第231話  光の公子

 ハルミとタノモは気を失っている。タランチェラはユウコに対処できる相手ではないらしい。俺にいたっては論外である。


 そうだ! オウミはどうした? あいつならこの程度の中ボスぐらい。


「きゅぅぅぅ」


 壁の隙間に刺さっていた。


「お前はこんな大事なときに、なにやってんだぁ!」

「ハルミが驚いて我を放り投げたノだ。それでいまココ」


「いまココはいいから、なんとかしろよ!」

「この向きだと奴が見えないノだ。お主こそなんとかするノだ」


 オウミは、タランチェラとハルミたちとの間の壁に刺さっている。いや、刺さっているのは枝なのだが。その枝先に結びつけられた糸の先で、オウミがぶらぶらと揺れている。


 平時でなら可愛い絵なのであるが、いまはそれどころではないのだ。


 オウミはちょうど俺たちのほうを向いているために、タランチェラの姿が見えない。だからどうにもできない、そういうことのようだ。


「ユウコ。ひとっ走り行ってオウミを回収できるか?」

「うん、無理」


 ですよね。かと言って俺だって素早さはたいして変わらんし、オウミにたどり着く前に確実に溶かされそう。


 ん? あの蜘蛛野郎、ケガしているのか。足のつけ根辺りから体液が流れている。どこかにぶつけたのか、逃げる途中でハルミが斬ったのかも知れない。


 しかし、足はたくさんある。1本ぐらい痛めても動きが鈍くなるようなことは期待できないな。


 素早さの低い俺たちでは、どうにも……待てよ。ケガをしているか。それならもしかして。


「ユウコ。ナオールはまだあるよな?」

「うん、はいどうぞ」

「あと3つぐらい出しておいてくれ」

「はい。行ってらっしゃい」


「俺がなにをしようとしているのか、お前に分かるのか?」

「なんとなく」

「そういうとこだけは鋭いんだな」

「うん、それもエルフの心意気で」


「またそれか。戦うのは不本意だが行ってくる。俺が合図したら残りのナオールをあいつに向かってぶん投げてくれ」

「分かった」


 俺はナオールの入った瓶のフタを開け……開け……んがっ。ダメだ開かない? もういいや、そのまま手に持つと脱兎のごとくタランチェラに向かって、歩き出したのこのこ。


「ずいぶんと遅い兎なノだ」

「やかましい。こっち見んな」

「そっちしか見えないノだ」


 走ったりすると、たどり着く前に体力が尽きるから歩くしかないのだ。のこのこのこ。


 そしてここなら届く……かどうかは分からんが、これ以上近づくのは怖い、というところまで行くと、手榴弾投げよろしくえいやぁぁっと瓶を放り投げた。


 それはタランチェラの足下で弾ける……はずであったのだが、ちょっとだけ届かなかったようだ。ずっと手前に落ちてそこに止まってしまった。せめて割れやがれ!


 ??? という表情のタランチェラを見て俺は言った。う、うむ、作戦は成功である。


「ユウコ、いまだ。フタを開けて全部投げろ!!」

「え? いまだって言われても? どの辺がいまだ、なの?」

「いいから、ともかく投げろ!!!」


「フタを、フタを開けるの、ちょっと待って、そんなこと急に言われても、きゅきゅと、はい、まず1本、ぽいっ。きゅきゅ、はい2本目ぽいっ。あぁもう面倒くさいきゅきゅきゅ。わぁぁぁぁぁ。そらっ!!!!」


 10本ほどのナオールがあちこちに飛び散った。3本くらいはハルミを直撃した。もう、ぐだぐだである。


 だがユウコがでたらめに投げたうちの1本が、偶然にもタランチェラに当たった。


 ……あんなでかい的に当たるのが偶然って、どんだけノーコンだよ。イップスか藤浪か。


 まあ、少なくともユウコの肩は俺より強いようだ。タランチェラは一瞬ビクってなったが、垂れてきた水を嘗めると、意外とおいしいものだとすぐに気がついた。


 そして夢中になってそこら中に無節操に飛び散ったナオールを嘗め始めた。


「どこからどこまでがどんな作戦なノだ?」


 その隙に俺はハルミの亡骸を踏み越えて、オウミの元に歩いて行った、てくてく。


「急いだほうが良いと思うノだ。あと、なんか踏んでいるノだ。しかもそれは亡骸ではないノだ」


 そしておもむろに壁に刺さっているオウミ(と小枝)を抜き取ると、それをタランチェラに向かって投げつけた。


「なんで投げるノだぁぁぁ!!!!」


 あ。いや、なんとなく。


 それは見事にタランチェラにヒットし、目と目の間の毛むくじゃらの髭みたいなところにくさっと突き刺さった。


 タランチェラにとっては、おいしい水を飲んでいたら目の前にうっとおしいオウミが出現したことになる。当然、激おこである。


「我がうっとおしいわけではないノだ。お主がわぁぁぁお、こんなところに投げわぁぁぁお」


 タランチェラがなんとか振り払おうと首を左右に振るごとに、オウミが右に行ったり左に行ったりしている。ちょっと愉快な絵である。


「ごらぁぁぁ、わぁぁお。愉快ではないわぁぁぁお。早く我をわあぁぁぁぁお、助けるわぁぁぁお」


「と言われましても」

「ハルミのわぁぁお。持っているわぁぁぁおで、こいつをわぁぁぁお、刺すノわぁぁぁおだ」


 ハルミの持っている? 巨乳か? それが武器か!?


