5-19.魔女はかくの如く笑う

 届いた手紙を読み終えると、オズボーン国王メイナードはペンを手に取った。さらさらとしたためた返答をくるくる巻いて、飾り燭台に火を灯す。


 受け取った手紙は証拠を残さぬため、燭台の火をつけて燃やしてしまう。今の時期は使わぬ暖炉の中に放り投げた。薄い紙はあっという間に燃え上がって灰となる。


 鮮やかな赤の封蝋ふうろうでとめた文書は、公式文書として扱われる。ベルを鳴らして側近を呼びつけ、封を終えた公式文書を手渡した。


「これを教会の魔女へ」


 聖女宛ではないと念を押す。頷いた青年が文書を恭しく受け取ると、すぐに部屋を出て行った。窓の外は晴れている。青空を飛ぶ鳥の自由さを羨むように目を細めた。


 長い髭と白い髪が貫禄を与えるメイヤードだが、国内の治世は順風満帆とは程遠い。父王は権力に固執し、死の間際まで跡取りである息子を認めようとしなかった。自分の地位を脅かす存在としか考えていない。そのため地方の砦に匿われる形で生き延びた。


 父の訃報とともに城へ戻ると、見知った家臣はすべて消えている。どうやら父が隣国や周辺国へ侵略を行うたびに注進した者は、次々と粛清され蟄居を命じられたらしい。城に残っている家臣は己の保身や野心を画策するのに長けた無能ばかり。


 必死で立て直そうとするメイヤードの努力を嘲笑うように、父が与えた権力と地位を振り翳す貴族を抑え込めなかった。気付けば雨量が減り、民は度重なる増税に喘いでいる。滅びの兆候が見え始めた状況で、ようやく一部の貴族から権力を剥ぎ取ることに成功した。


 隣国シュミレには多大なる迷惑と損害を与えている。前シュミレ国王と王妃を殺害したのは、オズボーンの公爵家だった。豊かな隣国を羨み奪おうとした結果なのだが、跡取りである少年王を狙い、今度は王女であった姫の命も奪ってしまう。


 公爵家であったが故に証拠集めに手間取り、ようやく当主の交代を行った時点で……隣国は完全に敵に回っていた。当然だろう。己の父母と姉を奪い、国土を蹂躙した隣国を許せるはずがない。


「本当に…愚かなことをしたものだ」


 なぜ他国から奪おうとするのか。彼らに地の利があったとはいえ、努力なしに豊かな国土を育んだわけがない。雨が減る予兆に灌漑設備を整え、農民を保護する政策を取る。戦争孤児を保護して国が育て、彼らは恩を国に返すだろう。


 革新的な発想や提案を行う少年王と、彼を支えて提案を現実に変える手腕を振るう執政。どちらが欠けても、今のシュミレ国の豊かさはなかった。


「せめて、余にも本心を明かせる家臣が欲しかったが」


 ないもの強請りとわかっていても、溜め息とともに本音が零れ落ちた。


 教会の聖女の隣には、常に金髪の魔女が付き従う。その噂を聞いたのは数年前だ。興味を惹かれることもなく放置した噂は、わずか1年でメイヤードの元へ手紙を寄越すまでに勢力を伸ばした。さまざまな貴族を懐柔し、利用し、切り捨てる。魔女と呼ばれる美女の手腕は、一流の外交官を凌いでいた。


 オズボーン国に、もう猶予はない。国が滅びるか、他国に吸収されても生き延びるか。最悪己の首を差し出しても構わないと、メイヤードは微笑んだ。国王となってから改革する時間、苦しませてしまった民を解放してやれる代償が、この命ひとつなら安いものだ。


 最後の決断をした国王に迷いはなかった。






「思っていたよりも順調ですわね。死神を呼ぶか、わたくしが足を運ぶか」


 いつもならば教会の外へ出るチャンスと考えるドロシアだが、今は戦時中である。ドロシアが城へ行くと知れば、聖女であるリリーアリス様も同行したがるだろう。外の治安がどこまで戻ったかわからぬ状況で、外へ出ることは憚られた。


「腹部のケガ……剣は振るえなくとも、馬に乗るくらい出来るでしょう」


 くすくす笑いながら、己の信奉者であるエイデンへ短い手紙を書き終えると、魔女は白い花を巻いてとめる。封蝋の代わりなのだろうが、どこか意味深だった。


「これを届けて頂戴」


 控えていた男に手渡せば、白い花で行き先を察したらしく、何も尋ねずに彼は一礼して下がった。見送って、後ろの窓に近づく。白い鳥が行きかう青空は、雲ひとつない。


「本当に、良いお天気ですわ」


 窓の外の庭で薔薇の手入れをする聖女の姿に気付くと、魔女は頬を緩めて庭へ向かった。

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