第69話 魔王は気楽
「侯爵様、本当にこれで良かったのでしょうか」
「ん? ああ、あのことか。まあ、いいだろう。当初の目的は達せられなかったが、それ以上の収穫があったからね」
トヨタ侯爵とその従者……ではなく執事のレクサスとの会話である。
「確かに金めっきどころの話ではありませんでしたね」
「ああ、まさかこんな優れた剣……ニホン刀といったな、まで作っているとはね。タケウチ工房の技術は侮れん」
「それでも、その気になれば買収するぐらいは簡単だったと思うのですが、逆に支援をした形になってしまいました」
「あのニホン刀を見たら、誰にも渡したくなくなったんだ。思わず200万と言ってしまった。金めっきをしてもらうために持っていった我が家の家宝であるグラディウスを、一撃で粉々にしてくれたし。お前だって欲しくてたまらないって顔をしてたぞ?」
「はい、それには異論はありません。しかしタケウチを買収してしまえば、いつでもいくらでも侯爵様のものになりますものを」
「それも考えたけどね。あの独創的技術はおそらくカミカクシの技術だろう」
「やはり、そう思われましたか」
「レクサスも気づいていたか。私はハルミ殿が鉄を斬ったときに確信したよ。ハルミ殿の剣技も素晴らしいが、あれはこちらの世界の技術では作れない刀だと」
「はい、それにあのとき並べられたニホン刀のたたずまいの端正さ、そして刀紋の美しさ。その中でも侯爵様が買われた2本は別格でした」
「レクサスがやけにこの2本に執着したのは、美しさ故か」
「はい。それだけではありませんが、それが一番の理由でございます」
「私の目にもこの2本は別格と映ったな。気品と言ったらキザになるかな。言葉にはしづらいが、一目惚れというか」
「うふふふ。分かる気がします」
「それを見ていたら、強引な買収作戦を続ける気になれなくなったのだよ。これだけのものを作れる工房だが、結局作っているのは人だ。私が買収したときに、その貴重な人材が流出でもしたら台無しではないか。それなら、いっそこのままうちが支援して工房を継続させるほうが得じゃないかってね」
「そうでしたか。侯爵様の判断に間違いはございません」
「そうだと良いがね」
「ニホン刀に関しては、向こう1年は当家で独占ができましたし」
「ああ。それだけは自分を褒めてあげたいね。わずか1.5億ちょっとの投資だ」
「素晴らしい判断でした」
「ありがとう。しかしあの工房、これからどこに行くのやら」
「やはり野に置けレンゲソウ、という言葉がございます」
「やはり野に置けカミカクシ、かもね」
かくして、俺たちの誰も知らないうちにタケウチ工房の買収大作戦は始まり、そして知らないうちに終了となっていたのである。
「もし、あそこでお主が我らを連れていなくなっていたら、ハルミのニホン刀はどうするつもりだったのだヨ。約束をしたのであろう?」
「それだけじゃないノだ。我らなしではあの鉄さえも作れないではないか。ニホン刀どころか、包丁さえも作れないノだ」
「めっきの注文は止まっているのだヨ。ここを助けた? へっ。馬鹿言ってんじゃないヨ」
「借金がすべてなくなったわけではないノだ。返せたのはあちこち銀行が急いで返せと言った分だけなノだ。他の銀行に借りている分はどうするノだ。まだ半分くらい返しただけなノだぞ」
こんこんこんこん。
「す、すみませんデス」
こんこんと説教されている俺である。魔王のくせにもっともなことを言いやがるので、大人しく怒られている俺である。こんちくしお。
「しかも我への刀とフォークとナイフ、それに魔術師の杖とはでなどれす こんっ」
これはオウミの頭を小突いた音である。
「痛っ痛っ。大人しくしてるかと思って調子に乗ってたのに、また叩いたノだなぁ」
「調子に乗ってんじゃねぇよ! 余計なもんが入ってんぞ。なんだよはでなどれすって」
「もう、ミヨシにいいつけてやるのだ。ユウなんかしばらくおかずなしでご飯だけ食べるといいノだ」
そんな捨て台詞を残して泣きながら台所の方に飛んで行った。だからそれ、魔王がする仕返しのレベルじゃないだろが。
「いま、オウミが言っていたのはどういうことなのヨ? はでなどれすなら我にも……分かった分かったから叩くな。刀や食器を作ってやるって約束でもしたのかヨ?」
「ああ、そういう約束をしたんだった。ちょっといろいろあって忘れていたんだ。あのタイミングでここを離れるなんてできるわけなかったな。それはすまんかった」
「分かれば良いのだ。じゃあ、我にも当然作ってくれるのだろうな?」
なにを?
「うっすらとぼけるのではないヨ!!! 我にも刀と食器を作ってくれるのだろ?」
どうして?
