第174話 魔鉄の残りもの

「ぶつぶつぶつ、もう、出せと言ったり戻せと言ったり、もうぶつぶつ、面倒くさいノだ。ぶつぶつ」


「オウミ、まだかー。それ終わったら珠作ってるとこへ移動するぞー」


「待つノだ! ってかお主も手伝うノだ。これ、ひとつずつ入れるのはけっこう難しいノだ」

「なに、難しいのか。それなら俺には無理だ。がんばってくれ、ずずぅーー」


「まったくもう。自分だけお茶を飲んでるノか? 我も欲しいノだ。早く終わらせるのだ。せっせせっせ。もうちょっとなノだ、せっせせっせせっせ」


 うむ、よく働く細胞……じゃない魔王だことずずず。


「よし、終わったノだ。我にもお茶を」

「じゃ、さっきの珠を作っているところまで、俺を運んでくれ」

「ま、まだ我はお茶を」

「送迎部長さん。お仕事ですよ?」

「うぐぐぐぐぐぅ」


 そして珠を作っている工場(サバエさん家)に着いた。


「あぁ、びっくりした。さっきの人じゃないか。あんたいったいどこから入ってきた?」

「あ、いや、ちょっと。運搬してもらったもので。それより、ツブツブ堂はたったいま俺が買収したから」


「はぁぁぁ?! どうして? なんでまた。あんた?」

「さっきも言ったけど、シキ研・所長のユウです。ツブツブ堂はシキ研の傘下となりました(正規バージョン)」


「えぇ?! あ、はぁ。そう、そうなんですか。なんだか話が早すぎてついて行けなくて」

「当面は納入先も値段もそのままなので、そこはご心配なく」


「そうですか。それなら良かった。あ、それならずっと前から値段を上げてくれと頼んでいるのですが、なんとかなりませんか?」


「えぇと、いまは1個50銭でしたっけ」

「ええ。そうです。それで夫婦ふたりが食べて行くのは苦しいんです」

「日に2,000個作って1,000円ですものね。こちらのお仕事はこれだけですか?」

「はい、ウチは他になんの技術もないもので」


「値段はですね」

「はい、ぜひご検討を」

「来月からは1個40銭に」

「えええっ!? いや、それは逆」

「再来月くらいには30銭にしていただきましょう」


「そういうことか。わかった。あんたは最初からそうするつもりだったんだな」

「まあ、そうですね」

「じゃ、こちらにも考えがある。ここは廃業する。そんな値段でやってられるか!!」


「おいおい、ユウ。怒っちゃったぞ、いいノか? ここが最大手なノだろ?」

「あ、こいつ、オウミ。俺の眷属で魔王さん。よろしくね」


 え? は? ほ? へ?


 という、いつもの神の見えざる手。いや、魔王の手か。


 これやるとしばらく黙っていてくれるし、その後なんだか協力的になるし。ひとりに1回しか使えないけど、けっこう便利なアイテムである。


「だから我をアイテムにするなと言っているノだ。とりあえずお茶が欲しいノだ!」

「あ、あの。はい。お前、お茶をお出しして!」


 ちゃっかりお茶もらうことは忘れないのね。


「ちょっと現場を見せてくれ」

「げ、現場って、そんなたいしたものはないけど、こっちです」


 ほら。協力的になったでしょ?


