第172話 運搬部長のお仕事

 俺はまだアッセンブリ工場(ツブツブ堂)にいる。レンチョンはひとりで役場に手続きに行った。待っている間は暇なので、カイゼンをやってしまおうと思って俺は残ったのだ


「どうせユウが役場に行っても手伝えることはないノだ」

「分かってるよ!」


 ソロバンの珠はヘンテコに丸い。コマも丸いが、本来丸いものは扱いが難しいのだ。コロコロ転がるし滑って持ちにくいし、穴に棒(竹ひご)を刺すのも難しい。


「よっ。こら。コロコロ。あらら、おろろ。このっ。コロコロコロ。あれぇ? あぁぁ、もう止めた!!」

「根気がないにもほどがあるノだ」

「やかましい。こんな丸くて小さくてコロコロしたもの、人間の手でなんか持てるか!」


「ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ、ひょいっ」

「この職人は簡単に持っているノだ。しかも器用に1個1個、竹ひごに刺しているノだ」


 くっそうらめしい。俺の不器用な手先の野郎め。


「最初に5珠(5を示す珠)を1個ずつ串に刺したら、梁をはめます。そして残りの1珠(1を示す珠)を4つずつ刺したら枠を組み立てます」


 と説明を受けた。俺がやるとその珠を入れるのに四苦八苦するわけである。


「不器用な人はウチでは雇えないですね」

「いや、俺は作業者になるつもりはないから」

「それじゃいったいなにをするんですか?」

「だからカイゼンさ」


「「カイゼンって?」」」


 3人の従業員が一斉に声を上げた。知らないのも無理はないけど。


「まあ、それは見てのお楽しみってことで」

「「「はぁ?」」」


 いいから黙って作業してなさいって。


「珠の在庫はどこにある?」

「珠ならそこに積んであります」


 指さした先には厚みが1cmくらいの板が何段にも積んであった。そっと持ち上げると、板にはいくつものくぼみが付けられており、そこに珠が1個1個キレイに並べて収めてあった。


 板のサイズは20×20cmほどであろう。そこに10個×10個で計100個の珠が入れられている。数えやすくてなかなか良い。

 しかしこれに詰めるのはとても面倒そうだ。


「ユウでは取り出すのも難しそうなノだ」

「やかましいわ。その通りだわ!」


「ちょっとこの空き箱を借りてもいいか?」

「あ、それは失敗作のタンスの引き出しです。自由に使ってください」


 ここはタンスも作っているのか。長さ50cmほどのタンスの引き出しである。タンスにしては小さいが、まあこれだけあれば充分であろう。俺はそこに、珠をぶっちゃけたざらざらざらざらざららら。


「ああああっ、そんなことをしたら数が分からなくなります! 止めてください」

「板の数で5枚。だから500個な。ちょっと借りる」

「もう、終わったら戻しておいてくださいよ」


 余計なことするな、と言わんばかりである。


「それが普通だと思うノだ」


 なにごともやってみることが大切だからさ。


「なにをするノだ?」

「いや、珠が手で持てないなら、この竹ひごを持てばいいかなと思って」


 竹ひごを手に持ち、それに突き刺すように珠を入れてみよう、という魂胆である。板に収まった状態では、串を刺しても珠を取り出す(持ち上げる)ことができない。だからぶっちゃけたのだ。


 しかし敵もさるもの。巧妙に逃げてなかなか刺さってくれない。バラバラに入れた弊害である。


「この、この、このこの、逃げるな、このこのこの」

「不器用はなにをしても不器用なノだ」

「やかましいっての。このこのこの。ダメだ、止めた!」

「そう来ると思ったノだ」


 たとえこれで珠を刺せたとしても、串1本に珠を1個ずつ刺していたのでは効率は悪い。珠を持って串に入れたほうがマシである。


 それに、最初に受けた説明では、5珠と1珠の間に、桟という木を入れる必要がある。


 桟はソロバンひとつにつき1本しかない。いま作っているソロバンには串は23列必要なので、23本の串全部に珠を入れた状態で桟をはめ込まないといけない。


 ということは。うん、1本の串に珠を刺したところで、どうにもならないね、あはははは。


「もう音を上げたノか?」

「まさか。考え方を変える必要があると思っただけだよ」


 串に先に珠を刺すのは無理だ。現状はこのようになっている。


 枠に串を刺す(全23列)→そこに5珠を1個ずつ入れる→串に桟をはめる→残りの1珠を4個ずつ入れる→枠をはめる


 うん、こっちのほうが合理的だ。


「ユウが不器用でできないだけなノだ」

「いちいちうるさいよ。お前の羽根を串に刺したろか」


 この方式の問題は、珠を1個1個持って串に刺して行くことにある。それが難しい……ようには見えないけど俺には難しい。言い換えると工数がかかっている。


 タンス箱にぶっちゃけちゃったために、珠の向きはバラバラである。手で持つのは楽になったが、向きが不統一であるために串に刺すのはかえって工数増である。


「なんか、余計なことしちゃっただけかな」

「失敗は成功のなんとかなノだ」

「じゃあ、オウミ、これ元の板に戻しておいてくれ。別の方法を考える」


「ええっ? なんで我が?!」

「これも運搬部長の業務だよ」

「うぅぅう。業務ならやるノだ。ぶつぶつ、なんか楽しくないノだぶつぶつ」


 珠を持つのはダメ。串を持つのもダメ。うぅむ。八歩塞がりだな。


 俺は作業部屋を見渡して見る。そこで見つけたのは、枠に串を刺した状態の中間品だ。まるで小さな作りかけの垣根みたい。


「これ、ひとつ借りても良いか?」

「あぁ、もうあまり触らないでくださいね。1個だけですよ」


 完全に邪魔者扱いである。


 これに珠を持って、つろん。珠を、ぽろん。珠を……えぇぇいうっとおしい! 


「お主が切れるな!! 我のほうがよほど切れたいぐらいなノだ! あぁ面倒くさいぶつぶつ」


 待てよ? 


「この珠って、入れる向きはないよな?」

「え? ええ。ありません。対称に作ってあるのでどちらでも」


 邪魔するなと言わんばかりである。


 どっちから入れてもいいのか。それなら。


「オウミ。そっちは片付いたか?」

「もう少しで終わるのだ、ぶつぶつぶつ」

「そうか、じゃ、もう一度、ここにぶっちゃけてくれ」


「はぁぁぁ?! お主はいったい我をなんだと思っているのだぁぁ!!」

「運搬部長だと思ってますけど、なにか?」

「うっぐっ。それは、それとして。せっかく元に戻したのに、またぶっちゃけるのか?」

「そう、思い付いたんだ。珠はどちらから刺してもいいのなら、もしかしたらって」


「もう、じゃあ、ぶっちゃけるのだ。せっかくの我の作品を、ぶつぶつざぁぁぁぁぁ」

「作品ってなんだよ。でもご苦労。だがちょっと数が足りないな。そこに積んであるやつも、全部ぶっちゃけよう」

「もうどうなっても我は知らないノだ、なんでもやっちゃうノだ。ほれ、ざばざばざばばばばあぁぁぁぁぁぁっ。こっちのが楽しノだ」


「あぁぁぁぁぁ。なにをするんですか!! いま、戻していたと思ったらまたそんなにたくさん!! それ、元に戻すの大変なんですよ!?」


「大丈夫、そのときはまたこいつにやらせるから」


 そう言ってオウミをつまんで見せた。


 え? は? ほ? へ?


 そう、これこれ。これでいいのだ。オウミ、もうちょっと時間を稼いでくれ。


「我はとうとう時間稼ぎの道具なノか?!」

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