第162話 首都の財政

「だが、断る?」

「お前がそれを言うな!」


 遷都しろと、言ったとたんにこれだ。まったくどこまで引きずるのだ岸部露伴。


「いや、引きずっているのは彼じゃないと思うノだ」


「タケチャンマンはどうして断るんだ?」

「ここは私たちの聖地だ。引っ越しなど考えられるものか。タケチャンマン言うな」


「じゃあ、タケチャン。お前には赤字削減のためにどんなアイデアがあるんだ?」

「短くしろとも言ってない! そ、それは、だな。なるべく質素な暮らしをして、その食事も控えめに」


「そんな程度のことも、いままでしていなかったのか?」

「していたわ! バカにするでない!」

「それでは赤字は減らなかった。そうだろ?」

「うが、ごご」


「オオクニはどうなんだ、遷都する気はあるのか」

「タケノウ……タケチャンもいきなりだから驚いたんだ。そこまでのことをするとなると、時間が必要だ。少し考えさせてくれ」

「オオクニ様。せめてスクネでお願いします」


「それで、遷都をするとどうなるのだ? 遷都にも莫大な金がかかるぞ?」

「遷都先はアズマだ。まずは大都市・アズマを確保しておく。ここままではまたどこかの魔王に盗られるぞ」

「そんなけしからんこと! させるものですか!!」


「いままでされ放題されてきたんだろ? このオウミに盗られるっていったいどんだけボンクラなんだよ」

「それ、我への悪口なノか?」

「ややこしくなるから出てくんな」


「しかし遷都など。そんなことできるはずがない。我らはここで生まれて育ったのだ」

「うむ。私もさすがに遷都というのは行き過ぎだと考える」


「……そうか。首長までがそういうのなら仕方がないな」

「すまんが、もう少し穏やかな解決策を考えてくれ」


「アズマは、俺がもらう」

「「はぁぁぁ?!」」


「オウミ、さっそく国盗りだ。お前も手伝え」

「分かったノだ。そういうのは大好きなノだ」

「ミノウもできる範囲で手伝わせる。カンキチも呼ぼう」

「なんかワクワクなノだ。久しぶりに大暴れできるノだ」


「魔王が3人いたら、国のひとつやふたつなんとでもなるだろ。その上こちらにはトヨタ侯爵・エースまでいるんだ。政治的なことはやつにまかせればいい。そうだろ? レンチョン」


「私の呼び名はそれでもう固まったんですか?! それはまあ、あの方ならやるでしょうね。ミノオウハルとの交換条件ぐらいはつけるかもしれませんが」


「ちょちょちょっ、ちょっと待って、ねぇ待って。待ってってば待ってよ。そんなに急がなくても良いではないか。まあご飯でも食べていってよーん?」


 よーんじゃねぇよ。タケチャン、自分のキャラが崩壊しているぞ。


「あら、私はもともとこういうキャぎゃぁぁぁぁっ」

「キモいから止めろ!」

「痛たたたた、だからって髪をまとめて10本も抜かなくても。あ、ご飯がきたっす」


 もうお前のキャラぼろぼろだぞ。


「話の途中だが、準備ができたので昼にしよう。さぁ召し上がれ」

「えっと、召し上がれと言われても。これって?」

「我は、我はいいノだ。いまはお腹がいっぱいぐるぅぅぅぅ」


「オウミ、腹が減っているなら遠慮するな。好きなだけ食べていいぞ」

「いや、この音はそうではなくてだな。遠慮はしないノだ。しないノだがユウが食べるノだ」

「いやいやいや。俺は朝食べてききゅるぅぅぅぅ」

「朝は食べ損なったではないか。我に遠慮はいらないノだ。食べるノだ」


「おふたりとも? 遠慮はいりません。どうぞ召し上がれ。我が国特産のうどん粉と生魚のモロヘイヤ和えです」


「「食えるかぁぁぁぁ!!!」」

「庶民の口には合いませんかね?」


「どの口にも合わねぇよ! なんでうどん粉だよ! うどんにしろうどんに。粉のままで出すな! 魚もせめて焼け。モロヘイヤも茹でてからにしろ。生のままで和えてどうする!」


