第26話 見えない、聞こえない、心に残った怪異は
「ちょうど53年前のある日のことだ」
53年前というと1966年。ちょうど土螺村が廃村になった年か。
「いきなり患者が虐殺を始めた。何かに取りつかれたように」
「ぎゃ、虐殺って……」
「虐殺は語弊があるかもな。まあ、患者の1人が急に暴れ出して、他の患者ども、そして医者や看護師どもを殺し始めたんだ。それに触発されて、他の奴らも人を殺し始めて病院内は死屍累々だよ。逃げようとしても逃げられない、閉鎖空間だったからな。俺はベッドの下で隠れて難を逃れたが、他の奴らは皆殺しにされた」
……地籠病院で、そんな事件が起きていたとは。
恐ろしくも有り得るかもしれないとも思えて、頬の筋肉が引き攣った。
だけど、こんな事件が起きたのに事件の情報がないのか?
それに廃病院に訪れた時に、そうした惨劇の跡は見られなかったのに。
気になったし、千夏だって何か言いたそうに口を動かしていた。今のところは話を聞いてみるしかない、みたいだけど。
「そして、脱走した狂人どもは道を下り村に向かったんだ」
「村に向かったって……ここ、土螺村のこと?」
「そうだ。イカれた奴らは村人を――殺したんだ。老若男女、全員だ」
新しい、そして予想もしない情報が、またもや飛んできた。
村でも虐殺が起きていた!? そんな証拠なんてどこにも……。
いや、そういえば、村で見つけた血の跡が何なのかわからないままだった。
こうした惨状を物語っていた証拠だとは。夢にも思わないし、思えなかった。
「ちょっと待ってください! この村は土砂災害で崩壊したんじゃ」
「確かに土砂災害は起きているさ。だが、それが原因で村が崩壊したわけじゃねぇんだ。村人の命を奪ったのは……あいつらだったんだよ」
「……そんな、ことが」
「時間帯は夜、人は寝る時間帯。まあ、狂人相手じゃ結果は見えてるよな。連中は村で互いを殺しあったらしいから他に被害は出なかったけどな」
「それにしても、なんで村を襲ったのかしら。たまたま?」
「アレな連中の行動原理は俺にもわからんよ。だが、あの村は患者からは恨まれてたんだよ、病院と一枚噛んでいてな」
「村と病院の間にも繋がりがあったのですか!?」
「病院が金を稼いでいた話をしただろ。村に金をばら撒いてたんだ。そのおかげで村人は優雅な生活を暮らしていた。精神病院が近所にあるには物騒だからと、脱走する患者を捕獲していたからその見返りだろうな。そして、これは噂だが……不要な患者の譲渡もしていたようだ。理由は見当もつかないがな」
確かに僕もわからない。単なる村が人を、必要とするなんて……。
いや、ちょっと待てよ。この村は人を必要としたはずだ。
“災い移し”。彼らは年に1回、誰かを生贄に捧げる必要があったんだ。
そして、もう1つ根拠がある。生贄に関する記述が7年前から抜けていた。これらから推測してみると、あの謎の真相はこうなるんじゃないのか?
