第22話 それぞれのアンダープロット
私、宮森友梨は旅館の部屋で絶望に片足を踏み入れていた。
呪われた映画の撮影。面白そうだし、きっと成功する。そのはずなのに。
……この部屋の惨状を見れば、結果は明らかだった。
雄太先輩は怪我をして塞ぎ込み、ノンさんは責任を感じて落ち込んで。
「……はっちゃん、大丈夫?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「私、わからないよ。はっちゃんは何が悪くてさ、誰に謝ってるの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
……ダメだ。すっかり様子が変になっちゃった。
ひたすら誰かに対して意味が分からない謝罪を繰り返す。はっちゃんは私の大切な友人。だから、この姿を見ているのは辛かった。
こんなことなら――ノンさんが撮影をしようと言い出した時に便乗せず、止めればよかった。はっちゃんを連れてこなきゃ良かった。
「それに、こんなに絵を描いて。なんで書いたの、これ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
散らばるイラスト。書き殴りだったけど、元々の彼女の絵が上手だったから、なんとか見れるものになっていた。
これは……どこかの施設、通路かな。暗闇の中、物とかはボロボロで……どこかの廃墟。はっちゃんは何を思って、こんな絵を描いたんだろう。
「私の責任だ……」
あれこれ考えていると、ノンさんの自分を責めるような呟きが。
ノンさんもこんな感じが続いている。映画同好会の部長を担うほど責任感の強い人だから、今回のことは堪えているみたい。
「どうしたんですか。普段のノンさんらしくないですよ」
「止めるべきだったんだ。何が起きるかわからない映画の撮影なんて」
「それは私にも責任がありますって! あっ、雄太先輩からもお願いしますよ!」
「…………」
雄太先輩はこんな様子。元々気の弱い人だし、しょうがないけど!
――こうなったら仕方ない、私が何とかするしかない。
映画同好会のムードメーカーとして、この状況をどうにかしないと。
「……あっ」
意気込んでいると、はっちゃんの呟きが急に途絶えた。
「ど、どうしたの、はっちゃん!? なにかあったの!?」
「私、隠してる、の。大事なこと、みんなに、言わなきゃ、なのに」
「えっ、どういうこと!?」
いろいろと抜け落ちた言葉。不可解そのものに感じる。
だけど、わかった。はっちゃんは全部おかしくなったわけじゃない。きっと悩んでて、変なことが起きて、どうにかなったんだって。
なら、友だちとしてすることは1つ。小さな手を包み込むように握った。
「大丈夫だよ。遠乃や誠也くんたちを信じてあげて」
「……あっ」
「あの人たちなら、きっとすごいことをしてくれるって! それに遠乃たち、映画の後編を見つけたみたいなんだよ。それを見れば――」
はっちゃんを励まそうと、言い切ろうとした時だった。
映画の後編。それを聞いたはっちゃんの表情が――絶望に染まった?
何があったのかな。聞こうとする私を振り切って、はっちゃんが駆けだす。
「ちょ、ちょっと、はっちゃん!!?」
部屋を飛び出したはっちゃんを、不安いっぱいの私は追いかけた。
私、小山千夏は旅館の個室で1人調べ物をしていた。
……楓ちゃん。ああなったのは私のせい。だから私にできることを頑張る。
だけど、今まで通りというべきか、情報収集の結果は芳しくない。前もって“あるツテ”を用意してよかったわ。それに賭けられるから。
「佳代子さん。ご協力ありがとうございました」
『あらあら、良いのよ~。私は千夏ちゃんを応援してるんだから!』
耳に当てた電話からは、おっとりとした声が聞こえてきた。
相手は佳代子さん。私が所属する新聞部の副部長さんだ。おそらく、あの部の中では最も有能かつ信頼できる相手だろう。
『千夏ちゃんのお願い通り、私なりの方法で情報を探しておいたわ』
「ありがとうございます。恥を忍んで、事前に頼んでおいて良かったです」
『そんなこと言わなくてもいいのに~。私は頑張るおバカさんが好きだもの!』
「は、はぁ……」
『破天荒はそれだけですばらしいものだもの。でも、無能くんとは違う意味よ?』
「それはわかってますよ」
そうじゃないと、私たちは世界最大級の侮辱を受けたことになるし。
『さて、世間話もほどほどにして。そろそろ本題に入りましょうか』
「はい、お願いします」
『最初に廃病院の情報ね。調べてみたら確かにその手の噂は出てきたわ。暴力が横行してたとか、医者や看護師が惨殺されたとか、人体実験をしてたとか』
「私もその辺りの情報を調べられたのですが……」
