第165話 女王様

「私を呼びまして?」


 やってきたのは女王様であった。


 いや、マジで。


 読者が想像するのとちょっと違うだろうけど、それはどこからどう見ても女王様であった。


 SMクラブの。


 総革作りの真っ黒でぴっちぴっちなボンデージファッションに細身を包み、右手には真っ赤な長いムチ、左手には目隠しをされたタカ。


 タカ?


「なにを狩るつもりだよ!!」


「あら、そこの方。私の趣味にケチをつけるおつもり?」

「あ、いえ、べつに、そんな、おつもりなんか全然ありませんあははは。だけど、ス、ステキなタカですね」


 思わずおもねってしまった。この人、近づいちゃいけない人だ。俺の下半身のうまか棒がそう警告を発している。


(なんなノだうまか棒って?)

(気にすんな)


「ステキな子でしょ。調教してもう2年。とっても狩りがうまくなってましてよ。一度あなたで試してみようかしら?」


 と言って、ユウコを見た。


「え? えっ? 私なの? なんで私を!?」

「お前が気に入ったようだぞ。ちょっと狩ってもらったらどうだ?」

「な、な、なにをよ!? 私、いったいどこをなにしてどうされるの?」


「スセリ、お主の趣味は後にせよ。それよりお主にやってもらいたいことがあるから呼んだのじゃ」

「あら、アメノミナカヌシノミコト様。ようこそ。お久しぶりですわね。縛ってもいいですか?」


「最初の挨拶がそれか! 相変わらずじゃの。じつは、お主の夫のことなのじゃが」

「ああ、この宿六がどうかしまして?」


注:宿六とは、仕事をしない甲斐性なしの夫を意味する。


「仕事もせずに酒ばかり飲んでおる」

「宿六ですものね」

「だから、しばらくの間、こやつからこの国の経営権を取り上げることにした」

「それは良いことかと思いますわ」


「その代わりをお主にやってもらいたいのだが、どうじゃ?」

「もちろんかまいませんことよ。このニホン国を私の好きなようにして良いのですね」


「いや、ちょっと待て。それは幾分不安があるのじゃが」

「あら、失礼な言い方ですわね。各地を回って、ちょっといい男を縛って遊ぼうかと思っていたぐらいですわ」


「それがいかんというのじゃ! お主にしてもらいたいのは、この国の人たちを喜ばせることじゃ」

「あら、私が縛ると大抵の男は喜びますわよ?」

「そうじゃないというに!! そういう性癖の男だけじゃなくて、国民全部をじゃ」


「それは大変ですわね。国民全部となったら、とても縄が足りませんわ。発注しなきゃ」

「だから、そっちから離れろ!!」


「あの、縄が必要なら俺が作って納品しますよ?」

「ユウも黙っておれ!! お前が話をややこしくするな!!」


「あら、ユウさんとやら。そちらには造詣が深いのですか?」

「手錠から荒縄までなんでも一通り揃えてご覧にみせましょう。なんならお試しで、このユウコを縛って試せるという特典もつけますけど」

「いやぁぁぁぁぁ。そんなことされたら、違う世界に行ってしまうぅぅぅ」


「本人もこのように喜んでおります」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」

「あら、それはステキ。あなたとは気が合いそうだわ。じゃあその手錠というのを一式くださる?」

「分かりました。すぐに手配を……」


 ぐわぁぁぁぁぁん。おや、また除夜の鐘か。違う、なんか頭が痛い。ものすごく痛い。めっさ痛い。死にそうに痛い。誰か殴りやがったな!


「いい加減にせんか! 調子にのりおって」

「アマチャンのばばぁ、お前か!! 痛たたたたた。おもいきりどつきやがって。あぁぁ、こぶたんができた痛たたた」

「調子に乗るからじゃ。しばらくは回復魔法も禁止する。痛みを抱えて反省せよ」


「きっつい創造神様だこと。ちょっと言葉遊びをしていただけなのに」

「いやいや、いま目がマジだったわよ。私もう里に帰ろうかと思ったもの」

「ユウコさんでしたわね。あなたでお試しができるのね。楽しみだわ」

「違いますってば!!!」


「うふふふ。冗談よ。からかいがいのある子は好きよ。それで、アメノミナカヌシノミコト様、経営というのはどういうことですの?」

「年寄りをからかうでないぞよ。オオクニの代わりにこの国を治めよというのだ」

「ふーん。ぽりぽり、あら、これおいしいわねぽりぽり」

「聞いておるのか!」


 あ、それ俺の分のポテチ!?


