第13話 浅酌低唱に1日目を終えて

 あれから温泉を出て、女性陣からの質問攻めに無言を貫き続けて夕食。

 献立は地元の山菜や川魚と新鮮そうな食材を用いた料理の数々だった。

 鍋に焼き魚、刺身にてんぷら、名前を知らない料理が彩りと共に出てくる。

 地酒と一緒にそれを頂く。日本酒が好きな僕としては最高の夕食だった。

 そして、今。僕たちは、各自が持ってきたお酒に手を出して――


「ひゃっほ~い!! 今日は祭りよ!!」

「ああ!! 先輩後輩、所属する場所は関係ない!! 無礼講だ!!」

「あはは……みんな元気だね……あはは……酒が苦手なウチには辛い」

「……かきかき……かきかき」

「なんつーか、誠也。酔わせちゃ不味い奴ばっか居るよなぁ!?」


 ――そして、こうなる。なんだ、この地獄絵図は。

 ここは松の間。元々は僕たの部屋だけど……遠乃たちが酒とつまみを持って押し掛け、酔っ払って、今に至る。

 

「誠也~あんた、あんまりお酒飲んでないんじゃないのぉ~?」

「日本酒をコップで数杯、ビールにコーラ割りに、お前に無理やり飲まされたストロン〇ゼロ500ml一本と十分飲んでるんだけどな」

「嘘言わないでよ~。あんた、泥酔したら京〇堂ばりの薀蓄を垂れ流すでしょ」

「うへへぇ……みんなお酒飲んで……それを襲って……うへへぇ……」

「すげぇ。酔った美人がこんなにも居るのに、全然そそらねぇとは」


 夕闇倶楽部の2人は以上の通り。普段と同じだった。

 旅行(別に目的があるけど)に浮かれてか、いつも以上に飲んでるが。

 ちなみに千夏は休憩所の辺りで記事の執筆を行っている。意識高い系の伊能さんの提案に振り回されてるらしい。どっかの社長が事業を譲渡したんだとか。

 そして、仕事が終わったらそのまま寝ると言っていた。賢明な判断だ。……絡まれるだけだし、千夏が酔ったらこれ以上に面倒だし。

 あと高校生たちも別室に居る。三人で百話をしていた。僕も参加したかった。


「それで、この娘は何をしてるの~?」

「……かきかき……かきかき」

「はっちゃんは酒が入ると思い向くまま絵を描き始めるんだよね……」

「それは、まあ、良いことじゃないか?」

「いやいや、紙を切らすとその辺の床や壁に描き始めるんだよ。“ぺんたぶ”だっけ、いつも使ってるあれも使わないし」

「…………」

「あと雄太先輩は上半身裸で全力疾走しだすから、みんなが集まってる場所では飲まないというか飲ませないよ。今頃お風呂にでも入ってるのかな」

「犯罪者予備軍どころか立派な犯罪者しかいねぇじゃねぇか!! でも、鳴沢が描いてるイラスト、どっかで見たことあるような」


 変わり者が多いのは夕闇倶楽部も負けず劣らず……のか。自信が持てない。

 宏の言う通りで、こんなにも酔わせちゃ危険な人たちが集まっていたとは。

 旅行の始まり、電車の中ではもう少しまともだと思っていたのだが――


“あたしは理系よ。理工学部、物理学専攻。理系なりのアプローチができるわけ”

“まあ、それは今夜のお楽しみってわけで。ガンガンに期待しておきなさい!”


 そして、ふと思い出す。あの時、遠乃が言っていたことを。


「そういや、遠乃。今日、お前が電車で言っていた」

「ええぃ。手始めに、とおのんを襲ってやるんだからぁ」

「きゃあ、や、やめなさいよ~シズ……く、くすぐったい、あははっ」


 と、思いきや。雫に攫われてしまった

 でも、今のうちか。ちょっと部屋を抜け出すチャンスかも。

 目の前の日本酒が入ったコップを飲み干すと、僕は素早く外に出た。




 酒で火照った体を、夜の涼しい風に晒しながら中庭に出る。

 端に置かれた小さなライト以外に光はない。夜空に星々が見える暗闇。

 優しい明かりに照らされて輝く和の庭園は、幻想的でとても美しかった。

 ここに来たのは、あの地獄から離れたいという理由もあったけど、それ以上に僕は誰にも邪魔されない静かな場所に出たかったのだ。


「もしもし。依未、元気か?」

『……うん。……すごく寂しいけど、頑張ってる』

「そうか。良いことだ」


 依未に電話をかけること。僕が居ないと不安になってしまう妹の。


『……お兄ちゃんは大丈夫? ……危険な目にあってない?』

「大丈夫だよ、今のところは」

『……今の、ところ?』

「明日も明後日も大丈夫。心配するなって。今まで何回も怪異に会ってるんだ」

『……そんなの信用できない。……だから、気を付けて』

「わかったよ。じゃあ、そろそろ切るよ。おやすみ」

『……うん、おやすみ』

 

