第19話 夕暮れ時の現実世界
あれからというもの。
現実世界に帰ってきた僕たちは、すぐに遠乃たちと再開した。
安心したのもつかの間、その後は大変だったな。心配した表情の遠乃からは矢継ぎ早に言葉をぶつけられたし、雫は千夏を抱き抱えながら泣きじゃくていたし。
だけど時間が過ぎてしまえば、自然と普段の僕たちに戻っていった。
「今日はお疲れ様、みんな」
「んじゃ、そういうことで、部長のあたしが、かんぱ~い」
「「「かんぱ~い」」」
夕暮れの刻、落ち着いた僕たちはデザート食べ放題の店に来ていた。
今は麻耶先輩も一緒だ。僕たちの先輩で、雑誌記者として働いているこの人。運が良いことに都合が取れたため、合流したのだった。
怪異の話を聞きたいことはあるみたいだし、麻耶先輩は若くして糖尿病にならないかと部員総出で心配されるほどの甘党。快く承諾してくれた。
……現に、麻耶先輩の胃の中には二桁単位の数のケーキが詰め込まれていた。
あと、ここは昨日遠乃が行ってみようと話してた場所だったな。
食べ放題専門店にしては料理も美味しそうな見た目だし、内装も上品な造りだ。
「しっかし、今回の怪異は大変だったわね。千夏は精神的にやられて、誠也は肉体的にボロボロになって。あたしたちはめっちゃ心配させられて」
「僕がいながら、申し訳ない」
「まあ、あんた1人であれだけやれたんだから御の字よ」
向かい合って座っている遠乃に、こんなことを言われた。
こう素直に称賛されると小恥ずかしいと同時に、再び体に痛みが走る。
現在、僕の体は湿布で埋め尽くされている。貼ってくれた雫曰く、あらゆる場所に青黒い痣があったらしい。暇があれば、病院に行かないな。
だが、今の僕の関心は――正直のところ、自分やここにはなかった。
「さて、今日はあなたたちにお説教をしたいのだけど――」
「このショートケーキ、美味しい~。やっぱデザパラだよねー!」
「パスタも美味しいですよぉ!! 甘い物の後の」
「……なぁ。葵の言うことも聞いてやるべきじゃ」
「そんなことより目の前のケーキ! けーき! けーき!」
「わ・た・し・の・は・な・し・を・き・き・な・さ・い!!!」
……騒がしい、後ろの高校生グループのこと。
烏丸さんに、一秋くんと雨宮さん。それに神林を名乗る少女、七星葵。
僕は七星さんを気にしていた。今回の怪異、彼女の協力のおかげでなんとかできたとはいえ、彼女については不思議な事が多々残されている。
彼女自身のこと、“神林”という名前、僕たちより詳しい情報を持っていた。
それに、背丈や見た目は普通の高校生だというのに……どこか僕たちの常識とかけ離れた場所に位置しているような雰囲気、は妙に思えて仕方がなかった。
でも、友達を前に怒るその姿は、何の変哲もない年相応の少女にも見える。
「まあまま、葵ちゃん。怒らずに、これでも飲んで」
「何よ。まあ、飲むけど……ぶはっ、うえっ、な、なにこれ!?」
「えへへっ! コーヒーとコーラのミックスだよ!」
「あー、それ。超絶ハイパークソ不味い奴ですよねー」
「けほっ、けほっ。あ、あんたたちねぇ……!」
……どうやら、あのグループで七星さんは弄られキャラらしい。
遠乃から聞いた話では呪術師を名乗ったらしいが、この姿を見た僕にはあまり見えなかった。本当にそうなのだろうか――
「それにしても、神林の末裔があんなに可愛い娘だったとはね」
そんな時だった。麻耶先輩が軽い笑みを浮かべながら呟いた。
「あれ、麻耶先輩ってば、知ってたんですか!?」
「そうよ。もし私に話してくれさえいれば、すぐに分かったのだけど」
「すみません。遠乃がすでに伝えていたのかと」
「あたしも誠也が先に言ってたのかなって。てか、結局何なんですか?」
スプーンを軽く回しながら質問する遠乃に、麻耶先輩が頷いて答える。
「神林はね、元々有名な呪術師の一族なのよ」
