第32話 表舞台と裏舞台とに隠された怪異譚
弥生さんとの別れから、次の日。
僕はいつも通り、大学の2号館に向かった。
2階の端、誰も使わない古い個室には夕闇倶楽部の部室があるから。
夏季休暇中だけあって行き交う人も少ない。体育会系のサークルくらいか。
だけど、9月に入って……夏休みも終盤に差し掛かっているとなると寂しい。
前半は旅行と映画鑑賞。後半は映画の撮影と練習があった1か月間。なんだかんだ充実していた。それが終わると思うと、どこかやり切れない気持ちになるな。
まあ、何はともあれ夕闇倶楽部の活動は今日これから始まる。
僕は久々に再会した遠乃たちに、昨日起きた出来事の話をしたところ。
「そんなことしてたのに、なんであたしたちを呼ばなかったのよ!?」
「大人数で訪問するわけにもいかないし、葉月の気持ちを考慮してだよ」
「それはその通りだけど。なんか腑に落ちないわねー。不明なところ多いし」
案の定、遠乃からカンカンに怒られたわけである。
弥生さんと葉月の配慮で踏み込んだことを話せなかったのが原因か。
一応は相手も理解しているとはいえ、その点を責められても困るんだけどな。
ちなみに、最後の葉月とのキスのことも話さなかった。
恥ずかしいし、話す必要がないし、何よりそうした結果が見えているし。
それに僕自身、何が起きたのかわかっていない。だから隠すことにした。
「それにしても、そんなことがあったんだ……」
「まあ、葉月のお姉さんも回復したみたいで良かったんじゃないですか?」
「確かにそれは良かったわ。だけどさ、葉月の姉は人を殺してたんでしょ。この場合、どうなるの? 罪とかには問われないのかしら?」
「どうなるも何も……昔の事件で、死体自体が発見されなかったですし、事件の痕跡がない以上は彼女を罪に問えるか微妙なラインですね」
それに彼女が殺したわけじゃない可能性、これも話してなかったな。
理由は、彼女がしてた話の信憑性が高いとは言えなかったし、僕が上手く彼女たちに説明できそうになかったから。
僕としては彼女がやったんじゃない、と。そう信じたいところだけど……。
「証拠が完璧じゃないと動けないの。司法ってそういうものなのかしら?」
「そういうものです。疑わしきは罰せず、もちろん呪いとか怪異とかは証拠にすらなりませんし。一応、今回の場合は映像がありますけど……」
映像、という単語で何故か千夏の表情が曇った。
どういうことか聞こうとするより早く、千夏が答えを見せてくる。
「これを見てください。呪いの映画の後編部分のビデオですが……」
「あれ、この映像。何も映ってないじゃない!?」
「はい。帰ってから調べるためいろいろやってみましたが、ダメでした」
「あんなボロボロの建物に放置されてたから壊れちゃったのかな」
千夏が設置しただろう古めかしいブラウン管テレビとビデオレコーダー。
画面に映るのは無機質な砂嵐だけ。雫が言う通り、壊れたと考えるのが自然だけど……他に理由があるんじゃないかと邪推してしまう。
いろいろ考えても、もう見れなくなったという事実は変わらないわけだけど。
「しょうがないわね。記憶と残りの証拠を頼りに今回の怪異、まとめといて」
「わかったよ。というか、今まさにやってる最中だよ」
言われた通り、僕は狂霊映画と幻死病に関する情報を処理している。
様々な経験と複雑に絡み合った怪異だけあって苦労したけど、何とか終えた。
あとは考察文だけだ。そして、僕が書きたい内容は既に定まっていた。
『人の認識とは、理解とは想像以上に頼りにならないものだ。
代表的な錯覚に“ルビンの壺”という絵がある。
物の見方により、壺の絵にも向き合った2人の絵にも見えてしまう絵。
そして、1つの視点に拘ると、もう1つの視点ができなくなってしまうのだ。
限られた見方で、知識や経験で、理論や倫理で、人は盲目に陥る。
