第10話 魅知なる旅の始まり
撮影日、1日目。時間は正午を過ぎた。
電車から見える景色は、東京を出て雄大な山と森とが広がっていた。
黄金の昼下がりとは言わないけど、雲一つない晴天が広がっている。
要するに絶好の旅行日和というわけだ。少々暑すぎる気もするけど、目的地に到着する時間帯には暑さも和らいでいるはずだ。きっと、たぶん。
今、僕たちは映画の舞台となった廃村に向かうべく関東平野を北上している。特急列車だが、これも大槻さんが料金を出してくれた。ありがたい。
「見て、富士山よっ! ここからでも見えるのね」
「わぁ~ほんとだ。きれいだなぁ、やっほー!」
「雫先輩、さすがにそれは無理があると思いますよ」
席は向かい合う形の4人席。僕たちは当然、夕闇倶楽部で集まっている。
こうして旅行するのは、先月に横須賀の猿島に行った時以来か。廃墟が残る無人島、あの旅行の体験も記録として書き記したいところだ。
「かきかき、かきかき」
「せっかく旅行なのに、はっちゃんイラスト描いてるの? お仕事は分かるけど、もうちょっと私や青原くんたちとのスキンシップを大事にしようよ~」
「ご、ごめんね。これが終われば、落ち着くよ。誠也くんのことも頑張るから」
「まあ、行きの電車くらいは休むべきだな。んで、雄太。お前は緊張と恐怖で震えてるようだな。デカい図体がスカスカになるほどの小心、どうにかならんか?」
「そう言われてもぉぉぉぉぉ、あああああぁぁぁ、きんちょうするぅぅぅぅぅ」
そして、他には映画同好会の皆さんに。
「それで、葵ちゃんと仲良くする内に私も呪術用語を学んだんだよ」
「十中八九くだらないだろうけど、とりあえず聞くわ。呪術用語って何?」
「葵ちゃんがたまに話してる、特定の色の組み合わせに付けられた特別な名前だよ。例えば、黒と白と青で“どろまー”!」
「……はい?」
「赤と青と緑で“しーた”でしょ、赤と青と白で“らっか”、白と黒と緑で“ねくら”、赤と緑と白で“りーす”……あれ。赤と黒と緑はなんだっけ?」
「デアリカラーだな。俺から補足すると、それは呪術用語じゃない。まあ、七星はカードゲームに取り憑かれてるけどな! 何で対戦しないといけないんだ! 今日は良いだろ、すがすがしい日だ!! 小鳥は歌い、花は咲き乱れてる!!!」
「仕方ないでしょ。あなたくらいしかまともな対戦相手がいないんだから」
「いやー、この人面白いよねっ。なんていったって葵ちゃんのししょーだし、アキが見てるラノベやアニメ、ゲームの話もできるし!」
「確かにそうだな。まさかSTGのことを語れる人が身近に居たとは……」
高校生の3人に加えて、余り物の宏を入れた4人組。
いくら懲りずに遅刻してきたとはいえ仲が良いグループに突っ込むのは気が引けたが、どうやら上手く会話の輪に入れてるみたいだ。
あいつ、コミュ力は意外と高いんだよな。趣味も人脈も広いみたいだし。
「……う、ふわぁぁっ」
彼らを見ている内に強烈な眠気が襲い掛かってきた。デカい欠伸ひとつ。
「あれ、誠くん眠そうだね。どうかしたの?」
「あ昨日は夜遅くまで調べものをしてたんだよ。神林のノートを」
「ふっふーん。夜遅くと言ったって、ぼけーっとノートを眺めていただけでしょ」
「ぼけーも何も内容を読んで考察するしかないだろ。情報が足りなすぎるし」
突っかかってきた遠乃に、僕は吐き捨てるように呟いた。
何せあのノートは、僕が1970年代に固定された空間で見つけたもの。
要するに彼が初期に残したものである。本当に場所と怪異の名前だけが書いてるだけで、しかも所々読めない部分だってあった。
何か見つからないかと睡眠時間を削り探したものの、成果は得られなかった。
そんな僕の返しに、遠乃は勝ち誇った様子でドヤ顔を見せつけてきた。うざい。
「ひとつ聞くわ。夕闇倶楽部での、私のアイデンティティって何だと思う?」
「猿」
「い、いつも元気なことかな?」
「バイタリティがあるところでしょうか。あと頭が弱いところとか」
「ち・が・う・わ・よ! 何よ、猿って! 頭が弱いって!!」
他には唯我独尊、猪突猛進。むしろそれ以外に何があるのか教えてほしい。
「あたしは理系よ。理工学部、物理学専攻。理系なりのアプローチができるわけ」
「理系なりのアプローチってなんだよ。科学的に検証でもするのか?」
「まあ、それは今夜のお楽しみってわけで。ガンガンに期待しておきなさい!」
理系なりのアプローチ、か。彼女が理系だと言われたら驚かれる率100%の遠乃がどんなアプローチをするかは異次元だが、期待しておこう。
「それにしても、電車の旅って空き時間できるわね。暇つぶしできるものない?」
「ああ、それなら……この動画見て! Vtuberって言うんだけど」
「“ぶいちゅーばー”ね。二次元の女の子がyoutuberになるんだっけ」
「最近話題ですよね。何の強みも技術もノウハウもないのに参入しようとした無能先輩を佳代子さんと拳で黙らせたあの日が懐かしいです」
