第179話 ユウコ、役に立つ
「あのう、私、これを見てて思ったんですけど」
なんのために付いてきたのか分からないユウコが、突然口を挟んだ。
「私だってユウさんの秘書なんですからねっ!」
「酔っ払って帰ってきて、罰として縛られてたけどな」
「そ、それはもう、だから、それは忘れてください! あれはあれで必要だったんです。それよりその機械ですけど」
「ユウコにはこれがおばけに見えると?」
「ち、違いますよ! その横で回転している部品のことです」
「えぇと、これはドラムというのですが、それがどうかしましたか?」
「その部分、このきなんの木で作ったらもっと楽に回せますし、一度回り始めれば、ずっと安定して回りますよ?」
え? まじでか?!
皆が驚いた顔をした。
「まさか。そんな!」
「そんなことがあるとは思わなかったな」
「ああ、これは驚いた。奇跡だ」
「まさか、ユウコがそんな役に立つことを言うなんて」
「驚くのはそっちじゃないでしょ!!」
これは電動ではない。足踏みによる上下運動を、クランクシャフトを使って回転運動に変換しているのだ。足踏みミシンの構造とほぼ同じだ。
そこで得られた回転力でドラムを回し、それを角材に伝えているのである。
回転させ続けるためには、足踏みをし続けないといけない。労働としてはそれほど過重なものではないが、削ることと足踏みすること。それを同時に両方行わなければならない。
慣れさえすればどうということはないのだが、その慣れるまでが問題だ。これから人を増やすつもりである。新人がこの作業をするケースも出てくるだろう。品質や安全面を考えれば、作業者には削ることに集中してもらったほうがいいのだ。
それが、あの魔木を使用することによって可能になるとは。
「ゼンシン、これはすぐに」
「はい、分かりました。ユウコさん、その魔木、買わせてください。どうやったら入手できますか?」
「里に連絡をとればすぐにでも作ってもらえると思います。図面はあるんですよね?」
「はい、タケウチに戻ればあります」
「よし、すぐホッカイ国にいるモナカに連絡しよう。図面はモナカ宛てに郵送で送れ。モナカからカンキチに連絡してもらえば手配してくれる。完成したらケントが里の場所を知っているので取りに行ってもらって、それをミノウが取りに行けばいいだろう」
うむ、まだややこしい流通経路だ。これももっと整備したいものだなぁ。せめて連絡網ぐらいはどこにでも通したいものだ。カンキチよ、もっと魔回線ネットワークを拡充してくれ。
「あの、ちょっといいですか?」
「サバエさんか、なんだ?」
「失念しておりましたが、こんなすごい機械を使わせていただくのに、あの、費用とかはどうなるのでしょう? 私たちにはとてもそんな大金用意できないのですけど」
「それはオオクニにまかせておけ」
「え?」
「お前は社長だろ? そのぐらいの費用、なんとかしろ」
「ちょっと待った!! そんなことをいきなり言われても。俺はツブツブ堂の社長であって、ここはただの下請けだ。そんな費用出せるわけが」
「それならオオクニ個人への貸しにしておく。ここが利益を出せるようになったら払ってもらえば良い」
(お主、これは試作品だから無償提供すると言っていたノだ?)
(そのつもりだよ?)
(はぁ?)
(最初から甘やかすのは良くないからな)
「社長に就任していきなり借金漬けかよ」
「利息は付けないから心配すんな。それにその程度1年もしないうちに返せるようになる」
「その程度っていくらぐらいするんだ?」
「そうだな。ろくろ本体で50万。バイトが1本1万。縦型は80万。ドリルは1本5万ってとこかな?」
「俺を殺す気か!」
「オオクニって殺したら死ぬ?」
「いや、それはどうだろ?」
自分でも分からんのかよ!
そろばん市場はまだまだ未成熟である。カンサイでさえも商家に1挺しかない現状だ。だがやがては、ニホン全国でひとりに1挺という時代が来ると思っている。
市場は数千倍にもなるだろう。そのシェアを半分はいただこうという算段だうはうはうっはっは。
「とらぬたぬきノだ」
「そこはエルフの心意気で」
心意気でなんとかなる風潮止めろ。
「ゼンシンにヤッサン、次は縦型ろくろとドリルだが、どこまで進んでいる?」
「縦型は部品はもうそろいました。あと組み立てて調整するだけですね。こちらのほうが難易度は低いぐらいでした」
「そうか、それは良かった。問題はドリルか?」
「ああ、それでドリルを削るのに必要な魔鉄の件なんだが」
と言ってチラとオウミを見る。
「うまく行ったノだ?」
「ホントだろうな」
「うまく行った……ノだ」
「その……はなんだ?」
「リーダといって、文章中で無音の状態もしくは文の省略を表す。ノだ」
「そんなこと聞いてねぇよ! 誰がwiki見てこいと言った! お前がそうやって誤魔化すときってのは、絶対なにかやらかしてるだろ!?」
「わ、我ではないノだ。やらかしたのはミノウなノだ。あいつはいつもいつも邪魔をしてきゅぅ」
「説明しろ。前回のときもおかしなことをしたようだったな。今回はイズナにやらせろと、俺は言ったはずだ」
「や、やらせ、たノだ。それをミノウが邪魔をして、いろいろと曲がりくねった道の先に小さな光が斜め上だったノだ」
