第161話 神と仏の戦い
「だが、断る!」
「言うと思ったノだ」
「こんなチャンス、なかなかないからな」
「それが私にはそれが分からない。爵位をもらうことを嫌がる理由はいったいなんだ? たいした義理もなく、利益だけを存分に得られるのだぞ?」
「貴族になるってことは、その上――つまりはあんたたちに――仕えるということだろ? しかも男爵なんて一番下っ端じゃないか。人の顔色をうかがって生きるなんてまっぴらなんだよ」
「顔色をうかがう必要はないと思うが」
「オオクニは生まれながらにその地位にいるから気づいていないんだよ。お前さんの部下が、いつもその顔色をうかがっていることに」
「そういうものか」
「そういうものだ。そして、俺はそういうことするやつも、させるやつも大嫌いなんだよ。ましてや自分がその仲間に入るなど、身の毛がよだつほど嫌いだ」
「つまりは一匹狼でいたいと」
「まあ、そう思ってもらってかまわない」
「ふぅ。その程度のことで、年俸1,000万を棒に振る人間がいるとはなぁ。驚いたぞ。寄らば大樹の陰ではないのか」
「俺にとっては『その程度のこと』じゃないからさ。身の毛がよだつなんてこと、お前さんは感じたことないだろ?」
「それは、まあその通りだ」
「さらに言えば、たかが1,000千万で俺を買えると思うな。俺が立ち上げた事業は、この3ヶ月ほどで年商3億を越える規模になっている。来年はさらに一桁上のレベルになるだろう。その1%を報酬でもらったとしたら俺の年収は億に達する可能性さえある。しかもそれは毎年必ず増えて行く。貴族の手当など数のうちに入らない」
「今はほぼ無収入なノだけどな」
「やかましいよ」
「驚いたな。そこまで計算しているものなのか」
「計算? そりゃ、俺の特技はカイゼンだからな。事実を把握するのには計算は不可欠だ。この話にはやたらと数字が出てくるだろ? 他の小説にはない珍しい特徴のはずだ」
「ちょくちょく間違っているノだが、それは?」
「それもやかましいよごめんなさい!」
元のユウにソロバン4段並の実力があったのが幸いしている。これだけは転生時にもらったチート能力といっていいかもしれない。
「ふむ。そこはトヨタ家の申請書の通りだな。お主のそこを見込んで頼みがあるのだ」
「条件次第では引き受けるが、どんな問題があるんだ?」
「うむ、お主に回りくどい話は無駄だと思うので率直に言おう」
「ああ、そうしてくれ」
「金が欲しい」
神がかよ!!!
思わず突っ込んでしまった。意外といえばこんな意外な申し出はない。貧困を絵に描いたようなホッカイ国でも、そんなことを言うやつはいなかった。
エルフの連中もカンキチもマツも生活に苦労はしていたし、仲間に餓死者が出ることさえあった。しかしそれでも金が欲しいとは言ったことがなかった。
そういうことは言わない(口にするのは無粋だ)という文化が、このニホン国にもあるのだと思っていた。それなのに、こいつは率直すぎるだろ。
「ちょっと待てよ。それって話がおかしくないか?」
「どこがおかしい?」
「俺に1,000千万出そうって国が、なんで金がなくて困ってるんだ?」
「最初から話すと、我が国の財政は赤字続きでな。累積赤字が140億を越えている。そして増える一方なのだ」
「ふむ。その原因は分かっているのか?」
「おっと、金額には驚かないのだな」
「国のレベルから考えて、そのぐらいの数字はたいした金額じゃないと思ったからだ。この国に群(くに)は200はあるんじゃないか? ミノ国は大きいほうだろうが、カンサイやアズマはもっと大きいだろう。俺の研究所のあるチュウノウ市だけでも税収は2億ぐらいはあるはずだ。そこから推定するとニホン国の税収はざっと100億はないとおかしいことになる。その国が、単年ではなく累積の赤字なら140億ぐらいはあり得る数字だ」
「ど、どこでそれを知った? これは国家機密に属する内容なのだぞ!?」
