第6話 かごめかごめ

 本堂内部に来てから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

 あの怪異現象に出会ってからというものの、本堂内は静寂を守っていた。

 このまま何も起きずに調査が終わる、そんな気がしてきたほどに。

 でも、僕の中にある変な感覚を払うことは未だにできないでいた。

 単純で、それで肝心なところにたどり着けていないような、そんな感覚だ。

 せめて何か手がかりでも出てくれれば、わかるのだけど――


「ねぇ」

「うわっと!!」


 いきなり、後ろの方から声をかけられる。 

 ……何だ、麻耶先輩か。びっくりした。


「ごめんなさい。驚かせちゃったかしら?」

「……はい。それで、何の用ですか?」

「あなたには、この空間の”怪異”は見つけられたかしら?」


 この空間の怪異?

 唐突で、意図がまったく掴めない質問に困惑を隠せない。

 わざわざ聞いてくるということは、先輩は何か見えたのだろうか?

 色々と思い浮かぶことはあったが、肝心の先輩が求める答えはわからなかった。


「いえ、特には……」

「はぁ。あなたらしくもないわね」


 やれやれといった素振りと、ため息を吐かれてしまった。


「ゆっくりと、単純に考えてみて。ここは、どこなのかしら?」

「どこって。それは昔の寺で……!?」

「その様子だと気づいたようね」


 ……そういえば、そうだった。

 ここは幾多の年月の間、放置されていたと思われる寺だ。

 子どもを捨てるなんて風習、行われるとするなら江戸時代辺りにだろうか。

 もちろんその後の時代に行われていたのも考えられるが、重要なのは平成の世ではないこと。

 もし本来の状態なら、調査が難航するほど荒れていてもおかしくないのだ。


「見ての通り、この場所のあらゆるものが相応の劣化を経ていないのよ」


 しかし、それを思わせる現象が一欠片も起きていない。

 この空間を構成する木材は黒ずみこそ見られるが、大体の形はとどめている。

 他にも、ここにあるあらゆる物全てが時間の流れによる影響を受けていない。

 でも、僕たちが登ってきた階段は使うのに慎重になるほど荒廃していたのに。

 それは、まるで――


「まるで、あの門の外側と内側で異なる時間が流れているようね」


 内と外での異なる時間の流れ。常識で考えたら有り得ない話だ。

 しかし現に起きている現象を説明するなら、腑に落ちるところもある。


「実際に、物体に流れている時間は明らかに遅くなっているわ。これを」


 先輩から唐突に何かを手渡された。よく見ようと明かりを当ててみる。


「先輩の懐中時計……?」

「ええ。『時計』なんてほっ『とけい』、なんて言わず見てみなさい」


 調査中でも、真剣な様子でも、思いついたらギャグを言う癖はやめて欲しい。

 したり顔の先輩に呆れつつ、言われたように時計を眺めてみた。

 銀色に鋭く光る長針と短針が、悠々と時を刻んでいて――あれ?


 ――やけに時計の針が遅くなっていないか?


 1、2、3……。体感で秒を数えてみたが、確かに遅い。

 それに、時刻が3時半を示しているのも気になる。

 僕が階段前で電波を確認するために見た時は……確か、3時14分だった。

 そこからゆっくりと階段を登って、二手に分かれて、本堂を調べて……。

 それが15分しか経っていなかったというのは、はっきり言って有り得ない。


「ちなみに私の懐中時計は手巻き式。時刻を間違えることはないわ」


 すると、やはり物質に対する時間の流れが遅くなっているのか?

