第11話 土螺村へ
「はぁ……はぁ……。死ぬかと思った」
「あたしたち、生きてるのよね。死んでないのよね」
「なんというか、ごめん。うちのノンさんが」
廃村に辿り着いたところには、僕たちは完全に疲弊していた。
最低限の荷物を持ち、ぐったりとした表情で、足を震わせながら外に出た。
そよ風、葉と土の匂いが心地良い。生きていることを実感させてくれるから。
「まさか、この人。いつも運転する時はこんな感じなの?」
「馬鹿を言うな。都会だったら飛ばせるだけしか飛ばさないぞ」
「……でも、飛ばすんですね」
「懐かしいなぁ、ノンさんの運転で首都高に乗った時の思い出。生還できたこと、ついでに警察に捕まらなかったことが奇跡だったよ……」
僕の中の、大槻さんに対する信用が音を立てて崩れている。
最初に貞〇の演技中に殺されかけたことを除いたら、他はまともだったのに。
「それで、ノンさん。今日はここで何をするんですか?」
「下見だけだな。明日の撮影に向けてイメージを作ってくれ」
「わかりました! 雄太先輩、一緒に行きましょー!」
「ああ、そうそう。ここが廃墟だということを忘れないでよ。怪異や超常現象だけでなく、足元が崩れ落ちたり、建物が崩壊してきたりにも、不審者とかにも気を付けるように! ノウハウがある、あたしが言うんだから間違いないわ!」
「何から目線のアドバイスだよ」
だけど、遠乃が言ってることも正しかったりする。
存在するか不明な怪異より現実に存在する埃や事故、不審者の方が怖いしな。
そんな遠乃の忠告を受けて、各グループは為すべきことを始めた。
僕たちは普段のように、細心の注意を払いながら村の方へと僕たちは向かう。
「……ここが舞台の廃村、土螺村跡か」
「けっこう広いわねー。それに高低差があるわね」
車を停めた場所の高台では村の全貌が一望できた。
僕たちを歓迎したのは、夏の暑さと劈くような蝉たちの鳴き声。
そして、人の手が加えられてない自然と生き物たち。……廃屋の数々も。
人が住むのを止めた村の跡。だけど、ほんの数十年前には人々が暮らしていて、ちょうど十年前には呪いの映画が撮影されていた、この地で。
そう思ってしまうと、この空間に渦巻くもの悲しさがより強いものに変わった。
「葵ちゃん、ぺたー」
「……ひっつかないでよ。暑苦しいし、何より恥ずかしいわ」
「だって虫がいっぱい飛んでるんだよ。葵ちゃんの呪いパワーでどうにか」
「私は蚊取り線香扱いなの!? 素直に虫よけスプレー使いなさいよ!」
向こうに高校生の3人。元気そうだが、あの様子だとちょっと心配になった。
「それで、葵ちゃん。この場所で感じるものあるの?」
「……ええ。巨大な何か、怪異がこの地には蠢いているわね」
「やっぱり!?」
「それだけの怪異。いったい、どこから来てるのかしら……?」
そして、七星さんが聞き捨てらないことを呟いていた。
炎失峠でもそうだった。彼女はどういうわけか怪異を感知できるらしい。
どういう原理かは本人に聞いたことないから知らないが、一定の信頼はできる。
――この地に、怪異が存在する。喜べるか恐れるかは微妙な位置にあるけど。
「よし、さっそく出発よ!」
「あの階段から住居跡に降りれるらしいな」
端から伸びた雑草に覆われた階段を下りて、住居跡の場所に向かう。
間近にそれを見ると、高台から見下ろした時よりも感じる印象が変わった。
この空間に存在し続ける、廃れた家屋の数々。人々から見捨てられ、数多の干渉により風化したそれらは廃村という事実に溶け込んでいた。
生活感があるようでない。生と死の不整合な境界線の真上に立っているここは、怪異という先入観を除いても気味の悪いものに思える。
……何だろう。不思議な感覚だ。非常に落ち着かない感情が沸き上がった。
「廃村という割には、家は残ってるんだね」
「土砂災害が直撃したのは村の外でしたからね。その後は何の理由か放置されてたので、こうして今に至るというわけです」
「ほとんど半壊してるけどね。でも、よく見てみると不自然ね」
「不自然って何が」
「ほら、あの家とか。右側面の壁だけは綺麗に剥がされてるし。他の家も扉とか柱とか、特定の場所が不自然に切り離されているのよ」
本当だ。確かに壊れた家屋を見てみると、そうだった。
年季や風雨などで自然に壊れている場所もあるから断言はできないが、じっくり見ると発見できるくらいには不自然さが存在していた。
僕が近寄って、実際に観察してみる。確かに一部分だけが壊されていた。
断面が綺麗だったから人の手によるものだ。だけど、その目的は?
……分からない。予想もできない。この家で、この村で、何があったんだ?