「だから推定って言っただろ? フェルミ推定って言うんだ。与えられた数字だけを元にもっと大きな数字を推定する手法だ。で、正確にはどのくらいある?」
「それだけ分かっているなら言ってもよかろう。去年度は92億だ。今年はもう少し下がる見込みだ」
「ということは、支出は100億以上あるということだな?」
「去年は108億だった。それをなんとかして減らしたい。そのためにお主を1,000万で雇えるなら、高くはないとそう思ったのだ。トヨタ家には日頃世話になっていることもあるしな」
「ええ、うちは毎年、2,000千万の献金をしていますからね」
レンチョンが威張っている。しかし、1企業で2,000千万は確かにすごい。申請しただけでほいほい爵位がもらえるわけだ。
「それで赤字の原因はなんなんだ?」
「原因ははっきりしている。収入より支出のほうが多いからだ」
「そんなもん当たり前だっての!! そうじゃなくて、支出の内訳だ。人件費はどのくらいで……他にどんな支出があるんだ? 神様ってどんな費用が?」
「人件費が9割だ」
「使い過ぎだ!! リストラしろ、リストラ。どこの世界に人件費が9割も占める国があるよ。アホも大概にしろよ」
「そ、そう、そういうものなのか。我らははるか昔からずっとそれでやってきたのだ。やはり異常なのか、これは」
「異常なんてもんじゃない。それはもう組織として成り立っていないレベルだ」
「そうだったのか。では、どうすればいい?」
「人件費……神でも人件費でいいのかな? まあ、いいや。人件費を削るなら話は簡単だ」
「ほぉ。どうすればいい?」
「首にすればいい。まずは半分に減らせ。さしあたってそこでうちの魔王とケンカしているやつなんか、いらなくね?」
「そんなことできるかぁぁ!!」
「うぉぉ、驚いた。オオクニはそんなことで大声を出すキャラなのか」
「あの者はこの国で騒乱が起こったときに、国を救った英雄なのだ。そんなことできるはずがない。仮にも武神だぞ」
「そうなのか。ところで、その人件費のかかる神? ってのはどれだけいるんだ?」
「国中に800万いると言われている」
「やおよろずかよ! それは聞いた俺がバカだったけど! しかし、その言われているってなんだよ。そんな適当な把握でどうする」
「増える一方でな。もう把握しきれなくなっているのだ」
増やすなよなぁ。
「どうして神が増えるんだ?」
「増やしているのは人間だ。最初のうちは、高い山だとか大きな奇岩だとかだったので、そのぐらいはいいかと認めていた」
「認める?」
「我が承認すると、神として祭られるようになる。そしてそれが我が国の支出となるのだ」
「最近なった神っていったい?」
「最近はとくに増えていてな。ついこの間は、メガネをかけた女の子が神になった」
は?
「その前は巨乳。そして貧乳。ツインテール。そして幼女とか」
「待て待て、それはただの身体的特徴だろ? どうして神になるんだよ」
「そういう宗派ができたからだ。メガネっ娘教、貧乳教、ツインテ教……」
「分かった。もういい。そういえばいたな、そんな連中が」
「まだあるぞ。珍しいところではあぷろーどをした者も神になったし、はっきんぐとかいう者も神になった。けいじばんというところは神の製造装置かなにかのようで、やたら発生するのだ。若い女性といかがわしいことをする者まで神だ。もういい加減にして欲しい」
「いい加減にしろ、と言いたいのはこっちだ。なんで俺のいた世界とそんなとこだけ混ざってんだよ。ってか、なんでもかんでも神認定やめろ」
「そういうわけで、どんどん増えて行くのだよ?」
「のだよ? じゃねぇよ! その神はただの下心があるだけの親切なふりした悪徳野郎じゃないか。そんなものを」
「神なんてもともとそういうものなノだ」
「その通り」
あれ? おかしいは俺のほう? 間違っているの俺なの?
