ切子か!! それは良い!! それも売ってくれ!!」
「そこに飛びつくとは。あんなものが良いのか? ただの土産物だぞ」
「あんなもの、って言うなよ。あれは芸術品だぞ。ガラスを組み合わせてグラデーションを作り、それに砥石で微細な加工をするやつだろ? あんなもの、よそでは作れない技術だ(たぶん)」
「それは、そうだけどな。需要があるのかな?」
「販売は俺にまかせろ。それも買おう。どのくらいの生産量がある?」
「えっと、それは、分からん。これから調べて見る。土産物だからな、あれって、そんな価値があるものなのか?」
「もちろん出来映えにもよるだろうけどな。工房があるんだろ? 実際の商品を見せてくれ。それから値段を決めよう」
「そ、そうか。買ってくれるのならこちらに異存はない」
「そういう職人は大事にしろよ。切子はここの一大産業になるぞ」
「そうなのか? 俺たちはどうしても、ああいうちまちましたものには興味が持てなくてな」
「この国を豊かにしたいのなら、優秀な職人たちは保護して育てるべきだぞ。ただ、それは腕によるけどな」
明日にでも、工房を見に行く約束をした。本当なら今日にでも行きたいところであるが、俺の眷属であるハタ坊は、
「くかーー」
これである。まだ無理のようである。アシナは、
「すぴーぴよぴよぴー」
まだ小鳥をやっとるし、ハルミは、
「んがごげー」
豪快に寝ておる。まったく、これのどこが聖騎士なんだか。
「さて、こやつらは寝所に運ぼう。これからお主らの歓迎会をしようと思う。サツマ地鶏の水炊きだ。食べて行ってくれ」
「おおっ、それはうまそうだ。俺は酒は飲めないけど、ご馳走になるよ」
「酒はダメなのか?」
「ああ、俺は禁酒中だ。たけど、ご飯は食べる。それで勘弁してくれ。スクナも食べるよな?」
「はい! もう仕事は終わりました。ご馳走になりましょう!」
そして、俺たちふたりだけを主賓として祝宴が始まった。そうすると当然のように
「お近づきの印にまあ、一杯」
というやつが現れる。酒は飲まないと、あらかじめ言ってあるのにもかかわらずである。
当然、俺は飲むつもりなどない。飲んだらその日は終わりになるのだ。そもそも酒なんか好きじゃない。食べるのに忙しいのに飲んでなどいられるか。
「いや、俺は酒は飲まないから」
「そんなこと言わずに、まあ、一杯だけ」
「いや、俺は飲まないって}
「そんなこと言うなよ。さぁ」
「飲まないって言ってんだろが!」
「俺の酒が飲めないってのか!!」
「何様のつもりだ。これはお前が仕込んだ酒か。お前が酒米を栽培して収穫して精米歩合35%まで磨いて、洗って蒸して酵母菌を入れて発酵させ、もろみを作って絞って濾過して火入れをしたのか!」
「あへ? えっと、なに、なんの話だ?」
「俺は飲まないって言ってんだよ!!」
「「なんだと、このやろう!!」
元の世界でさんざんやったケンカである。おかげで日本酒の造り方にやけに詳しくなってしまった。
こういう無神経野郎には俺は遠慮しない。相手がどれだけ不機嫌になろうが知ったことではない。嫌いなものを無理に進められたこちらの不機嫌を理解しやがれ、である。
そこへ。
「じゃあ、私が。くいっ。あぁ、おいしい。お代わりください」
スクナである。けんか腰であった俺たちは、それですっかり毒気を抜かれてしまった。
大人のケンカ(あ、俺は見かけは12才だけど)に子供(6才児)が出たのである。そして、
「おおっ。お嬢さん。いける口だねぇ。さぁさ、もう一杯」
「はい、くいっ! くはぁー。これはいいお酒ですねぇ。では、ご返杯。とくとくとくとく」
「え?」
おちょこじゃなくて、近くにあった湯飲みになみなみと注いでお返しをした。
これは相手も飲まざるを得ないのかな? そんなルールがあるのか俺は知らんけど、とまどいながらも飲み干すそいつであった。
しばらくそんなやりとりがあって、そいつがふらふらになって退散すると、また別のやつがやってくる。
まあ、一杯。俺は飲まないっての! なんだと! じゃあ、私が、ぐびぐびぐびっとな。
そんなことが何度も繰り返されて、ひっくり帰ったサツマ隼人が十数人。そこらに転がっている。
「スクナ、お前はすごいな?!」
「あら、ユウさん。このぐらい、どうってことありませんよ」
6才でこれである。前世はきっとウワバミかなにかであろう。
「いま、すごく失礼なこと考えたでしょ?」
「いやいや、そんなこと、ないよ?」
「じゃ、どうしてそこで目だけが横を向くの?」
「あ、いや、それはちょっと。目のストレッチをだな」
「あはは。でも、やっと私が役に立てる場所ができたね」
「やっと、じゃないぞ。お前のおかげで、俺がどれだけ助かったことか、この旅で思い知ったよ」
「ほんと?」
「ああ、初対面の人にもお前が対応してくれるから、俺は見ているだけで良かった。それでどれほど助けられたことか。宴会の席なんてのは本来俺は大嫌いなんだよ。それもお前が助けてくれた」
「えへへ。ずっと側に置いておきたい?」
「ああ、ぜひいてもらいたい。お前は俺の女執事だ」
「ありがとう。ずっと側にいるからね、私」
「ああ、卒業したらずっと一緒だ」
「うん、うれしい」
そう言いながら俺にもたれかかってきた。こういうとき、どうすりゃいいんだっけ?
そうだ、おっぱいを揉もう! いや、待て。相手は6才児だ。揉むほどあるのかな? いや、待てっての! そういう問題ではないだろ。児童福祉法違反だか幼児虐待だか、迷惑防止条例だか……この世界にそんなものはないのであった。
それならちょっとぐらい良いよな? そんな好奇心に駆られたのである。あくまで好奇心である。知らないことを知りたくなるという知的活動の一環である。
とはいえ、俺はまったく素面だ。これでは言い訳が成り立たない。そうだ、ほんのちょっとだけ酒を飲んでみよう。ウイルならひとくちぐらいは飲めるのだ。
あの小さなおちょこの底に溜まっている分――1/7ぐらいか――なら大丈夫なはずだ。
それを一気に煽って……嘗めて、じゃあスクナ、ひょっとそのおっひゃいを……くたっ。
「あれ? ユウさん? どうしたんですか?? 寝ちゃったの?! どうして? そんな底にほんのちょこっと残っていたアワモリを嘗めただけで……もう、お酒に弱いにもほどがあるでしょう!!」
アワモリ。オキナワの焼酎である。ウイルのアルコール度は5%前後であるが、ここで振る舞われたアワモリは70%もあったというオチである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます