第14話 黒い影の謎は意外で、残酷で
あれから僕たち6人は、桐野さんが逃げた先に向かっていた。
目的は1つ。桐野さんを助けるため、アイツを今度こそ消し去るため。
しかし、ここまで人が多いと緊張感に欠けるな。ちょっと不安に感じた。
「それにしても、葉月。キミは来なくても良かったんだぞ」
「さっきも言ったけど、巻き込まれた以上はアイツの最期を見届けないと」
「か、勝手に死ぬことにしないでほしいな。一応、僕の知り合いなんだ」
あと先ほどから彼女が怖い。今すぐにでも桐野さんを殺しかねないような。
「それに、昨日みたいに、あの時みたいに。誠也くんは助けてくれるよね」
「あまり期待しないでくれよ。僕にも限界があるんだから」
ちょっと笑みを含み僕を見る葉月に、思わずそっぽを向いてしまった。
昨日は必死だっただけに、いろいろと恥ずかしいことをしていた気がするし。
「むぅぅぅぅ」
「桐野さんのことは心配だけど、やはり私は来ない方が良かったわ。こんなものを見せつけられるとか聞いてないわよ!」
「シズと秋音、抑えなさい。あの娘は高校一緒だから一歩先を行ってるのよ」
「それ、遠乃先輩が言える立場じゃないでしょうに。言っときますけど、誠也先輩をどうにかする上での最大の障害はあなたですからね」
そして、後ろから呑気な会話が聞こえてくるな。大丈夫なんだろうか。
「さて、あの娘の居場所はこの辺になるんだけど……」
「しかし、かなり大学から離れた場所まで来たな。人の気配もないし」
「それだけ見つからなさそうな場所を選んだんでしょ。まっ、無意味だけど!」
GPSが示す通りに僕たちが向かった場所は……大きな鉄骨やコンクリートが無造作に剥き出しにされた建設現場だった。
人はいない、工事も現在は行われてないみたいだ。倒れている白フェンスには、工事現場によくある掲示物(建設業許可票?)が張られていた。
期限は……10年前か。工事は中止になったまま、放置されているのかな。
「反応はこの中からみたいね。よっと」
「ちょ、ちょっと、身体能力までチンパンジーなの、あなたは!?」
「誰がチンパンよ! ほら、さっさと来なさい!」
「……許可を取らずに私有地に入るとか不法侵入になるのだけど」
まあ、不法侵入とか今に始まったことじゃないよな。
今回は桐野さんの救出という大義名分があるし、躊躇わずに行こうか。
とりあえず僕が後に残り、フェンスを越えようとする彼女たちを助けることに。
「秋音も付いて来てくれ。桐野さんの為なんだ」
「ま、まあ、誠也くんがそう言うなら。協力するけど……」
最後に秋音を向こうに移し、僕も続いて超える。けっこう大変だった。
だけど、休む暇はない。壊れかけの建造物に足を踏み入れて、上がることに。
「そ、外が筒抜けになってる。手すりとかないんだ」
「ないみたい。落ちたら、そのまま真っ逆さまでしょうね」
中は土台の石材やコンクリート、柱や鉄骨が剥き出しになった空間。
おそらく、これは解体工事の現場だったんだろう。その内部を、ゆっくりと僕たちは進んでいった。上に向かうために。
「もう少しで目的地ね! こうしちゃいられないわ!」
「お、おい、遠乃!! 少し待ってくれよ――」
「さあ、ゴスロリイカレ女と誠也の偽物! さっさと終わらせ――ひぃっ!?」
僕の制止も聞かず、いち早く4階に到達した遠乃が――絶句した?
