第20話 ふと忘れ去られる亡失の怪異譚
「自分は君たちと連携してプロジェクトを立ち上げたい」
昼下がりに部室へ来た僕を出迎えたのは伊能さんの声。
次に目へと飛び込んできたのは、冷ややかな皆の眼だった。
部室には千夏が居た。新聞部の活動が終わったのだろう。
そして、それを裏付けるような一昨日と同じ伊能さんと中岡さん。
……何があったんだろうか。そんなことを思いながら、中に入る。
「どうしたんだ? まさか、また千夏を取り戻しに?」
「いえ。それは諦めてくれたんですけど……代わりに」
「かわりに?」
「あたしたちをビジネスパートナーとか宣いやがって、何かのプロジェクトとやらに参加させようとしやがっているのよ」
「びっくりしたよ。最初はとおのんを引き抜こうとしたんだから」
「ふざけないでよ! あたしのパートナーは前にも後にも誠也だけなのよ!」
嬉しいような、やっぱり嬉しくない発言をありがとう。遠乃。
「未だに自分は世の中のオカルトのすべてを信じていない」
「別にそれは良いと思うけど。やっぱり9割くらいは嘘だし」
「だが、今回の経験から本当に存在すること。そして、それはとても興味深いこと! その興味を引ければ大きなビジネスチャンスになること!!」
「……はぁ」
「しかも他の競合相手の参入もない。ブルーオーシャンなんだ! だから自分は宣言する! 君たちと協力し、プロジェクトを立ち上げると!!」
自信満々、意気揚々。それが当てはまるくらいに高らかに声を上げた。
それを僕たちは変なものを見る目で眺め、隣の中岡さんが拍手をする。
「素晴らしいわ! オカルトというニッチで閉塞的だからこそ上手く行っている産業を広げようとするなんて! 今じゃネットで簡単に真偽を明かされ、単純に怖いだけじゃ受けないのに! 常人には思いつかない発想! 伊能くん、流石!」
「よしてくれよ。ちなみに、机の上の奴が僕の考えたプランだ。目を通してくれ」
彼に提示された、勝手に机に置かれている計画書を簡単に見た。
……空論。まさに机上の空論だった。成功できるわけがない。
だけど、伊能さんは完全に自身の力を信じ切っているし、それを中岡さんは笑顔で持ち上げている。明らかに暴走して失敗するフラグだ、これは。
「こういうプロジェクトってお金を使いそうだが、大丈夫なのか?」
「実はですね、無能先輩の父親は今をときめくIT会社の社長なんですよ」
「ええっ……。金を持った馬鹿とか、ダイオキシン級の公害なんだけど」
そういえば、FXや仮想通貨とかで大損しても気にしてない様子だったな。
こんなことを言いたくないが、遠乃が話してる通りなのかもしれない。
何時になったら彼は自分の行動を改めるのだろうか。彼の将来が不安だ。
「ちなみに事業を立ち上げるのは今年に入って13回目です」
「お、多くないかなぁ……」
「事業を立ち上げるだけなら小学生でもできますから。それを成功させるのが彼の言う優秀なビジネスパーソンなんですけれどね」
「よし、さっそく取り掛かろう! 思いついたが……何だっけ」
「吉日です」
「そうだ、吉日だ! とにかく、まず手始めにサイトを立ち上げる! それをアフェリエイトにし、広告を稼いでコンスタントに資金が入る収入源にする! よし、さっそく記事に書けるようなオカルト情報を集めに行くぞ!!」
「その幼稚園児並みの行動力も素晴らしいわ! でも、ちょっと待って?」
「……君、自分を幼稚園児とか言わなかったかい?」
「夕闇倶楽部の皆さんは、きっと今までの経験から素晴らしいデータを持っているはずよ。わざわざ生み出さなくとも彼らを活用したらどうかしら?」
四人でコソコソ話しているところ、いきなり僕たちに話を振られた。
「えっ? ああ、そうだな。そうしよう。今ある資源を活用するのもビジネスの基本だな。どうだ、青原くん。自分のビジネスにアグリーしてくれる意思は?」
「ぼ、僕は構いませんけれど……減るものではありませんし」
顔が引き攣っているのを感じながら、とりあえず肯定しておく。
まあ、今までの僕が書いてきた記録が本棚の肥やしと化してるのが悩みだった僕としては、これは願ったり叶ったりの提案ではあるけれど。
おそらく中岡さんもそれを見越しての提案なんだろう。優秀な人だ。
だが、肝心なのは部長である遠乃がそれを納得してくれることだが……。
「遠乃、お前はどう思うか?」
「……こいつらがやりたいなら良いんじゃない?」
意外とすんなりOKが出た。というか、どうでも良さそうだった。
「決まりだな。さっそく資料をお借りするよ。運ぶ道具を持ってくる」
「あー、はいはい。後はあんたらに任せるわ」
遠乃が手で追い出す仕草をしたと同時に彼らは足早に出ていった。
束の間の休息ではあるが、とりあえず部室内に静かな空間が戻って来る。その瞬間、遠乃と千夏が大きなため息を吐く。
その様子だと僕が来る前にも彼に苦労をかけられたらしい。お疲れ様。
……でも、ようやく僕の仕事を始められそうでもあった。
今回における怪異、言葉を借りて“異界団地”。その記録と考察を作る。
といっても、概要と大体の記録は昨日の内に済ませていたので、あとは適当に僕の考察をまとまるだけなんだけれど。
「あの、誠也先輩」
何を書こうかと考えていると、急に千夏に声をかけられた。
「異界団地でしたっけ。あの場所って、今後はどうなるんでしょうか」
