第24話 ラストダンスは虚無と恐怖とで
「彼女の名前は――鳴沢弥生。葉月さんの姉にあたる人です」
唐突に現れた千夏からの、唐突に告げられた事実。
衝撃的すぎるそれに僕たちは、思わず言葉を失い、立ち尽くしていた。
「ほ、ほんとうなの。その、葉月の姉がアレなんて」
「間違いないと思われます。佳代子さんの調べですし、裏付けも取れました」
すんなりと受け入れられないような事実、だけど。
情報に対して真面目な千夏が断言するのだから、信じるしかなさそうだ。
何よりも葉月の怯え具合。事実無根の言いがかりなら有り得ない反応。
……怪異を解き明かす鍵を、葉月が握っている。そう考えると、複雑だった。
「マジかよ、なつねぇ……」
「元々あの人が参加してたのが不思議だったけど、もしかして」
「村で不審な行動が目立ったのもそれが理由なのかもね」
何を話して良いのかわからないからか、この場が重苦しい空気に包まれる。
そんな僕たちの間で、千夏は普段より険しい表情で――葉月に向き直った。
「葉月さん、話してくれませんか。お願いします」
「っ!!?」
簡明率直の千夏に、怯えた表情を更に悪化させる葉月。
千夏の雰囲気がピリピリしている。これはマズいんじゃないか。
「ちょ、ちょっと、千夏。もう少し彼女に時間を与えて――」
「……誠也くんは、真相を知りたいんだよね」
それはやりすぎだと、止めようとした僕を葉月が制した。
「あ、ああ。葉月が良ければ僕も知りたいな」
「うん、それなら、やってみるよ。誠也くんがいるなら、私、頑張れるから」
葉月が言ってることがイマイチ飲み込めない。けど、話してくれるようだ。
「この子の言う通りだよ。私のお姉ちゃんはあの映画同好会に所属してたの」
「確か都内芸術大学の出身でしたよね。あの同好会も」
「うん。私と同じで、絵を描くの、好きだったから。映画鑑賞が趣味でもあって、大学は映画同好会で楽しく映画を作ってた。――あいつが存在しなければ」
声音が変わって、普段とは考えられないほど葉月が負の何かに包まれた。
その眼には計り知れない憎悪が込められている。思わず悪寒がしてしまうほど。
「風間隼人。お姉ちゃんを破滅させた、最低最悪の悪魔が」
「映画の冒頭にも監督として名前が出てたわね。どんな人なのよ?」
「アイツは天才だった。お遊びにすぎない映画同好会を一気に有名にした」
「それは大槻さんも言ってたわよね。んで、性格がアレだとも」
「アレなんてもんじゃない。どうしようもないほど卑劣で邪悪な人でなしだった」
憎悪が、悲しみが、加速する。ここまで感情的な葉月を見たことがなかった。
「アイツは自身の作品で最優秀賞を取った功績で部長になって、そして同好会を乗っ取ったの。翌年には、もはや――風間隼人を教祖にした新興宗教になっていた。誰も逆らえない、崇め奉る、神様とその信者たちという存在に」
「もしかしてお姉さんも、その男に?」
「最も近い存在だった。彼の隣にいることが最上の喜びのように感じていた」
葉月の姉、というと鳴沢弥生さんのことか。
……呪いの映画で撮影仲間を皆殺しにしていた彼女だ。
「それから姉は変わった。アイツ以外の人に興味を持たなくなった。アイツの異常を異常と思えなくなって。私や家族が止めても耳を貸さなくて」
「……ご愁傷様というかなんというか」
「そして、ある日。呪いの映画の製作が始まったの。“ただのホラー映画じゃハヤトくんが納得できる作品を作れない”。お姉ちゃんは言っていた。“どんなに恐ろしくても架空なら恐怖にならない”とも。きっとアイツの受け売り」
「架空もなにも映画は元々架空でしょ。それを乗り越えるのは無理でしょうに」
遠乃のツッコミ。こういう状況でも冷静かつ無神経なのはいろいろ凄いな。
だけど、僕が気になるのはそれ以前。――呪いの映画の製作が始まった?