これは絵だけの問題ではない。現実に起きる様々な現状、出来事、超常現象。1つの情報、目に見える光景のみに囚われて正常な理解ができない。
それによって誤解が生じて――人は誤った理解のまま間違い続けるのだ。
だけど、他の見方を、奥に潜んだ何かを知ろうとすることはできるはずだ。
因果律、原因があるから結果が生まれるのだ。非日常の象徴たる怪異だって現実世界に存在しているのなら、それが当てはまるはずだ。
裏の因果を知り、表の結果を理解する。ある視点に囚われず、他の場所からも見てみる。自分の意見だけに固執せず、他の人の意見にも耳を傾ける。
そうすることで――見えない何かを見つけ出すことができるかもしれない』
と、まあ。こんな感じかな。案外、さっくりと書けた。
今回の怪異、その裏では様々な事件や出来事、当事者の苦悩が潜んでいた。
夕闇倶楽部の理念――怪異を理解する、怪異を明らかにするとは。まさに、そうした部分もひっくるめてやっていくべきなんだろう。
表舞台だけじゃ見えないところも、裏舞台で見つけられる。逆に、裏舞台を覗いたことで表舞台が意味する光景も変わるはずなんだから。
しかし、結局のところ……七星顕宗の目的はわからないままだった。
彼は何故一同好会の撮影に協力したのか。呪いの映画を作らせようとしたのか。
そして、それを裏付ける弥生さんの発言はどこまで正確か。それがわからない。
まあ、今のところは警戒しつつ謎を謎のままで置いておくしかない。
それに、何故か彼が関係する問題とは再び対峙しそうな気がしてならないし。
そう結論付け、一息吐き、僕は筆を置いた。それを見た遠乃が話しかけてきた。
「今回の調査は疲れたわねー。その分楽しいこともあったけど」
「そうだな。来週には取り損ねたシーンの撮影もあることだし、ゆっくりしよう」
「なら、まだ見てない映画もありますし映画鑑賞でもしますか?」
「……こ、怖いなぁ。確か恐ろしそうなパッケージの、残ってたよね」
「ふっふーん。残念だけど、他にやることがあるわよ」
意味も分からず得意げな遠乃に、僕は訝しげな視線を送った。
「なんだよ、いきなり」
「最近の夕闇倶楽部には1つだけ問題があるわ。あたしたちは夕闇倶楽部なの。日常に潜む怪異を明らかにする目的を持った、ね」
「そうだけど。それがどうした?」
「今回の怪異、更に前回も前々回も、まったく日常と関係ないじゃない!!」
「た、確かに……完全に非日常だよね、どれも心霊スポット巡りで」
言われてみれば、そうだな。今回も、前回も、前々回も。
どこかに出かけて怪異に巻き込まれて。日常も一欠片も介在していない。
「だから、これからは原点回帰。日常に潜んでる怪異を見つけ出すのよ!」
「……と、なると?」
「もちろんこれから調査に出るの! 怪異が見つかるまで帰らないわ!」
「こうなりますよね。やれやれ、いつも通りですか」
「だけど、良いよね~。いつもの感じで! あっ、そういえば学校に来る途中で美味しいアイス屋さんを見つけたの。行ってみない?」
こうして、夕闇倶楽部のほのぼのとした日常は帰ってきた。
いつものように怪異を探して、いつものように何気ない日々を送って。
「LI〇Eが来てる。無能先輩からですか。出かけてて溜まりに溜まった仕事の催促と――ああ、また会社の代表になったみたいですね」
「何気ない感じでとんでもないこと言ってるよ、ちなっちゃん……」
「どーせ、また潰しますって。それで新聞部の皆さんで立て直して経営を軌道に乗らせるんです。それを無能先輩が潰すエンドレスワルツなんですけど」
「話を耳にする度に気になるんだけど……アンタら、なんなのよ?」
どこか微笑ましい感じを覚えつつ、僕は部室を出る彼女たちに続いた。
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