 電話を切ると、突き刺すような寒い静寂が襲った。

 依未、寂しそうだったな。悪いことをしたと罪悪感を覚えた時。


「おーい、あんた。都会の人なんだっけ? 聞きたいことあるんだけど」


 都会の人、という聞きなれない単語に振り返ると。

 中学生くらいか、いかにも田舎の少女といった外見の少女が僕を見ていた。

 君は誰だ。僕がそう言おうとする前に彼女は興味津々な様子で話してきた。


「ザギンの人って毎日シースー食べてるってホント?」

「……えっ?」

「ねぇ、どうなのよー?」

「ち、違うんじゃないかな」


 さすがにザギンの人も飽きるだろう。ビフテキとかも食べたいはず。


「あっ、こっちを最初に聞いときゃ良かった。どこの出身なの?」

「僕は神奈川県から来た。横浜と言った方がわかりやすいかな」

「あー、横浜。なんだ、東京じゃないんだ。田舎じゃん」


 会ったばかりの少女に出身地を馬鹿にされてしまった。横浜はトップクラスの都会だと思うぞ。みなとみらいがあるんだぞ。高島屋とか横浜そごうとかも。

 いや、そんな場合じゃなかった。彼女のことを聞かないと。


「それで、君は誰かな」

「ああ、ボク? ボクは村部花子。この旅館の孫娘。んで、あんたは」

「青原誠也。都内の大学に通っているんだ。よろしく」

「そうなの! なら半都会人じゃん! 半分だけ興味がわいた!」


 興味を持たれてしまった。それと半魚人みたいな言い方だった。


「それで、他に用でもあるかな」

「ないよ。むしろ用があるのはキミの方じゃないかなぁ」

「えっ?」

「――土螺村。あんたら調べようとしてるんでしょ?」


 僕たちの目的を、初対面の人に当てられ……はっとなる。

 その態度で感づいた少女は得意げに、にやにやとした表情で迫ってきた。


「よ、よく分かったね」

「こんな辺境の旅館で若い大所帯が泊まる。これしかないよ。でも、生半可な覚悟で行くのは止めといた方が良いよ。だって、この前も呪われた人が出たし」

「……なんだって? 詳しく話を聞かせてくれないか」

「オッケー! じゃあ、この時のこと話すね」


 頼られて嬉しくなったのか、彼女は自信満々に話を始めた。


「ちょうど4年前かな。女子四人組が泊まったの。背丈から大学生くらい。興味本位で土螺村に行ったみたいなんだけど」

「呪われた、のか」

「そういうこと。初めに1人が、頭痛がする、喉が渇いた、気持ちが悪い、幻覚が見えると言い出して、それから1人、また1人。みんなおかしいから、ばぁばがあれこれ忠告して、4泊のところを3日目で帰っちゃったの」

「…………」

「あと、あの人たちは“化け物を見た”って言ってたっけ。変だよね~」


 当初は彼女が嘘を話している可能性もあったが、話が変わった。

 話が詳細だし、何より彼女の眼は本気だ。おそらく本当に起きたことのはず。

 そして、呪われた、体調を崩した病気の正体は――“幻視病”だろうか。

 ……とりあえず、記録を更新しよう。まだ分からないけど、一応。



 ④幻視病

 →この地域に存在する(可能性のある)怪異。感染した人間を狂気に陥らせ、死に誘うという。呪いの映画に起きた現象も関係しているというが……?

 →ちょうど4年前、感染した女性たちがいた。症状は頭痛、喉が渇く、気分の悪化、幻覚。その内の1人が“化け物”を見たと発言。(1日目調査 追加)



「まあ、気のせいだった可能性もあるけどさ」

「分かった。けど、忠告とは? 女将さんに聞いてみることは」

「……ばぁばに絶対に言わないでよ。めちゃくちゃ怒られるから」

「あ、ああ。わかったよ。気を付けておく」


 どうやら詳しく知る人にはタブーになっているらしい。

 少女の忠告にひとまず頷いておきつつ、僕は次の話題を切り出した。


「他に土螺村で知ってることを話してくれ」

「わかったよ。あっ、感謝してよ? さっきの連中には言わなかったんだから」

「何で話さなかったの?」

「福岡から来てた。田舎者に話すわけないもんね!」

「住んでる場所で差別するのは良くないんじゃないかな……」


 福岡に住んでいる人々に失礼すぎる。あと普通に都会だろ、あそこは。


「あの村はね、過去に元々災害とか頻繁に起こってたの。知ってる?」

「知っているさ。悪霊が住まう村と呼ばれていたらしいな」

「へぇ、調べてるんだ、えらいえらい。それで、村人たちもそうした厄災に対抗するため、村にあるルールを作ったの」

「ルール?」

「1年に一度、誰か1人を生贄に捧げる。よーするに人柱だよ」


 ……人柱。決して珍しいとは言えない話だけど。

 事情を知る人から存在すると聞かされると、また重みが違う。


「なんで、そんなことを?」

「知らないよ。どーせ、慣習とか伝統とかしきたりとかでしょ。……これだから田舎は嫌いなんだよね~。それで、毎年村で人柱を捧げる祭りをしてたの。さすがに内容までは詳しく知らないけどさ」


 と、なると。何かしらの痕跡があるはず。調べる必要がありそうだな。 


「んで、これだけ。ばぁばから聞いたことだし、村に近寄るなって口酸っぱく言われてるしで、あんまり知らないんだよね」

「……呪われるから?」

「それもあるけど、どうも他の理由がありそうなんだよね~。……んで、ボクが知ってるのはこれまで。他に聞きたいことある?」

「ここから離れた場所にある、精神病院のことを知っているかい」

「それは知らないなぁ」


 そして、廃病院は知らないか。土螺村のことを知れただけ良しとしよう。


「んじゃ、ボクは戻るよ。ばぁばがうるさいし。今日のことは内緒ね!」

「今日はありがとう。君のおかげで理解が深まった」

「明日もここで会おうよ。同じくらいの時間で、生きてたら、ね」


 物騒なことを言って中庭を去った。僕も戻ろう……あの地獄絵図に。

 果たして明日に向けて体力を残せるか、溜め息を吐きつつ僕も庭を出た。

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