第9話 交互作用

「評価に関しては、俺にはできないからコウセイさんにお願いしようか」

「ああ、それはかまわんが。えっと、評価って何をすればいいのだ?」


「そうだな。この場合は難しいな。計数値にはしたくないが、やむを得まい。めっきの状態が一番良いものを100として、試験ごとに点数をつけてもらおうか。これは経験者じゃないとできないことだ」

「そのぐらいはお安い御用だ。俺の感覚で良いってことだな」


 この人はカンが良い。話が早くて助かるな。


「あの、その前に、試験をどうやってやるのかを説明してもらえませんか」


 あれ? アチラにはまだ分かってなかったんだ。そこからか説明が必要か。

 評価はコウセイさんとしても、試験をするのはアチラになるのだろう。仕方ない説明しよう。


「試験の数は全部で8つ。表には、試験ナンバーごとにその条件が書いてある。条件は横に記号と数字で書いてある。試験ナンバー1の(試験をするときはここを見る)を見ると、A1 B1 C1 D1 E1と書いてあるだろ?」


「この表はそういうふうに見るんですね。ふむ、なるほど。確かにそう書いてありますね」


「ということは、試験ナンバー1は」


A1:めっき浴の温度50度

B1:めっき浴時間が20分

D1:前処理塩酸の濃度は10%

E1:前処理の脱脂を覚醒魔法


「という条件でやれば良いということだ」


「なるほど。分かりました。それで8つの試験をそれぞれの条件で実施すれば良いのですね。あれ、そうするとCの条件とはいったいなんでしょう?」


「Cには交互作用が割り付けてあるので、試験条件には入らない」

「こうごさよう?」

「単独では意味がないけど、ふたつが合わさると意味がでてくる因子のことだ」


 誰も分かってはいないようだ。ソウが口を挟んだ。


「たんどくではダメだがあわさるといんちき?」

「ソウは一度脳外科へ行って見てもらえ」

「のうげかって?」


 あぁ、もう。そういうヤヤコシイのはここにはないのか。


「いいか、ソウ。交互作用ってのは、ふたつ重なったときに初めて有効になる因子のことだ。ここでその可能性があるのは、めっき浴の温度と浸漬時間だろうと俺は判断した。それでC列に割り付けた」

「よ、よく分からないけど?」


「じゃあ、ソウにもよく分かる話にしよう。女の子をベッドに誘うことを考えてみよう」

「な、な、なんの話だ?」


 どきどきしてんじゃねぇよ。純情か。


「イケメンなら、その確率は高いと考えるのが普通だろ?」

「そりゃ、そうだわな」

「だけど、口下手ではなかなかうまくいかない」

「ふむふむ。ごもっともで」


「ブサメンでも口が達者だと、うまくいくことがある」

「確かにそうだ」

「じゃあ」

「ん?」


「イケメンで口達者だったら、どうだ?」

「そりゃ、もうやり放題……あ、いや、俺はそんなことしないからな!!」


 後ろでハルミが睨んでいることに、今さらながらに気づいたユウ。


「イケメンというだけでは女の子はなかなか落ちない。口が上手でもブサメンだったら同じことだ。だが、イケメンで口上手なら、ベッドインへの成功確率は飛躍的に上がる」

「この場合は『顔の作り』と『しゃべり』というふたつの因子が両方良い場合に、『女の子をベッドに誘える』という特性値にたいして有意となるということだ。それを交互作用と言うんだよ」


 どうだ、この例え話ならよく分かって……あれ、何この微妙な空気?


 ハルミが言った。


「なんか、ユウのイメージがだだ落ちだ。そういう奴だったのか」


 なんでだよ!! そういう奴ってどんな奴だよ。俺は皆によく分かるように例え話をしているのに、その理不尽で冷たい表情やめて。


 それとミヨシは私はそれでも良いという表情も止めて。それは逆に怖い。じじいは相変わらず憤怒の表情だが、それはどうでも良い。


「ま、まあ、いいから。まずはこの通りに試験をやってくれ。試験は8つだから、同じ素材の刀が8本必要だが用意できるか」


「ブロード・ソードはないが、材質が同じ小刀ならたくさん在庫がある。それでも良いだろうか」

「ああ、それでかまわない。材質と刃の状態が同じなら、あんなに大きくなくても評価はできるだろう」


「じゃあアチラ、作業の手の空いたときで良いから、この試験を進めてくれ」

「分かりました。では、ナンバー1から順番にやってみますね」

「どのくらいかかりそうだ?」


 本来なら試験はランダムにやるのだが、ここではそこまで厳密なことは必要はないだろう。今回の試験は、まずはこういう試験のやり方に慣れてもらうことのほうが重要だ。


 なぜならば、コウセイさんが100点(もしくはそれに近い点数)をつけることができる条件は、おそらくこの中にはない。


 先ほど見せられためっきの状態から俺はそう判断している。決定的に何かが足りないのだ。それでも試験をするには理由がある。

 ひとつは最初に言った通り、どの条件がどのくらい効いているのかを知るためだ。そしてもうひとつは、時間稼ぎである。


 試験を8つやるには時間がかかる。アチラは2日でやると言った。彼に限らず皆、他にも仕事がある。それを放ってまで試験に集中するわけにはいかないだろう。


 その2日が、俺にとっての勝負の時間だ。その間に、足りないものを埋める。魔法を使うか、もっと別の方法か。本というものがあるならそれを読み漁る。今までにやった試験のレポートがあればそれも確認する。魔法の効力についての話はアチラにでも聞こう。


 必要な情報さえ充分に揃えば、俺が解決できなかった問題は今まで一度もない。その1点に於いて、俺は自分を信用している。


 でも、できなかったらどうしょう?


 なんてな。それも毎回思うことではあるが、いつも何故か結果はついてくる。


 きっと、俺はそういう星の下に生まれた……あ、でも、ユウか。こいつはどうなんだ?


 いつもより、ちょっとだけ余計に不安。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る