「へぇ~、そうなんですか。でも、そういう人なのに、知られてないみたいですけど……? 実際に誠くんやとおのんとかも知らなかったみたいですし」
「それは当然の話。何故なら世間から隔絶された呪術に携わる者だったからよ。生涯を日陰の世界で暮らし、存在を知る一部の権力者の依頼を受けて呪いを執行する。そんな彼らだったから、歴史の中でも表舞台に立つことはなかったの」
「それじゃ、けっこうマイナーな方々なんですね~」
「ええ。だからオカルト好きでも、知ってる人と知らない人がいるの」
……なるほど。そういう歴史があったのか。
とはいえ、それを知らなかったことについて悔しかったりする。
「でも、今はどうかしらね。あまり人気ではなくなったのかも。噂によると数十年も前に、呪術の力を持つ血筋は絶たれたとされてたから」
「だけど、あそこのちんちくりんがそうなんですね。あたし、びっくり」
「あそこの、誰が、ちんちくりんよ!!」
ちんちくりんという言葉に噂の彼女が反応する。
……実を言うと、僕の隣に座っていた千夏も肩を震わせていたり。
「あれ、あの子たちに説教するのは諦めたの」
「とてもじゃないけど、話を聞いてくれそうにないみたいだし」
「大変だな、君も」
「まったくよ。まあ、悪い人たちではないのだけど……」
その時の七星さんは、面倒のかかる子どもを見る目をしていた。
色々とされていてもフォローはしている辺り、一定の信頼は有るらしい。
「それに、私に聞きたいことが有るのでしょう?」
「まーね、時間をくれるんなら目一杯ぶつけてやるわよ」
「といっても、私の心の内はすべて話したつもりよ。神林という名前がどんなものか、それが何を意味しているのか、その女の人がご丁寧に説明してたみたいだし」
余裕を含んだ淡々とした口調。後ろめたい様子ではなかった。
だが、彼女にそう言われたところで僕たちは完全に納得できなかったりする。
……呪いのゲーム。あれの脅威は僕たちの記憶に残っている。
神林という有名な呪術師の力があれば、できてしまうのかもしれない。
むしろその存在が秘匿にされていた分、名前を偽るにしても人が限られる。仮に犯人が彼女じゃないとしても、まったく無関係なんて有り得るのだろうか。
「ほんとーに、ほんとーに、関係ないの? あんた」
「本当に、本当に、関係ないわよ。私がそんなことして何になるの」
「なんか中二病っぽいし、世界を支配するのに憧れてたりとか?」
「あなたは私を何だと思ってるのよ! てか、中二病言うな!」
「葵ちゃんは中二病なんかじゃないです! どうしようもなく痛いだけです!」
「そうですよぉ! 呪術師なんていうバカバカしさの極みみたいな肩書きぶら下げてるけど、根は良い人で、可愛い、みんなのおもちゃなんですぅ!!」
「楓たちは黙ってなさい! あなたたちが入ると話が拗れるから!」
何だろう、この娘もこの娘で付き合ってるとペースが乱されるような。
まあ、友達だちからの野次があるから七星さんとの会話が上手く行ってる気。
「そういえば、あなたたちが脱出した方法を聞きたいのだけど」
話を戻した彼女が、僕のことを向き合ってくる。
おそらく、これが本題なのだろう。ゆっくりと僕は口を開けた。
「君は電話で、自分を明らかにと伝えてくれたな」
「そうね」
「それを思い出した。だから、そこから推測し――学生証を使った」
「ええっ。どんな怪異だったのよ、それ!?」
「学生証ね。確かに自分を明らかにする道具としては相応しい。素晴らしい判断でしょう。だけど、それだけでは深遠なる異界の怪異を払い除ける力はないわ」
「そうすると、他にも要因があったということか?」
「その通りよ。ちなみに、あなたに分かるかしら?」
彼女に言われて、考えてみる。
千夏のポーチから出てきたもの。記憶を取り戻した千夏が見ていたもの。
それを思い出せば、すぐに分かった。というより、消去法で導き出せた。
