第68話 ニノ太刀

「いやぁ、ほんとにまいりましたよ、お宅の日本刀には。あのグラディウスだって強化タイプだったのに、あそこまでバラバレにされてしまうとは。しかも一撃で」

「恐縮です。あのニホン刀にはタケウチ工房のノウハウが詰まってますからな。ウチの職人が言うには、あのグラディウスの鉄には不純物が多いのではないかとのことですが」


「えっ、それが分かってしまうのですか。鍛え直したとはいっても、鉄の成分までは変わらないのでそうかなとは思ってました。手入れを怠るとサビが発生するのですよ」

「ははぁ。それはイオウが抜けていませんな。それを抜くのも職人の技術です。しかし、それは鉄の段階でやらないと無理ですな」

「それを今回は痛感しました。タケウチさんではそこまで考えて作っておられるのですね」


 ニホン刀を落札した人には、支払いや鞘に銘を入れる手続きなどのために工房まで足を運んでもらった。


 銘入れには二日ほどの日数をもらうことになっている。最終支払いは現品と引き換えなので、今日は手付金の支払い(落札価格の10%)と契約書の取り交わしだけである。


 その契約が一段落したあと、なぜか残ったトヨタ侯爵とじじいとで、歓談が始まったのである。


「どうするとあんな強い刀ができるのですか? 鉄を組み合わせるというようなことを言っておられたようですが」


「それはミヨシが宣伝のときに言った言葉ですな。そうです、鉄にもいろいろ種類があります」

「ええ聞いたことがあります。確か、硬い鉄と柔らかい鉄のふたつあるとか」


 どうする、言ってもいいか? という表情をじじいがしたので、そのぐらいはいいよ、と表情で答える。


「当工房では、鉄を4つにわけております。それを6カ所に分けてそれぞれの特性を生かした部位に当てはめることで、強度と斬れ味の両立を可能にしたのです」


 本当は鉄を6つに分けているけれど、それはじじいにも教えていない。俺とヤッサン、ゼンシンの3人だけの極秘事項だ。


 それはヤッサンの発見だった。いまだにその判別ができるのはヤッサンだけだが、やがてゼンシンもできるようになるだろう。


 その追加されたふたつはいずれも接着用の鉄である。この発見がタケウチのニホン刀をワンランク上に押し上げたのだ。

 鉄を鉄で接着するなどという発想を持つ者は他におるまい。ヤッサンの天才ぶりもたいがいである。


 さらにその上には魔刀化というのもあるのだが、これは世に出してはいけないものだと思っている。

 オウミが偶然に発見した製作法で、魔法付与という魔術を使うのだ。


 それは、鉄が溶けてある程度柔からくなっているうちに魔法付与をする、というところがミソである。固まってからでもドロドロに溶けている最中でもダメであるらしい。とても微妙なタイミングが必要なのだ。

 そんな簡単に魔刀がほいほいできても困るけどな。ほいっと作っちゃったオウミは、すごいのかただ運が良いだけなのかわからんが。


「ほぉぉ。4つにもですか。それを組み合わせるとはまた、大胆なことをされましたな」

「ええ、うちには国指定の一級刀工技術者がおりまして、その発案で試験を繰り返したたものです。さんざん苦労してようやくその条件を見つけたということです」

「硬いと柔らかいのと、他にどんな鉄があるのでしょう?」


「いえ、そこまでは私も知らないのです。ただそれよりも、性質の異なる鉄を叩いてひとつの刀(鉄)にする、という技術がとても難しいと言っておりましたな」


「確かにそれは聞いたことがあります。固い鉄と柔らかい鉄とでは膨張の仕方? が異なるそうで、なかなかひとつの鉄とならずにすぐに剥がれてしまうとかなんとか」

「まさしくそれでしょうな。いやぁ、侯爵様もよくご存じなことで」


 侯爵もなんとか情報を引き出そうと必死だな。だが、残念ながらじじいはそこいらのことほとんど知らないのだわはは。だからいくらでも聞きたまえ。


「いえいえ、私などはただの耳年よりで。それにしても素晴らしいことです。その刀工の方もそうですが、そういうことを自由させているタケウチさんの包容力こそ称賛されるべきでしょうな」