「どうなるとは、どういう意味だ?」
「今は私たちが覚えてますけど、いずれは忘れてしまう。そうでなくても、知ってる人が死んでしまったら同じことになってしまう。そうなったら、あの空間は」
確かに喉元過ぎてない今こそ鮮明に思い出せるが、この記憶は薄れていく。
薄れていく内にそれは次第に記憶の片隅へと追いやられ、最後は忘れてしまう。
もしも、そうなったら――あの異界はどうするのか。
僕たちが知らないところでも、未だに怪異として存在しているのだろうか。
そう考えると“忘れる”ということは、かなり怖いことかもしれない。
自分の記憶は停止しているのに、色々な部分は絶えず動き続けているのだから。
……決めた。今回の考察はこのことについて書くことにしよう。
『人々は忘れていく。まさに理不尽なほどまでに。
忘れ去られたものは世界から消えていき、記憶が現実を作り上げる。
その結果、忘却の彼方に飛ばされてしまったものが――異界と化した。
誰にも知られず、誰にも理解できず、誰にも解き明かされることなく。
だけど、あの異なる世界は存在し続けていくのだ。それを単なる記憶として忘れてしまうことは、とても悲しいことではないだろうか。
だからこそ、僕たちはこうして記録を残すのかもしれない。例え現実の世界の人々に忘れ去られたとしても、それが存在していたという証を残すために』
異界団地のことは今も分からない。今後もそれを知る術はなさそうだ。
でも、こうすることで理解の一歩を踏み出せることになるかもしれない。
そして、これは調査の終わりを告げるもの、新たな調査の始まりでもある。
「それにしても、私たちのサイトか~。どうなるのかなぁ」
「あの無能がやるんだから期待できそうもないわねぇ。でも、あいつが持ってきたこのバターコーヒーは濃厚で美味しいわ! 何だっけ、完全無能コーヒー?」
「完全無欠コーヒーです。まあ、無駄に質の良い材料を使ってますからね。体に良い酸が入ったオイルに、牧草だけを食べて育った牛さんのグラスフェッドバター。コーヒー豆も高級なのを使用してますから、普通の何倍のお金がかかってます」
「うっへぇ。それを聞くと、ずっしりと来るわね……。というか、何でコーヒーなんかにそんな金を使ってんのよ。他に使うの有るでしょうが」
「何でも朝をこれだけにすると、目がスッキリしてバリバリ働けるとか。そのことを書いた本も出てますよ。読まされて、感想文書かされました」
「オカルトは否定してたくせに、そーゆープラセボ効果は無警戒なのねぇ」
何も変わらない日常。意味がないかもしれない僕たちの活動。
「あっ、そうだ! サイト内に掲示板を作りましょうよ!」
「掲示板? どうしてですか?」
「怪異の情報を書き込みで教えて貰うのよ! それを調査するってわけ!」
「けっこう良さそうだね! ガセネタ多そうだけど……」
「ふっふーん。それもご愛嬌! んで、千夏。あれのところに行ってきて」
「嫌ですよ。何でもう一度無能先輩のところに行かないと行けないんですか」
「ロリコンみたいだし。千夏から行ったほうが通りやすいでしょ」
「誰がロリですか!!」
だけど、どうでも良く、何の他愛のないこの記憶でも。
……もし忘れてしまったら悲しいだろうな。そんなことを僕は思っていた。
「そういえば、これを忘れていたな」
あれから時が過ぎて、誰も居なくなった部室にて。
記録の処理をしている中で僕は異界で見つけたノートを思い出した。
結局、あれから中身を見れずじまいだったな。色々忙しかったし。
というわけで、読んで見る。どうやら七星顯宗の個人的な日記らしい。
1979年。ちょうど彼が栄光の世界から没落してからの心情が書き連ねていた。
まあ、大抵は誰かに対する怒りや社会への恨み、自分の賛美だった。……七星顯宗、噂に違わぬ傲慢な性格の持ち主らしいな。
彼に呆れの感情を抱きながら、流し読みをしていく内に空白のページに辿り着く。それからもページを捲ると最後のページに気になることが書かれていた。
「“マモリガミ”計画?」
変な名前の、簡単な概要を見る。場所はHという地区だった。
「っ!?」
――それを見た瞬間に、全身が震え上がる感覚に襲われた。
何故なら、ここは小学生の頃の僕たちが怪異の調査をしていた場所だから。
次のページに書かれた地図を見てみたが、この独特の地形はまさしくそれだ。
そして、地図の中、赤丸で囲まれた場所。そこにあるのは1つの塚。忘れもしない。遠乃が引っ越す前、最後に僕たちが探検で行った場所だったはずだ。
元々怖い噂が絶えない地域のH地区の、1番の謎だった空間。あそこで確か。
と、そう思い出そうとして気づいた。……それに関する記憶がない。
明らかにおかしい。仮にその場所を調べて何もないとしても、何もないという記憶は残ってくれるのに。だが、僕の頭にはそれすらも残っていなかった。
何故だ。何故、思い出せない? 僕と遠乃の大事な思い出なのに。
その原因は? もしかして? でも、この計画と関係があるとは思えない。
だけど、完全に否定することも僕にもできない。まるで夜道の影のような真っ暗闇な不安を抱えて、この怪異は一先ずの終わりを迎えたのだった。
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