第1話 見慣れた不思議な日常

 2月に入ってしばらく経ち。大学は絶賛春期休業中。

 きっと“普通の”学生たちは2ヶ月に及ぶ休みに心を踊らせているはずだ。

 しかし、そんな休みは毎度おなじみ夕闇倶楽部の活動には関係のないこと。今日も今日とて人が少ない棟の中を通り、僕はいつもの部室に入った。


「おはよう――」

「ねぇ、誠也! これを見なさいよ!」


 挨拶すらなく、開口一番で迫ってきた遠乃が何やら見せてくる。

鞄くらい置かせてくれよと思いつつ見ると、夕闇倶楽部のホームページ。

 以前の怪異で知り合った、むの……伊能さんが立ち上げた事業の一環として生まれたものだ。専門の人に依頼したみたいで見栄えや利便性は良好の一言。

 案の定というべきか、その事業とやらは失敗したらしいけど。就活という名目で撤退した彼の遺産を、こうして僕たちが活用しているというわけだ。


「お前らサイト立ち上げてたんだな! あっ、おはよう。誠也」

「……宏。何で、お前が居るんだ?」


 部室には、他に雫に、千夏に。そして、僕の友人(?)の佐藤宏が居た。

 いつもは僕が座る席を使って、TCG(トレーディングカードゲーム)のデッキ作成をしている。おいこらお前、平然となにしてるんだ。

 だけど、馴染みがあるような感じがするから、ここの雰囲気は不思議だ。


「本人が自称されていた通り、誠也先輩の友人だったんですね」

「一応、コーヒー淹れておいたんだけど……良かったぁ」

「こいつにそんなことまでいなくていいぞ。それで、何でいるんだよ」

「今日は暇だったからよ。来てやったというわけだぜ」

「……別に頼んでないんだけどねぇ」

「まあまあ、比良坂。そういう事言うなよ! あっ、俺がそのサイト拡散してやろうか? フォロワー数3000越えしてる人気垢だぜ」

「いらない。あんたみたいな奴に拡散されると変なの招きそうでしょ」

「傍から見たら、お前たちも十分変だがな」


 宏の口からは珍しい正論。ただ、こいつに言われたくはない。


「うるさいわね。んで、あんたはこーゆー原価何十円の紙切れにお金使ってんの? なになに、“ちょーせんりゅーはもるとねくすと”?」

「ああ、それは1枚1000円位くらいする奴だな。これはシクだからもっと高いけど。ちなみに俺のお気に入りのカードだぜ」

「1枚で1000円以上もすんの!? 高すぎない!?」

「これでも規制とか再録とかで安くなってんだぜ? 昔は3000円したし」

「……カードゲーマーって、こいつみたいな馬鹿しかいないの?」

「まあ、そいつの行動原理を理解することはできないな」

「おいおい、誠也。冷てぇな……そうだけどさ」


 そう、この男は自他共に認める廃人ゲーマー。カードゲームに限らず、様々な媒体のゲームをこよなく愛している。

 そして、それを賄っているのはバイトの給料。そのためか、講義はまともに出席しないし、成績もガタガタ。だけど落単自体は少ないらしい。


「あと、そうとは言うがな。今は色んな人がTCGに参加してきてるんだぜ? 最近だと……近所の大会では女子高生も見かけたっけな」

「どんな物好きなのよ、そいつ。って、話が脱線しまくってるわ! サイトよ、サイト! このサイトについて話があったのよ!」

「それで、具体的に何があったんだ」

「なんと! 掲示板に書き込みが来たのよ! それもたくさん!!」

「書き込みねぇ。また“ティレシアス”さんじゃないのか?」


 それを聞いて思い浮かんだのは“ティレシアス”さん。ギリシャ神話に出る予言者が由来だと思われるハンドルネームを名乗る人。

 僕たちの活動に熱心に応援してくれているのか、掲示板もそうだし、記事を投稿する度にも可愛らしいコメントで反応を返してくれている。

 この人がいるからこそ、更新を任された僕のモチベも保たれていたり。


「違うわ、違う人よ! それも何件か、同時に来てたの!」

「悪戯とかじゃ、無いよね……?」

「それでも良いわよ! 投稿が来たって事実が重要なの!」

「私も見てみたいなー。どれどれ?」

 

