2-2.隠された秘密は暴きたくなるもの

 接見を希望したミシャ侯爵家の当主を前に、エリヤは傲慢な態度で椅子に凭れかかった。


 子供の体には大きすぎる玉座で、肘掛に斜めに身を預ける。


 頭の上の王冠がずれるのを、気怠げな仕草で小さな手が受け止めた。


 豪奢な王冠に飾られた宝石は、その価値を計算することも出来ないほど希少だ。その王冠を頭上に戴く少年の表情は、どこか物憂げだった。


「それで?」


 次を促す声の冷たさに、侯爵は言葉を失う。


 ユリシュアン王家特有の蒼い瞳は、切り付けるような鋭さを纏って投げかけられていた。


 眼差しが語るのは『くだらない話』と嘲笑する雰囲気。


「いえ……」


「ウィリアムを呼べ。執務に戻る」


 人払いと称して執政を遠ざけたミシャ侯爵への当て付けのように、命じたエリヤが手をひらりと振った。


 下がれと示され、孫に近い幼き国王へ一礼して踵を返す。その表情が苦虫を噛み潰していると知っているから、後姿が見えなくなる頃、くつくつと喉を震わせて笑った。




「陛下、お召しと伺いましたが……」


 大人気ないと嗜める青紫の瞳の青年へ、優雅に手を差し伸べる。玉座の前の階段で跪き、彼はエリヤの手の甲へ唇を押し当てた。


 騎士が主へ忠誠を誓う姿に似せた、それは一種の愛情表現だ。


 兄、従兄弟、信頼できる執政、側近……そして、親より深い愛情を傾け命を捧げる『唯一』への執着。


 恋ほど薄情ではなく、愛する人と表現するには清らかで穢れない感情だった。




「執務室へ戻る。供をしろ」


「仰せのままに」


 言葉上は丁寧に応対しながら、ウィリアムは色を含んだ眼差しを細めた。


 口元を笑みに歪めた表情は、幼い弟の我が侭を受け止める兄のようだ。それに近いかも知れない。


 本来であれば、王家の姫を迎えた公爵家の跡取りである筈のウィリアムは、国王エリヤの従兄弟に当たるのだから。


 だが、王家の姫ではなく浮気相手の女が生んだ子供であった為に、その戸籍すら抹消されていた。拾い上げたエリヤがいなければ、こうして宮殿へ出入りすることすら出来なかったのだ。



 子供の外見とは掛け離れた政治能力を誇るエリヤが、鬱陶しそうに王冠を外す。無造作に投げ渡され、苦笑するウィリアムの手が受け止めた。


 何度も行われた行為なので、今更驚きはしないし、諌めるつもりもない。



 重厚なドアを開く侍従が恭しく首を垂れるのを横目に、ウィリアムとエリヤが室内に足を踏み込んだ。ドアが閉められたのを確認し、エリヤは深く息を吐き出す。


「どうした? 何か不愉快な話でもしたのか」


 国王へ対するには不遜に過ぎる口調だが、エリヤに年上の執政を咎める気はなかった。こうして対等に口を利くことを許したのは、己自身なのだ。



 テラスからの風が、ふわりと涼しさを運んだ。


「お前を解任しろと……要はそう言いたいのだろう」


 辟易した様子で吐き捨てた子供は、僅か15歳の年齢に似合わぬ笑みを口元に刻んだ。それは狡猾な老齢の政治家に通じる、どこか荒んだ表情だった。


 整った顔は印象的だが、蒼い瞳を僅かに伏せれば柔らかく感じさせる。艶やかな黒髪に縁取られた美貌に、吸い寄せられるように手を伸ばしたウィリアムが、まろい頬を包み込んだ。


「それで、解任するの?」


 解任されるとは微塵も思っていない男の問いかけに、エリヤは小首を傾げた。


「さて、どうしたものか」


「解任するなら、今度はエリヤの愛人に指名してくれよ」


 額と頬にキスを落としながらの口説きが擽ったくて、少年は髪を揺らして笑う。細い指を伸ばして、ウィリアムの前髪へ指を絡めた。ブラウンの髪は滑らかで心地良い。


「愛人など不要だ」


 意地悪いエリヤの言葉に、ウィリアムがくすくすと偲び笑う。


 互いにわかっていて交わす言葉遊びだった。


 愛しているが、欲望は要らないのだ。


 互いの魂の半身たる存在は、隣にいて触れるだけで満足できる。だから身体を重ねる必要はなく、ただじゃれあう子猫達のように接吻け爪を立て戯れ……共に眠るだけ。


 肩を滑り落ちた三つ編みの先を掴むと、リボンを解いた。ひらりと落ちる水色のリボンに従って、腰まで長い髪が風に遊ぶ。


 テラスから吹き込んだ緑風は、編まれた髪をさらさらと広げながら初夏の香りを運んだ。



「なら半身は?」


「……お前を指名する」


 言い切った子供へご褒美のキスを与え、風に乱れる長髪をそのままに抱き上げる。執務室の椅子を彩る鮮やかな刺繍のクッションへ、尊い身を下ろした。


「では仕事を片付けましょうか、陛下」


 口調を変えることで、目の前の書類に集中するよう促す執政へ、国王は静かに頷いた。


 置かれた大量の書類は、すでにウィリアムにより選別されている。基本的にはサインすれば終了の書類だが、中身を速読して確認して署名捺印していく。


 形ばかりの国王ではなく、その類稀なる能力によって国を治めるエリヤへ次の書類を差し出す。


 長い髪が机に影を落とし、ウィリアムは床からリボンを拾い上げた。さらさらと癖のない髪を項で、ひとつに括る。


 残念そうなエリヤの視線に気づきながらも、次の書類を指し示した。


「……ウィル、気になることを聞いた」


「へぇ、何を聞いた?」


 サインをする手元を見つめたままの会話は、雑談のようだ。


「お前が俺に隠し事をしている――と」

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