第178話 旋盤とバイト
「そういえばオオクニ。買い集めたソロバンは他にはないのか?」
「ああ、まだある。あれほどインパクトのあるものはないがな」
「一通り見せてくれ。なにかヒントになるものがあるかもしれない」
「じゃあ、まずはこれ」
「重っ。なんだこれ。すげぇ重い。金属製じゃないのか。誰が好き好んでこんなものを使うんだ?」
「それは分からんが、売っていた店のおじさんはこれでソロバン力を鍛えるとか言ってたな」
「これでソロバン力が鍛えられるのか。重い以外になにか秘密でもあるんかな」
「だいりーぐぼる養成ソロバン? って言ってた」
「なるほどそれで重いのかって、やかましいわ!!」
「どこに怒る要素があるんだ? それからこれは5珠が2列で1珠が5つあるやつ」
「これは見たことがある。しかしどうして5珠が2つないといけないのかな?」
「ずっと昔の通貨は16進数だったんだ。だから1列で15まで表現する必要があったんだ」
「いろいろあるんだな。昔のなごりか。それじゃ、この小さいのは?」
「これは子供のおもちゃだな。小さいうちからソロバンに馴染ませて置こうという親心かな」
「最初から普通のを与えてもいいと思うのだが」
「だいたいは、足にはめて滑って遊ぶ道具になるな」
「どの世界の親も子供も、することは同じか。で、これは珠の動く方向が違うし、黒い珠と白い珠が混ざってるな。ソロバンとは思えんややこしさだ」
「それは外国製らしいが、使い方はさっぱり分からんそうだ」
「これなら積み算で手計算したほうがマシのような……ちょっと待てこら。なんじゃこれは!!」
「ああ、それは計算機らしいが、壊れていて使えないそうだ。タダでもらった」
「電卓じゃねぇか!!」
「なんだ知ってるのか? それなら直せるか?」
「こんなもんどうやって持ち込んだんだ? こんなことができるなら、この世界で天下がとれるぞ」
「ああ、それは転生者のものなノだ。身につけているものは一緒に持ってこられるノだ」
「転生者? 俺とは違うということか」
「お主は召喚者だ。ミノウが呼んだのであろう? 召喚というのは実質こちらの人間と入れ替えなノだ。等価交換なノだ」
「ってことは、俺のいた世界にユウは行ったということか。12才が40才のおっさんニートになって? どこか等価なんだか。お気の毒に」
「転生者というのはアメノミナカヌシノミコトが裏でなにかごちゃごちゃやって、死者をこっちに呼び寄せた者なノだ。これはそいつらが持ち込んだもノだろう」
「裏でごちゃごちゃするなよな。しかしそれなら、もっといろいろなものがこちらに来ているだろうな」
「そうでもないノだ。持ち込めるのはその身の内にあるものだけなノだ。入れ歯とかメガネとか」
「じゃあ、なんで電卓がここに?」
「たぶん、あちら側で死んだ瞬間に口にくわえていたノだ」
「そいつはアホだったんだな」
「たぶん、そうなノだ」
口にくわえて遊んでいたのか。なんかの罰ゲームか。まさか死因がこれじゃないだろうな。それにしても、どうせ持ってくるなら太陽電池のやつをもってこいよ。これはボタン電池で稼働するやつだ。電池が切れたら終わりだ。
そして3日後。横型ろくろ(旋盤)とバイト(ノミ)が完成した。縦型ろくろ(ボール盤)とドリルはまだできてないそうだが、とりあえずこれだけあれば、珠作りの作業性は大きく向上する。
ゼンシンとヤッサンが説明係としてついてきた。
そしてさっそくそれを珠の加工者であるマツエさんとこに設置に行った。同行者は他にオオクニとユウコである。
ユウコはなぜか、ひとりだけここに残るのを嫌がったので連れていった。もう違う世界を見たくはないとか、わけの分からない供述をしていた。
「「あの、僕たちの開発苦労話は?!」」
あ、そういうのいらないから。
この辺が話の展開が早すぎると言われるゆえんであろうか。まあ、これもこのお話の特徴なのでシレ。
「読者ももう慣れていると思うノだ」
「だよね」
「我も慣れないとなどきどき」
「「あんなに苦労したのに……」」
そしてマツエに着くと、ひれ伏している夫婦がいた。
「はっはぁぁぁぁ」
いや、そんな土下座されても困るんだが? なにがどうなった?
