第5話 怪異の出会い、その始まり

「さあ、私たちも古寺参りといきましょうか」


 周りの探索に出た三人を見送り終えて。

 先輩に呼びかけられるまま、本堂へ向かおうとする。……その時だった。


「何だ、あれ」


 地面に落ちている変な物体を発見した。

 あれは……竹とんぼだろうか。何でこんなところに?

 不思議に思って、写真に残そうとスマートフォンを取り出そうとした。


「っ!!」


 すると、それを待っていたように竹とんぼが宙に浮き上がった。

 風に流れるように鬱蒼とした林の方へ飛んで行って、そのまま見えなくなる。


「どうしたの、誠也くん」

「……いえ、何でもないです」


 そう、と先輩は簡単に受け答えをして再び歩き出した。

 ……あれは何だったんだ。僕の見間違いだったのか?

 ひしひしと伝わってくる嫌な空気を感じながら、首を振って前に視線を向けた。


「ここが本堂。調査するには骨が折れそうな大きさね」


 朧気な空間に歴然たる様子でそびえ立つ、古びた本堂。

 それは寂莫たる雰囲気を纏い、信仰無きものを圧倒する威厳に満ちていた。

 目を瞑ってみれば、重々しい鐘の音が聞こえてきそうだ。

 腐っても鯛という諺があるように、まさに廃れていても寺院である。


「誠也くん、悪いけど早速お願いよ。ここの扉を開けてくれない?」

「……まあ、いいですけど」


 先輩に言われた通り、扉に手をかけてみる。

 ……あれ、開かないな。鍵穴らしきものは見当たらないのだが。

 試しにもう一回力を入れてみるが、やはり扉はびくともしなかった。

 中で何かつっかえているのだろうか。

 ……どうしよう。困ったので、先輩に視線を向けると――


「やっぱりね」


 まるでわかっていたような様子で、呟き。


「これが誠也くんを連れてきた理由よ」


 そして、僕に向かって悪戯っぽく笑うと――そんなことを告げてきた。




「ぐぐぐっ…………!!」

「がんばれ♪ がんばれ♪」


 あれから僕は扉を開けるべく、微量に過ぎない力を振り絞っていた。

 ……なるほど、これが僕を連れてきた理由ですか。

 確かに夕闇倶楽部のメンバーの中では、唯一の男の僕が適任だとは思う。

 しかし、流石にこの仕打ちはひどすぎやしないか……!?