「あらあら。高級食品に食べ慣れていない人たちは気の毒に。私たちなんか毎日これを、おぇっ。食べていますよ?」


「いま、おえって、言わなかった?」

「言ってません」

「明らかにえづいていたノだ」


 しかもおかずはその1品のみである。そして主食は。


「あの、これはいったい?」

「それはな、パンという食べ物だ。庶民にはまだ普及しておるまい」


 うん、普及はしていない。俺がホッカイ国で作ろうとしていたぐらいだから。ここにパンという文化があったのは驚きだが、それよりも。


「こんこん」

「痛っ。なにをするノだ。そんな固いもので我を叩くではないノだ」

「す、すまん、ちょっと硬さを計ろうかと思って」

「わざわざ我の頭でするでないノだ!」


「オオクニ。この黒っぽい石ころがパンというものか?」

「「その通り!」」


 いや、そこで自慢気にハモられても。


「これ、ライ麦粉と水を混ぜて、乾燥させただけじゃね?」

「え?」

「なんだ知っておるのか。さすがカミカクシだな」


「小麦は使わないのか?」

「そんな高い……庶民の食材など使えるはずがないだろ」

「高いって言いかけた?」

「言ってない」


 ライ麦は小麦に比べるとグルテンの量が遙かに少ない。だからパンにするとどうしても固くなってしまうのだ。そのために、俺のいた世界では、あまり好まれるパンではなかった。ダイエットに夢中な女性は除くが。


「塩はどうして入れない?」

「そんな高い……庶民の食べるようなもの、使えるはずがないであろう」

「また高いって言わなかった?」

「言ってない」


 パンというのは、生地に塩を入れることによってグルテンを引き締めて腰のある生地になるのだ。そうすれば、焼いたときにパンらしい弾力が生まれるのだ。


 うどんだって塩を入れるだろうに。こいつらがそれを知らないはずがないのだが。


 ちなみに酵母はなしでもパンは焼ける。ピザで良くあるクリスピー生地なんかはその典型だ。

 しかしそれは応用の利かない生地にしかならない。中になにかを入れたり(クリームとか餡とか)、サンドイッチにしたりということができない。だからホッカイ国では酵母を使ったのだ。もちろん俺の好みである。


 しかし、塩なしではそれさえも無理だ。


「窯で焼いた?」

「そんな高い……庶民の使う設備など使えるはずがなかろう」

「いま、高いって言ったな?」

「言ってない」


 焼くからふっくらするんだろうが。ただ、固めて乾燥させただけかよ。


「オウミ、ちょっとこれは」

「うむ、想像以上だったノだ」


 うどん粉がそのまま出てきたり、パンに塩さえも入ってなかったり。ということは?


 生魚がそのまま出てくるということは?


 モロヘイヤを茹でずにそのまま出すということは?


「これ、自分たちは貧しいですよアピール?」

「違うわっっ!! ここは首都であるぞ。そんなことがあるわけ……あるわけ……ない……わぁぁぁぁぁぁぁん」


 はい、タケチャン落ちた。


「ここの維持費のための予算はいくらぐらいだ?」

「……それはその」


「もうぶっちゃけちゃえよ。この食卓を見たら誰でも分かる。思えばあの迎賓室? だっておかしなことだらけだった。なんで中古で薄汚れたちゃぶ台が置いてあるのか。俺たちを出迎えたタケチャンがなんで押し入れなんかに入っていたのか。ここに入るときの扉の建て付けがあそこまで悪い理由も、全部同じだろ?」


「…………」

「オオクニ。もう無理して取り繕おうとするな」


「そうですよ!! 私なんかもう3年もお給料もらってないんですからね! だから真冬にこんな薄物1枚しか着られないんですよ! これだって最後の1枚ですからね。エロを狙ったフリしてますけどそうじゃないんですよ! 暖かい食べ物なんてもう何年も口にしてわぁぁぁぁぁぁん」


「オウミ、ちょっとタケウチに戻ってなんでもいいから暖かい食べ物をもらってきてくれ。それからもしあったらポテチとかユウご飯も頼む」


「わ、分かったノだ。さすがの我も、ちょっと可哀想になってきたノだ。すぐ行ってくる」


「オオクニ、さっき人件費で9割と言ったな」

「あ、ああ。それには間違いはない」

「支出が108億で、その9割が人件費。97億か。で、収入が92億だったな。それだけで赤字か」

「計算が速いな。その通りだ」


「その9割の人件費には、ここで働く人たちの分は入っていないのか」

「……入ってない。もう金を貸してくれるところもなくてな。ここの者たちには苦労をかけている」


「もう一度聞くが、ここの維持費のための予算はいくらぐらいだ?」

「ほとんど、ない」


「それでよく俺を男爵にしようなどと思ったものだな」

「お主なら儲け話を持ってきてくれるかなって」


「かな、じゃねぇよ。まったくもう。どうやってここの年収を増やすか……待てよ? いままでスルーしていたが、神に支払うのはいいとして、なんで人間にまで払っているんだ?」


