第12話 旅館と温泉、胸談義
「す、すごい。まさに日本の旅館だぁ……!」
深緑の山々の光景に溶け込んだ、侘び寂びとした造形の木造の建物。
端には見事なまでの松の木、それと小さな池に枯山水といった日本の庭園。
その光景は――まさに日本の原風景、100年、200年前の和風旅館。頭の中のイメージをそのまま写したようだった。
こんなに素晴らしいところに宿泊できるとは。調査を忘れて心が躍りそうだ。
「ここに泊まれるとは夢みたいだよね~! しかもタダ!!」
「知り合いの旅館でな。特別料金で泊まらせてくれたんだ」
「駐車に随分と手こずっちゃったわね。もう少し練習しとけば良かったわ……。うーん、それにしても重いわ。早く入りたい」
荷物を持った雫と大槻さん、それと遠乃が車の外に出てくる。
それを見て、大きな荷物を苦労しながら運ぶ彼女のことが気になった。
「そういえば、遠乃。そのクーラーボックスに何が入ってるんだ?」
「ああ、これね――」
僕の問いかけに少し口元を吊り上げると、遠乃は中身を見せてきた。
「まずはスポドリにお茶ね。暑い中、動き回るから水分補給は必要でしょ」
「それは良いな」
「そして、あとは酒。ビールに酎ハイ、日本酒にワインにその他諸々よ!」
「…………」
「大学生でお泊りなら、これでしょ! 今日はガンガン呑むわよー!!」
撮影があるんだから呑みすぎるなよ。抜け目ないな、お前は。
まあ飲み物はありがたいけど。自動販売機すらなかったからな、あの近辺。
「うげっ。と、遠乃……その中にほろ〇い入ってる? ウチでも飲める奴」
「もちろんよ。ユーリが酒に弱いことは重々分かっているもの!」
「そっか、ありがとね! んじゃ、さっそく中に入ろうよ!」
宮森さんに後を追うようにして、趣のある旅館の入り口に向かった。
「ようこそ。お待ちしておりました」
気品溢れる佇まいの、白髪の女将さんが僕たちを出迎えてくれた。
こうして仰々しくされると、やはり緊張してしまうな。慣れないし。
落ち着かない様子でそわそわしながら待っていると。大槻さんがチェックインを済ませて鍵を遠乃と僕に手渡ししてくれた。
「これが部屋の鍵だ」
「えっと、あたしたちが201号室、梅の間で」
「私たちが202号室だな。桜の間だ。男性陣は」
「203号室。松の間、ですか。隣近所ですね」
「ふっふーん。お酒を持って押し掛けに行ける距離ねぇ」
「……ほどほどにしてくれよ?」
男が4人で女が8人。それぞれ4人ずつの部屋が3つになるわけだな。
僕と宏と一秋くんに吾野さん。女将さんに部屋を案内してもらい、向かった。
「おー! すっげー!!」
部屋の中を見た宏が、開口一番に感嘆の声を上げた。
畳に障子、床の間には掛け軸。理想的な、風情のある和室。
窓から見える景色も絶景だ。180度に広がる大自然、白い雲と夕陽に照らされた深山幽谷。雄大な自然には、思わず感動したくらいには。
「おい、机に饅頭があるぜ。これ食っても良いかな?」
「別に構わないけど……せめてお茶を入れてからにしろよ」
「荷物はここに置いておきましょうかね」
「金庫はここぉぉぉぉぉっ。何か預けたいものがあったら言えぇぇぇぇぇっ」
これから共にする部屋を堪能しつつ、荷物を求め、座椅子に腰かけた。
ひとまず休みたい。これまでの長旅と廃村の調査でかなり疲れたことだし。
考えることもある。怪異の調査のことも、明日から始まる映画撮影のことも。
物思いに沈みながら、ゆっくりと辺りを見渡して……気が付いた。
「「「「…………」」」」
――この場の重々しい空気。
そうだった。この面子で面識があるの、僕と宏だけだ。
僕から見たら友人と、千夏の弟に、映画同好会の一個上の先輩。
要するにすごく気まずかった。性格も趣味も分からない、何を話せばいいかわからない、状況を打破できるほど話が上手じゃない。
こういう時、どうすれば良いのか。黙ったまま考えていたところ。
「おい、誠也。そろそろ温泉行かねぇか。早く汗を流したいし」
宏が、旅館のタオルを片手にこんなことを言ってきた。た、助かった?
