5-20.魔女と騎士は素直になれない
機嫌の悪い態度を隠さずに、エイデンは執務室のドアを開いた。最低限の礼儀としてドアはノックしたが、返答がある前に開けたのではノックの意味はない。
「おいおい、返事くらい待てよ」
咎める口調だが、大量の書類に囲まれたウィリアムは肩を竦めただけだった。扉を守る衛兵の立場を考えて、小言を口にしたのだ。本気で咎める気はなかった。
普段の落ち着いた姿が嘘のように荒々しく足音を立てて執務机の前に来たエイデンは、持っていた手紙を叩きつける。大量の書類の一部が崩れそうになり、慌ててウィリアムが手を伸ばした。咄嗟に動いてしまったため、捩った腹部に痛みが走る。
「痛っ、何かあったのか?」
様子がおかしいぞと呟きながら、目の前に増えた手紙を開いた。たいして長いわけじゃない文章を読み終えると、苦笑いが浮かぶ。
なるほど……これはエイデンの機嫌が悪くなるわけだ。
「なんで僕に言付けるのさ!」
黄金の魔女ことドロシアの手紙には、オズボーン王家と繋ぎがついた旨の報告が記されている。だが、書かれているのはこれだけ。報告書ならばウィリアムに届ければいいが、なぜかエイデン経由で届けられた。
愛しの彼女から届いた手紙に胸躍らせながら開いたエイデンが、読み終えて力尽きるところまで想像できる。これが魔女流の愛情表現なのだが、彼は気付いていないらしい。
ドロシアと似たタイプの意地悪を好むウィリアムにしてみれば、これ以上ないほど甘えた愛情表現だと思うのだが……それを解説するのは、馬に蹴られそうだった。エイデン自身が気付かなくては意味がない。
魔女として迫害された経験を持つドロシアにとって、情報は己を守る盾であり、敵を倒す剣でもあった。大切な武器をウィリアムに渡す理由は、彼女を救った聖女を守るため。リリーアリス姫を自由なまま守り続ける手段として、ウィリアムに情報を提供していた。
だがエイデンを経由する必要はない。直接渡したほうが、間に入る人数は減るので情報の価値は担保される。にもかかわらず、エイデンに情報を読ませる理由は……彼女が己を守る盾であり剣となる情報と同じ価値を、エイデンという青年に見出している証だった。
ドロシアの信頼を得ているのに、気付かない鈍い男を揶揄っているのだ。
本当に性根がひねた女だと思うが、親友であるエイデンは魔女に惚れている。いつ互いの気持ちを認めて受け入れるのか。外から見ていると焦れったいが、口を出すほど野暮じゃない。
「お前らのじゃれあいに巻き込むな。それより……オズボーンの王族を保護する必要がありそうだ」
「なんで?」
情報を読んだくせに、内容を精査できないほど血が上ったらしい。苦笑いして説明を始めた。
「いいか? この情報が示すのは、オズボーンが3つの勢力に割れている状況だ。率先して戦う将軍や軍、保身に走る貴族達、そして民を助けてくれるなら命を差し出す国王――オレらが手を組むなら、王家だろう?」
戦を仕掛けて相手から奪おうとする軍と手を組む利点はない。保身に走る貴族が差し出す黄金や娘も不要だ。残るは、もっとも権威がありながら蔑ろにされてきた国王一派だ。国王自ら魔女とコンタクトを取ったなら、それは一考する価値がある話だった。
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