 遠乃に言われるがまま、画面を見る。

 まずは上にあった1つ目。匿名希望の書き込みだった。


『――この世の何処かに“幸福教”という宗教団体が存在するそうです。殴られても、蹴られても、嫌な目にあっても、例え殺されたとしても、全てが幸福だと世界中の人々が強く暗示すれば、世界は幸せになるという教えを持っています。彼らは社会の水面下に潜んでいて、着実に日本を支配して幸福教の教えに染め上げようと――』


「なにこれ、怖っ!?」


 書かれてた内容は、確かに恐ろしいものだった。

 幸福は人の主観に依って生じるものである以上、その主観をどうにかすれば常に幸福で生きられるのだろうけど、流石に限度というものがある。

 それを暗示で強制させるとは、ある意味での恐怖が垣間見えたりする。


「しっかし、馬鹿な連中ね。人生は幸福と不幸が混在するから良いのに」

「幸せだけじゃ嫌だよねぇ」


 ……幸せか。その単語を聞いた瞬間、今朝の記憶が蘇ってきた。


“これでだいじょうぶだ。おれたちは、しあわせだ”

“あ、ああ……ああ……しあわせ。なんでもしあわせ”

“でもねぇ、わたしたちぃ。とぉぅてもぉ、しあわせなの”


「しあわせ、か」

「どしたの、誠也」

「いや、何でもないさ」


 心配されないように軽い口調で否定した。

 この夢の話をするべきかも考えたけど、辞めておく。自分の中で整理ができてないし、何より遠乃が変な興味を持つかもしれないし。


「ふぅん。でも、単なる噂ね。調査するには情報が足りないから保留で」

「そうだよね……それに、なんか不気味だし」

「よし、次よ次!」


 こうした陰謀論めいた怪異も、興味が無いと言えば嘘になる。

 だけど真偽を確かめるには具体性がない。いつ、どこで、誰がは欲しい。

 僕も二人の会話に納得して、次の投稿に視線を移した。今度は烏天狗さんというHNの人からのものだった。


『――先日、心霊写真を撮影してしまいました……』


 簡素な一言の下には、寂れた雰囲気が漂う小道の写真が添付されていた。


「……ああ、心霊写真か」

「途端にテンションが爆下がりしましたね、遠乃先輩」

「この手の心霊写真って胡散臭いものがほとんどだからねぇ」


 それもそうだ。僕も、心霊写真の類には懐疑的だった。

 あらゆる技術が発展した今、そんなものは幾らでも作り出せるから。

 そもそも霊が呑気にも写真に写るのかという疑問があるし、それに見間違いということもある。人の目は、意外と信用ならないものだから。

 シミュラクラ現象だったか。3つの点が集まった図形を人の顔だと認識してしまう脳の働きの。こうした錯覚は証明され、それが起きるのは僕も否定しない。

 ……しかし、それだけで全てが説明できると思わなかった。

 現に僕たちは見てきた。科学に潜んだ怪異を。だから切り捨てはしない。


『なんと右側にある柱の陰に、おかっぱ頭の少女の霊がこちらを見ながら笑っている姿が! これは明らかに心霊写真です! スクープですよ!』


「い、言われてみれば、そういう風に見えるね。ちなっちゃん、どう?」


 僕も見てみると、それらしき影が気味の悪い笑顔を浮かべている。

 見た限り、確かに心霊写真みたいだが……。でも、新聞部所属で、写真やカメラに造詣が深かった千夏は写真を見るなり首を振った。


「どうでしょうか。今の技術ならこれくらいならできますよ」


 意外とバッサリ。やっぱりそうなのか。


「なるほどね。現時点では本物じゃないっぽいのね。うーん」

「とおのん、何かあったの?」

「なんか、この場所に見覚えがあるのよね……」


 それは僕も思った。この小道、僕も見たことあるような……?


