第13話 願い、呪われた少女

「さて、今日中にケリをつけましょ。これ以上、被害を出さないために」


 僕たちが怪異に襲われてから、次の日。

 2日続けて怪異に襲われて、正直クタクタだけど……弱音は言えない。

 場所は一昨日と同じ、4号棟の地下の学生ホール。その場所で僕たちは怪異に関するこれからを話し合おうとしていた。


 ちなみに葉月だけど。昨日、1人で帰すわけにいかないために雫と遠乃が住んでいる学生寮に泊まらせてもらったみたいだ。

 雫と遠乃、女子3人。聞いた限りだと彼女たちと仲良くしていたらしいな。


「まずは桐野さんを捕まえなきゃ、だけど。これからだよね……」

「アレが大人しく魔本を手放してくれるとは思えないし。骨が折れそうね」

「殺しちゃえば良いんじゃない、かな。術者が死んだら元も絶てるでしょ」

「……葉月。気持ちは分かるけど、流石に殺害前提で話すのはどうかしてるわよ」


 そして、今。殺意に満ち溢れた表情をした葉月が場を支配している。

 引っ込み思案な彼女からは考えられない言動。この場の誰もが驚いていた。


「なんで? 私を、誠也くんを殺そうとしたんだよ? 誠也くんを独占したい、なんて馬鹿げた、ふざけた、頭おかしい理由で。消すしかないよね」

「……も、もう少し対話の可能性とか、探ってみない? イヤよ、あたし。怪異が解決しても、代わりに友だちが警察に捕まるとか」

「ちゃんとバレないようにするから、大丈夫だよ。雫ちゃんも、ライバルが減るんだから良いと思わないかな」

「そ、それは……。私は、もう少し正攻法で頑張りたいかなーって」


 半分ほど何の話か不明だけど、とりあえず今の葉月はヤバいな。

 そんなわけで、僕は右半分の、遠乃と秋音が座ってる場所に移動することに。


「そんなことが起きていたの。未だに腑に落ちないけれど」

「アンタの監督責任でしょ。あの子のこと、最後まで付き合ってもらうわ」

「正直、怪異と言われてもイマイチ信じられないのよね。本当に、桐野さんは“禁呪の魔本”

だっけ、そんなものを使って誠也くんの偽物を作り出しているというの?」

「ああ、その可能性は高い。確認するために桐野さんに会いたいんだが」

「連絡しているし、返信はあるんだけど。約束の時間になっても来ないわね」


 僕たちは、講義がある千夏以外、桐野さんが来るまで待機中なわけだけど。

 約束の時間、11時を過ぎても彼女は来ない。30分は待っているのに。

 もしかして、昨日の件で警戒されてるんじゃ。そんな不安すらよぎった。


 だけど、ちょうど視界に入れていた時計の分針が動いた時。誰かが見えた。


「アキア。おはよう、なの~」

「遅いわよ……え、あれ、き、桐野、さん?」


 その正体は桐野さん。だけど、姿を現した彼女は何かおかしかった。

 目にはクマ、頬は痩せこけ、顔面は不健康なほど蒼白い。見るからに以上だ。

 腰まで伸ばされたはずの髪は、全て切られていた。今はショートヘアだった。

 そして、何より。彼女の周りに異質な何かが――憑りついているように見えた。


「あぁ~。誠也くんも、なの~」

「……き、桐野さん、どうした。その様子は」

「だ、大丈夫なの。青木ヶ原くんは心配しなくて良いの」


 し、心配しなくてもと言われても。その様子は心配になる。

 今でも倒れそうな、弱々しい彼女。桐野さんに何があったんだ?


「それで、アキアキ。ルリルリを呼んだの、なんで?」

「え、えっと。夕闇倶楽部のみなさんが何か話があるみたいよ」

「……なに、なんなの」


 ようやく気付いた僕たち以外、夕闇倶楽部と葉月の存在に。

 目のクマと血走った眼。それが鋭い視線を向けることに恐怖を覚えた。


「禁呪の魔本。樹海で拾った奴よ。持ってるわよね、さっさと渡して」


 だけど、遠乃は臆せず言い放った。対して、桐野さんは態度を強める。


「お前たちに渡して、手に入れて、どうする気なの」

「決まってるでしょ。ページごと本を破り捨てて消し去るの。アイツごと」

「ダメなの!! 今、ハニーを失うわけにはいかないの!!」


 この反応。ほぼ確定だったけど、やはり桐野さんが持っていたか。

 早すぎる答え合わせに目的が明らかになった。――彼女から魔本を取り上げる。


「ワガママ言ってる場合? 被害が出てるのよ、何件も!」

「そ、そうだよ。いくら願いを叶えたいからって、誰かを襲って、血を奪い取っちゃうなんてダメだよ! それで、1人死んだんだよ!?」

「何を言っているの!! ルリルリは誰かを襲え、なんて言ってないの! ただ私はお願いしただけなの!! あの本に書いてっ!!」

「……どういうことよ、それ。つまりアイツが勝手にやってたの?」


 要するに、禁呪の魔本の真相を彼女は知らないのか。

 入手した経緯が経緯だっただけに、当然といえば当然だったけど。

 ただ、疑問が1つある。それなら何故、桐野さんは魔本を使えるんだ?