「さっき聞き忘れたけど、材料のカバノキはどういう形で在庫持ってるんだっけ?」


「カバノキは2×2cmの角材で納品してもらってます」

「ああ、これね。長さは30cmぐらいか」

「ええそんなもんです。これをノコギリで約1cm幅の板に切断したら、あとはノミで加工です」


 角材か。最初に丸棒に加工するだけでも工数は下がりそうだ。


 俺は角材を持って、ふりふりと振ってみる。思ってたより重くて固い。これを丸棒にするには、どうしてもアレが必要だ。あのふたりに作ってもらうか。


「オウミ、ちょっとお使いを頼みたい」

「ずずずっ。それは部長としてのお仕事なノか?」

「そうだ。送迎部長として、ヤッサンとゼンシンをこちらに連れてきてくれ」

「了解なノだ」


「ということなんだ、ゼンシン」

「ろくろを横向きにするわけですね。回転方向を変えるだけですからそれはできると思います。長さはこの角材に合わせれば良いですか?」


「長さに関しては、角材を固定するチャック台の下にレールを敷いてもらいたい」

「レール? ですか」

「この横向きろくろは、回転構造を持つのは片方だけだ。そちらの位置は固定でいいが、もう片方のチャック台はそのレールによって水平移動できるようにして欲しい。そうすると、長さの異なるものも加工できるようになる。そのほうが汎用性が高まるだろ」


「ああ、そういうことですか。ちょうど敷居とふすまの関係ですね。それを金属で作るわけですね」


 横軸ろくろというよりも、ほぼ旋盤である。動力は電気がないので足踏みだけど。


「あとはチャック台を任意の位置で固定できる機構があればいい」

「わかりました」


「それともうひとつ」

「はい、なんでしょうか」

「今度は、回転構造を上に持ってきて欲しい」


「上に、ということはキリで穴を開けるような作業を機械にさせるということですか?」

「話が早いな。まさしくその通り。この珠に穴を開ける作業用だ」


 早い話がボール盤である。


「これがそろばんの珠ですか。そろばんは孤児院にひとつだけあったので触ったことがあります。こうやって作ってるんですねぇ。あ、でもこれだけのサイズの穴を開けるのに、キリなんかでできるものですか?」

「いまはそれでやっているようだが、ちょっと無理があると思う。それで加工用のキリをヤッサンに作ってもらおうと思っている。ゼンシンはそれを動かす機械のほうを作ってくれ」


「わかりました。銑鉄はだいぶ在庫確保していますので、ある程度の時間は空けられます。すぐにもかかりましょう」


「それで俺はなにをするんだ?」

「ヤッサンにはこういう形のものを作ってもらいたいんだ」

「いつもの図面か。な、なんだこれは? まさか鉄でできているんじゃないだろうな」

「その通り、鉄だ。しかも硬さが必要なのでできれば鋼(炭素鋼)で作ってもらいたいのだが」


「むちゃを言うなよ! そんな固いものをこんな複雑な形状にしたら、すぐに割れてしまうだろう。それにどうやって加工するんだ?」


「やはり無理か。そうかなとは思った。ダメならステンレスでいい。焼き入れすればかなり硬度も上がるし、削るのは木だからそこまで耐摩耗性は必要ないかもしれない」

「それならできるかもしれん。しかし、この形状に加工するには砥石しかないだろう。時間がかかるだろうなぁ」

「俺もそう思う。ただ、この溝は削りカスを排出するための構造なので、そこまで高い精度は求めない。必要なのはこれで削ったときにできる穴の直径寸法だけだ」


「あ、あの。もしかすると、ですけど?」

「どうした? ゼンシン」

「それ、あの魔鉄でできないですかね?」


 魔鉄。それは、ハルミの魔刀・ミノオウハル、そしてミヨシの魔包丁・オウミヨシを作った材料である。


「魔鉄はもうなくなったのでは?」

「なにかを作るほどはもうありませんが、欠片を3つほど僕が持ってます。それをときどきいじってて気がついたのですが、鉄にも簡単にキズを付けることができるんですよ」


「あーあ。あれか。ゼンシンの作った鉄にときどきメモが書いてあるものがあったな」

「あ、あれは銑鉄分類のための自分用のメモです。銑鉄にさえ書けるぐらいだから、かなり固い……というよりも、あの魔鉄の場合は」


「ハルミやミヨシが言ったことを思い出すと」

「コレを切りたい、と思った通りに切れるんだったな」


 …………。


「ゼンシンの旋盤ができれば、鉄棒の固定はできるだろう。それをその魔鉄で加工すれば?」


 男3人で見交わす目と目。色気もへったくれもないが、これは純粋に技術者としての目である。


 まさか? しちゃうのか? するのか アレを するのか。


「結局、ドリルすんノかーい」


 ということになったようである。

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