「いやぁ、わははは、それほどのことではわははははは」


 誰が自由にさせたよ。おだてられていい気になってんじゃねぇぞ。それ、足下をすくわれるフラグだぞ。


「ところで、あのニホン刀ですが、もう在庫はないのですね?」


 1本だけあるけど、あれはハルミの練習用にするからダメだぞ。


「1本だけ残っておりますが、それは折れてしまった刀の代わりにハルミに使わせないといけないものでしてな。それ以外には在庫はありませんが、ご入り用ですかな?」

「ええ、もしまだあるのでしたら、ぜひ買わせていただきたいと思っております」


 どうする? という顔をじじいがした。仕方ない、俺が答えるか。知らない人と話すのは嫌いなんだけど。


「在庫はありませんがこれから制作に入る予定です。さきほどと同じ値段であれば、提供は可能です。どのくらいの本数が必要でしょうか?」


 さっきまで黙っていた子供がいきなり発言したので、侯爵はちょっと驚いたようだったが、すぐに気を取り直して言った。


「そうですね。あと120本ほどは欲しいかな」


 ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


「できることなら、当家の自警団全員に持たせたいのですが、どうでしょうか?」


 ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 えっと、計算計算……に、に、におくよんせんまぁぁぁん!!


 の売り上げになるようだ。金というのは、あるところにはあるものだなぁ。


「だめでしょうか?」

「え、いえ、ちょっとあまりのことに驚きました。生産体制としては月に10本程度が限度です。あれは1本1本手作りで、その上他の職人にまかせらる部分がほとんどないのです。そうすると1年がかりということになりますが」


「月に10本ですか。ええ、それでかまいません。ぜひ契約をお願いしたい。ただその場合ですが、値段のほうを多少でも値引きしていただければと」


 ほら値引き交渉がきた。じじい、まかせたぞ。


「今、こいつがご説明した通り、このニホン刀は1本1本が職人による完全手作りでしてな、量産効果というものがまったくないのです。ただ、たくさん買っていただけるのですから、こちらとしても、ある程度の勉強はさせていただきますが」


「それはよかった。それなら1本100万程度にはなりませんか」

「いえいえ、さすがにそれは無理ですよ。何度も言いますがこれは職人によるああだこうだ」


 まあそんな商売人っぽいどうでもいい話が延々と続いたのだが、侯爵によるこのひと言が交渉に終止符を打った。


「では1本120万でどうでしょう。その場合、支払いはすべて現金にて行います」


 え? 手形じゃなくて現金……。ってことはすぐにお金になる、というかお金でもらえる……。(これはあちらの世での松下電器方式である。豆知識)


