第166話 地域振興策

「ユウ、お主には腹案があるのじゃろ?」

「まあ、あることはあるが。これは物作りじゃない。俺の得意分野じゃないんだ。あまりいい案ではないかも知れない。それでも聞いてくれるか?」


「まあどうせここには、ろくなアイデアを出せるものは、ワシを含めて誰もおらん。思うところを言ってみてくれ」


「そうか。じゃあ、感じたままを言う。まず、納税に関してはおそらく不正がある」

「やはり、そう思うか」


「聞けば、不正をチェックする機構もなければ、そもそもそんな概念さえないようだ。それで不正をしない人間などいないと思うべきだ」

「はい、私だってその状況に置かれれば、間違いなくやりますね。そして絶対にバレない自信があります」


「レンチョン、そんな自信はいらないから。不正がどのくらいあるのかまでは不明だが、それをチェックできるようにするのが先決だ」

「ふむ、それにはどうしたら良いかの?」


「ミノウが作った良いものがある。魔決算書だ。ミノウのスキルをかけたその紙にウソは書くと、ミノウには一発で分かるらしいぞ」

「そ、そんなことが?!」

「できるノだ。ミノウの紙はすごいノだ。ニオノウミでも使っているノだ」


「その紙はミノウから買う必要があるが、紙代だけでいいと言っていた。全国だからかなりの金額になるが、それで不正を防げるのなら安いものだろう」

「不正など許されることではないのう。しかし取り締まることもできな状況じゃったのか」

「へぇ、そんな便利なものを魔王が作っているなんて、私ちっとも知りませんでしたわ」


「その緩さが命取りだったんだよ。不正を憤る前に不正をしにくい体制を作らなきゃいけない。それは為政者の義務だ。備えずして罰するは不可なり、というのは俺のいた世界の名君・保科正之の言葉だ」


「その通りですわね。私はしっかりと備えるとしましょう。それで、そのミノウの紙とやらはどうやって発注すればよろしいの?」

「実務ならタケチャンが分かるだろう? まずは必要枚数を調べてくれ。それをミノウに伝えて紙を準備してもらう。年末まであまり時間がないから急ぐ必要がある。ミノウだって準備が必要だろうし」