「どうしてって! どうして? どうしてだろ? どうしてもだヨ!!」
「強引か。理屈ぐらいくっつけてみろよ。理屈と膏薬はどこにでもくっつくんだぞ」
「えっとえっとえっと。そうだな。我が欲しがっているから?」
「それじゃ弱いな。もっと切迫した事情でもなければ作ってあげない」
「分かったノだ。もういいのだ。ゼンシンに作らせるのだ」
「あっ、このインチキやろう。俺の部下を勝手に使うんじゃねぇ。そんなことさせるか」
「どっちが勝手なのだヨ。ゼンシンが我のために作ってくるなら、お主にはなんの関係もないであろうが!」
はいその通りです。ちゃんと理屈がくっついたじゃないですか、やだもー。
「……そんなんでいいのかヨ?」
「理屈さえ通ればいいんだよ。じゃあ、刀はヤッサンだが食器はゼンシンに作ってもらおう。ふたり分仲良くおそろいでな」
「お主の性格がちょっとだけ分かったのだ」
「なにをいまさら」
「ついでに、我には魔法の杖もだな 痛いぃぃぃぃっ」 ごち~ん。
近くにたまたまあった金槌で殴ってやった。どんだけ魔法の杖が好きなんだよ。
「そんなもんが、たまたまあったりするなぁぁ! 痛ぁぁぁ、今年になってから一番痛かったのだズキズキ。もう我も怒ったのだヨ。お前にお前にお前にお前に、えぇぇと、そのなんだ。雷でも落ちやがれなのだヨ!」
お前はリア充を目の敵にする引きこもりか。どいつもこいつも、自分が魔王だっている自覚あるんか。それにしても、
「もしかして、ミノウって人を傷つけるような魔法ってのは使えないのか?」
ぴゅ~。
口笛吹いて誤魔化さなくていいだろ。ってか大当たりだったのか。まじか。よくそれで魔王なんかになれたものだな。
「魔王なんて、好きでなるものじゃいのだヨ。人が悪さしないよう見張らないといけないし、天候や災害にも気を配らないといけないし、決算期には書類のチェックもしなきゃいけないし、大変なことばかりなのだヨ」
「ふむふむ。確かに面倒くさそうな仕事……あれ? 決算期? そういえば、お前5年もあそこに引きこもってたんだろ? その間はどうしてたんだ」
「引きこもり言うな。閉じ込められていたんだヨ。書類のチェックくらいは部下たちでやれるから大丈夫」
「お、部下がいるのか」
「いくらなんでもこんな広い領地を、我一人で管理するのは大変なのだ。3人の部下がいるヨ」
「まあ決算っていったって、あんな紙切れ1枚だもんな。チェックなんか簡単だろう」
「あの紙をそこいらの紙切れと一緒にしてはいけないのだヨ。あれには我のマーチャント魔法がかけてある。こちらでは商取引でよく使われる魔法だ。あの紙には絶対にウソが書けないのだヨ」
「ウソが書けない紙……まったく異世界ってやつは。紙にそんな機能を持たせられるのか」
「うむ。わりと普及している魔法なのだヨ。商人でも使えるものがたくさんいる。ただ、その力と精度は魔法をかけたものの力がそのまま反映するのだがな。あの有名なウソをつくとチーンとな鳴る魔法具も同じ原理を使っているのだヨ」
「まじでか!」
「た、多分なのだ。ただ」
「ただ?」
「本人が思い切り間違えているときは、それを見つけられないという欠点がある」
「ダメダメだな」
「じゃあ、ミノウがいない間は、部下の3人が代行してくれていたのか?」
「そうだヨ。ちゃんと管理してくれてたようで安心した」
「その3人が気候とかも管理してくれていたのか?」
「台風などが来そうになったら、ちょこっと勢力を弱めるぐらいのことはしていたヨ」
「弱めるだけか。来ないようにはできないのか」
「台風は水を運んでくる貴重な気象現象なのだヨ。あれがなくなると、水不足になるのだ」
「ああ、そうか。でも雨が降りすぎると洪水とかの心配があるんだよな」
「うむ、だから事前に堤防やダムの補強や水抜きなんかをしていたな」
「なるほどねぇ。それ、全部部下がやってたわけだ」
「優秀な部下であろう?」
「自慢するのはいいけどさ、なんだかんだいってミノウってさ」
「なんなのだヨ?」
「いなくても誰も困らないんじゃね?」
ぐっ。ぐぐっ。ぐっっ。
なんだ、どうした?
「ゼンシンーーー。またユウがイヤミを言うのだぁぁぁぁぁ」
と言いながら飛んで行った。またそれか。魔王なんて、話を聞けば聞くほど楽ちんじゃねか。5年間ミノウがなにもしなくても問題なくこの社会は回っていたんだろ? 気楽なもんじゃないか。
それよかチョコレートの話はどうなったんだろう。ね?
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