第23話 呪いの映画(後編)

「これで、よしと。セッティング終わったよー!」


 旅館のある一室にて、僕たちは集まっていた。

 これから僕たちは――呪いの映画、問題の後編部分を見ることになる。


“某所の、実際に心霊現象が起きるという噂の廃村で撮影を行ったホラー映画”

“徐々に内容が狂気に満ちたものになり、それを見た者が1人、また1人、体調不良を訴え、意味不明な言語を呟き――やがて狂い始めた”

“狂気に満ちた人々はたちまち異常行動を始める。会場は阿鼻叫喚の地獄絵図となり、その映画の放映は即刻中止になったという”

“その映画が見る人すべてを狂わす“狂霊映画”と呼ばれることだけ”


 ――怪異の調査、この撮影の参加における動機だった噂。

 いろいろな怪異に翻弄されていて、今から思い返すと単純なもので微笑ましい。

 そして、現在。映画を見るために必要な機器を村部さんに設置してもらっている。

 真実に辿り着ける期待と、噂と今まで起きた現象から導かれる嫌な胸騒ぎ。

 僕たちの、相反する巨大な感情が、この内で渦巻いてるように感じていた。


「ありがとう、村部さん。わざわざこんなことまでしてくれて」

「良いって、良いって。いろいろと話し相手になってくれたお礼だよ。てかさ、都会人なんだからパソコンかたかたかたーでなんとかやれないの?」

「都会を何だと思ってるのよ、あんた。都会だから秀でてるわけでもないし、むしろ都会なら誰かがやってくれるからこういうのに疎いものよ」

「ふーん、そういうもんなのかねぇ。とりま、がんばれー!」


 どこか呑気な様子のまま、村部さんは部屋を出て行った。

 彼女がいなくなったことで場の雰囲気が、急激に締め付けられた。


「んじゃ、やりましょうか」

「お、おい。お前ら、本当に見るのか? 呪いの映画を」

「なんなら宏は見ないで良いぞ。あまり関わるべきもんじゃないし」

「じゃあ、他のところ行かせてもらうぜ。炎失峠みたいな目にあいたくねぇ」

「関わりたくないなら、それで良いのよ。あと、シズ。あなたも部屋を出て」

「んくっ、んくっ、どうしてっ!!? だ、大丈夫だよ、私は――」

「千夏にも怒られたでしょ、水を飲みまくるの。それに様子もおかしいし」

「で、でも……」

「お願いよ、シズ。今は休んでいて。あたしたちが」


 ここまで言われたら、雫も反論できないのか。表情は暗いまま、頷いた。


「わかったよ。でも、みんな。無理は……しないでね」


 2人が部屋を去るのを確認してから、僕がゆっくりと電源を点ける。

 今では化石となった、ザーザー音と砂嵐の画面が見える。

 耳障りな音に、嫌な感情を駆り立てられる映像。良い気分はしなかった。


「まさか、見れないというオチはないでしょうね……?」

「そんなことはないと思うけど……廃墟の中に置かれてたものだからな」


 あんな場所に放置されていたんだ、保証はできないよな。そりゃ。

 だけど、何の以上もなく映像が映し出され、その懸念は払拭されていた。


『どうすりゃ良いのよ。ここから逃げ出せないのに、殺されるのよ!!』

『落ち着けって。それを今から考えるんだよ!!』

『……うるさい、よ。黙って従えないの、あんたは』

『だ、黙れ!! あんたが殺すんでしょ、みんなを!! 知ってるのよ!!』

 

 始まりは女の子の死亡、僕たちだと雫が演じたキャラ、からだった。

 仲良しグループから2人の死人が出て、残された人たちが恐怖と混乱に陥っている。ホラー映画なら定番の、集団パニックが起きている場面だ。

 迫り来る敵と死の恐怖。人を狂わせるのは呪いの映画でも変わらないらしい。


『なんで、なんで、ハヤトくんは私を助けてくれないの!!?』

『そんなことはない! 君を、大切に思ってるんだ!!』

『いやあぁぁぁっ!! あいつよぉぉぉっ!! 殺さないでぇぇぇっ!!!』


 そして、勝手な行動をした女子のキャラが敵に追われる。

 わかりやすい死亡フラグだ。案の定、すぐ後で窮地に立たされていた。


「これは……私が演じていた女の子か。必死の形相で逃げてるわね」


 恐怖から逃げるため、村の奥の山道を踏み外しそうになりながらも走る。

 だけど、見てみると。女子を追いかけていたのは怪異でも霊能力者でもない。

 メインヒロインで、僕たちでは宮森さんが演じていて――葉月に似ているような彼女。彼女が鉈を手に持って、相手の女子を追いかけている。


 僕たちと違い、仲間の1人が犯人で殺人を犯す。そんなシナリオだったのか。

 どこか不吉なものを感じながらも、その場面をじっくり眺めていたところ。


『きゃあっ!!』

『つーかまーえたー』


 地面に露出していた大木の根に躓いて……女子が派手に転んだ。

 彼女は相手を逃がさないようにと、手と足とを鉈で切り裂き、傷つけた。

 血が流れ、鉈が血で汚れる。鮮血が辺りに飛び散り、赤黒いもので血を染める。女子は必死に叫んでいた。痛い、死にたくないと。でも、やがて声を失った。


 生理的嫌悪感が湧き出てくるほどリアルな描写。いや、これはリアルどころか。


「えっ、この映像……演出よね。血とかヤバいけど、ケガも」

「そ、そうに決まってるでしょう。だって、そうじゃないと、これは」


 遠乃も七星さんも、僕と同じ感想を持ったらしい。

 体が締め付けられるような恐ろしさが、時間と比例して増幅していった。

 次に標的になったのは……雫が演じてたキャラ。映画の話では殺された彼女が何故、といった指摘は出なかったし、浮かびもしなかった。

 声にもならない叫びで、命乞いをする女子の喉が……鉈で切り裂かれた。


『いやああああああぁぁぁっっっ!! あああ、ああっ……ぁぁぁ』


 喉から血を噴き出し、体を痙攣させて、そして動かなくなった。

 これは明らかに演技じゃない。撮影じゃない。現実の殺人じゃないか!?