「そ、その、その節は。ユウ様が太守様になられたとは露とも知らず、大変失礼な態度をとりましたことをお許し」
「あ、そういうのもいらないから」
「ください、え?」
「これ、どこに置けばいい?」
「あ、いや、その、私どもが罰せられることは?」
「なんの話だ? そんなことはいいから、設置場所をどこにする?」
どうにも調子が狂う。なんで俺がこいつらを罰する必要があるんだよ、面倒くさい。
「お主も少しは相手の気持ちを察してやるノだ」
「そんなん知らんがな。それより早くこれを試したいんだが」
「あー。我がオオクニである。我はツブツブ堂の社長になった。我の代わりにここの太守になったのがこのユウだ。太守とはいってもまだ就任したばかりで、勝手が分からんのはお互い様だ。お主らに刑罰は及ばぬから心配はするな。これからよろしく頼む」
「はっはぁぁぁぁ」
なにその寸劇。
「これが首長の主な仕事なノだ。こういう儀礼も必要なノだ」
「カイゼン屋の俺には関係ないよ。さぁ、早く設置して旋盤を動かそうぜ!」
「お主は太守になったという自覚はないノか?」
「これからデモンストレーションをしてもらうから、使い方をよく覚えるようにな」
「は、はい。えっと、ではこちらに」
やっと話が進んだ。全員で作業場に移動する。そこにはすでにミノウが転送してくれた旋盤がある。ミノウ、出番はなかったけど乙であった。
(ヨ)
「「な、なんと、大きいこと!」」
旋盤を見て夫婦は驚いたようだ。いままで手作業にしか従事したことがない人にとって、これは巨大なマシンなのだろう。
ところで、この作業場は広いので設置に問題はないことは確認済みである。
「これでその角材を丸棒に加工するんだ。そうすると、外周部の加工は終了する。あとは珠の形状加工と穴開けだけだな」
「どうすると、これでそんなことができるのですか?」
「じゃあ、作成者のゼンシン。やってみせてくれ。加工対象はこのカバノキの角材だ」
「はい、分かりました。では、まずこのろくろを回してみます。こう、足でこれを踏んでみてください」
「ああ、これは知ってる。茶碗を焼いているところにあったな」
「はい、それと同じです。ただ違うのは、これを踏むと横型になったろくろが回り始めるということですね」
「おわっ。横でなんか回ってる。どうしてこんなことが???」
「長くなるのでその説明は省きますね。では一旦止めてください。これがブレーキになってます。これをぎゅっとすればすぐに止まります」
「おおっ、止める機構も付けたのか」
「はい、なにかを巻き込んだときに止められないと危険かなと思いましたので」
「そうだった。安全のことは考えていなかった。さすがゼンシンだ」
「いや、それは、あの、それほど、ですが、あれ、その」
まだ褒められ慣れてないんかーい。
「こほん、それでは加工に入ります。この角材の両側に、こんな感じで線を引いてください。
「対角線、ってやつだな」
「そうです。角と角とつないだ線を2本引くと、その交点がこの角材の中心点になります」
「ほえぇぇ。ひえぇぇぇ。ひょぉぉぉ」
おかしな感心のしかたをしておる。
「その交点に、この尖った先端を刺します」
「こうですか? 刺さるほどは尖ってないようですが」
「ええ、そのぐらいで大丈夫です。そしたら角材を持ったまま、今度は反対側にある同じぐらい尖ったものを、こう動かして」
レールに沿ってがらがらと移動させたのは、位置決めピンを装着した心押し台である。
俺はチャック(木を挟むこと)を想定していたが、ゼンシンは加工性を考えて尖った位置決めピンを採用したようだ。ちゃんと固定できるのならそのほうが簡単で良い。いずれはチャックも作ってもらうけどな。
「こうやって角材を左右から挟むようにセットしたら、心押し台にあるこのレバーを下げるとロックがかかります。このとき角材方向に押し込むようにロックがかかりますので、角材を確実に固定できるようになっています」
「完全無欠のロックなノだ」
「それはロックンロールな。引っ込んでなさい」
「はぁ。そうやって角材を固定するのですか。それで回転させながら削るということですね」
「そうです。では、ちょっと僕がやってみますね」
ゼンシンが踏み踏み踏み踏みすると、ろくろが回り始めた。そして、加工用のノミ(バイト)を回転している角材の前にある刃物台に取り付ける。
