第171話 珠の増産
「俺がここの工程をカイゼンする。まかせておけ」
なんてことをまた勢いで言ってしまったわけだが。その前に視察は続く。
「次は外枠と梁(はり)の部品を作っているところです」
「内職ですな。あ、木を磨くときは並べてまとめてやると早いですよ」
「で、次は竹串を作っているところです」
「内職のしかも片手間ですな。これから増産するんで、材料は多めに確保しておいてね」
「で、最後はアッセンブリをする工場です」
「従業員は3人ですな。ちょっとは工場っぽいのかここは」
こうしてみても部品点数は少ない。これで800円は高すぎる。原因は生産量の少なさもあるが、効率が悪いというのもある。そこは家内工業ならではである。もっと数が増えたら一貫生産ラインを作ろう。
「イテコマシのコマを1,300円で売っている人がなにを言いますか」
「あれは試作品だから高いんだよ。これは曲がりなりにも量産品だろ?」
「試作品なみの市場しかないからですねぇ」
「こうして見たところ、生産量に関しては、増産が難しいのは珠だけだのようだな」
「はい。枠や竹ひごは、どこも片手間にやっている小遣い稼ぎ、のようなものですね」
「ということは、最後のアッセンブリ屋を押さえれば」
「はい、この地域のソロバンの生産を一手に握れます」
「やっちまうか?」
「もう侯爵の許可は取ってます。いつでもやれ(買収でき)ますよ」
「早いな、おい!」
「いまのところ、シキ研独自の商品で流通に乗ったものはありませんから、私たちとしても自社製品が早く欲しいのですよ」
「イテコマシやポテチはシキ研の商品になるが、商売になるのはまだ先だからなぁ」
「年末には、社内報告会があります。そこで報告するのに、ちゃんと販売ルートまで確保した商品があるのとないのとでは、イメージがまるで違うのですよ」
「なるほどね。このソロバンならわりと知られている商品だし」
「アッセンブリ工場を、いま持っている流通ごと買ってしまえば報告書映えします」
インスタ映えみたいに言いやがった。まあ、こいつの立場ならそういうのも必要なのだろう。
「それでは、ツブツブ堂のご主人。これこれ、こういう手順でこういう契約書ということで、いかがですか?」
「売ったぁぁぁぁぁ!!」
「早すぎるだろ!?」
「ツブツブ堂さんとの下交渉はすでに終わってましたから。今回はそれにちょっとだけ色を付けました。それで喜んでくれたようですね」
まるで電車に乗っているみたいにものごとがスイスイ進んで行く。エースのやろう、あいつは絶対楽してやがるな。こいつを俺に眷属にできないものか。
「? なんか不穏なものを感じましたが?」
「いやいやいや、そんなことありまへんがな。そこらはもう、おまかせまんもす」
「どこの方言で?? まあいいですが。これで従業員ごと買収の完了です。ちなみに社長はユウさんですからね。兼任してください」
「それはちょっと待ってくれ。社長については未定にしておいてくれないか。俺に心当たりがあるんだ」
「そうですか? しかし買収した以上は届け出をしないといけないのですが」
「え? この足でもうそこまでやっちゃうのか?」
「善は急げっていいますからね。この書類を持ってすぐ役所に行きましょう」
「もう書類もできてんのか!? 仕方ない。じゃ、社長はオオクニということにしてやってくれ」
「ええ?! よ、良いのですか、あの人で?!」
この良いのか、にはみっつの意味がある。あれがちゃんと働くのかどうかということ。ツブツブ堂で出た利益がオオクニにものになるということ。そして。
「オオクニをシキ研の従業員にして、その上でツブツブ堂の社長にしちゃおうかなって」
「そ、そんなこと。できるのでしょうか?」
「さぁ? オウミもミノウもそんなようなものだし、いけるんじゃねハナホジ」
まがりになりにもオオクニは神だ。神を従業員にするなど、この国始まって以来のできごとであろう。まさに前代未聞である。しかし、俺はそんなことに頓着しない性格だ。
「性格だドヤッ、じゃありませんよ。仮にも一国の神様を従業員にするなんて……」
「国の経営も会社の経営も似たようなものだ。オオクニにはここからやり直してもらおうと思ってさ。なぁに、スセリがついているんだから心配はない」
「は、はぁ……」
「すでに魔王がふたり、うちの部長をやってるんだから、神が子会社の社長をやったってかまわないだろ?」
「いや、その魔王様からしておかしいのですが……もう、考えたくありません」
納得したということにしておこう。だが、その前に俺がやらねばならないことがある。
珠の増産である。それもなるべく人を増やさずに、まずは10倍だ。
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