「な、なによ、これ……」


 こんなものが、なんで映像に残されているんだ。こんなものが。


 その後は、何事もなかったかのように別の映像が挿入された。

 チャラい見た目の、僕が演じたキャラが殺されている。背中を刺されてから、息が絶え絶えのところを……体の部位を切り刻まれていった。

 ――凄惨な光景。まさに拷問で、何かを演出しているようにも見えていた。

 

「ま、不味くないっすか、これ」

「とりあえず早く消しなさい!! 嫌な感覚がするのよ!!」

「それが消せないのよ!! リモコンも、装置も、オフにしても!!」


『はーやと、くん』


 画面に血で塗られ、月明かりに照らされた彼女の顔が映る。

 彼女が対峙しているのは……おそらく風間隼人。この映画の監督だった。


『やめろ、俺を裏切るな、弥生。自分が何をしてるのかわかってるのか』

『なんで? ハヤトくんも喜んでくれたじゃん。良い絵が取れたって』

『そうだよ、だからここまでで良いんだよ。きっとリアルな素晴らしい映画になる。アイツが言うように、観客が呪われて、本物の呪いの映画になるんだ!!!』


 ……なんだって。元々これは呪いの映画にするために作られたのか。

 本来なら意味不明の推測。だけど、紛れもない監督の口からそれが放たれた。


『だからだよ。最後にハヤトくんを殺すの、カッコよくて、頭が良くて、私の王子さまで。きっとハヤトくんでさえも魅了する最高の映画になるの!!!』

『ダメだ!! 俺はダメなんだ!!? 俺の映画が、才能が、素晴らしさが――』


 最後まで言い切る前に、彼女が文字通り息の根を止めた。

 その後はおもむろに首を切断して、血を流した生首を抱えた彼女は笑った。

 

『あははっ、これでいっしょ、あははははっ、あははははははぁぁぁっっ』


 こうして血で染まり、観客を置いてけぼりにした終幕を迎えるのか。

 と、思っていたら。映像が乱れ、暗転し、まったく別の何かが挿入された。


 ――病院の一室。だけど、部屋中にベッドが敷き詰められている。

 隙間がないほど。すべてに人が寝かされ、点滴のような何かを打たれていた。

 よく見てみれば、彼ら拘束具が付けられていた。……これは、なんなんだ。

 明らかに場所が違う。それ以前に時代が違う。感覚的にだけど、そう思った。

 

 状況が飲み込めず、疑問を抱いたと同時に……呪いの映画は終わりを告げた。


「おえっ、おええぇぇっ」


 一秋くんが吐き気を催し、部屋を飛び出した。

 ……彼がああなるのも無理はない。僕も気持ちが落ち着かなかった。

 そりゃこんなものを見せられたら、呪いとか関係なく頭がおかしくなる。


「これが真相なの。映画同好会が行方不明になっていたのって」

「噂だとそうなっていたな。でも、これは……」

「撮影の時点で、みんな殺されてたのね。まさか、こんな結末に――」

「ダメえええぇぇぇぇぇっっっ!!!!」


 場の空気を丸ごと破壊するような、劈く悲鳴が部屋中に響いた。

 誰もが声の主に視線を動かした。……葉月だ。鬼気迫る表情をしていた。


「……は、葉月、どうしたんだ?」

「やっぱり似てるわね。人を殺していた、あの子と」

「あっ、ああっ……見た、見たんだ、見ちゃったんだ」

「ど、どうしちゃったのよ。別にあなたなわけじゃないでしょ!?」


 かなり気が動転して……それどころか、もはや錯乱状態にある葉月。

 どうしたんだ、彼女は。何とかしようと僕が葉月の元に駆け寄った時。


「……葉月さん、ここに来てたんですね。タイミング良いことに」


 後ろから千夏が部屋に入ってきた。調べ物をしてたはずじゃ。

 僕がその意味を込めた視線を送っていると、千夏がゆっくり口を開いた。


「ちょうど良かったです。この話は本人がいる場所でしたかったので」


 本人、葉月がいる場所でするべき話とは。どんな話なのか。


「調べ物をしてたのよね、千夏。その報告なの?」

「はい。佳代子さんの協力で、映画を製作した映画同好会を突き止めました」


 それを聞いて、ぴくん、と。葉月の体が大きく震えた。

 気になる情報だったけど、彼女の姿を見て僕の嫌な予感が増長し始めた。

 10年前、呪いの映画を製作した同好会。その真相に迫れるというのに。


「同好会のメンバーを調べましたが、1人を除いて死亡したことになってます」

「それならこの映画を見たあたしたちは知ってるわよ。この映画で」

「……なるほど。呪いの映画の真相はそうだったんですね」

「それで、その1人。誰よ?」


 ――僕の推測が、予感が。徐々に現実味を帯びてくる。

 それを裏付けるように葉月の反応が深刻になり、千夏が僕を見て頷いた。


「彼女の名前は――鳴沢弥生。葉月さんの姉にあたる人です」

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