「それはいくらぐらいかかるものかしら?」

「ニオノウミでは毎年50万ほどかかっているノだ」

「ホッカイ国では25万だったな」


「ごじゅ……。そ、それでは全国ではいくらになるのじゃ。とても支払い切れないのではないか?」

「ちょっと驚きの数字ですわね」


「ああ、その件についてなら、トヨタ家が立て替えることも可能です」

「あら、それはご親切に」

「いえいえ。年率18%の金利はいただきますからね」

「……ちゃっかりしていらっしゃること」


 レンチョン、さすがである。お前んとこ金融業もやってるのか。


「しかしそれで不正が防げるのであれば、高い買い物ではないじゃろう。それだけでも収入は増えることになるのう」

「あのボンクラは、その程度のこともしていなかったのですわね。帰ってきたらお仕置きしてやらなきゃ」


 試練をクリアして帰ってきたらお仕置きが待っているという無限牢獄。オオクニさんお気の毒さま。


「さて、問題はその次だ」

「うむ」

「不正をなくせば収入は安定する。あとは支出の抑制だ」

「支出って、ほとんど人件費だそうじゃの?」


「ああ、貴族への報酬だな。これはいずれなくすべきと考える」

「ちょっと待ってくださる? そんなことをしたら徴税もできなくなりますわよ?」

「そんなことをしたら反乱は必至じゃぞ?」

「そんなことをしたらトヨタ家は困りますよ!」


 ひとり私情を挟んでいるやつがいるようだが。


「だからいずれ、と言ったんだ。まずは減らして行くことを考えるべきだ」

「そうはいっても、長く続いてきたこの制度を変えるのは……」


「以前に、エース……トヨタ侯爵だが、が気になることを言っていた。この国では貴族には納税の義務はない。だから貴族に金が貯まってそれが経済を停滞させている、って」

「それは確かにそうですわね」


「貯まった金を放出するのには、戦争が一番手っ取り早いとも言っていた」

「それは、困ったことですわね。それでこの国での小競り合いがあとを絶たないのですの?」

「それだけじゃないと思うが、まったくないとは言えないだろう」


 エチ国とオワリ国の戦争は、その両方だろうな。もっとも、あれはすでに慢性化していて、戦争というよりもリクリエーションになっていたが。

 それでも迷惑を被るのは市井の人々だ。あのときも予定していた包丁が作れなくなって俺が迷惑を被ったのだ、こんちくしょめ。


(私情が入っているノだ?)


「そんなことのために戦争をするなど、言語道断でじゃ。そういう連中はワシの権限で罰することとしよう」


「それなんだが、どうやってその犯人を見つける? そもそも戦争の犯人っているのか? どうやって罰する? 罪状はなんだ? 罰して戦争はなくなるのか? 溜まった貴族の金はどうする?」


「そ、そんな矢継ぎ早に言うでない。ワシの能力の限界を超えておる。じゃがお主がそういうところを見るとなにか考えがあるのじゃな?」


「考えというか、俺がこの世界を見た限りでは、智恵が足りないのじゃないかと思っている」

「智恵、ですの?」

「経済を回すための智恵だよ。人々が必要とするものを作って売る。そのためになにをしなければならないか。そういう智恵を持っている人間が少ない。なにしろ、神様からしてこの体たらくだからな」


「ユウさんってば。そんな失礼なことを面と向かって言うものではありませんよ!」

「ユウコ、起きたんか。大丈夫だよ」

「なんか身体中に足跡がついてるんですけど。どうして大丈夫なんですか?」

「俺はそういうことが気にならないタイプだから」


「お主のタイプの問題ではないのじゃが」

「あはは、そうですわね。でもそこまではっきりと言われるとむしろすっきりするというか、縛ってムチで打ちたくなるというか」


 あ、それは止めて。


「報酬を減らすと同時に、これからは貴族からも働きに応じた税金を取ることにしよう」

「ますます反乱が起きそうじゃの」

「待ってくださる? それってこちらが支払う報酬を減らすのとどう違いますの? それに名目がありませんわ」


「直接税金を取ったのでは報酬減らすのと同じことだ。だから直接払わせるのではなくて、貴族に地域振興をさせるんだ」

「地域振興ってなんですの?」


「例えば、いま渡している金額の半分は報酬として好きに使っていい。しかし残りの半分は地域の振興のために使えと命令を出す」


「ああぁ、そういうことでしたか。それならトヨタ家ではずっとやっていることです」

「そう、よほどの無能か強欲でなければ、地域の経済が良くなれば、自分の立場が良くなり収入も増えるということを知っている。トヨタ家のように商売をやっていればなおさらだ」


「そ、そこんとこがよく分からないのですけれど。収入の半分も地域に投資して本人にどんなメリットがありますの?」


「それは簡単ですよ。トヨタ家の場合、現在の主力は馬車と住宅です。それらの顧客には貴族もいますが、市場として大きいのは一般住民です」

「レンチョンの話は実際に仕切ってきただけに説得力があるな」


「レクサスです。地域の経済がうまく回らなければ、馬車も住宅も売れません。だからトヨタ家では土地の開拓や道路の整備などに、毎年莫大な投資をしています。それらはトヨタ家の資産になると同時に、地域住民にとっても利便性が高まり、どんな商売をするにしても有利になるのです」


「「「へぇぇぇぇ!?」」」


「まあそれは一例に過ぎない。国によって事情は異なる。港を整備したり、灌漑用水を造ったり、人材育成をしたり、気候を生かした名産品作りをしたり、やれることはいくらでもある。それを、自主的にではなく強制的にやらせようというわけだ」