「そうだな。えっと、一秋くんと吾野さんはどうですか?」
「俺も一緒に行きますよ」
「うぉぉぉぉぉっ、温泉だぁぁぁぁっ!」
なし崩しに話が進んだ後は、僕たちは風呂場に向かった。
「おおっー! 風呂も良さそうじゃねぇか!」
真っ先に出迎えてくれたのは、温かみを感じる大きな檜風呂。
外には露天風呂も。大きな石風呂に窯風呂まで置かれて、至れり尽くせり。
確かに何から何までこの旅館は魅力的に映るな。大槻さんには感謝しかない。
というか、宏。先ほどから変な声を上げてばっかだな。気持ちは分かるけどさ。
「この地方は温泉が有名らしい」
「マジか。それを独り占めとは俺たちも良いご身分になったなぁ」
浴場には僕たちだけ。今日は他に泊まる人がいないようだ。
この広々とした空間を実質貸し切り状態にできるとは。運が良いな。
さっそく檜風呂に浸かる。湯と檜の香りが、疲れを解きほぐしてくれる。
「いい湯だぁ~。温泉の効能が効いてるかイマイチ分からないけどな!」
「僕もだよ。気持ちよくなって、肌はスベスベになって、くらいか。年を取れば、また変わってくるのかな――」
『――ちゃん、やっぱ――かくて――きいね――』
あれこれ宏と話している時だった。向こうから声が聞こえた。
「そういや、隣は女湯だったな」
宏に言われて思い出した。みんなも温泉に来てたのか。
ふと気になり、壁に耳を当て、耳を澄ませる。話してるのは宮森さんだった。
『いや~。素晴らしいおっぱいが大量ですなぁ~!』
……何を言っているんだ、宮森さんよ。
完全に意表を突かれた僕たちは互いに目を丸くさせていた。
『特に雫ちゃん!! さっき揉ませてもらったけど、格別だったよ!!!』
『う、うぅぅ……。恥ずかしかったよぉ……』
dから、何を話しているんだ彼女たちは。せっかくの温泉で。
でも、雫は、その、大きいよな。猿島で海水浴をした時に水着姿を見たけど、ダントツだった。無意識のうちに凝視したくらいに。
無論、みんなの中で一番……って、いかん。変なことを考えてしまった。
『それと、雨宮さんだっけ。高校生でその大きさは有望だなぁ』
『きゃあ、変態ぃぃぃっ!! 遠乃さん、この人はいつもこうなんですか!!?』
『残念なことにユーリはこーゆー奴よ。性的に襲われることはないから安心して』
「楓はでかいっすよ。俺のクラスの中ではトップクラスですし」
「そ、そうなんだ」
「ちょこちょこ抱きつかれるんですけど、その、精神衛生上良くないっす」
「お前もその手の人間だったのかぁ。はぁ、モテない男は辛いぜ」
いつの間にか聞き耳を立ててた一秋くんの、謎の補足に相槌を返しつつ。
ここまで来ると最後まで聞かずにはいられない。壁に押し当てる力を強めた。
『ユーリ。その辺にしなさい、恥ずかしがってるわ』
『おっおっ? 自分が小さいからって嫉妬してるかなぁ?』
『あたしは気にしてない。他はどうか知らないけど、千夏とか神林とか。それで、どうなのかしら? 特に神林は!』
『う、うえぇ。お、大きい、その、そういうのは、あまり、興味は……!』
『ちょ、ちょっと! 葵ちゃんを巻き込まないでください!! 汚れ切った現代社会で全滅した、花も恥じらう乙女なんですから!!』
『べ、べべべ、乙女とかそういうのじゃないし! 私は興味ないのよ!!』
『私も大きい胸に興味ありませんね。胸より身長を寄こしてください』
『何を言ってるの、小さなおっぱいだって魅力が詰まってるんだから!! 君たちはそれでいいんだよ、みんな違ってみんな良いの!!』
「葵はこの手の話がガチで苦手なんです。とにかく純粋ですし。それと、ぺったんこです。……前に下着姿を見ちゃったことあるんで」
「そ、それは意外だ」
「あと、なつねぇの体つきは貧相っすよ。保証します」
「そういうのが好きって人もいるから。良いんじゃねぇか?」
宏よ。まったくフォローになってないぞ。
『てか、胸が云々なら自分のとこに行けば。大槻さんもそれなりだし、鳴沢さんだっけ、彼女も意外と大きいし。シズや楓ちゃんの次じゃない?』
『それは、もう堪能しちゃったし。もちろんワンダフルだったけどさ!』
『ワンダフルか……確かに体つきに自信はあるが。あの時はあれだったぞ』
『襲ってきた時の友梨ちゃん、怖かった、ほんとに』
「長い付き合いだからわかるがぁぁぁ、2人ともスタイルが良いぞぉぉぉぉ」
「小声でご指摘ありがとうございます、吾野さん」
「2人も美人だよなぁ。一人は憎らしいどっかの馬鹿に取られてるけどなぁ!」
「わかるぅぅぅぅっ。部長が盗られてないからぁぁぁ、良いけどぉぉぉぉぉ」
なるほど、葉月は大きい部類に入るのか。服からだと気づけなかった。
って、また何を考えてるんだ、僕は。というか、僕たち仲良くなってないか?
『あっ、ちなみに言っておくと。誠也は大きいのが好きよ。昔、教育実習生の胸を揉んだことがあるの。三つ子の魂百までだから、今もそのはずよ!』
『そ、それ、ほ、ほんとなの!!?』
って、何を言ってるんだ、遠乃! みんなの前で!!
ほら葉月にも驚かれてるだろ! 恥ずかしいからやめろ、馬鹿!!
「誠也……お前にもそんな時があったとは」
「小学生の話だよ!! 10年前の話だ、もう時効なんだ!!」
体の芯から熱くなる感覚が僕を襲った。主に恥ずかしさで。
どうにかしようと必死で声を荒げてしまう。そして、過ちに気づいた。
「あれ、私たちの会話……聞かれてたの?」
今度は血の気が引いた音がした。温泉に浸かる体が冷たく感じた。
「う、嘘でしょ!!? は、恥ずかしい!!」
「誠也ー!! あたしたちの会話、盗み聞きしてたのー!?」
すぐに向こうが騒がしくなった。無慈悲に飛んでくる遠乃の問い。
僕は――宏と顔を見合わせると、お互いの考えを察したのか頷いた。
「お風呂は堪能したし、サウナに行こうか」
「そうだな。俺も気になってたんだよ」
向かうから聞こえる声には耳を傾けず。この場から立ち去った。
そういえば、僕たちの重苦しい空気……すっかり消えたな。
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