『だけど、それ以上の情報が出ないのよね。どれもこれもあやふやのもの』
……そうだった。佳代子さんの言う通りだ。
私も複数のアプローチから、幾つかの情報を集めた、だけど。
結局のところ、真実にはたどり着けなかった。単なる噂や意見程度のもの。
これは佳代子さんでもどうにもできないのかしら。諦めかけたところ、佳代子さんは「でもね」と付け加えてきた。
『千夏ちゃん、考えてみて。おかしい話よね』
「どういうことでしょうか?」
『病院が廃院になった。この事実があるなら多少なりとも情報は残るはずでしょ。何も大昔に起きた出来事じゃないんだから』
「……確かに」
『だけど、不自然なほどに情報が手に入らない。何かあると考えるべきだわ』
……なるほど。そうした観点もあるわね。
情報を集めることに固執するあまり、気づけなかった。反省しないと。
だけど、何もわからない現状はどうしようもない。とにかく調べるしかない。
私の中で結論を出したところで、佳代子さんは次の話題を提示した。
『そして、呪いの映画。こちらは、さっき教えてくれた映画の題名と今までの情報から照会して、映画を製作した映画同好会を探せたわ』
「そ、それは本当ですか!?」
『きっと良いスクープになりそうよ~。……だけど、1つだけ』
「えっ、なんでしょうか?」
『あなたたちの1名には、きっと喜ばしくない情報になるかもしれないわね』
佳代子さんがこんな釘を刺すような情報とは。
それは誰かとか、なんで喜ばしくないとか、聞きたくなる。
けど、彼女の口調や現在の状況から聞いちゃいけない気がして、止めた。
『それで映画同好会の面々。10年前のこの大学の人たちみたいね』
「えっと、先ほど送ってきたメールの添付ファイルですよね」
なるほど。T大学の正体は、これだった。芸術大学だったのね。
都内だけど、知名度が低いレベルの大学。調べるには骨が折れそうだった。
『残念なことにメンバーは1人を除いて全員死んじゃってるのよ』
「……その1名とは?」
『その1人も行方が知れない。でも、名前だけはわかった。名簿を見て』
「わかりました」
言われた通りに、該当する場所の情報を見てみる。
そして、記載された名前、行方不明の彼女の存在を見て――私は驚愕した。
「これって……もし、そうだとしたら!?」
『その懸念はきっと正しいわ。彼女の名前、そして彼女は――』
私、卯月秋音は大学の図書館で本を読んでいた。
時刻はもう6時。それでも明るいのは夏の季節がそう見せるからね。
でも、外を出たら暑いのはアレ。今日は比較的涼しいけど、飽くまで比較して。
「あれ~。部長、何を読んでるなの~?」
「あら、桐野さん。“綱紀廃弛が生み出した怪物”という本よ」
読書する私に話しかけてきた彼女は桐野瑠璃。同好会の後輩だ。
普段通り呑気ね、そう思ってたら彼女が後ろから抱き着いてきた。癖の強い髪、フリフリのゴシックドレスのヒダ? なんて名称かしら、少しくすぐったい。
どっかの馬鹿集団ほどではないけれど、文学を嗜む集まりである文芸同好会に変人はそれなりにいる。……まあ、彼女はその中の最たる例なのだけど。
「ねぇねぇ、惨殺死体出てくる? 臓器は? グロテスクは?」
「……出ないわよ! れっきとした健全な本よ。怪奇ものだけど」
フリフリのゴシックドレスという、服装から見てもアレなタイプ。
さらに趣味がR-18Gの小説を読んだり、書いたりすること、樹海で死体を撮影すること。だから、危ない人オーラは限界値を突破していそうね。
趣味に文句を言う気はないけれど、生かしたまま内臓を抉り取り、それを事細かな描写と一緒に食べるような小説を強引に読ませるのは勘弁してほしい。
「つまんないの~。でも、アキアキがそういうの読むの意外カモカモ!」
「これが面白いの。怪奇物は有名もの以外避けていたのは間違いね」
頭のネジが数本外れたような、惚けた顔をした彼女に本を見せた。
精神病院を舞台にした怪奇小説。数十年前の、無法地帯と化していた精神病院内での怪奇現象、数々の“治療”により荒廃した患者が魅せる怪奇の謎。
なんでも著者は実際に精神病院に入院させられてた人だとか。その時の経験からか、内装や出来事の描写はリアリティに富んでいる。
心理描写も素晴らしいの一言。ゾクゾクする、そういった感じかしら。
「そうだ。誠也くんにも教えてあげましょう」
「ずるい!! 私も青木ヶ原くんに撮りたてほやほやの死体写真送る!!」
「……もう少し、あなたは相手を思いやりなさいよ」
面白い作品を共有したいし。……あまり話せる機会がなかったし。
きっかけを生み出せたら良いのだけど。淡い期待と一緒に誠也くんへ送った。
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