第11話 禁呪の魔本の真相(2)

「んで、私からも聞きたいんだけど。あなたたちに何が起こっているの?」


 訝し気な様子で、僕たちにこんな疑問を投げかけた七星さん。

 彼女の赤みがかった眼と、他の2人の不思議そうな眼が僕たちを入れる。


 僕たちは互いに目を合わせた後、これまでの黒い影と僕の偽物の話をした。

 集中して、じっと耳を傾けていた七星さんに、餌を強請る鯉みたいに口をパクパク開けつつ聞いていた2人、軽い笑みを崩さない店長さんに。

 一通りの話を終えた後、七星さんが一度目を瞑って考え込み、やがて開けた。


「黒い影に――この人の偽物。それは災難ね、あなたたちは呪われてるの?」

「呪術師に言われると不吉でしかないわね。大体はそんな感じよ。だから普段通り、いや普段以上に怪異を暴き出さないといけないんだけど――」

「方法は1つ。直接、魔本を見つけ出してページを破き捨てる。これだけよ」

「あの時、店長に教えてもらったのと同じか。そうなると魔本を見つけ出さないといけないんだけど、大変そうに」

「桐野さんに問いただすとしても……骨が折れそうですよね、いろいろと」


 やれやれ、と。溜息を吐いた千夏に周りの僕たちも同意した。

 僕は散々経験してきたけど、桐野さんに真面目な話をするのは大変だ。からかわれるか、はぐらかされるか、彼女のペースに翻弄されるか。

 そもそも魔本のこと、彼女は隠してくるはず。正直に話してくれるんだろうか。


「だけど遠乃ちゃん。あの時にページのほとんどをクラッシュしたんだよね?」

「そういえば、そうね。残っていたのは数ページくらいかしら」

「それなら叶えられる願いの量に限界があるわね。一応、放っておいたら自然消滅するとは言っておくわ。術者の安全は保障できないけど」

「待つわけにはいかないでしょ。襲われる人が出るし、血迷って何するかわからないし。それに、1秒でも早くあの偽物を消し去りたいのよ!」


 おまけに桐野さんのことも気がかりだしな。遠乃の意見に賛成だ。

 だけど、遠乃よ。あの偽物に固執し過ぎてないか。いくら僕の偽物で、あんな発言をする輩だとしても……ムキになりすぎだろうに。


「だけど、桐野さんの願いって。いったい何だろうね?」

「今のところ、起きたことは誠也先輩の偽物が出現したことだけですよね。そうなると誠也先輩にちなんだ願いだと考えるのが妥当ですよね」

「……なら、きっと誠くんと一緒になりたかったんじゃないかな。桐野さん、あの偽物にハニーとか呼んで、ずいぶんと仲睦まじい感じだったから」

「おおう、誠也さん。モテモテですねぇ」

「まあ、それはそれで。気が気でない人も多そうだけどねぇ」


 まあ、そうなるよな。ちょっと恥ずかしいけど。

 桐野さんが僕を気に入っていることは今までの経験から理解できた。

 それはわかっている。僕だって人からの好意に気づけないほど馬鹿じゃない。


「むむっ」

「どうしました、雫先輩」

「なんか急激にツッコミたくなったんだよ」

「……誰に、ですか?」


 純粋な好意かそれとも彼女特有の何かかはわからないけど。

 少なくとも“禁呪の魔本”に、僕に関する願いをしたことは事実だろう。

 

「それなら自分の意のままに動ける誠也が欲しい、アイツの願いなの?」

「ちょっと待ってくれ。その線で考えるには早計かもしれないぞ」


 だけど、そう結論付けるには1つだけ。致命的に欠けている点があった。


「僕を作りたいなら。なんで僕を真っ先に狙ってこないんだ?」

「あっ、そうよね。さっさと誠也を襲って、乗っ取ったらそれで終わる話よね」


 血で叶えられる願いが限定されるなら。僕の偽物を作り出したいなら。

 単純に、僕を襲えば良い。何人も襲う必要もないはず。一発で終わるんだから。


「も、もしかしたら、桐野さん。誠くんを傷つけたくないのかも!」

「じゃあ、そもそも偽物を作り出す必要なんてないじゃない。あの魔本に“誠也が私にメロメロになりますように♡”とか書いたら良いんだし」

「その、気色悪いハートマークは必要ですかね。意見には同意しますけど」


 そもそも“狂花月夜”の存在に囚われて、あたかも魔本が人を生み出すように考えていたけど。願いを叶える本なんだから他でも可能だよな。

 僕を呪うのか、世界を呪うのかはわからないけど――人を作り出せる以上、それができないというのは考えにくいだろう。


 だとすると人型として、僕の偽物として出現する理由があるわけだ。

 正直のところ、ここがわからない。わざわざ僕の偽物を作り出した理由が。

 前提として襲うためには影が必要なのか? それも魔本でどうにかなるような。

 あの黒い影は“狂花月夜”の騒動から考えて文字の羅列にすぎないはず。きっと、どんな血でも、例え自分の血だとしても作り出せるはずだ。


「……うーん。わからないな」


 ダメだ、思考が堂々巡りに陥っている。現時点での情報ではここまでか。


「わからないことは後々考えましょうよ。今はこの後のことでしょう」

「そ、そうなると、これからも黒い影が誰かを襲っちゃうんだよね。桐野さんの欲望を叶えるために……誰かの血を抜き取って」

「欲望ねぇ。まったく予想できないわ。あのイカレ女、何を考えているのかも何をしでかそうとしているかも、さっぱりなんだもの」

「誠也先輩。桐野さんの知り合いですけ、何か心当たりはありますか?」


 千夏に言われたけど……僕も桐野さんの行動原理を完全に理解できていない。むしろ理解できてしまった方が異常というか。

 うーん、なんだろう。彼女といえばゴスロリに、スプラッタ作品――!?


“やっぱりイラストが欲しいの!! アレがないとダメなの!!”

“ねぇ青木ヶ原くん。頼めないの? あの夢美月さんなら納得できるの!”



 ――桐野さんの欲望を叶えるために、アイツが次に殺す相手は。



「葉月が危ない!!」

「えっ、えっ、いきなり、なんで葉月の名前が!?」


 そうだった。桐野さんは葉月にイラストを描いて欲しいみたいだった。

 だけど、彼女はそれを拒否した。技術的にはできるけど、グロは苦手だから。


 もしも桐野さんの欲望を満たすにはどうすれば良いか。すぐに理解できた。

 

「目的は、葉月の絵を描ける技術が狙いだ!」

「そ、そういえば、桐野さん。葉月ちゃんにイラストを頼もうとしてたっけ!」

「なら、こうしちゃいられないわね! さっそく行きましょう、葉月に何があったら、ユーリに何を言われるかわかったもんじゃないわ!」


 こうして僕たちは、飛び出すようにハピネスナイトメアを後にした。

 ――葉月、どうか無事でいてくれよ。そんなことを、心の底から願いながら。











「行っちゃったね。最後の方、何を話してるか全然わからなかったよ」

「それよりも、ここ。面白そうな商品がてんこ盛りですよねぇ。ほら、これとか。アンティーク調の、タカにトラ、動物の形になるパズルみたいですよぉ」

「あっ、この寄木細工みたいな箱もスゴそうだよ! ほら見て、葵ちゃん!」

「……ヤバい代物があるかもしれないから触るなって。私、言わなかった?」

「良いじゃないか。これだけのグッドフレンド、安心したよ。葵ちゃん」

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