「これなら、蹴破ったほうが早いんじゃないですか……!?」

「強引なのは感心しないわね。建造物への配慮が足りないわ」

「……少しは生きた人間にも配慮してほしいんですけどね!」


 僕の切実な願いに、先輩は笑みを浮かべながら考えておくわと一言のみ。

 いや、絶対に考えてくれてないな。あれは。


「大丈夫。私は誠也くんを信じているわ。だから頑張って~!」


 ……それで物事が解決したら苦労はしないでしょうよ。

 そう言いたい気持ちを我慢していると、不意に何かが動く音がした。

 おっ。このまま頑張ればいけるんじゃないか? そう思って力を振り絞る。


「よいしょぉぉぉ……!」

「おおー!」


 建物の奥にも響いていくような大きな音と一緒に、扉が開いた。

 ああ、腕と手がじんじんと痛む。明日は間違いなく筋肉痛だろうな。


「お疲れ様。はい、ご褒美」

「……何ですか、これ」


 そんな痛みを訴えてくる僕の掌に、小袋に入った何かが渡される。


「あめちゃんよ。甘くて美味しいわよ」


 冷たい風に吹かれて小さく転がる飴玉の姿を見て、僕は思った。

 ……絶対に労力と報酬が見合っていない。


「はぁ……」

「こういう仕事をやってくれて、いつも感謝しているわ~」

「……本当に感謝してるんですか?」

「ええ、本当よ。ありがとう、誠也くん」

「…………」


 そんな優しい笑みを見せられると、僕からは何も言えなくなってしまう。

 何というか、先輩には言葉では表現できない不思議な魅力があるのだ。

 普段はポンコツでマイペースで、つまらないギャグを言うような人なのに。

 こういうところを含めて、この人のことが僕はよく分かっていない。


「さ、せっかく扉も空いたのだから。行きましょう」

「……はぁ。はいはい」


 丸め込まれる自分に軽い苛立ちを覚えつつ、掌の飴をポケットにしまう。

 そして、先輩の後ろにつく感じで、本堂への侵入を始めた。

 当たり前だが、中に灯りの類はなく、暗闇に包まれているため何も見えない。

 なので、事前に用意していた懐中電灯を使って僕たちは進んでいった。


「足元や天井には気をつけてね。あと落ちている物にも」

「わかりました」


 先輩の忠告に耳を傾けて、慎重に周りを見渡していく。

 歩を進めるごとにぎしぎしと木材が軋むような音がして、冷や冷やとする。


「あら、中の構造はこんな感じなのね。ふむふむ」


 先輩がいつの間にか手にしていたメモ帳に書き記していた。

 顔の側面と肩で懐中電灯を固定し、メモを照らすという器用なやり方で。

 何処で身につけたんだろうか、疑問に思いつつ僕も観察を始めることにした。


 初めに思ったのは、ここが予想していたより綺麗だったということだ。

 目を凝らせば所々に綻びが見えるものの、寺社としての原型は保っていた。

 無論、それは良いことだ。調査がしやすいし、異常がないほうが楽だ。

 ……でも、それっておかしくないか?

 根拠のない、名状しがたい、とびきり強い違和感が僕の心を侵していく。

 それが何なのかを考えようとして……すぐに諦めることにした。

 駄目だ。あの竹とんぼの件もあってか、頭の中で考えが組み立てられない。

 パズルのピースが見当たらないような、纏まらない自分の気分を振り払う。

 そうしようと辺りを見渡した、その時だった。


『…………』


 襖の裏から透かし見ている、『人形の何か』と目が合ってしまった。

 硝子のように不気味なほど青白く透き通っていて、子どものカタチをしている。

 他に特筆するところがあるなら……膝から先がない、ことだろうか。

 何事もなかったのように、宙に浮いて空間に垂直で位置している。


「…………!!」


 濁ったビー玉のような目玉が、僕のことを覗き込む。

 暗がりで、どんな表情を浮かべているかまではわからない。

 だが、そのことが恐怖を駆り立てる。僕はすっかりと体が固まってしまった。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のように。思考すらも上手くできない状態にいた。


「……誠也くん。どうしたの?」


 そんな僕を現実に戻してくれたのは、先輩の声だった。

 気づくと、僕の方を心配そうに見つめている。

 それに答えようと、鈍くなった脳を必死で動かして、口を開けた。


「……あっ」

「何かあったのかしら?」

「あ、あそこに……。子どもがいたんです!」

「子ども?」


 疑問符を浮かべた先輩が、僕が指で示した方向に目を向ける。

 僕も恐る恐る視線を動かすと――


「何もないじゃない。ただの襖よ」


 そこには影も形も、何もなかった。 

 襖にも、その先にも、ただ深い闇が広がっているだけだった。


「……すみません。見間違いだったようです」

「そうなの。ちなみに聞くけど、どんなものだったの? その子どもは」

「青白くて、透き通っていて、膝から先がなくて。襖の影から覗いてたんです」

「へぇ。まるで幽霊みたいな見間違えね」


 先輩はそう言って、軽く聞き流していた。

 おそらく気にしてはいるが、大方僕の見間違いだと判断したのだろう。

 しかし、あの恐怖を見た僕には、どうしてもアレが錯覚だとは思えない。


 確かに人間の認知能力というものは欠陥が多い。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花という言葉が表すように、人の認知は先行知識や思い込み、その場の状況によって左右されてしまうからだ。

 ――でも、それが人間の認知の全てを明らかにしていない。

 それにさっきの竹とんぼといい、不可解なことが起こり続けている。

 単なる偶然の連続で片付けることはできない。それには何かしらの理由がある。


 ――もしあれが見間違えだったのなら、何と見間違えたのか。

 ――もしそうでなかったら、何故このような怪奇現象が起きたのか。


 これからの調査で明らかにできたら、いいのだけど。

 空間に広がる闇が明かされるには時間を要しそうだった。

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