「そうなると、桐野さんが悪いんじゃないのかな?」

「だけど、なおさら魔本をどうにかしないといけないじゃない。勝手に人に危害を加えるし、それを制御できてないとか危なっかしいわ!」

「そ、それは、だ、ダメなの! 今はまだダメってハニーが!!」

「何を言ってるのよ! あと、そろそろページもギリギリでしょ! 叶えられる願いはわずか。これ以上、意地になっても仕方ないわ!」

「嘘なの!! ハニーが話してくれたの!! ルリルリが頑張ったら――もっと願いを叶えてくれるって! だから、いろいろしたの!!」

「あー、もう! 話が噛み合わないわね! そんなわけないでしょ!」


 遠乃の言う通り、確かに話が噛み合っていない。

 桐野さんが意図的に嘘を話している、もしくは錯乱しているのが要因か。

 だけど、それ以外に。彼女も知らないナニカが裏で動いてるんじゃないか?


 それに、待てよ。何故、願いを叶えてやるという利がない約束を魔本はしたんだ?


“また、この女が。バカにしやがって”

“ちぃっ!! あの女、まったく役に立たないじゃないか!!”


 魔本は自分の意思を持っているような反応を何度かしていた。

 そんな本が、怪異が。自身を犠牲にしてまで人の願いを叶えるのだろうか?


「僕からもお願いだ。アレを使うことはキミのタメにならないんだ」

「いくら青木ヶ原くんの頼みでもダメなの!! 絶対にダメなの!」

「それは、あのハニーが言ったからか。“今は”ダメだと」

「……そ、そうなの。だから、ダメなの!」


 それに、あの魔本が大人しく使われる存在に成り下がると思えない。

 と、なると。彼女の願いを叶える裏でアレの思惑があることになるが。


 ――桐野さんの発言、切られた髪の毛、倒れそうな体調。もしかして?


「ねぇ、ちょっと良いかな。桐野さん、だっけ」


 そうして僕の思考が、ぐるぐる動いていた時だった。

 今まで沈黙を守っていた葉月が急に立ち上がり……彼女に迫った。


「お、お前も、ルリルリから本を取り上げるの!?」

「そうじゃないよ。ちょっとだけ、あなたと話がしたいんだ」

「は、話すことなんてないの。それに、お前には関係ないの」

「あなたのハニーに殺されかけたのに? それは身勝手すぎるんじゃない?」

「ちょ、ちょっと、葉月。くれぐれも道を踏み外さないようにね?」

「大丈夫だよ。ここで何かしたら誠也くんたちが困るから。何もしないよ」

「わ、私に、何をするの。ひどいことするんじゃないの!」

「……するわけないよ。自意識過剰はやめてほしいな」


 話す言葉の、ひとつひとつにトゲがある。見たことがない彼女。

 異様な様子の桐野さんですら圧倒する葉月に、何が起きるんだという不安を抱えつつ、僕たちは見守ることしかできなかった。


「だけど、なんとなく桐野さんの気持ち、わかる気がするんだ」

「なに、なんなの」

「自分に自信が無くて。だけど、欲望だけが成長しだして。そんな時に人知を超えた存在が現れた。きっと誰でも、私でも手を伸ばしちゃう」

「…………」

「だから、あなたは悪くない。何かを願うことは、きっと正しいことだから」


 見るからに桐野さんの様子が和らいでいる。意外にも上手くいってる?


「だけど、あんな本に頼ったらダメだよ。きっと何もかも失っちゃうよ」

「…………」

「お願い。あの本を手放して、アイツから逃がれて。あなたは、きっと素晴らしい人なんだから。自分で生きていけるんだからだ」


 葉月が、桐野さんをゆっくりと――だ、抱きしめた!? 突然だな!?

 驚きと戸惑いの中、直後は誰もが硬直する状況だった。だけど、目を覚ました桐野さんが葉月を引き剥がすと……突き飛ばした?

 葉月はそのまま床に倒れこむ。桐野さんは首を繰り返し、横に振っていた。

 

「イヤなの。信じられないの」

「……桐野さん」

「ルリルリを理解できるのはハニーだけ。ルリルリ、帰るの!!」


 そのまま、言葉にならないほど泣き叫びながら彼女は走り去った。

 僕たち以外に人が皆無で良かったな。こんな口論、誰にも見られたくない。

 

「って、どこに行く気なのよ、あの子!?」

「あれ。これって、桐野さんを見失っちゃった!?」


 いや、それよりも。僕たちは彼女を逃がしてしまった!?

 魔本のことを聞き出せてない上に、現物を取り押さえられていない。

 このままだとアイツを見つけ出せないし、怪異に猶予を与えてしまうし……何より僕の懸念が当たったとしたら――桐野さんが大変なことになる!


「あと、葉月は大丈夫なの!? ケガは――」

「――友梨ちゃんと部長が演技してるところ、いつも見てて良かったよ」


 だけど、葉月は。余裕な様子で体を起こし、タブレット端末を手にした。


「どうかな。誠也くんたちの力になると、思うけど」

「えっと、これ。何かしら?」

「GPSだよ。さっき取りつけたの。これでアイツの居場所がわかるよ」


 タブレットには確かに地図と、その上で彼女を現す点が動いていた。


「な、なるほど~。すごい、演技力だったね、葉月ちゃん」

「グッジョブよ、葉月! これならアイツたちを探し出せるわ!」

「それは、良かったよ。私も頑張るよ、アイツの末路を見たいし」

「……私は、ここで待機していて良いかしら。未だに理解が追いつかないし」

「ダメよ、最後まで付き合ってもらうわ! アンタも来ないと!」

「えぇ……って、手を引っ張らないで、このチンパン女!!」


 予想だにしなかった葉月のファインプレーに感謝をしつつ。

 こうして僕たちは桐野さんを見つけ出すために図書館を飛び出した。

 今日中に、魔本と僕の偽物との決着をつけてやる。心の中で誓いながら。






 ――だけど、葉月は何故あんなものを持ち歩いていたのだろうか。謎だ。

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