「お主はアホか! わぁぁお。ミノわぁぁぁオウわぁぁぁハルわぁぁルノわぁぁぁお」

「そうか分かった。皆まで言うな。ミノオウハルだな。これをどうするって?」


「皆まで言ったではわぁぁぁおないか! わぁぁお早くすわぁぁおノだ。目が回るわぁぁぁぁおノだ」


 俺は倒れているハルミの鞘から、ミノオウハルを引き抜いた。そして……どうすりゃいいんだ?


「早くわぁぁぁお。するノだわぁぁぁお」

「ユウさん、それ、遠くのものが斬れるんでしょ?」


 そうか! ユウコ、ナイス助言だ。ここで俺が思いきり奴を斬るつもりで振ればいいんだな!


「ちょっと待て! それは我のほうを向いわぁぁお、ているようわぁぁぁおな気がするノわぁぁぉおだ」


 しかし俺たちは忘れていた。ミノオウハルを使えるのはハルミだけであったことも、そのハルミでさえもクラスチェンジしてからは使えなくなっていることも。


 しかししかし、忘れていたとかそういう問題でさえなかったようである。


 やぁぁぁ!! とばかりにミノオウハルを一閃すると、見事に俺の手をすり抜けて吹っ飛んだ。そしてオウミを頭から貫いた、


「ぎゃぁぁぁぎゃぁぁぁぁぎゃぁぁノだぎゃぁぁぁぁ」


 かに見えたが、実際にはタランチェラの頭に突き刺さったのであった。


「おおおおおお驚いたノだノだ。死ぬかと思ったノだ。気をつけるノだ。我に刺さるとこだったノだノだノだ」


「俺はてっきり死んだと思ったぞ」

「自分でやっておいて、その言い方は酷いノだ!!」

「それもそうだ、すまんかった」


「そうなのだが。言っていることは正しいのだが、なんか違うノだ……おいおい、ユウ。まだこやつもぞもぞ動いているノだ。 とどめを刺すノだ」

「えぇっと。もうミノオウハルはないし。次はニホン刀を投げれば良いのかな?」


「もう投げるのはよすノだ!! 我の命がともしぶノだ。ミノオウハルを持って呪文を唱えるノだ」

「ともしぶなんて日本語はねぇよ。風前の灯火って言えよ」


「我をその灯火にしてはならないノだ!! そんなことはいいから早く呪文を唱えよ」

「いや、俺は魔法は使えないって知ってるだろうが」


「我が教えるノだ。ミノオウハルを掴んでそれを復唱すれば良いノだ」

「復唱すればいいのか? これをこう持って。それでなんて唱えればいい?」

「光よ、来い! と」


 光よ、来い!!!


 そのときミノオウハルから、数珠のように連なった光の珠が次々に飛び出し、ユウの手の辺りで砕け散った。


 それはまるで、炸裂した花火の親星(花火の一番外側の花弁のこと)のように拡散し、部屋中を黄金色に染めた。


 光の珠はそれで止まることはなく、アルファ粒子のように壁も天井も床も突き抜けて、あっという間にダンジョン全体を光で埋め尽くした。


「うわぁぁぁお。ま、眩しい!! なんだなんだこれ。なんも見えねぇ。ここはどこだ。アレはナニ。ナニはアレ。お金なんかはちょっとでいいのだぁぁ。だめだ。俺はここで気を失う流れだ。あぁん、もうだめ……くたっ」


ユウコ「な、なによ、いまの……くたっ」

ハルミ:もともと気を失っている。

タノモ:もともと気を失っている。


「ああぁ、驚いたなもう。すごい威力だった。我まで浄化されるかと思ったぞ。あれじゃタランチェラごとき、影も形もなくなっているだろう。……あれ? おいおい、それどころじゃないぞ!? このダンジョンの魔物。気配がまったくしなくなった。まさか、全滅させたのか!? たった1発で!? ここは50階層ぐらいあるはずなのだが?!」


「ま、まさかここまでの威力があるとは……。こんなこと、我にもミノウにも無理だ。アメノミナカヌシノミコトだって1発では無理だろう。やはりこやつはミノウが言っていた通りだったのか。あのアマテラスに繋がる血筋・光に愛された光の公子なノか」


「だとすると、これからは……いったいなにが起こるノだろう?」

「あ、それ以上言わないように」


「そ、そうか。ともかく愉快なことが起こりそうだ。人間界とは楽しいもノだな。……さて、もう退治するものもなくなったし長居は無用だ。こやつらを連れて帰るとするか。ひょ……あ?」



「待て待て待て待て!! オウミ!! お前か!! あたしの手下どもを皆殺しにしたのは!!!!」

「お、お、お主は!?」

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