「我が生まれるよりもっと前のことだが、神々も人間に助けられた時代があったのだ。そのものたちに、お礼の意味で爵位というものを与えたのだ」

「そんな昔からのことだったのか」


「そうして手足のように使っていたのだが、使ったときにはお金を渡すという習慣になっていた。その頃は裕福だったしな」

「そりゃタダ働きってわけにはいかんわな」


「それがいつしかやつらの権利となり、それがまた世襲してゆくという蟻地獄?」

「まるで、先代の大盤振る舞いの後始末をさせられている御店の跡取り息子のような」


「いつしかその費用が収入を上回るようになったのだ。いまココ」

「人間になんか金を払う必要なんかあるのか?」

「支払わなければ、収入の道も閉ざされることになるだろうな」


「集金しているのも貴族なのか?」

「そういうことだ」


 神々への支払いを止めると国が割れる。それは戦乱を意味する。エースなんかは小躍りするかもしれないが、俺はそんなはた迷惑なことはゴメンだ。


 かと言って人間側(貴族)への支払いを止めると、今度は集金機構に穴が開く。


「貴族は納税の義務がないって言ってたっけ?」

「ああ、ない。それは貴族の特権だ」

「ちょっと特権が強すぎ……あれ? 俺、タケウチにいたときに、税金を誤魔化そうとしている貴族を見たような気がするんだが」


「それは副業をやっているやつのことであろう。会社を興したり取り引きしたりして、利益がでればそれには税金がかかる。しかし納税を誤魔化そうとは不穏なことだな」


「不穏で済ましちゃダメだろう。そういう不正はどうやって見分けてるんだ?」

「見分ける? なにを?」

「えっと。ここの制度が良く分からんが、その税金は所得税だよな? 消費税なんかなかったよな?」


「所得に対する税金だ。なんだ消費税って?」

「いや、なければいい。忘れてくれ。その所得ってのは申告制か?」


「申告というか、貢ぎ物を持ってくるだけだが」

「は?」

「毎年年末になると、各国の収入に応じて貢ぎ物を持ってくるのが慣例でな」

「それが正しいというのはどうやって判断している?」


「持ってくるのだから正しいのであろう?」


 また性善説かよ。この国、インチキし放題じゃねぇか。ここでもミノウのあの紙が必要なようだ。


「それは確実に誤魔化されているな」

「そんなことはない! みな、我の国民たちなのであるぞ」

「人間ってのは、誤魔化す生き物なのだよ」

「そんなことはな……そう言われると心辺りがあるような」


 あるんかい!


「今年は不作でコメが獲れませんでした、と言っていたやつの肌つやの良かったこと。洪水で被害が多数出たと言ったやつの着ているものの豪華だったこと。それから」

「思い出話はいい。これからのことを考えよう。とりあえず、不正なことができないものを渡すから、それを使ってくれ」


「そ、そん、そんなものがあるのか?」

「ああ、ある。オウミが帰ってきたら手配する。それをすぐ配布して今年の貢ぎ物に間に合わせよう。もうじきだよな」

「それは助かる。そんな方法があったとは」


「それで不正は防げるだろう。だが、それだけじゃダメだ。根本的にこの制度はいつか破綻する」

「どうしてだ?」


「いまの領地は、いずれ誰かに盗られるからだよ」

「そんなことは私が許さない!」


「だからいままでさんざん盗られてきたんだろ?」

「うぐぐぅぅぅぅ」

「タケチャンは戦えば強いのだろうけど、戦う前に盗られたものはなんともならない。違うか?」

「その通りだ。なにか良い手はあるか?」


「その前に聞きたいのだが、領地管理はどうやっている?」

「その地方にいる貴族にまかせている」

「つまりは人がやっているわけだな」


「そこに魔王が現れたら、人で太刀打ちできるのか?」

「ま、魔王なんてそうそう出現するものではないのだ」

「すでに7人も出ているのだろ? その領地の貴族ってみな魔王に懐柔されちゃったんじゃないのか?」


「いろいろな奇跡のような条件が重ならないと魔王は発生しないが」

「だが、長い年月の間にはそういう奇跡のようなことが起こる。それがいままでに7回起こった。じゃぁこれからはどうだ? もう起こらないのか?」


「そ、そ、それは。それだ」

「はっきりしないやつだな。起こるに決まっているだろ。それこそ時間の問題だ。それでアズマを盗られたらここは終わりだぞ」

「それだけは阻止せねばなりますまい!」


「その意気込みは良く分かったが、それで具体的にはどうするつもりだ?」

「それは……その。なんとかしようかなって」

「ノープランかよ! そんなことでなんとかなるわけないだろ。ここは先に手を打つべきだ」


「その具体的にとは、どうすればいいのだ?」

「遷都だよ!」


 あれ? 前章と同じヒキ?

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