⑥資料に記述がない生贄 (完了)
原因は、地籠病院から生贄を用意していたから。
7年前という時期、“村人”としての記載がないのもそれが理由だろう。
数十年前の話だと考えても、想像の遥か上を超える話に驚きを隠せなかった。
――土螺村の儀式。――病院の惨状。――幻死病。――村と病院での虐殺。
それらに巻き込まれた人の恨みが、呪いが、この怪異を作り上げたというのか。
「だけど、そんな事件があったのに何も情報はなかったですよ!?」
「スマホだのパソコンだのない時代じゃ、隠し放題だ、こんなのは」
「例えそうだとしても物理的証拠は隠せませんよ! 死体は、痕跡は、村の惨状は!! 昔の人でも記録は残っているはずですよ!」
情報に対する信頼から食い下がる千夏に、老人は言葉で制した。
「そういえば、ちょうど地域全体を埋め立てる計画があったよな」
「あ、あったようですけど……それが、なにか?」
「ここは昔、湖が多い。それを埋め立てるんだから、いろいろ隠せそうだろ?」
どくん、と。心臓の鼓動が変に大きく波打ったのを感じた。
彼が何を言いたいのか、ここで何が起きたのか、この場の誰もが察したから。
場の空気が、僕たちを取り巻く空気は急激に冷えるのを感じる。この答え、ぼんやりと、だけど恐怖を感じるほどに予想は出来てしまった。
「……嘘でしょ、つまりそれって」
「ああ、殺された奴らの死体は――この地に埋まってるんだよ」
心ともなく足元を見た。この下に、あの時の、死体が埋まっているのか。
寒気がして、どこか落ち着かなかった。自らが立つ地面が信用できないなんて、こんなにも心細くなるものなのだろうか。
文字通り根底から覆す事実に、僕たちはまたもや衝撃を受けていた。
「……なるほど。私が感じていた村の怪異はこれが原因なのね」
「事件が起きた時、お偉いさん方々は隠すことにしたんだ。世間では気違いやら社会防衛やら五月蠅かった時代だったからな。住民の不安を煽るくらいなら、死んだ人間は情報ごと始末した方が早い。幸い、閉鎖的な村で人の出入りはなかった。患者の家族には遺骨を送れば、それで収まる。ほとんど縁を切っていたからだ」
「…………」
「と、まあ。以上が、俺が知る限りの情報だ。実は、この話はぴったり10年前もしたんだがな。お前ら以上に馬鹿そうな餓鬼どもと俺以上に偏屈そうなジジイに」
「それって、あの映画同好会の人たちに」
「七星顕造。やっぱりアイツなの、忌まわしいことしかしないわね……!」
「反応を見る限り、そいつらもロクな目にあってなさそうだな。因果応報だが」
そして、10年前の呪いの映画ともここで繋がってくるのか
やはり彼らはこの地の怪異を知ってて、それで利用しようと考えたんだ。
「ねぇ、思ったんだけど」
「なんだ?」
「そこまで知っているのに黙ってるのよ。とんでもない事件じゃ――」
「――俺の言うことなんて誰が信じると言うんだ?」
心の奥底から響いたような、振動がこちらに伝わるような声だ。
少しだけ和らいでた老人の表情は出会った時以上に険しくなった。それは怒りや憎しみよりも……悲しみの色の方が濃いように思えた。
「俺は病院の惨劇の後、強制的に他の場所に転院させられた。何も話せず、話させず、な。俺は必死にこれらの事実を外に発表しようとした」
「やろうとは、してたのね」
「だけど、無理だった。誰も信じてくれない。そりゃそうだ、こんなイカれた話を“頭がおかしい”俺が言うんだから。相手は“まともな”医者や看護師なのに」
「日本の精神医療の犠牲者として、あなたの気持ちはわかります。ですが、他にやり方はあるはずですよ。それに今からなら話を聞いてくれる人も――」
「だったら、今からここを掘り返すか? 埋め立てが完了して、木々が生い茂るこの場所を? そんなことをして村の輩は、俺たちは、救われるのか?」
「……それは」
「悪いな、ちっこい嬢ちゃん。俺は諦めたんだ。50年も精神病院にぶち込まれていたんだ、残り僅かな人生くらいは平穏に生きさせてくれないか」
老人の悲痛な訴えが、こだましたように思えた。
……そうだ、彼は50年前から、それこそ僕と同年代の時から病院に閉じ込められた。本来なら享受できるはずの人生を奪われていたのだ。
その悲しみと苦しみは計り知れない。誰からも何からも言い出せないほど、重々しい空間に包まれる。そんな時、急に電話の着信音が鳴り響いた。
「あっ、ご、ごめんなさい。ユーリからだわ。何かあったのかしら?」
遠乃が電話に出た。話の途中だけど……そんな余裕もないか。
老人もその辺りのことは理解しているのか、黙ったまま止めなかった。
「うんうん、うんうん、えっ、ここには来てないけど……。えっ、いや、う、嘘でしょ、なんで!? なんでそうなったのよ!?」
「ど、どうしたんだ……遠乃?」
「楓と、葉月がいなくなった。目を離した隙に消えたって!!」
「嘘でしょ!!? か、楓、楓が、嘘、嘘でしょ!!?」
「お、落ち着けって、葵!」
……先ほどと一変して、僕たちは騒然となった。
葉月と雨宮さんが消えた。しかも今の彼女たちは“幻死病”に蝕まれている。
老人の話を聞いた後だと、その意味合いはまるで変わってくる。もしもこのまま見つけられなかったら、彼女たちは……!!?
