第163話 謎の女
「遷都遷都って、そんなうるさくせんといて?」
オウミが帰ってきたらタケチャンをボコボコに殴ってもらおう。
「どうして引っ越すぐらいのことを、そんなに嫌がるんだ?」
「最初に、ぐらいのこと、じゃないと言ったのはお前だろ」
「あら?」
いやぁ、これは1本取られましたな。そういえば言ったな。あはは、見事に反撃されちゃった。
「嫌なものは嫌なのだ」
「そのために、国が亡んでもか?」
「うぐあー」
しかし分からん。こんなところ、食べるものも遊ぶものもないのに、なんでこだわるのだろう。じつはきれいなねーちゃんがわさわさいるとかそんな理由じゃないだろな。それなら俺もここに住んで痛っ。
「なんでユウコが殴るんだよ!」
「なんとなくよっ。プン」
なにそのミヨシ直伝のプン攻撃。
「それはではどうでしょう。ここはこのままにして、アズマに出張所のようなものを作るというのは?」
と提案したのはレンチョンである。
「「え?」」
驚いた。レンチョンが初めて役に立つことを言った。
「たいがい失礼ですよね、それ。私は成り行きを黙って見守っていただけですよ」
そういえば、こいつはエースの懐刀だった。口を出していいところといけないところをわきまえている。執事としては優秀なのだな。
「しゅっちょうじょ、ですか」
「なるほど。そうしてアズマにツバを付けておくのか。悪くないアイデアだ」
「まあ、そういうことです。誰かに盗られる前に、ここは自分のものであるということを形で示しておいたらどうかなと」
「すると、誰かをそこに遣わすことになるわけだな」
「人選はお任せします。もし協力が必要ということでしたら、トヨタ家から人を出すこともできますし、場所も提供可能です」
(レンチョン、それ、狙ってるよな?)
(なにをですか?)
(シレッと言ったが、トヨタ家でアズマを乗っ取る気じゃないか?)
(乗っ取るなんてとんでもない!)
(ほんとかよ)
(それは本当です。そんな面倒なことまでしてやる義理はありません)
(あら?)
(私が欲しいのは利益だけです)
(あ、それなら納得した)
(それは重畳です)
もしかして、俺の祖先はこいつと繋がっていないだろうか。
「そういうことなら、できるかもしれない」
「オオクニ様。私の部下を行かせるのは可能です。私は行きませんけど」
レンチョンのおかげで少し流れが変わってきた。タケチャンまで前向きな(自分が行くとは言ってない)発言だ。そこにオウミが帰ってきた。
「ただいまノだ。ご飯とおかずもらってきたノだ」
「オウミ、お帰り。ちょうどいいタイミングだった。さっそく昼飯にしよう」
「あの、たったいまこちらがお出ししたランチ……」
「まあ、黙ってこれを食え。話はそれからだ」
ランチがどこにあったのか謎だが、そこいらいにあった粉だか生臭いなにかだかは端っこに片付けて、オウミが持ってきたミノ国名物のひつまぶしをテーブルに並べた。
もう読者にはお馴染みのことと思うが、ひまつぶしではない。櫃まぶしである。
それに暖かい味噌汁に沢庵の漬物。野菜サラダにポテチの袋。いや、ポテチは食卓に並べるものじゃない。食後のデザートに食べるとしよう。
「さぁ、お前らの分も……って言う前に食べてんじゃねぇ!!」
「もぐもぐもぐぱくぱくぱく。うぐっ。ぐぐぐっぐぐぉ。ごんごんごん」
慌てて食うからだよ。ほら、水飲め。お茶も出ないのか、ここは。
「ぐぅぅ。ごぉぉん。ごっくん。はぁぁぁ。どもですもぐもぐもぐもぐもぐ」
また夢中でかき込んどる。
こちらでウナギは珍しかろう。ウナギは回遊魚である。太平洋の遙か彼方・マリワナ海嶺で産卵し、その稚魚が黒潮に乗ってニホンまでやって来る。
そこでふるさとの河川を探して遡り育つ。そのために大半が太平洋側にたどり着き、日本海側に行くウナギはごく少数だ。
だからここでは、ウナギを食べる文化そのものがないのだ。
しかしこいつらは、何日も食っていなかったように飛びついた。見慣れない料理を見たら少しは尻込みをするか、まずは少しだけ食べて味を見る、とかいう行動をしそうなものだが。
ほんのちょっとの躊躇もなく食べ始めた。そのぐらい空腹だったのだろう。涙を誘うな。
あ、もちろん俺だって食べるぞばくばくばく。うまいうまい。ミヨシの料理はいつもうまいな。さすがはタケウチで嫁にしたいナンバー1の痛痛い痛いって。
「なんでユウコが殴るんだよ!」
「なんとなくよっ。プン」
お前は単性生殖だろう。人間がする嫉妬とかそういう次元でものを考える生き物じゃないと思うんだが。それとミヨシ式プンは止めて。
そのとき突然、あの音がした。
ち~ん。
あれ? どこかで聞いた音だなもぐもぐ。その瞬間、あれだけの勢いでひつまぶしを貪っていたオオクニもタケチャンも、その動きを止めた。まるで時間が止まったように。オウミにいたっては顔を引きつらせたままで固まっている。
そしてそれは、俺を除く全員に訪れた。
「あれ? お前らいったいどうしたんだばくばく。早く食べないと冷めちゃうぞ?」
返事がない。ただの蝋人形のようだ。ためしに、ユウコのおっぱいを揉んでみる。ぷにぷにぷに。ふむ、いつもの柔らかさだ。
固まったわけではないようだ。時間が止まれば普通はカチカチになるよな? 薄い本なら別だけどもぐもぐもぐ。
なにが起こったんだろもぐもぐもぐずずずっ。うまい。
「不審に思いながらも食べるのは止めないのじゃな、お主は」
天井から声がした。でっかいネズミか? 魔ネズミか? しゃべる魔ネズミはきっと珍しいぞ。捕まえてペットにしようか。高値で売ろうか。
思う間もなくその声の主は俺の前に姿を現した。すごい光が降りてきた。
「誰が魔ネズミじゃ。ペットにするだの売るだの不埒なことを言いおって。ワシはこれでも」
「眩しいなおい! もうちょっと加減しろよ」
「おっと、これはすまなんだ。こんなもんで良いかの?」
「ああ、そのぐらいなら大丈夫だ。えらくごっつい格好をしてるな。それに、オウミたちと違ってずいぶん白い色で輝くんだな。その分、余計に眩しかったんだ」
「少しぐらいは驚いて欲しかったのだがな。我にはすべての属性があるから光は白いのじゃよ。そこいらの不完全な魔王とはラベルが違うのじゃ」
なんか古いネタを引っ張り出してきた?!