”呪いの映画”は制作できない。結果としてそうなったにすぎないのだから。
単なる言葉の綾だろうか? それにしてはニュアンスが微妙におかしいような。
「だから“観客に怪異をもたらす映画”。アイツが作りたいものがそれだった」
「観客に怪異をもたらす映画……わかるようでわからないような?」
「つまり――見た人を呪う、怪異に取りつかせる映画。風間隼人が考えたのは」
そして、僕の違和感の正体は最悪の形で現れた。
淡々と告げられる事実。だけど、それは想像を絶するものだった。
呪いの映画は――制作者自身が意図的に生み出した呪い、怪異だったのか!?
まず発想が信じられないし、やろうとしたこと自体も有り得なかった。なんで映画を作るのに呪いが必要なのか、怪異が必要なのか。
揃って疑問符を浮かべる僕たちを俯瞰して、葉月が一呼吸置いて話した。
「呪いの映画を視聴して呪われる人が増えれば、映画の評判が上がり続ける。忘れられない映画になる。そんな理由で、怪異を利用とした」
「荒唐無稽な計画ですね。怪異を操るなんてソイツにできないでしょうに」
「できないよ、だから風間隼人はある人に持ち掛けられたの。あんたと同じ名前を持っている……呪術師を名乗る老人からね」
視線の先には七星さんが。……ここで“神林”の名が出てくるのか。
「頭のネジが外れた馬鹿を唆して利用する。如何にもアイツらしいわね」
「まるで他人事。あんたも変わらないのに、それで贖罪したつもり?」
葉月が、憎悪を吐き捨てるような勢いで七星さんに向けた。
七星さんはとても悲しそうな表情をしていた。祖父に対する怒りを、最も理解できる立場であり、最も整理できてない部分だから彼女も辛いのだろう。
「ちょっと待ってください。葵はそんなことしないっすよ!」
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いは感心しないわね。わからなくもないけど」
……気持ちは分かるけど。僕も感じたし、遠乃たちも同じようだ。
だけど、彼女にそれは届かないのか。拒絶するように無言で首を振った。
「とにかくソイツが現れてから呪いの映画の製作が始まった。村を舞台にしたのも。地蔵を破壊したのも。すべてアイツの命令だった」
「つまり、神林は知ってたわけ。地蔵も村の儀式も……おそらく幻死病のことも」
「お姉ちゃんは、あの映画撮影に参加して――帰ったら、元の世界に戻ってこなかった。血走った目で“お姉ちゃん、人を殺した”って」
「……人を殺した」
「意味はわからない、けど。お姉ちゃん、その辺りのこと話せなかったから」
――話せない? 話さないじゃなくて、話せない?
何かを隠すような、どこか引っかかる物言いだけど、今は話に専念する。
「それなら映画を見ればわかるわね。あんたの姉に他の人を殺させたのよ」
「怪異を生み出せるレベルの怨念で最もわかりやすいのは理不尽な死。“異界団地”を生み出した時と原理は同じようね。……あの外道め」
「それはわかったよ。知りたくなかった、知らない方が良かった、けど」
ここまで来ると、あの映画の演出の意味が分かった気がする。
予想できる動機は……怪異を生み出すため、それとリアル描写の追求か。
常識なら有り得ない話だけど。今までの話を聞いたら説得力が有り余るほど。
こうして風間隼人に利用され、葉月の姉は同好会のメンバーを殺した。そして、狂気に飲まれた葉月の姉が風間隼人自身を殺したわけか。
そして、文字通り“呪いの映画”の映像が文化祭で流され、ある噂と化した。
――それが、それこそが“狂霊映画”の真相だったのか。虚しい結末だ。
「んで、葉月の姉は捕まったの。6人殺したらアウトでしょ」
「ううん、捕まらなかった。それどころか事件にすらならなかったから」
「えっ? どういうことよ」
「それに関しては私から話しますね。生存者、鳴沢弥生さんの発言から6人の死体の探索が行われました。しかし、見つからない。その痕跡すら消失したようです」
「死体が、消えた?」
