第10話 禁呪の魔本の真相(1)
「えっと、この人、どなたでしょうか?」
いきなり現れたおじさんに、雫と千夏が首を傾げていた。
そういえば、2人は会ったことがなかったな。このお店の、店長さんに。
彼女たちの視線を受けた店長さんは大振りで手を叩き、にこやかな笑顔を向けた。いかにもフレンドリーという感じだった。
「そうか、そうか! ユーたちはファーストのミートだったね! 私がこのショップの店長だ! フランクに店長とでもコールしてくれ!」
「……よろしくお願いします。なんか変わった人だね」
「な、なんだか、話してるとエネルギーを持ってかれそうな方ですね。話し方も相まって、あの無能先輩と同じ雰囲気を感じます」
独特な話し方の男性は……店長さん。名前はあるだろうけど、知らない。
常に笑顔で、飄々とした様子で、それでいて何やら裏の思惑を抱えていそうな感覚が、どこか不気味さを醸し出している人物だった。
禁呪の魔本の事件で遠乃に女性の居場所を教えたのもこの人だよな。いったい何者だろうか。ただの店長さん、ではなさそうだけど。
「ソーリー、アンダーでトライしないといけないビジネスがあったからね。それで、トゥデイはどんなシングスでお店にヴィジィトしたんだ?」
「実は……“禁呪の魔本”に関する情報を聞きたいと思いまして」
さっそく本題に入ろうと、僕が切り出してみると。
少し眉をひそめた店長さんよりも、なぜか七星さんが先に反応してきた。
「へぇ。あなたたち、あの魔本を知っているのね」
「知っているのも何も、この前も最近もアレの被害に遭ってるのよ」
「えっ、なんで? 確かアレは危ないから廃棄してと、そう伝えたんだけど」
「ああ、葵ちゃん。そのカースブックだけど、あのビックなマダムのパッションにプレスされてさ、セールしちゃったんだよねぇ」
「は、は、はあっ、はああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
び、びっくりした。七星さん、こんな声を出せるなんて。
それだけ驚きを隠せないような出来事だったのか。あの魔本は。
「なんで!? 店長さん、あの本は危ないから倉庫にしまうか、廃棄処分するか」
「だ、だってさ……あのブックを扱えるピーポーなんてエクストリーム一握りじゃん? 滅多に起きることじゃないし、ノープロブレムかと」
「その、めったに起きないはずのコトが起きちゃったのよねぇ。2回も」
「う、嘘でしょ。よりによって、あれを扱えるような輩の手に渡るとは……」
「ふーん、そういうアンタは魔本のことを知ってるわけね。教えなさいよ」
「……わかったわ。あの本はね、禁呪の魔本は呪いの本。呪いで願いを叶えるの」
そう呟いた今の七星さんには、友人から弄られていた面影は存在しない。
――不吉な何かを思わせる彼女。――それを取り巻いた異様な雰囲気。
――そして、きっと取り忘れたんだろう、意外に似合っている茶色の犬耳。
禁呪の魔本の謎は、これから解き明かされると。みんなが彼女を直視していた。
「そもそも願いに欲望、祈りは呪いの一種とも考えられるのよ。願いや欲望は人々に潤いをもたらす一方で、人を酔わせ、狂わせてしまう要因となりうる。欲は独占や暴走を招き、愛は憎悪や嫉妬に変わる。そうして生まれたのが “禁呪の魔本”」
そういえば、遠乃も同じようなことを言ってたな。
“書いた内容が呪いとなって現実化する、夢のような本”だと。
「んで、結局のところ。禁呪の魔本はどういうものなのよ?」
だけど、僕たちが知りたい情報はその先だ。遠乃が急かすように告げた。
「書いた文章から願いを叶えてくれる。それだけのものじゃないはずよ」
「そりゃタダなら都合良すぎるわよね。何かしらの代償があって然るべきね」
「アレはね、恨みを持って死んだという女性の髪をページに使用される紙に混ぜ、それを一枚一枚合わせて作られるのよ」
「髪を使って、紙を作る。何その麻耶先輩が好きそうなの」
「ギャグじゃないわよ! 髪は呪術に必要な、対象の特定、情報といった理由から儀式で用いられることが多いの。それだけ、その人の念や記憶を残しやすいのかしら。その原理はわからないけど」
一度だけ、あの本を覗いたことがある。昔の書物みたいに所々が傷んだページ、薄い血の赤い汚れや黄ばみ、そして人の髪が埋め込まれていた。
それだけで、七星さんの語りが現実味を帯びてくる。嫌な予感と、これ以上知らない方が良いという不吉な何かを覚えながら。
「聞いただけで気味が悪い……そんなもの、使ったらマズいことになるんじゃ」
「ええ、もちろん。肝心なことは魔本の力は飽くまで呪いなことよ“人を呪わば穴二つ”。素人が呪術を使おうものなら、相応の代償を負うことになるわ」