「写真、か」
「ご名答。そこのお猿さんと違って、頭は働いてるようね」
「写真に身分証明書、アルバイトの応募でもする気なの、って、誰が猿よ!!」
「呑気なものね、あなたは。自己を取り戻すのに必要なのは写真。それも親しい人が写ってるものね。人間は他者がいるから自分を認識できる。自分はどうなのか、どんな立場なのか、何をすればよいのか。他人から見ることで自己が生まれるといっても過言ではない。それができない空間とは……人の精神に悪い影響を及ぼすし、怪異にも脆弱になるの」
だから、千夏は僕たちと一緒の写真を見て思い出したのか。そして――
「あと、烏丸さんのあの下着の写真も」
「はぁ? 誠也、頭でもおかしくなったの?」
「あー、あれですかぁ。やっぱ葵ちゃんのパンツは最高なんですね」
「烏丸ぁ!!? いつの間に、あなたという人はねぇ……!」
「意外と高値で売れるですよぉ、これ。自分用にも使えますし」
「人の下着の写真を、勝手に誰かに売らないでよ!! あと自分用って何!?」
あの時の彼女には七星さんの記憶があったな。これが原因だったのか。
それにしても、あの怪物が襲えないでいた原因の1つが友人の下着の写真だったとは。それなりに間抜けな話である。まあ、怪異もそんなことがあるんだろう。
そんなことを思っていると、髪をくしゃくしゃと弄りながら向き直ってきた。
「とりあえず、私からの話は以上よ。お話ありがとう」
「別に、あたしたちは完全にあんたを信用したわけじゃないからね!」
「それは任せるわ。まあ、今回だけの出会いではなさそうだしね」
そう言いきると、彼女はすたすたと去っていった。
確かに彼女とは近い内にもう一度会う予感がする。何故かは分からないが。
「あの人たちに言いたいことは言えことだたし、今度はあなたたちよ!」
「えー、そんなことよりもデザート食べようよ~」
「そんなので誤魔化せないわよ。良い? 普通の人にとって怪異や超常現象は危険なの。烏丸さんも、これに懲りたらこういうのには触れないように――」
「やった! パンツの写真は許されましたぁ!!」
「許してないわよ! それは個別で話を聞かせてもらうからね……!」
そして、再び高校生グループの喧騒が帰ってきた。
……七星葵。色々とわからないことが多い少女だったな。
「何なのよ、アイツ」
「多分だけど、遠乃ちゃんたちを気にかけてくれてたんじゃない?」
「気にかけるなら、もっとマシな方法にしてほしかったわね」
まあ、少なくとも悪い人ではなさそうであるけれど。
「…………」
それにしても今回の怪異は長かった。異界に迷い込んでいた時間が長かったからだろうか、情報量が多かったからだろうか。
情報を整理するのに苦労しそうだな。今から色々と振り返ってみた。
すると、あることを思い出す。どうでも良いけど、気がかりなことだった。
「そういえば、あの無能さんはどうしたんだ?」
「あっ」
「おばあちゃんの家に置きっぱなしだったね、あの人」
「まっ、てきとーに帰ってるでしょ。あの馬鹿野郎でも」
ここまで扱いが酷いと何だか可哀想な気もしなくもない。
あの面倒くさい言動も、今では懐かしく感じる。記憶とは凄いものだ。
「そんなことより、早く食べましょ! 制限時間あるんだし」
「食べてるけど……こんなに食べたら明日動けなくなりそう」
「もちろん夕闇倶楽部は明日も有るからね! 今回のまとめもあるし」
「私は新聞部の活動がありますんで、あちらを優先させてください」
「お疲れ、ちなっちゃんも」
「はい。ああ、あの無能の野郎に何を言われるのやら……」
そんなこんなで、夕闇倶楽部の長い調査の1日は終わりを遂げる。
ふと窓を見る。夕日は沈みかけて、夜になりかけている空をしていた。
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