「危ない言い方は止めろっての! なにがあったのかちゃんと説明しろ」
そして明らかになる3回目の魔鉄の製造現場。
の状況は、僕(ゼンシン)がお届けします。善信です。仏師希望の12才です。これからの話は、イズモ国に行ったユウさんに呼び出されて、いろいろややこしい注文を受けて帰ってきてからのことです。
「ただいま帰りました」
「ゼンシン、お帰りぃぃぃ!!」
と言いながら飛びついてきたのはスクナだった。スクナはホッカイ大学の1年生で6才の魔法使いだ。
冬休みを利用してこちらに研修に来ている。本来ならユウさんについて学ぶはずだったのだけど、ユウさんは首長に呼び出されてイズモ国に行ってしまった。
取り残されて寂しそうにしていたので、なにかと世話を焼いていたら
「ご飯できてるよ! 今日はコウセイさんがアユをたくさん釣ってきたので私がさばいたの。食べてね」
懐かれてしまった。
「ああ、ありがとう。大好物だよ。スクナもいろいろできるようになったな」
「うん」
頭をぐりぐりしてやると、スクナはとても嬉しそうに笑った。横型ろくろのことを、ユウさんは簡単にできそうなことを言っていたが、そう簡単ではないと僕は感じている。
ろくろは縦型だから構造が簡単なのだ。それをわざわざ横向きにすると、部品点数も増え構造も複雑になる。その分壊れやすくなる。危険度も増すだろう。なによりまだ誰もやってことのない技術なのだ。それを僕ごときが開発するのである。
しかもそれを2,3日でできるって言っちゃった僕って、なんてバカなんだろ。本当にできると思ったわけじゃない。そのぐらいでやってくれという空気を感じたからそう言ったのだ。
でも言った以上はやるしかない。ユウさんの話を聞いて構想はできている。それを実現させるだけだ。
しかし頭で考えたものが、考えた通りに動くものだろうか。それが分からない。僕にはユウさんほどの閃きも経験もない。やってみるしかない。不安は身体を動かすことで解消するしかないのだ。
「ちょっとゼンシン。ぼうっとするのは食べてからにするの!」
「え? あ。そうだった。アユの塩焼きだったな。おいしいよ、スクナ」
「まったくもう。すぐに頭が仕事にいっちゃうんだから」
「ゼンシンはわーかーほりっくなのだヨ」
「ミノウさん、それはなんのことですか?」
「仕事が大好き人間のことなのだヨ」
「ゼンシンは確かにそうね。私もそうなりたい」
「いや、ちょっとそれは。その」
「ミノウの訳し方が間違っているノだ?」
そして昼食後。ヤッサンが指揮をとって魔鉄作りに入る。順番からしてこれが最初だ。窯は僕の担当だし、魔鉄を作ったことがあるのは僕だけだ。
「ウエモン。それとイズナ様」
「はーい」
「ほいゾヨ」
「ユウから許可が下りました。イズナ様。いよいよイズナ様用の魔鉄が作れます。それで魔刀とナイフとフォークを作りましょう」
「「「「おおっ!!!!」」」
「イズナ、良かったな。これで少しは元気が出るだろ」
「ウエモン、ありがとう。そうだな。ワシもいつまでも落ち込んでいられないゾヨ」
「ちょこれいとはもう砂糖がなくて実験もできないけど、元気だし……な……よな」
「お主が元気を出すのだゾヨ!!」
ちょこれいとの開発は、砂糖の枯渇によってとん挫している。このふたりを見ていると、わーかーほりっくでも仕事があったほうがずっと良いと思える。イズナ様は退屈してあんなことをしでかしたのであるし。
「でも魔刀を作ってもらえるなんてよかったですね。ユウも約束を忘れていなかったのね」
「ミヨシか。我はあんなことをしでかしたので、もう作ってもらえないかと思っていたゾヨ」
「そんな意地悪をするような人……かもしれないわね」
「ミヨシさんも一緒になってそんな言い方をしないでくださいよ!」
「ゼンシンは窯の温度を上げてくれ。今回は3回目なので多めに作ろう」
「はい余熱はもう終わっています。ここから溶融温度にまで上げます。魔鉄作りなんてなかなかない機会ですから、目一杯作って例のバイトも何本かは予備を確保したいです」
「ああ、そうだな。未知のことをするんだから、俺としてもバックアップがあったほうが安心だ」
「それで、イズナ様。魔法のかけ方はもう教わってますか?」
「いや、まだだゾヨ。窯の温度が上がるまでには教わっておくゾヨ」
「そうですか。では温度が上がる2時間後に、またここでお待ちしております」
「ということでお主ら、魔鉄の作り方を教えてもらいたいゾヨ」
「魔鉄というのはだな、これこれあれこれこうこうこうなったら、こうするのだヨ」
「おおっ、なんとそんなことが。ふむふむ。分かった。じゃ、その呪文を教えてくれ」
「「え?」」
「なんだ、その反応は?」
「なんで知らないノだ?」
「魔法付与なんてしたことないゾヨ? それは当たり前のように使う呪文なのか?」
「いや、超級魔法を覚えるのに必須なのだヨ。なんでイズナがそれを知らないのだヨ」
「あ、ああ。あれか。あれのことか。あの意味のない面倒くさい魔法」
「そう、それノことだ。知ってるノだろ」
「あれ、面倒くさかったのでワシはとってないゾヨ」
「「はぁぁぁ?!」」
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