奇妙な何かを感じた僕たちも、アイツの後を追いかけることに。そして。
「な、なに、これ……!!」
「何かの死体……それに、変なのがいっぱい……?」
「ま、また、生き物が……今度は、もはや原形を留めてない、ですね」
辺りに広がる血。血肉はぐちゃぐちゃに混じり、何がなんなのか不明だった。
肌を刺す寒気は強力なものに化した。鉄が錆びた匂いと、何かが腐った匂いが鼻腔を襲い、あらゆる嫌悪感を想起させてしまうほど。
そして、何より。僕はどうしようもないほど不快で、強烈な既視感を覚えていた。
“異界団地の4号棟”に“炎失峠の幸福世界”、“地籠病院の4階”。
そうだ、間違いない。この空間は――異界になりかけている。
日常と非日常の境目が曖昧になり、怪異が跋扈する空間。原因は“これ”だ。
赤と黒の、禍々しい魔方陣。中心に魔本が置かれ、陣を構成する線は人間の心臓を思わせるかのように小刻みに動いていた。
やはり、遅かったか。これがアイツの目的。魔本を――復活させるための!
「う、ウソッ……!? なんで、お前たちがここにいるの!?」
声が聞こえた先には、今にも倒れそうな様子の桐野さんがいた。
肌は透き通るほど青白く染まり、体は立ちながら小刻みに震えている。
明らかに学生ホールの時より悪化している。なんとかしないと、マズいな。
「ポケットの中、見たらわかるんじゃないかな?」
「えっ、なんで……これ、何これ!?」
「GPSの発信機だよ。あの茶番劇の途中で入れたんだ」
桐野さんがポケットを探ると……見つかったらしい。小さな発信機。
まるで気味悪い虫が手に止まったように、恐怖した様子で床に投げ捨てた。
「こ、この女、弱々しいようで、とんでもない奴なの!!」
「……うるさいよ。私と誠也くんを傷つけようとしたのに?」
「勝手に居場所を突き止めたことは僕から謝る。だが、キミのためなんだ」
「おやおや、夕闇倶楽部の奴らに、殺し損ねたクソ女と地味な根暗女じゃないか。無駄な努力はしない方が良いのにねぇ」
姿を現した僕の偽物。今回の事件の、すべての元凶というべき存在。
「無駄な努力か否か確かめてやるよ。もう桐野さんを騙すのもここまでだ」
「だ、ダマしてなんかないのっ!! は、ハニー、そうだよね?」
「ああ、その通りだよ。ほら、僕を信じてくれよ。僕は、キミを――」
「――ダウト、だな」
僕の偽物が取り繕おうとした言葉を。僕は一蹴した。
桐野さんの顔は歪み、アイツの表情から余裕が消える。僕は冷静だった。
「聞こえの良い言葉で誤魔化しているが、キミは桐野さんの優しい彼氏じゃない」
「ああ、確かに僕は彼氏になれない。だけど、精いっぱい彼女の願いを――」
「そして、願いを叶えてくれる……心優しい本でもないな。人を呪い、殺そうとし、利用しようとして――自身の復活を目論む“怪異”だ」
ここまで来たら理解できた。今までの彼の行動、その理由と目的が。
僕の中で明らかになった真相を手に、彼と対峙する。ここが正念場か。
「そもそも疑問だった。“禁呪の魔本”の存在が明らかになった時点で、桐野さんが本を使えた理由が。僕たちも店長さんから聞き出すまで知らなかったのに」
「確かに、血で文字を記すとか普通なら思い付かないわよね」
「そ、それは……えっと、あっ! 前に書いていた奴が、そうだったの!」
「残念だけど、以前のページはすべて捨てたのよ。あたしが直々にね」
彼女には血で文字を記すという方法を知る機会はなかった。
さらに今までのページはすべて破棄されていた。理由は狂花月夜を完全に消滅させるため。だから、欠けた部分は絶対にない。
少しでも残っていたら、狂花月夜は存在を留めているはずなのだから。
「いくら桐野さんでも、こんな突拍子がないことを実行に移せない。ならば、彼女にその方法を教えた誰かが存在すると考えるのが自然だ」