「この人がやっていたことって、どこからか集まってきたお金をお酒に替えることだけでしたわよ? ぽり」

「スセリ様、それは違いますよ! ちゃんと肴にも代えてます」

「分かっていますよ! 例え話よ、例え話! 縛られたいのかしら?」

「そ、それだけはご勘弁を!」


「それだから民が疲弊したのじゃよ。お主はスサノウの子、根の国の縁者じゃ。土地を豊かにし民の生活を守るのは本意にかなうことであろう?」

「まあ、苦手ではありませんわね。でも、ひとつだけ問題があるのですが」


「どういう問題じゃ?」

「この人の後片付けなんかするのはなんか嫌」

「嫌とか言うでない」


「だって、この人は女と見れば手を出す、投資案件と言われればすぐ手を出す、うまいものがあると聞けばすぐ手を出す。そのくせ私が縛ると言うと手を引っ込めるのですよ」


 最後のはちょっと違うと思うが。


「ではスセリはどうしたら良いと思うのじゃ?」

「私が手を貸すから、もう一度この人に働かせましょう」


 ……それって?


 失敗を償う機会を与えようとしているのだろう。なんだ。意外とやさしいじゃないか。SMはただのポーズか、キャラ付けか。


「よくぞ言ってくれた。オオクニ、スセリはお前の手助けをしてくれるそうじゃ。つまり、ここに戻ってくるということじゃ。お主はどうだ?」

「そうか。スセリは許してくれるのか。それなら」


 そのときバシッ! という鋭い音が部屋に響いた。俺もユウコも思わずすくみ上がるほどの迫力だ。オオクニにいたっては縮こまって肉団子になっている。


「まだ、許すとは言ってませんことよ?」

「わ、悪かった。俺が悪かった。お前を失ってから、なにもかもやる気をなくして酒ばかりを飲んでいたのだ。女とはもう別れた。許してくれ」


「許すには、我が父上から賜った試練を乗り越える、という約束でしたわよね?」

「え? あ、いや。それは。その、あまりに無理難題でな」


 ビシッ!!!


「まだやってないのですか!!!」

「だだだだってお前、毒蛇のうじゃうじゃいる部屋に一晩泊まるだの、人間サイズのオオムカデのいる部屋に一晩泊まるだの、あんなこと命がいくつあっても足りないぞ」


「試練は全部で5つありましわたよね。あなたが浮気した人数の分だけ」

「は、はいっ。それはもう、申し訳」

「で、どれが終わってないのですか? まだひとつも、なんてことはないですよね、あなた?」


 怖い。怖い。この女、怖い。どうしてこんなのとオオクニは結婚したのだろう。


 まるで未来のミヨシを見るようだ。ああ、俺は絶対に結婚などするまい。でもハルミはちょろいからこうはなるまいな……ってどうしてここでハルミが出てくる?


「すみません、まだひとつも手もつけてませんです、はい……」

「まったくもう。そんなことだとは思ったわ。それでは、私が修法をかけたこの頭巾を差し上げます。これをかぶっていれば、厄災は自ずから避けて行くことでしょう。それで早く試練をクリアしてきてくださいませ」


「え? いや、こんな、頭巾1枚で?」

「いいから、さっさと行ってこい!!!」


 はぃぃぃぃぃぃっ。

 

 すっとんでった。うむ、見事な駄目夫操縦術である。やはりこの世界の女は強い(小並感)。


 あれ? ユウコ。目を回している場合じゃないぞ? 毒気に当てられたのか、その場に倒れ込んだユウコであった。エルフは弱いな。


 まあいいや。しばらくこのままで放置しておこう。足が冷えるから足踏みマットにちょうど良い。ふみふみふみ。あぁ、柔からくて暖かい。


(ユウコ、かわいそ過ぎるノだ)

(ボコボコ叩いてたお前が言うな)


「さて、アメノミナカヌシノミコト様。アレが帰ってくるまで私が代行を務めますわ。なにからすれば良いでしょうか」

「まずは、そこのユウの指示を仰ごうではないか」


「はへ?」


 ここでそんな無茶ぶりを?!

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