「で、この固まったこいつらはなんとかならないのか?」
「そのうち元に戻る。そこのレンチャンはもう正気に戻ったようだ。ワシに対しては人間のほうが耐性があるようじゃの」
「レンチョンです……違う!!! 私はレク……そんなことよりも!! あの、あなた、様は、あなたは、まさか、あのもしや、あのまさかにかさまのあ?」
動揺するレンチョンを初めて見たぞ。しかし動揺してても、自分のあだ名に突っ込み入れるのを忘れないのはさすがだ。一部が意味の通らない回分になってはいるが。
「えっと。ここは首都で、その首長がここにいるオオクニ。その配下にタケチャン。そしてそこにいるオウミはニオノウミの魔王。その連中をこぞって恐怖で固まらせるあんたはいったい何者だ?」
「ちょとちょっとちょっと、ユウ! そんな、そんな口の利き方したらだめっ!! このお方は、魔王様よりもエルフの心意気よりも、もっともっとずっと遙かに永遠にエラい方よ!!」
あ、ユウコも正気に返った。こんなときにも、エルフの心意気を入れるのを忘れないお前のほうがよほどエラいぞ。でもそれ、比較対象になるようなものか?
レンチョンとユウコが正気に戻った。あとは神々と魔王か。こいつが言うように人間に近い順に復帰が早いようだ。ということは?
「あんたは、神の側にいる人、ということか?」
「その認識でだいたいあっている。この国を作ったのはワシじゃよ。俗に言うところの創造神じゃ」
ここはニホンの聖地・イズモである。そこに現れた創造神と名乗るいかがわしいおじさん口調のおねいさん。やっぱりきれいなねーちゃんがいるじゃないか。こいつらはそれで引っ越すのが嫌なんだな。
その女性は、光のせいか髪は真っ白だ。そしてがちんがちんのモビルスーツに身を固め
「着るなよ、そんなもん!!!」
「ど、どうしてじゃ、なういであろう?」
俺も突っ込むの遅せぇよ!
「いや、待て。あんたはどこの時代でそれをコピーしてきた?」
「えっと、ちょっと前?」
なんでここでガンダムのコスプレ女と話をせにゃならんのだ。それが創造神って、この国はどっかおかしい。
「そんなごっついものは、人が……神が着るようなものじゃないぞ。歩きにくいだろ?」
「うむ、歩きにくいというか動きにくいというか。そ、そうか。流行っていると思ってせっかくお取り寄せしたのだが、返品しないといけないか。じゃあ、どんなのがワシに似合うと思う?」
「そうだな……。この体型なら……。そうだ、セーラームーンってのはどうだ?」
「セーラームーンとな。それは、Amazonで買えるのか?」
「創造神が通販を使うなよ。買えるけど! あちらの世界ならな!!」
「分かった。今度からはそれにしようかの。とりあえず、これは動きにくいので脱ぐぞよ」
「「「え? ここで?」」」
ぱたぱたとあっさりガンダムを脱ぐと、そこには色香漂うきれいなおねいさんがいた。こいつらが色香に迷うのも良くわかるほどの妖艶さだ。俺だってここに住んでしまおうかとちょっと思って……ないからね! ぜんぜんそんなことないからね!
あぶなかった。ユウコが正気を取り戻したばかりで助かったふぃぃ。
タケチャンばりの薄物を腰と胸に纏い、マフラーのような布が首を一回りして前に垂れている。真っ白で長い髪。長い足にほっそりとした顔。印象的な目が強い意志を表している。そしてハルミを思わせるきゅっとくびれたウエストに一般的サイズの胸(Dカップほどと思われる)と腰。そしてどこから出したのか、頭には宝冠とおぼしき冠をかぶっている。
「最初からそれで来れば格好良かったのに」
「そうか。長年これだったものでな、飽きてしまったのじゃよ。ところでそろそろ本題に入りたいのじゃか、良いかの?」
「あな、あな、あなた様は、どうしてこのようなむさ苦しいところにお出でになられたのですか!?」
やっとオオクニが復帰した。ここはむさ苦しいっていうより、うらぶれたって感じだけどな。
次章で、この謎の女の正体が明らかに!?
「まるでミステリーみたいなヒキなノだ」
「それ、ミステリー書いてる人から苦情が来るから止めてくれ」
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