第232話 ハタオリヒメ
「オウミ! お前なのね、お前ががやったのね、これ!! 魔王のくせにどうしたこんなことする必要があるのよ。もうレベルは上限一杯でしょうが!」
「わ、わ、我じゃないノだ?」
「やかましいわ!! いまこのダンジョン内で生きている人外は、あたしとお前だけでしょうが!」
そう言ってオウミを責めるのは、髪を頭でお団子に結び、半透明の羽衣を肩に纏わせ、足首まで隠す長い着物を着たひとりの女性。ほぼ人間サイズの美女であった。
「そうか。ということは本当に魔物は全滅したノだな。やはりそうだったノか。いやぁ、びっくりしましたな」
「しましたな、じゃないでしょ! あたしが手間暇かけて育てた魔物たちを一網打尽にするとか、どういうつもりなのよ。これじゃあもう冒険者たちを呼べないじゃないの。あたしの商売があがったりよ。どうしてくれるの!」
「商売? 商売なノか? こんなところでいったいなんの商売をしていたノだ?」
「ダンジョンの商売なんて決まってるでしょ。冒険者たちへのサービス業よ」
「なんなノだそれは? お主はどう見ても神の領域にいる者ノようだが、どうしてここでそんな商売をやっていたノだ?」
「神といっても。いろいろと。ありますからねぇ」
「ふむ。サービス業落ちってやつなノだ」
「落ちてないから!! AVみたいに言わないで!!」
「で、お主は誰なノだ?」
「ぐっ、この薄情者め。まだ思い出さないのか。ヤマトでは何度も会っているというのに忘れるなんて。ハタオリヒメですよ。機織り姫」
「ハタオリヒメ? 覚えてないノだ。誰だっけ??」
「マジで忘れてたのね。元の名はコテヒメ。こっちなら覚えているでしょう?」
「あぁぁ、あのスシュンの嫁か?」
「うっ。そ、そう。そのコテヒメよ」
「思い出したノだ。夫婦ケンカで旦那を逆恨みして、権力者に『うちの旦那があんたの悪口を言ってたわよ』ってチクったら、そいつに夫を暗殺されちゃったという面白神話のコテヒメではないか」
「だ、だ、誰が面白神話よ。せめて悲劇と言いなさいよ、悲劇と。それとそういうことだけ覚えてるんじゃないわよ! あれには深ーい事情があるの。これから3日3晩かけてその辺のところじっくり話してあげるから覚悟しなさいな」
「そ、そ、それは勘弁して欲しいノだ。早く帰らないとこいつらが死んでしまうノだ」
「別に死なないけどね。それが嫌ならそういうことは忘れなさい」
「しかし、この国で暗殺された歴代首長はスシュンひとりで」
「忘れろって言ってんの!!!」
「分かった分かった、分かったノだ。思い出さないようにするノだ。ところでお主はここでなにをしておったノだ?」
「夫亡きあと、先に追い出された息子を探してここに流れて来たのよ。その途中でちょうどいい感じの洞窟があったのでしばらく住んでいたら、魔物退治に来た冒険者たちを見たの。それでピン! ときて、ここで魔物を育てながらダンジョン経営をすることにしたのよ」
「経営なのか。ダンジョンを経営? また思い切ったことをしたもノだ。それで肝心の息子はどうしたノだ?」
「営業が楽しくてすっかり忘れてた」
「なんていい加減な母親なノだ!」
「まあ、あっちはあっちで、デワってところでよろしくやってるらしいわ」
「そうなノか。それは良かったではないか。では我はこれで帰きゅぅぅぅぅ」
「待ちなさいっての! 私の育てた魔物たち、いったいどうしてくれるのよ」
「だからそれは我ではないノだ。ここに寝ているこやつが犯人だ」
「こやつって、その貧弱な子供のこと? ウソおっしゃい!! そんな子供にあんな力があるわけないでしょうが!!」
「ほ、ほんとなノだ。だいたい我にだってそんな力があるはずないノだ。一介の魔王に過ぎないノだぞ」
「そ、それはそうだけど。だとしたら、その子はいったい何者なの?」
「我にも良く分からん。しかし、アメノミナカヌシノミコトの指図で、我はこやつの眷属となっているノだ」
「オウミが? アメノミナカヌシノミコト様の指図で? こんちくしょうもない人間ごときの眷属に?」
「ああ、なんか久しぶりに聞くフレーズなノだ」
「信じられない……それでオウミは平気なの?」
「楽しく過ごしているノだ?」
どどどど、とハタオリヒメが崩れ落ちる。
「そういえば、あなたはそういうタイプだったわね……」
「ミノウも眷属になっているノだ?」
「ミノウもかい!! なんなのその子?! もうわけが分からないわね。でも困ったわ。しばらくは開店休業かぁ」
「ついでにホッカイ国のカンキチも眷属で、こやつ自身はイズモ国の太守で、あのオオクニを部下にしているノだ」