Vtuber。名前は知ってるが、僕も詳しくは知らない。“ある人物”を除いて。
『今日もあなたにちょっとのミステリアスを! 占い系Vtuberの卜部夢実です!』
そして、雫のスマホの画面に映ったのはまさに“ある人物”だった。
「卜部夢歌か! 雫も知ってたんだな!」
「そうだけど、誠くんも見てるんだ」
「ああ、毎日欠かさずチェックしているさ」
「そ、そうなんだ。なんだか意外だなぁ」
「そうでもないでしょ。アニメとかにハマってないだけで誠也はオタク気質だし」
といっても、今日の朝は視聴することができなかったのだが。悲しいことに。
『今日は人気コーナー! 皆さんに頂いたDMから占います!』
「DMってツイッターですか。それで占いとは変わってますね」
「今じゃスカイプ除霊とかあるみたいだし。オカルトもITの時代なんでしょ」
「こういうのに突っ込むのは野望というものだ」
『1つ目はニックネーム、“ヤナギダ”さんです!』
「僕のニックネームが読まれた!」
「そ、そうなんだ……おめでとう」
「誠也先輩にこんな一面があったとは驚きですね」
彼女のアカウントをフォローしてニックネーム、生年月日、その他に用意された質問に答えて彼女にダイレクトメールを送る。
今まで何度もこのコーナーが開かれてたが、未だに読まれていなかったのだ。
まさか、この日に読まれるとは。今日はいい日になりそうだ!
『さっそく占いの結果ですが――あまり良い運勢とは言えません』
「…………」
『特に今日と明日。ヤナギダさんは大きな災難に巻き込まれるかもしれません』
「…………」
『そんなあなたのラッキープレイスは湖。旅先で見かけたら寄って行ってみてね!』
「…………」
「なんか不吉ねぇ。まあ、あたしは占い信じてないけど」
こうして、どこか複雑な気分のまま電車の旅は過ぎていった。
不幸な出来事か。彼女の言葉とはいえ、信じたくないがどうなるのか。
あれから電車を乗り継いで、僕たちは目的地の駅に到着した。
「ふー、とうちゃくー!」
「無人駅って本当に存在するんですね。次の電車も1時間後ですか」
「都会育ちのちなっちゃんには考えられないよね。田舎だと当たり前だよ」
訪れた駅は自然の一部と化した、駅員さんがいない模範的な無人駅。
調べた限りだと、あの廃村と最も近い駅はここなのだが……。
「目的の廃村まで、ここから歩くと約1時間はかかるみたいだ」
「1時間!? この暑さでそれはキツいですね」
「ああ、大変だな。そこで、部長である私から車を用意させてもらった」
「「「っ!!!?」」」
葉月は目を瞑って合掌、宮森さんは空に十字を切っている。
吾野さんに至っては小刻みに体が震えている。明らかに様子がおかしい。
「なーんか無性に嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな、僕もだ」
「車は二台用意してある。片方は雄太が運転してくれるか?」
「あ、ああぁぁぁ。任せてくれぇぇぇっ!!」
吾野さんの表情が一瞬で明るくなった。やっぱりおかしい。
とてつもないほどの嫌な予感を覚えつつ、僕たちも車に乗り込んだ。
他の搭乗者は夕闇倶楽部の3人に葉月に宮森さん、大槻さん。高校生と宏は吾野さんが運転する車に乗ることになった。
「葉月、どうしたんだよ」
「捕まって。私でも、目の前の取っ手でも良いから。じゃないと死ぬ」
「あ、ああ……」
これ以上ないくらいに真剣な表情の葉月に、僕は黙って。
そして、車が発進する。彼らの様子がおかしかった理由はすぐに理解できた。
「よーし、ここから山道か。全力全開で行くぞ!」
「いやぁぁぁっ、いやぁぁぁぁぁっっっ!! なにこれぇぇぇ!!!」
「そ、速度出しすぎですよ!! 140kmとか高速でも出さないでしょ!!?」
「田舎だし、対向車を見かけないから大丈夫だろう。それに、ほら。ハリウッド映画とかだとこれぐらいの時速でカーチェイスしてるじゃないか!」
「ハリウッド映画を基準にして運転する人初めて見ましたよ!!?」
――今、僕たちは危機に直面していた。
タイヤの擦れる音が窓の外から聞こえる。景色が目まぐるしく流れる。
この2つの感覚が車がいかに速度を出しているか、この状況で事故が起きればどうなるかを如実に物語っている。
「ちょ、ちょっと、カーブ、カーブぅぅっ!! 速度落としてよ!!?」
「あっはっはっ! すまないすまない。ブレーキを踏み忘れたんだ」
「やめてくださいよぉ!!? 巷で話題の暴走老人じゃないんだからぁ!!」
もしかして、夢歌さんが告げた不幸な出来事とはこのことかもしれない。
現実逃避にも似た感傷に浸りながら、無我夢中で僕たちの生還を神に祈った。
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