「ということは、教えた張本人って……!?」
「そうだ、この本自身……つまりキミだ。僕の偽物に扮した魔本が教えたんだ」
そうして考えた場合、答えはこれしかない。そして、その次。
何故、魔本が自身の命とも言えるページを代償にしても自身の使い方を彼女に教えて、桐野さんの願いを叶えようとしていたのか。
「う、ウソなのっ!!」
桐野さんの絶叫が僕の言葉を裂こうとする。だけど、僕は構わず続けた。
「それなら何故、キミは体調が悪いのか? まして髪を切ることになった?」
「そ、それは、ハニーが必要だからって。血と髪を」
「魔本が願いを叶えるには人の血が必要だ。だが、必要以上に1人の血を使う必要はない。キミの髪に関しては、なおさら意味がないな」
「……髪は、おかしい、かも」
言葉をつぐんでいた桐野さん。彼女も状況を理解したらしい。
「髪……なるほど、あの時点で気づくべきでしたね」
「わ、わかったの、ちなっちゃん!?」
「葵ちゃんの話を思い出してください。あの魔本は人の血と髪を媒体に生まれたんです。人の髪を欲しがるということは、つまり」
「……ウソ。ウソなの。ハニーの目的って、もしかして!?」
「ああ、そうだ。桐野さん。キミを生贄にして――魔本を復活させるためだ」
導き出される結論は、これだ。魔本の行動原理、説明も理解もできる。
魔本は桐野さんに願いを叶えるとだけ伝え、ページを書かせた。
他はいっさい説明していないのだろう。生贄にすること、願いを叶えるには誰かの血を奪うこと。流石の桐野さんも躊躇するからだ。
僕の偽物に変化したのも彼女を御しやすいのと、知り合いに近づけるからか。
「ほ、ホントなの!! ハニー!? この人たちが言ってること!!」
「…………」
アイツに詰め寄る桐野さん。必死な彼女に反して、奴は沈黙を守っていた。
「ねぇ、答えて、答えてよ――うぐっ!!?」
――そして、桐野さんの体に、あのナイフが突き刺さった。
急所は外れていたものの、弱っていた彼女には堪えたのか呻き声を上げた。
崩れ落ちた彼女に、その血で上書きされた刃。奴は口元を吊り上げ、笑っている。
「用済みなんだよ。さっさと死ね」
「桐野さん!!? この野郎、お前は――」
「――元を返せば、お前らが原因なんだ。お前らが俺をこうさせたんだ」
彼の眼が、視線が、異様なものに変化した。邪悪な何かを纏った。
……間違いない、やはり彼は魔本だ。人々を呪い殺す、怪異だったんだ。
「い、今までの誠くんの推理通りだったんだ」
「そうだよ、これが目的だった。自身の復活と――お前らに向けた復讐だよ」
「ふっふーん、あれこれ強がり言ってるけど。誠也に自分の企みを暴かれて悔しいんじゃないの、そんな惨めな性格じゃ」
「ああ、悔しいよ。――だがな、2つの目的は“ここ”で達成されるんだ」
彼の言葉が聞こえた途端――この空間が、いっそう不吉なものに化した。
油断したら怪異に飲まれる、怪異に殺される。そう思えるくらいに強烈なほど。
「そもそも何故この女の言うこと聞いて、こんな冴えない奴に扮したと思う?」
「桐野さんを動かしやすくするため、知り合いだと油断させて秋音や文芸同好会のみんなを生贄にしようと考えたからか?」
「それもあるけど、1番じゃない。本当の理由は――奴らを殺すためだ。コイツの偽物を演じたら油断するか、不快に思うかの二択の奴らを」
アイツは殺意を向けた。視線だけで人を殺す、尋常じゃない恨みを込めて。
「――ウヅキアキネ。俺をクズ共の前で馬鹿にして、恥をかかせた女」
さらに、次。秋音以上の憎悪を向けた、その視線の先は……アイツだった。
「――ヒラサカトオノ。俺を殺しかけた、俺の邪魔をした、お前を殺すためだ」
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