 それならこの寺の廃れ具合の現状にも合点がいくところもあった。

 でも、そう結論付けるにはまだ早計な気がする。

 何故時間が遅くなっているのか、という問いに答えが見つかってないからだ。 

 仮にそれが怪異の仕業だったとしても、それ相応の理由があるはずだ。

 ――怪異だって、生きている。

 不思議な事が起こっても、理由のないことは起こらない。

 そこには、何かしらの理由があるはずだ。だからこそ僕たちにも理解ができる。


「…………」

「…………」


 僕も先輩も思うところがあるために、考え込んでしまっていた。

 でも僕たちの時間は容赦なく過ぎて、言おうにも言えない、気まずい雰囲気になっていた。


「とりあえず、外に出ましょう。あの子たちのことが心配だわ」


 その空気を先に破ったのは麻耶先輩の方だった。

 確かに、僕もあの三人のことが気になっているのは事実。

 別れてから大分経っているし、何か起きていないかどうか、心配事もある。

 一段落つけるために、合流するのも悪くないはずだ。

 先輩と僕、互いに顔を見合わせて頷くと、踵を返して出口へと向かおうとした。


『――め、――め』


 ――そんな時、微かに歌声が、僕の耳に入ってきた。


「な、何かしら?」


 どうやら今度は先輩にも聞こえているようだった。

 珍しく動揺しているその姿は、見慣れていないため妙に新鮮味を感じてしまう。

 しかし、こんな状況で歌声が聞こえてくるなんて、普通なら考えられない話だ。

 歌が聞こえてくるということは、即ち歌っている人物がいるのが当たり前。

 だが、この建物の中で僕たち以外に人の気配は感じられない。


『――のな――とーりはー い――つでーやーる』


 そう結論付けたと同時に、もう一度歌が聞こえてくる。

 さっきよりも明確なものだった。

 ……それにしても、何処かで聞いたことのある歌だな。


「これは……」

「”かごめかごめ”ね」


 かごめかごめ。日本の童謡、子ども遊びの一種である。

 子どもにも分かるような言葉が使われた、非常に親しみやすい曲。

 その一方で、内容については非常に様々な憶測や俗説が飛び交っている。

 囚われた遊女の話、首を斬られた罪人の話、そして座敷牢に閉じ込められた奇形児の話。

 まあ、どれもよくある都市伝説の類で真実がどうかはわからない。

 しかし、この状況で問題なのは……誰も居ない寺に歌声が響いていることだ。


『よあ――ばんに つるとかめ――べった』


 どんどんはっきりとした声で、歌は大きくなってきている。

 声から予想すると、歌っているのは年端もいかない子どもだろうか。

 それが……つい先ほど見てしまったアレと重なり不気味に思ってしまった。


『うしろのしょうめん、だーれ?』


 この童謡のもっとも有名なフレーズ。そして、歌がぴたりと止まった。

 その後少し待ったが、お寺に歌が響くことはなかった。

 さっきと打って変わって、気味の悪いほどに辺りは森閑としていた。


「……行ってみましょう。あの子たちと合流するのはその後ね」

「そうですね」


 三人のことも気がかりだが、先にこの謎を確かめるべく探索を再開した。

 どうやらあの声は、寺の中心の大きな仏壇から聞こえていたようだ。

 当然だが仏壇の仏様が歌っていた……は考えにくい。流石にシュールすぎる。

 となると、この下に何かあると考えるのが妥当だろう。

 そして、事実の真偽を確認するためには、この仏壇を動かすしか方法はない。


「誠也くん! 出番よ!」

「また力仕事ですか……」


 ……罰当たりな気もするけど、やるしかないよな。

 懐中電灯を先輩に託して、渾身の力を込めて動かそうとする。

 お、重いな。でも、どうやら動かせる仕組みにはなっているようだ。

 なので、さっきの扉よりは苦労することなく、仏壇は動き始めた。


「よいしょっ、と!」

「重ね重ね、ご苦労様」


 僕たち二人は仏壇があった場所の下を覗き込む。

 ――そこには、地下へと続く階段があった。

 ごつごつとした無機質な石段。そこからは冷たい空気が流れてきていた。


「何でこんなところに階段が……?」

「あら、地下室なんて何かを隠すなら最適な場所じゃないかしら。例えば不正に入手したお金とか食料とか。後はこっそり『供養』した子どもたちの骨、とか」


 なるほど。いくら慣習という大義名分があっても、子どもを間引きといった行為は公にできるようなものではなかったのだろう。

 そう推測するなら、この先は捨てられた多くの子供の骨が保管されている。

 そして、それはこの先で怪異に襲われる危険を秘めていることを示唆していた。

 ――家族から引き離され、この世を恨んでいる子供の霊。

 さっきの怪奇現象がある以上、単なる噂話と片付けることはもうできない。


「誠也くん。覚悟は良い?」

「それならとっくについていますよ」


 しかしその程度のことでは、さすがにもう怖じ気つくことはない。

 むしろ、どんとこい怪異現象。という感じだ。


「それもそうね」


 僕たちは、狭い階段をくぐり抜けて地下に足を踏み入れていく。

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