 俺なら速攻で飛びつくところだ。もともと1本100万で売るつもりだったのだから、その条件なら申し分がない。しかし、じじいは粘った。


「そうですか。それは魅力的な提案です。しかし、こちらも技術開発はこれからも続けるつもりでいます」

「はい、それはぜひにもお願いしたいところです」


「つまり、これから提供できるニホン刀は、今よりもっと良くなるとお考えください」

「……なるほど」


 そんなこんながあって、最初の30本までは200万。次の30本が150万。それ以降(40本)は120万ということで契約はまとまった。しめて1億5千万の契約である


 俺が口を挟まなくて本当によかった。金に関しては足下すくわれるようなヘマはしないのだな、このじじいは。たいしたもんだ。


 そして契約書の取り交わしまで済んだところで、じじいが言った。


「契約のお礼というわけではありませんが、当工房に1本だけ残ったニホン刀を、侯爵様が実際に使ってみるというのはどうでしょう?」

「良いのですか! それはぜひにもお願いしたい。でも、私に鉄が斬れるでしょうか」

「あ、いや、この場合は鉄ではなく丸太ということにさせてください」


 素人が鉄なんか斬ったら、刀がダメになりかねんからな。あれをやるには正確なスイングが必要なのだ。少しでも刃の角度が傾いたら刀が折れる。


「そうでしたね。いえ、それでも結構です。ぜひ、試し切りをさせてください」


 そしてやってきた、いつもの練習場である。


 中央に10cmの丸太をセットした。そして、嫌がるハルミからニホン刀を取り上げて(説得はじじいの担当だ)侯爵様に渡す。侯爵様ならばと、ハルミはしぶしぶ応じた。


 侯爵はその鍛え上げた身体で、丸太をいとも簡単に切って落とした。


「はぁぁぁ、なるほど。これは素晴らしい。こんな剣は持ったことがありません。まるで包丁で自然薯(トヨタの名産らしい)を切っているようだった。ハルミ殿は幸せだ。こんな刀を持てるなんて」


 にこにこと嬉しそうにハルミは答える。


「侯爵様も、まもなくそれが持てますよ」

「そうでしたな。いや、本当にこれは素晴らしい。今日は良き出会いとなりました。これからもぜひ当家とのお付き合いをお願いしたいですな」


 願ってもないことです、と口々に言うのを聞きながら、俺はふと前の世界で見た動画を思い出した。


「そうだ、ハルミも切ってみたらどうだ?」


 え、鉄を斬っていいのか? という顔をした。いや、そうじゃないから。そんな嬉しそうな顔をするな。しかし、これはこれでインパクトがあるぞ。


 俺はこそこそとハルミと打ち合わせをする。こうしてだな、そしてこうなったら、こうするんだ。分かるか? 分かった、やってみる。こと剣技に関しては話の早いやつである。


「では、侯爵様。話のネタにでもしていただければと思います。これからハルミが、この丸太を切ってみせます」


 そんなのさっき侯爵様がやったであろうが。それと同じことをしてどうする、という非難の目が俺に突き刺さる。いいから黙って見てろ。面白いことになるから。


 中央に10cmの丸太をセットする。今は鞘がないので、ハルミは割構えという姿勢を取る。


 皆が注目する中、気合いを入れたひと言と共にハルミが一閃する。


 丸太は当然のようにいとも簡単に切れた。だが、それだけでは終わらない。


 左下から右上にかけて切った刀を、今度はすぐさま右下に持ち替え……なんで持ち替える? こら違うだろ。持ち替えるんじゃなくて、最初の状態にまでいったん戻すのだあぁぁこらぁ。そのまま切る気かよ! それじゃ持ち手が逆のままじゃねぇぇぇぇかぁぁぁぁ。あぁ?


 切りやがった……そんな方向の練習なんか一度もしたことないはずだが、なんのためらいもなく逆手で持ったまま切りやがった。天才かよ。


 ってか、俺の話聞いてなかっただろ!!


 丸太をすっぱり切ると、それが落ちるまでにわずかなラグタイムがある。その間にもう一閃するという技術だ。これが実践であるなら、初太刀を外されてもニノ太刀で相手を仕留めるという技術となる。


 のだが。あれって逆手で持ったままでよかったんだっけか?


 おぉぉぉ!! という歓声があがる。ハルミは切ったままの姿勢で自慢気に固まっている。もっと褒めろと言わんばかりだ。はいはい俺の予想以上でしたよ、ハルミさん。ぱちぱちぱち。


「す、素晴らしい。瞬時の間に2回切ったのですね。この10cmもある丸太を。こんな試技見たことない。ハルミ殿、まだ就職口が決まっていないのでしたら、ぜひうちに来ていただきたいものです」


 おや、侯爵様、スカウトに転職ですか。


「それはダメだ!!」


 と、じじいの予測された剣幕と予想された発言であった。


「あ。いや、それはダメです侯爵様。ハルミは大事なうちの跡取りの嫁になることが決まっておりましてな」


 言い訳っぽくなってんぞ。


「そうでしたか。いや、申し訳ない。あまりに見事な剣技であったので、ついそんな言葉がでてしまいました。他意はないのです、忘れてください」

「こちらこそ、失礼なことを言いました。でも、ハルミは渡せません」

 

 これで、斬鉄の剣士・ハルミの名はますます広まることとなる。主にシャチ公爵の領地で、だけど。

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