「と、とにかく探しましょ!! でも、どこにいるの――」
「死んでないとしたら、おそらくあの病院の中だろうな」
何とかしようと考えていたその時、老人から助け舟が来た。
「ど、どうして、アンタにわかるの?」
「過去に何度も同じようなことを体験しているからだ。幻死病が悪化した奴は自殺するか、あの病院の――4階に向かっちまうんだ」
「4階って……誠也が報告してくれた、あれのこと!!?」
「偏屈ジジイから聞いたんだが、あの場所は異界になってるみたいだぞ。今でも定期的に肝試しに行った奴が迷い込んでしまってるしな」
「もしかして、瀬川もそうなったから消えちまったのかよ……!」
瀬川拓哉。一秋くんや雨宮さんと廃病院を訪れて――行方不明の彼か。
一秋くんの話では、彼は病院の中の怪物に襲われていなくなったらしいけど。
……怪物か。僕が病院を探索していた時に見た、アレなのか。彼もまた幻死病に感染して、妄想に取りつかれ、そして4階にいるのか。
そして、彼女たちがそこに居るのなら……同じ運命を辿るかもしれない。
「なら話は早いわね。さっそくあたしたちで向かうわよ――」
「いや、悪いことは言わない。止めておけ」
「どういう意味よ。あのまま怪異に2人を食い物にさせとけってこと!?」
「このままじゃお前さんまで巻き込まれる、ってことだ、馬鹿者が! 忌まわしきジジイも言っていたよ。アレに取り込まれたら戻れないと。それこそ自分のような力がなければ、とな。俺から言うのもおかしいが、もうアレには関わるな――」
「――その、忌まわしきジジイの孫娘がいるとしたら?」
老人の話を遮ったのは七星さんだった。確かな声で、淡々と。
「そうか。お前はアイツの孫なのか」
「……はい。事実です」
「別に責める気はない。それで、お前さんは何のためにあの場所に向かう?」
「楓を、友人を救い出すためです」
「なるほど。どうりで似てないわけだ。きっと他の家族に似たんだろうな」
「コイツも言ってるし、大丈夫よ! あたしたちは幾多の怪異を暴いてきた夕闇倶楽部! 乗り越えられない理不尽はないわ! そうでしょ、“葵”?」
「私、夕闇倶楽部に入った覚えはないんだけど……!? ……まあ、ありがと」
こんな状況なのに、不安を感じさせない遠乃の言葉。
というか、七星さんに向けた遠乃の呼び方が“神林”から“葵”になったな。
これまでから、あいつも認めたのか。無暗に怪異をまき散らす彼と違うと。
そんな僕たちを見て老人は……笑っていた。それは清々しいものだった。
「はっ、想像を絶するほどの馬鹿な連中だ。……よし、お前ら。準備しろ」
「準備って、どうするのよ?」
「俺のオンボロ車で連れていってやる。その娘は俺の家で休ませておけ」
「ご、ごめんね……最後まで迷惑をかけて」
「良いのよ、シズ。今は休んでて。後はあたしたちに任せなさい!」
「雫先輩には私が付いてます。楓ちゃんや鳴沢さんの例がある以上、目を離すわけにはいかないですし。先輩たち、ご無事で。葵ちゃんも、一秋もね」
「お願いするわね、千夏」
「ここまで来たんだ、俺たちのしくじりは俺たちで何とかするさ。なつねぇ」
こうして僕たちは再び、地籠病院跡に向かうことになった。
怪異の真実は見えた。これが今回の怪異の最後の調査になるんだろう。
後は彼女たちを救うだけ。夕闇の手前側、昼の世界に帰ってくるだけだ。
これから何が起きるのかという不安と、強大な怪異に立ち向かうことの恐怖。
そして、怪異を明らかにしたいという確かな意志と一緒に、あの地に向かった。
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