「それでは削りますね」
そう言いながら手前のダイヤルを回し、バイトの付いた刃物台を少しずつ前に移動させる。
「この刃物台は横にメモリが付いていて、0.1mm単位で移動が可能です。この位置で角材の削り代を調整できます」
「ほえぇぇ。ひえぇぇぇ。ひょぉぉぉ」
またそれかい。
「どうやって寸法を出すのか分からなかった。いちいち測りながら少しずつ削っていたら余計時間がかかると思っていた。しかしそれなら、一度位置を決めてしまえば」
「そうです。あとは取り付けて削る、をひたすら繰り返すだけでまったく同じものがいくらでもできます」
「「それは楽だ!!」」
でしょ( ̄ー ̄)ドヤッ
「作ったのはゼンシンなノだ」
「考えたのは俺だよ」
「もともとあちらの世界にあったものきゅぅぅ」
ゼンシンが試し削りを始めると、夫婦は作業を必死で見ようとしていた。俺やオオクニの権威に従うためではなく、明らかにこの機械に興味を引かれたようだ。
ゼンシンは角材長さの1/4程度を削ったとことろで一旦止めた。
「削った部分の寸法を測ってみてくれますか」
あれ? そういえば丸くなったものをどうやって寸法を測るのだろう? 定規のようなものがあるのは見たが、丸いものを計るのは難しいんじゃ。
「この削った部分の寸法ですよね。えっと、くりん。いま21mmかな。まだちょっと大きいです。あと3mm削ってください」
なんかいま棒を指でくるんだぞ? なにをしたんだ?
「本当ですか? ちょっと待ってください。正確に計ってみます」
「ワシの手、正確なんだけどなぁ」
「長年やっているから、指でサイズを覚えてしまったのよね」
まじでか?! 指がマイクロメーターかよ。すごい技能だな。
ゼンシンは細い紐を手に取り、それを削った部分に巻き付けた。そしてその長さを測ると。
「21.2mmでした。すごいですね!?」
「まあ、それほどでも。しかし、そうやって紐を使えばもっと正確に測れるのか。知らなかった」
知らずによくいままで……指で計ってたのね。それは覚えるまでが大変だっただろうなぁ。
「面倒ですけど、これが一番正確に測れますね。それではあと3mm削ります」
「これで18mmか。ちょっと大きいような気がするんだが?」
「ああ、最後に磨きをしないといけないので、大きめじゃないと規格に入らないんです」
磨き代も必要なのか、なるほどね。そして1本の丸棒が完成した。
「ほぉぉ、キレイなもんだなぁ。ほとんど仕上げたみたいだ」
「このバイトの切れ味があるうちはキレイに仕上がりますね。これは鋼で作ってありますが、だんだん鈍ってくると思います。そのときは研いでください。こちらに専用の砥石も用意しておきました。もし使えなくなったときのために予備のバイトを2本置いていきます。なくなったら連絡をください」
「なるほど、これをこうあてて、こうすれば研げるわけか。ろくろを横にしたり、バイト? を作ったり、しかも専用の砥石まで用意してくれたり。ゼンシンさんは素晴らしい人だ。よくこんなものが作れましたね」
「いや、それは、あの、それほど、ですが、あれ、その」
慣れてないのはもうしっかり分かったから。
「じゃ、最初は別の木で何回か練習してみてくれ。それから生産にかかろう」
「はい、そうします。なるほど、こういうことができるから、生産量をもっと増やせるということでしたか」
「分かってもらえて重畳だ。いまは日に2,000個を50銭で作っている。日に1,000円の売り上げだ。だが20,000個作れるようになれば30銭でも6,000円になる。ざっと6倍だ。単価を下げると言った理由が分かってもらえただろ?」
「それはもう。こんなことができるなんて、想像もしてませんでした……がしかし」
「なんだ?」
「これで20,000個はいくらなんでも」
「分かってるよ、これはまだ序の口だ。これからまだまだカイゼンは続く。終わる頃には日に20,000個になっている」
「ははぁぁぁぁぁ」
それ以上にするつもりだけど。あ、ひれ伏された。だけどこれは、最初のひれ伏しとはわけが違う。俺の才能へ敬意を表したのだ。これなら気分は良い。どんどんやりたまえ。
「……」
「オウミ、なんか突っ込めよ!」
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