「な、なるほど。ワシらにそんな発想はなかったな」

「国の禄を食むのだから、そのぐらいの義務を負わせてもいい。半分くらい投資に回させてもおそらく苦情は出ない。なぜなら、それによって貴族の地位は向上し、また収入も増えるからだ。金が回るようになれば景気も良くなる。トヨタ家はそれが分かっているから言われなくてもやってるんだ」


「でも、投資したかどうかはどうやってチェックすればよろしいの?」

「それにもミノウの紙……魔決算書を使おう。年に1回。貴族には地域の決算に加えて、個人の収入をなにに使ったのかも報告書にして出させればいい。ウソは書けないのだから、ちゃんとやらなかったやつはそのとき苦労することになる」

「できない貴族もたくさんいることでしょうね?」


「いるだろうな。そういうやつからは改めて報酬の半分を徴税してやる。罰則のようなものだ。どうせ取られるのなら、地元に還元したほうが得だと考えるようになるだろう。一生懸命考えるようになるはずだ。それでもやらない悪質なやつには、一定の期限を決めて貴族の権利を剥奪する、というぐらいの罰則も必要だ。血筋だけで君臨できるなどと思うな、という強い姿勢を見せつけてやるんだ」


「あら、そういうのは得意でしてよ?」

「そ、そうだね。それはまかせようあははは」


 貴族が安穏としていられた時代はこれで終わるな(確信)。


「それともうひとつ」

「まだありますの?」

「各地域には、ここから監査員を送り込む」


「は?」

「へ?」

「はぁぁぁぁ?!」


 露骨に嫌な顔をした(一番下の発言)のはレンチョンだ。当然であろう。権力を笠に着た公務員ほどうっとうしいものはないからな。それが常駐するとなったら、迷惑千万であろう。

 しかし、これも必須事項だ。


「魔王のいるところはいい。やつらがうまくやるだろうし、もともとこちらの徴税対象じゃない。だが、それ以外の地域では、貴族がちゃんと働いたかどうかチェックする機能がない」

「それはミノウ様の紙で充分ではないですか」


「レンチョンのような優秀なのばかりなら必要ないけどな。そうもいかないのが世の習いだ。地元に道路を作りました。しかし誰も通りません、では意味がない。これは貴族の不正を暴くためではない、無能にさせないための施策だ」

「そうは言ってもですね、そんなはた迷惑なことを」


 レンチョンには酷な話だな。このままだと帰ってからエースに怒られるかな。それはそれで面白いけど、俺にとばっちりが来かねない。


「ただ、こちらにそれだけの人材がいるかどうかだが?」

「全国に、というのは難しいですわねぇ。滞在費用はこちら持ちなのですわよね?」


「それは当然だ。費用まで現地に持たせたら、それは癒着の元となる。監査員を派遣する意味がなくなる。全国が無理なら、主立った土地だけでもいい。それと」


 俺はチラッとレンチョンを見る。まだなんか言うつもりですかという、ちょい切れ気味の表情が帰ってくる。少し怖い。


「地域に信頼できる貴族がいるなら、その業務を委託するという手もある。それは過去の実績を見て決めればいいだろう」

「オワリ国はぜひ、当家にお申しつけください」


「まあ、トヨタさんには毎年多額の献金をしてもらっていますしね。それでよろしいわ」


 オワリって確かシャチ家とかいう豪族? がいたような気がするが、ここはレンチョンの顔を立てておこう。


 もしかすると、俺ってば癒着の元を作ってしまったのかも知れないけど。


 政治的な駆け引きは俺の関するところではない。その辺はどうでもいいのだ。民が潤えば、俺の商売もうまくいく。ダマク・ラカスもポテチも売れて売れて売れまくることであろうわはははは。


(結局、それが目的なノだな)

(俺がボラティアでこんなこと考えるわけがないだろ)

(そうだったノだ。ぶれないやつなノだ)

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