一応、呪術師を名乗っている彼女からの呪術の説明。
彼女の真剣な眼差し、知識からは変な説得力を纏っていた。犬耳だけど。
「話を聞いた限り、前にも魔本を使った人はいたみたいね。どうなった?」
「死体が、樹海で発見されたみたい。どーせ、野望が終わったから自殺したかと思ったけど、もしかしたら呪いで力尽きていたのかもね」
「……そうなの。可哀想に、それだけの何かをしでかしてしまったのね」
彼女が何故、樹海に向かったかは不明だけど。事の顛末は理解できた。
彼女は僕たちを、大学全体を変えて、理想の主人公を作り上げた。
支払う代償がどれほどかわからないけど……決して小さいものではないはずだ。
「話を戻すけど、願いを叶えるには、それだけ呪いが強い必要があるわ。ただ単純に願うんじゃダメよ。呪う、恨む、憎む、怒る、人が抱える負の感情を込める。暗い闇の中、長年にかけて蓄積された呪いじゃないと願いを叶えないわ」
「つまり、あの時の女性や桐野さんは……そういうことなの?」
「あのレディなら、相当ヤバい怨念をハブしてるようだからね。オカルトも齧ってたようだし、それができてもおかしくなさそうだったよ」
「なら話は早いわね。そうした恨みを込めて――“血液”で文章を書き連ねるのよ。生命力の証、生きとし生けるものの証明、血が使われるようになった過程への負の感情。もはや誰も制御しきれないほど増幅されたソレを媒体に呪術を行うの」
「そうなんですか。それで、あのような殺傷事件が起きていたんですね」
殺傷事件。言われてみれば、あの時。千夏が調べていたような。
「どういうことかしら。一秋のお姉さん?」
「あの時、多数のイアやネコが殺傷される事件が起きていたんです」
「確か犯人はあの女性の人だったね……。あの惨状、酷かったよ」
「単に儀式を扮したんだと考えてましたが、こんな理由だったとは」
「なんてかわいそうな事件……じゃなくて。畜生の血であの本を使えるとは、どういう人だったのかしら。ますます不思議に思ったのだけど」
「どういうことよ。誰だろうがイヌやネコだろうが血は血でしょうに」
遠乃が問い質すと、不思議そうに首を傾げて七星さんが言葉を続けた。
「そもそも誰かの血で叶えられる願いは限られるの。血を使う以上、本人の生命、能力といった要因に左右されてしまうはずなのだけど」
「……それなら、もしかして。誠くんの偽物が北山さんの文章を書いていたの、北山さんを襲って血を奪ったからじゃないかな」
ポツリ、と雫が呟いたそれに。僕は何かに打たれたような衝撃を受けた。
「確かに、そう考えると筋が通っちゃうけど……」
「つまり、アイツは他の複数の人を襲って、誠也になろうとしてるの?」
うーむ、ますまず謎が深まり、増えただけの気がするな。
これからは今までの真偽と、桐野さんと僕の偽物から暴き出すしかないか。
「何はともあれ。ここまでが私の知っている“禁呪の魔本”の情報よ」
「ありがとね、葵ちゃん。やっぱり呪いに関しては物知りなんだね!」
「べ、別に。そういうわけじゃないけど」
ニコニコ笑顔を向ける雫に、照れ臭そうにそっぽを向く七星さん。
雫といい、雨宮さんといい。感情をストレートにぶつけられるのが苦手らしい。
「というか、元々これは店長さんが話してくれたことなのよ。なんで私が、わざわざみんなに説明しているのかしら」
「いやー、ドッグイヤーの葵ちゃんがキュートだったからねー!」
「……えっ!?」
そして、気づくのが遅すぎた、自身に付けられた犬耳。
咄嗟に触り、現実を直視して――瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まった。
「う、ウソっ! いつから!?」
「いつからも何も、私が付けた時からずっと、そのままだったよ」
「なるほどぉ。嫌がってた割には馴染んでたようで。好きなんですかぁ?」
「ち、違うからっ!! ほ、ほら、返すわよ! こんなもの!!」
「いやいや、ここまでウェアしてたんだ、プライスレスでプレゼントするよ!」
「い、いいい、いらないわよっ!! こんなものっ!!」
強引に犬耳を取り外して、その辺の机に置き戻した七星さん。
随分と丁寧に戻したな。彼女の良心からか、愛着が湧いていたのか。
そして、その後。彼女は小さくコホン、と。ちょっと可愛らしげな仕草の後に。
「んで、私からも聞きたいんだけど。あなたたちに何が起こっているの?」
少し強張った様子の七星さんは、こんなことを聞いてきたようだった。
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