『ここは神奈川県の某所、N地区の峠道なのですが――』


「誠也! N地区の峠って!」

「おそらく“炎失峠”だろうな。見覚えあるわけだ」

「え、えんしつどうげ?」

「地元の心霊スポット。昔、あたしたちで来たことあるのよ」


 ――炎失峠。

 元々は走り屋用の峠で、地域では事故の多かった道だった。

 その名が付き初めたのは、事故を起こした車体や運転手が燃えて死ぬという事件が多発したことからだった。

 炎上した理由には不可解なものも多かったため、幽霊の仕業ではないかと語られるようになり、その場所が心霊スポットだと語られ始めたのだ。

 聞いた話だと、子どもの声や謎の音声が聞こえるという情報があるらしい。

 もちろん心霊の目撃情報や心霊写真の類も数多く存在している。僕が小学生だった頃は、クラスの中で話が盛り上がるくらいには話題になっていた。


「そういえば、とおのんと誠くんって幼馴染なんだよね」

「うん。昔は誠也から怪異を探検しに行こうって行ってきたのよねー?」

「あの誠也先輩が、ですか。ちょっと意外です」


 昔の話はしないでほしいな、ちょっと恥ずかしいから。

 気を取り直して投稿に話を戻すと、確かに炎失峠らしき特徴が記されている。そして、最後はこのような文章で締めくくっていた。


『夕闇倶楽部のみなさん、この謎を明らかにしてください! あの時の、黒羽団地の神隠し事件みたいに!』


 何だか、やたらテンションが高いような。

 謎を明らかになんて言われても……。って、ちょっと待て。


「この人、黒羽団地を知ってるの!? 神隠しのことも!?」


 それだ。あの黒羽団地を、この投稿者は知っている。

 更には神隠しまで。伊能さんによると噂は前から存在していたみたいだが……それでも話に出るのはおかしいし、僕たちと関係しているとは分かるはずがない。

 黒羽団地の怪異を知っているという人。誰なのか、気になった。


「まあ、色々と気になることはあるけれど、会ってみましょ?」

「えっ。できるのか?」

「ふっふーん! ちゃんと連絡は取ってるわ」

「……用意周到だな」

「んで、今日の13時に、N地区のMバーガーで集合だって」

「僕の家から数駅先の場所だな。あの峠に行くにはそうだけど」

「とにかく善は急げよ! さっそく準備するわ!」


 遠乃があれこれやり始めたところで、僕たちもそれに合わせていく。

 しかし、何だろうか。どこかあの投稿への不信感が拭えないでいる。

 そもそもネットで知り合った人と直接会うのは大丈夫なんだろうか? 1人じゃないし、一応男の僕もいるから大丈夫だろうけど……。


「おっ、心霊スポットとやらに行くのか!?」


 と、そんな考え事をしてた時。突然、傍観していた宏が声をかけてきた。


「そうだけど、何だ?」

「俺も行っていいか? ちょっと関心があってな」

「珍しいな。お前がゲーム以外に興味を持つなんて」

「最近ホラゲーにハマっててよ。同じ時期に幽霊もののアニメもやってたし、盛り上がりヤバイんだよ。いや~、良いよな~! 心霊写真に心霊スポット! そこで出会った幽霊になった美少女に、恋に発展したりしてぇ。素敵だと思わないか?」


 ……ああ、やっぱりそうだったのか。

 宏らしい間抜けな理由に、大げさなほどの溜め息が出る。

 そして、後ろには、僕以上に冷たい眼差しを3人が送っていた。


「こういう馬鹿が、真っ先にぽっくり逝っちゃうのよねぇ」

「ゲームとアニメで義務教育でも修了なされた方なんでしょうか」

「みんな酷いな!? や、八百姫は否定してくれるよな!? な!?」

「あっ、うん。来たかったら来ても良いんじゃないかなーって」

「ある意味1番悲しい! おい、お前からも言ってやってくれよ!」


 ここで僕に話を振らないで欲しい。黙ることしかできないから。

 ……ともかく、こうして今回の調査は宏付きでとなった。遠乃に次いで厄介な人物のご参加である。一体、どうなることやら。

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