「……オウミの言葉が私の脳裏を通り過ぎて行く……。ごめん、お前がなにを言っているのかさっぱり分からない」
「頭が悪いノだ?」
「やかましい!! オウミに言われたくないわっ。あまりに意外な名前が次々に出てきて混乱しているのよ!」
「しかし、ここに魔物がいないとどうして困るノだ?」
「それはそうよ、それを狙ってやってくる冒険者を相手に、休憩場とか薬とか食べ物とかを提供して稼いでいたのだから」
「ああ、そういうサービス業なノか。魔物退治の手伝いでもしているのかと思ったノだ」
「要望があればお手伝いもするけどね」
「でも、魔物なんか放っておけばいくらでも増えるノだ?」
「あまり勝手に増えられても困るのよ。特定の場所には強いものを配置する必要があるし、上層階には弱いものを集めないといけないし」
「それって、自然にそうなるものではなかったノか。地下の深いほうが地脈エネルギーが大きいから、発生する魔物だって大きいであろう?」
「だいたいはそうなるけどね。でもイレギュラーなやつもちょくちょく現れるのよ。そうなったら移動させたり、サイズの大きいやつはケガをさせて弱体化させているの。ここにいたタランチェラみたいにね」
「そういうことだったノか」
「そうじゃないと、冒険者たちが困るでしょ? 入っていきなり上級の魔物が出てきたら、初心者のパーティだったら即全滅よ」
「自業自得なノだが」
「それじゃこっちが困るの! そしたらこのダンジョンには上級魔物しかいないと思われてしまうじゃないの。上級者ってのは人口が少ないから、その結果として訪れる人が減ってしまうでしょ」
「な、なるほど。いろいろ考えているノだな。大変なノだな」
「だから最初は弱い魔物。そして下に行くほどだんだん強くなるっていうロールプレイングの基本よ」
「ロールプレイングとか言っちゃってるノだ。しかし、なんとなく分かるノだ」
「しかも満遍なく魔物を配置する必要があるのよ。1箇所に固まっていても困るし、ぜんぜんいない部屋ばかりあってもいけないし」
「聞けば聞くほど大変だということが分かったノだ」
「分かってもらえて良かったわ。それでこのダンジョン、どうしてくれるの?」
「え?」
「魔物はいずれ復活はするけど、これだけキレイにいなくなってしまうと、何ヶ月かかることやら。その間に得られるはずであった利益を、オウミのツケということにしていただきましょうか」
「待て待て待て!! だから我ノせいではないと言っておるではないか」
「でも、その子の眷属なのでしょう?」
「こいつとそんな契約は結んでいないノだ!」
「じゃあ、その子に弁償させても良くってよ?」
「ふむ。じゃあ、お主も我らと来たらどうなノだ?」
「何処へ行くの?」
「お主はそれほど金が必要なわけではなかろう?」
「え? そりゃ、まあ。でも、仕入れたものの支払いは必要だし」
「払える金はあるノか?」
「まあ、そのぐらいは貯金でなんとか」
「なら良いではないか。ここはしばらく休業にするノだ」
「それはそれで、困るのだけど……」
「困るのは暇になるからであろう?」
「うげぇっ」
「我も同じなノだ。いまさら隠すでないノだ。我らのような生き物にとっては、退屈こそが最大の敵だ。お主もそうなノであろう?」
「まあ、その通りだわね」
「ここが復活するまでは特にすることもないノなら」
「なら?」
「お主も、ユウの眷属になったらどうだ?」
「こんちくしょう……この子のですかぁ?」
「すごい嫌そうな顔をしたノだ。お主が味わったことのない楽しいことがいっぱいあるノだぞ」
「ふぅん、そうかねぇ。ではこの子のステータスをちょっとのぞき見しましょう。ふむふむ。HPが低いのは見た通りね。えええ?! なんですか、このSP値! とんでもない値になってるわよ。オウミ、お前は知ってたの? これ?!」
「レベル1にしては、SP値は異常なほど高いノだ。我の2/3ぐらいをすでに持っているノだ」
「なにを言っているのよ。オウミのSP値は1万ちょっとでしょ?」
「うむ。10488である。それがなにか?」
「私なんか3200しかないのに、この子、18,000を越えているわよ?」
「ふぁぁぁぁぁ!?」
「あとレベルは1どころか、88になってるけど?」
「ふぁぁぁぁぁ!?」 コピペなノだ。
「ああ、そうか! この子、さっきの一撃でダンジョンの魔物を全部退治したから、その経験値を全部受け取ったのよ!」
「ふぁぁぁぁぁ!?」 コピペなノだ、もコピペなノだ。
どうやら、そういうことのようです。勇者・ユウの誕生も近いのか?!
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