「はい。だから彼らは行方不明でした。それで失踪してから7年間、失踪宣告と言うんですけど、そうした場合に死亡扱いになるんです」
「殺された当時は行方不明だった。どーりで情報集めに苦労したわけね」
確かに集団殺人となれば大騒ぎになるはずだ。情報が出てくるくらいには。
だけど、集団失踪なら。遭難とか事故とかと扱われる。多少は騒がれるだろうけど、すぐに他のニュースへと話題が移ってしまう。
僕たちが情報に辿り着けなかったのもしょうがない、というわけか。
「話はわかったわ。けど、なんで今まで黙っていたの。大切なことを」
「…………」
「そりゃ気軽に話せるような内容じゃないし、そのことを責めないけど。シズも楓も、アンタも幻死病にかかっているかもしれないのに――」
「――話したら信じてくれた?」
氷柱のように鋭く、冷たい、葉月の言葉に遠乃が言葉を詰まらせた。
「ごめんね、話は終わりだよ。もう休みたいの、とても疲れたから」
ふらふらと、部屋の外に出た葉月。止める人はいなかった。
狂霊映画の謎、彼女の闇を聞いて受け止めきれないと直感したからか。
僕も呆然として――怪異のこと、映画のこと、そして昔の葉月を思い返した。
高校時代の葉月はひとりぼっちだった。寡黙で誰も頼らない。
怪異が、悪意が、彼女を苦しませた。そして、今も苦しんでいるんだ。
“みんな殺されて、未だに誰かは狂気の内に囚われ続けているのに、噂話はそれだけでおしまい。その裏で悲しみや辛いことが隠れていても誰も見つけられない”
「……記憶が鮮明なうちに記録しておくよ」
「うん、お願い」
だけど、だからこそ今回の怪異は解き明かさないといけないんだ。
①狂霊映画の真相(解明)
呪いの映画と化した原因は、風間隼人が意図的にもたらしたものだった。
映画を見た者を呪うことで忘れられない映画を作ろうとしたことが動機。
後編の映像では鳴沢葉月が映画同好会のメンバーを惨殺している。映画同好会の行方不明の真相及び怪異を作り出そうとした方法と思われる。
「話も終わったし、私は楓のところに戻るわ」
「ああ、俺もそうするよ。なつねぇとみなさんも、それじゃ」
その後は一秋くんと七星さんを見送り、僕たちも部屋を出ることに。
もうそろそろ夕食の時間。あんな話をしていただけに時が流れるのが早い。
「あたしたちも行きましょう。今日はいろいろと有りすぎたわ」
「そうだな。だけど、ちょっと先に行っててくれないか」
遠乃たちを先に行かせてから、僕は葉月の話の途中で来たlineを見た。
相手は秋音と桐野さんか。どちらも文芸同好会での知り合いだったりする。
……桐野さんからのラインは嫌な思い出だらけなので見ない、として。
秋音からの通知を見てみることに。彼女から珍しいな。いつもは文集に載せる短編小説の締め切りの催促か、遠乃の悪口くらいなんだけど。
「“お勧めの小説を紹介するわ”か」
今回は小説紹介のようだ。マイナーな怪奇物らしい。面白そうだな。
精神病を患って措置入院となった主人公が、地獄のような病院の現実と荒廃した精神の患者たち、病院が隠す謎と怪奇現象に翻弄される小説。
――まるで僕たちが調査している廃病院みたいだな。
形容しがたい衝動に駆られながら、僕はその小説を調べてみることに。
題名、出版年、内容……そして著者。どうやら僕の行動は正解みたいだ。
「……これは。もしかして」
思い出した。2日目の朝、僕たちはある男性と遭遇していた。
“答えが見つかったら、この道の奥の俺の家に来い。答え合わせしてやるよ”
あの老人が最後の鍵。廃病院と幻死病の謎を暴き出してくれる最後の鍵だ。
観客を、製作者すらも呪った“狂霊映画”。人々を狂わせる“幻死病”
調査は明日が最終日となる。長きに渡る怪異の調査も終わりを迎えるはずだ。
何をしても明日は来るべき時間に来るが、何をしても明日が来るわけじゃない。
だから、僕たちは――明日に備えて、やるべきことをやるだけだ。
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