第173話 オウミの発明

 ツブツブ堂の作業者たちがオウミの出現に驚いているうちに、俺は密かに試験を開始する。


 珠(棒に刺さる側)がごっちゃりある中で、竹ひご(珠を刺す側)をわさわさやったら、全部じゃないまでもなんぼかは入るやろって、カンサイ弁で思ったのだ。


 竹ひごの刺さった枠を手で持って、珠の海の中につけてみる。そしてわさっわさわさと動かしてみる。


 思ったより入った。しかし、いま欲しいのは各串に1個ずつの珠だ。それが、


「3つ入っていたり1個も入ってなかったりなノだ」

「あ、オウミ。時間稼ぎご苦労であった。そうなノだよ」

「だから口マネをするでないと言っているノだ」


 とりあえず作業する分の珠は残っているので、作業者たちには元に戻ってもらった。文句たらたらであったはずだが、魔王の出現によって毒気を抜かれたのだ。魔王も使いようである。


「そういう使いようはちょっと違うと思うノだ」


「当然だが、珠はランダムで入ってしまうな。このばらつきはなんとかならんものか。もうちょっとやってみよう。わさわさわっさわさ」


「おっ。結構入ったぞ?」


 もっとやろう。わさわさわっさわさ。ふむ。水をすくうように動かすと良く入るな。まるでドジョウすくいのような。


「安来節で踊るやつなノだ」


 #ちな島根民謡です。マメ。


「じゃあ、かけ声をかけてやろう。あらえっさっさ~。お代わりであらえっさっさ~って」


 何回かそれを繰り返したら、意外なことに串は珠で埋まった。


「こんな簡単に入るとは驚きだ。この穴が大きめに作ってあるのが幸いした。それに入り口は少しテーパがあって、それでなおさら入りやすいようだ」


 俺の持つ枠付きの串には、どれも珠が6個ずつ刺さっている。串の長さ的にこれが限界である。しかし、6個もいらない。それと5珠(1個目)と1珠(2個目)との間には桟を入れる必要がある。


 ここで桟を入れようとするなら、桟をふたつに割る必要がある。


「この桟も1本もらうぞ」

「あ、はい勝手にどうぞ」


 もう俺のことなんかどうでも良くなってるな。


 桟は、幅も長さもそろばんの内径に合わせてある。そしてそこには串が通るための穴が開けられている。


 これをふたつに割るのか。


「オウミ、できるか?」

「切るだけなら我がニホン刀でなんとかなるが、適当で良いノか?」

「いや、ここに串を通す穴が開いている。その中央で切ってもらいたい」


「それはいくらなんでも無理なノだ。切れるからといって正確に切れるわけではないノだ」

「やはりダメか。やはり、最初からそういうふうに作るしかないか」


「これを切るとなんか良いことがあるノか?」

「桟がふたつに分かれていれば、1珠と5珠の間に両側から桟を差し込んでそこでくっつけることができる。珠は固定されていないから避けてくれるだろう」

「そうすると、そろばんの形になるノだな」


「そういうことだ。ちょっと図面を引いてやっさんに作ってもらおうかな」

「……ノだ」

「ん? どうした」

「それなノだが、最初に桟に串を刺しておいてはダメなノか?」

「串を刺したら珠が入らないだろ?」


「そうじゃなくて、最初は串と桟だけの状態にするノだ」

「ああ、枠を後にするってことか。ちょっとやってみよう。桟に串を23本刺してくしくしくしくし」

「泣いてるみたいなノだ」


「くしくし。ほい、できた。で、これをどうしろと?」

「その長いほうを持って、さっきのように短いほうに珠を入れるノダ」

「わさわさわさわさわさ。入った。良くこれで入るものだな。2個入ったところもあるが、それはそろばんをはじく要領でじゃーっと吹き飛ばす。できたぞ」


「そちら側の枠をはめるのだ」

「はめはめ。できた……ああっ! 分かった。オウミの言わんとすることが分かった!! そうか、そういう順番ならできるじゃないか」

「やはりできるノだな」


「オウミ!?」

「な、なんなノだ?」

「お前、すごいな!! 良いことを思い付いてくれた。これでアッセンブリ工数はずっと短くなるぞ」


「あ、いや、その、ちょっと思っただけなノだ。いつものユウを見ていたからマネしてみただけなノだ。いつかはユウも気がついたノだ」

「それはそうだけどな」

「そこは謙遜するところではないノか!?」


「よし、とりあえずこのそろばんを完成させよう。こちら側も珠を入れて、わさわさわさわさわ。よし入った。これで珠入れは完成だ」


 そして反対側の枠をはめ込めば、そろばんの完成であるじゃかじゃかじゃか。よし、今日からこの方式でやってもらおう。


 皆に声をかけると、あぁ? とか言いながらうさんくさそうにこっちを見た。いいからまずはこのやり方を見ろ、と強引に俺の作業を見せた。


「これはどんな不器用な人間でもできる方法なノだ」

「それは、すごいです、オウミ様」

「ほんとだ、そんな手があったとは。さすがは魔王様です」


 と皆が驚いた。称賛の言葉が全部オウミに向かっているというのが少し無念ではある。


 オウミは反っくり返って威張っていた。まあ今日だけは許してやろう。こんにゃろめが。


 しかしである。


「あの、ユウさん」

「なんだ?」

「これをやるには、珠がたくさんいりますね?」

「それはそう……あっ」


 そうなのだ。この方式は珠がわっさわっさに入った箱が必要なのである。


 そろばんの幅は標準の23列タイプで35cmある。つまり、それだけの幅のある箱が必要ということだ。そしてそこに、珠がわさわさに入っていないと、この方式は使えない。


「いま、在庫のほとんどがその箱の中にありますが、その状態だとそろばんを数個作ったら珠不足になりそうですね」

「そろばんの長さぎりぎりの箱を用意すれば、もう少しはいけると思うが」

「それでも、限界がすぐに来そうです」


「分かった。珠を増産しよう。もっとわさわさに入れられるようにしてから、この方式に変更しよう。それまではいままで通りでやっていてくれ」

「分かりました」


「じゃあ、オウミ」

「おう、なんなノだ」

「反っくり返ってないで、その珠、またあの板に戻してくれ」

「はぁぁぁぁぁぁ?!?!?!?」




「ところでユウ」

「なんだ、オウミ」

「我は送迎部長ではなかったノか?」

「そうだよ?」

「珠を戻すのは運搬部長の業務だ、とか言われた気がするノだが」

「俺もそう言ったような気がするよ?」

「するよ? ではないノだ。これはミノウの仕事だったのではないノか!」

「まあ、いろいろあるからさ。終わったことはもういいじゃないの、こちょこちょこちょ」

「こ、こらこきゃはははは。くすぐって誤魔化あははは。少しは悪かったというきゃははは態度を見せるノだ!!」

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