「人を救いもするが、祟りも起こす。それが神だ。巨乳教でもてはやされるのは巨乳な子だけで、そうじゃない子には災いでしかない。またもてはやされて嬉しいかというとそういうわけでもない」
「そ、それは、そうだけど」
「神待ちしている子にとって、一晩泊まらせてくれる人は救いの神であろうが、そのためにヤられるというお賽銭を払うことになる。それは後に災いをもたらすであろう?」
「……」
「あぷろーどする者は」
「もう分かった。その理屈が正しいのは理解した」
俺が文句をつけられるところはなかったこんちくしお。神だって理屈で成り立っているのだな。
「まあ、新しい神は消えるのも早いのだがな」
「その新しくできた神にいちいち給料? を支給するのか?」
「ああそうだ。支給額はどれだけの人の信仰を集めたかによる」
「ふむふむ。それで9割が飛んで行くわけか。残りの1割は?」
「この宮殿の維持費に充てていたのだが、それもままなならぬのが現状だ」
「そいつらを、首にしたらどうなる?」
「この国が割れる、であろうな」
「割れて、なんの問題がある?」
「おい、お前! さっきから聞いていれば、我が主に対してその言葉使いも話しぶりも失礼極まりない。成敗してくれる!」
あらら。もうケンカが終わってしまったか。じゃ、オウミ、続きをやってくれ。
「ほい、ノだ このこのこのこのぼけなす」
「なんだ、まだやんのかばしばしがしばし」
「あぁぁもう!! せっかく髪型直したのにぃ、やめて!」
オウミをけしかける度に、なぜかユウコのヘアースタイルが乱れて行くという定期。
「国が割れたら? たら。たら……。なにが問題だろ?」
「オオクニの支配地が減るだけなんじゃ?」
「ふむ。あるいはそうかも知れぬ。そもそもこんな境遇に陥ったのも、そこにいる魔王が君臨するようになったからだしな。そこはもうすでに我が領地とは言えない」
「オウミ、なんかしたのか?」
「知らないノだぽかすかぽこぽこ」
「とぼけるなばちばちばち、お前が主の領地を盗ったからであろう!」
「盗られて困るのなら金庫でにも入れておくノだぽかぺこぽこ」
「盗人猛々しいとはお前のようなばちべちびしびし」
「オウミが盗ったのか?」
「ああ、知らないうちに魔王なんてものがその地に君臨していたのだ。その分、我が国の収入が減った」
「魔王に領地を盗られる神っていったい……」
「現在、魔王は7人確認されている。ニオノウミのオウミ。ミノのミノウ。エチのイズナ。イセのイセ。カンサイのマイド。ヤマトのヤマト。それにホッカイのカンキチだ」
「アズマにはいないのか?」
「幸いアズマにはまだいない。あそこは今となっては我が国最後の収入源だ」
あそこ?
「ところで、ここってアズマじゃなかったのか? 首都って聞いていたので俺はてっきり」
「なにを言うか。首都というのはこの国の根本である。イズモに決まっているであろう」
あら、そう。島根かよ。そんな決まっているって言われてもなぁ。こちらの常識を俺はまだ知らないんだから。
寒冷で雪が多くて痩せた土地。そんなとこが首都? 確かに神々の集まる場所ではあるけど。
「アズマまで盗られたら我らは確実に破産だ。この国をいくつにも割った暴動が起きるだろう。500年ほど前のように」
「500年前?」
「その前後100年は騒乱の時代だったのだ。大陸からやってきた仏と我ら神々との戦いだ」
「そ、それは強力な敵だったろうな」
仏教の伝来は、ここでは500年前ということか。
「まあ、我らは800万いるからな。負けはしなかったがな」
「勝ったのか?」
「吸収合併したのだ」
だんだん分かってきたぞ。
「それ、吸収されたのお前らのほうだよな?」
「ななななな、なんでそれを!?」
「その狼狽ぶりが正解だと言っているようだが」
「お主はなんでも見通しか。そうだ。やつらは人間の支配層を味方につけて、わずか1,000人たらずでこの国すべての支配をもくろんだ。我らはゲリラ戦で抵抗したのだが」
「だが?」
「徐々に裏切るものが出てきてな」
「あらら」
「結局、我らはやつらの下部組織と化したのだ」
「ご愁傷様です」
「我なんぞ大黒天の化身とされてしまった」
「大黒天は仏教では天部だな。仏像では一番の下っ端だ」
「良く知っているな、その通りだ。うまく立ち回った天照大神などは大日如来の化身になっているというのに」
「ははは、それは密教の最高仏だ。ずいぶんと差がついたものだ」
「そのくせ、領地のイセをあっさり魔王に奪われやがって、今ではうちの居候だ」
「役に立たないやっちゃなぁ」
天照大神がここの居候? あとで紹介してもらおう。きっとエロエロうふふな格好で出てくるに違いない。あのタケチャンマンでさえもアレだもんな。わくわく。
「身分が低い代わりに、私はこの国の支配権をもらったのだ。それがこの体たらくでな。もう立場もプライドもあったものではないのだ。鬱だ死のう」
「イキロ」
神が死ぬとか言うな。てか、どうやって死ぬ気だよ。
「というわけでな、金が欲しいのだ」
「それで最初に戻ったわけか」
ここまで落ちぶれたのなら、一般企業ならまずやることは人員削減である。身の丈に似合った人数にするだけだ。しかしそれは、人間である俺が踏み込める領域ではないようだ。
となると? やれることは限られてくる。ってか、それしかない。
「支出の削減はなにかしているか?」
「ここ数年は支給額を増やさないようにしている」
「それでも物価は上がって行くのだから、生活は苦しくなるだろうな……生活?」
「なぁ、神ってのはご飯食べるん?」
「当たり前だ。殺すきか!」
あら、そ。魔王でも食べるんだからそりゃそうか。
「それじゃあ、とりあえずやってもらいたいことがある」
「というと?」
「遷都だ」
「「「はぁぁぁぁぁぁ??!!?!?!?」」」
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