「それに、これは何だ?」
「もしかして……血なの?」
さらに家屋の壁を注視してみると、赤黒い染みがあった。
生理的な嫌悪を抱かせるその染みは……僕には人の血にしか見えなかった。
「と、とりあえず、写真に残しておきますね」
気を留める必要があるか不明な、でも見過ごせない事実。
千夏が写真を撮って、その記録に残した。疑問を生み出したまま。
その後も幾つか家屋が見て回ったものの、それらしいものは見つからなかった。
「うーん。現時点で謎なのはこれだけね。他はどうかしら?」
「この先に何があるのか、気になるかな」
「シズが言うなら、次はあちらに行ってみましょうか」
雑草に覆われてないため、はっきり見える村の道を辿った。
それは村の奥、山に続いている。何があるのかと不思議に思いつつ、僕たちは足場の悪い斜面を慎重に進んだ。
青々とした木々の葉が空を覆い、嫌な湿気と薄暗さが支配していた。
ぬかるんだ腐葉土を踏み分けて道を歩くと、道の先にある何かを見つける。
「ここにあるのは……お地蔵に、神社だな」
「まさに日本らしい光景ね。“しんぶつしゅーごー”って感じで」
微かな木漏れ日で照らされる、お地蔵に神社――より祠か。
鬱蒼とした山の中のそれは、独特な荘厳さと侘しさを醸し出している。
「あれ、このお地蔵さま……きれいに7体並んでるね」
「珍しいな。6つならともかく、7つのものは」
「そうなの?」
「ああ、六地蔵というんだ。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道といった六道の思想から作られたと言われている」
「ふーん。それより、これ見て。台座が古い割にお地蔵が新しいわ」
「言われてみれば。誰かが新しくしたのでしょうか」
「ここは廃村なのに? 誰が好き好んで新しいものに入れ替えてるのよ」
所々に緑苔が生し、変色した石の台座に真新しい石灰色の地蔵が鎮座する。
この違和感。僕にも妙に気がかりだと思えていた。記録に残しておこうか。
⑤土螺村跡地の七地蔵
→あまり見かけない七つ並んだお地蔵さま。
古めかしい台座の上に座っているそれは不自然に新しいものだった。
そういえば、呪いの映画のワンシーンにも出てきたような……?
「でも、あそこの神社のお供え物も新しいものだよ」
雫に言われて確かめてみる。その通りだった。
果物に饅頭、御神酒。見た目から1週間以内に置かれたものだ。
もし、ここが誰も訪れない廃村なら。これは起こりえない現象だった。
「つまり、この村に誰か来ているというのか?」
「どこにでも物好きは居るからね。そいつの仕業なんでしょ」
「ある意味、僕たちもその仲間だけどな」
そんな軽口を叩き合いながら、この建造物も記録に残しておく。
……結局、今日の調査では村の配置と奇妙な点の発見だけで終わった。
空の太陽はすでに沈み始めている。もうじき夕暮れだろう。
白昼が終わりを告げようとする、淡い日差しに照らされた廃村は……どこか郷愁的な想いを抱かせる、そんな風景と化していた。
「あー、疲れた。七星たちの付き添い大変だったぜ。あいつら山道坂道ガンガン突き進むんだよ。若いって羨ましいよなぁ」
「彼と僕たちとでは3歳しか違わないぞ。まあ、お疲れさま」
「こちらも疲れたなぁ。でも、撮影はできそうだから良かったよ!」
やるべきことを終えた僕たちは高台に集合していた。
高校生の新聞部も、映画同好会もやるべきことを終えているようだ。
「旅館のチェックインは5時だ。そろそろ行けば間に合うだろう」
「そうですね。準備はバッチリです!」
「よし。ならば、さっそく車を飛ばして――」
「こ、今回はあたしが運転しますよ! 免許持ってますし!!」
大槻さんの死刑宣告を遮るように、遠乃が手を振ってアピール。
そういえば、遠乃は運転できるんだった。……助かったかもしれない。
「大丈夫だよ。私に任せてくれれば」
「いえいえ。お代を頂いているわけですし、これくらいはさせてください」
「そうか、君がそこまで言うなら。非常に残念だ、飛ばせないとは」
「よくやった、遠乃。だけど、お前は運転できるのか?」
「免許を取ったきり。それでも、法定速度は守るし、カーブする時は速度を落とすし、何より運転中に車の窓を全開にしないわ!」
思えば、当たり前のこと。当たり前のことなのだが。
とんでもない非常識を見た後の僕には、それが素晴らしいことに思えた。
「ありがとう、遠乃! 命の恩人だよ!!」
「ユーリ。その内言わなきゃダメよ。自覚ないみたいだし」
溜め息と一緒にそう告げてから遠乃が車に乗りこみ、動かし始める。
彼女の運転は言われた通り、法律を遵守した素晴らしいもの。けっこう意外だ。
「むぅぅ。悪くはないが、つまらないぞ。運転にはユーモアがなくちゃ」
「そういうのを求めるには生の尊厳が保障されてから。そうよね、シズ」
「マズローの欲求五段階説だね。安全欲求は大切だよ、うん」
「そういうことです。んで、旅館の位置は……けっこう離れてる、県の中心部方面に向かうのね。この辺に泊まれる場所なんてないし、そりゃそうか」
旅館の位置を確認する。これは確かに長旅になりそうだ。
ふと窓を見た。先ほどの運転と違って、今は景色を楽しむ余裕があった。
……山と森。たまに田んぼのような平地、と広がる自然しかなかったけど。
だけど、道の途中。閉鎖された複数の小さな売店が立ち並ぶのを見つけた。
外装は廃れ、看板の模様は剥がれ、ただその場に佇み続けるだけの存在。村の廃墟とは違った、何かを僕たちに訴えかけていた。
「放置されてるの、あれ」
「観光地とかでよく見かけるよね。でも、閉まってるのかぁ」
「この辺にあった湖を埋め立てた後、リゾート地として開発する計画があったみたいです。不審な現象が起き始めてからは人が遠のいて、この有様ですが」
なるほど。夢みたいな計画の跡地というべきか。
虚しさというか、もの悲しさを感じる調査1日目だと振り返った。
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