第5話 疑念の渦は広がり続けて

 ……結論から言うと、重要な情報は得られなかった。

 普通に街を探索して、普通にモンスターを倒して、普通にレベルが上がる。

 良く言えば王道な、悪く言えば凡庸な、そんな光景が動画に記録されていた。

 そう、本当に普通なのだ。怪異のような特殊なものが入ってこないほどに。

 数時間に及ぶ動画の視聴が徒労に終わった虚しさから、疲れを感じていた。


「何も見つかりませんね」

「……そうだな」


 そして、画面を見続けた僕たちに変化は起きていない。

 むしろ途中で眠気が襲い始めてきたくらいだ。身構えただけ損だったな。

 ……欠伸を1つ。眠気に襲われながら、どうしようか思考を巡らせようとする。

 そんな時、千夏が何気ないような様子で、気軽な感じで口を開いた。


「では、もう一度ゲームをしませんか?」


 ……耳を疑った。眠気も覚めた。

 もう二人も被害が出てるのに、わざわざ危険物に触れる気なのか?


「そうだね、いいんじゃないかな。ゲームをやらなくちゃ」

「雫先輩は分かってますね。ゲームの続きをしましょう」

「えへへ、ちなっちゃん大好き~」

「……抱きつかないでくださいよ」


 しかし、今度は僕の隣の雫がその意見に同調する。

 あんなに怖がりの雫が、様子が変だった千夏を目撃したというのに?

 ……おかしい。今の僕には、まるで彼女たちが彼女たちではないように見えた。


「ちょっと待て、二人とも! 今はやらないほうが――」

「――なんで?」

「――何でですか?」


 止めようとした僕に告げられた、雫と千夏の一言。

 二人の顔はまったくの無表情で、どこか不気味さを思わせるもの。

 この僕の心に突き刺さるような声と視線は単純な疑問で成り立っていた。

 ゲームを、何でしないのか。何で止めるのか。何で避けようとするのか。

 視線以外は何もされていないのに、じりじりと僕は追い詰められていた。

 無意識に後ろに下がってたことを、背中に当たる壁の感触と共に知った時。


「遅れてごめんね~!!」


 重苦しい雰囲気を全部吹き飛ばす大きい声で、遠乃がやって来た。


「色々あることがあったの――って、どしたの、みんな?」


 事情を知らない遠乃は、呑気に笑いながらやってきた。

 そんな彼女の笑顔を見て、僕は安堵感で胸を撫で下ろしていた。

 能面を貼り付けた無表情だった二人は元に戻っていた。不思議なことに。


「……何でもないさ」

「そうなの。あ、お詫びにお菓子を買ってきたわ! ほら、好きなの取って!」


 机に広げられる数々のお菓子。お、多いな。僕たちで食べきれるのだろうか。


「結構です」

「私もいいかなー。お腹減ってないし」

「千夏はともかく、シズが食べないなんて珍しいわね」

「食欲がないの」

「……大丈夫なの、雫ってば」


 雫と千夏の反応に、やはり遠乃も訝しんでいるように見えた。

 遠乃は馬鹿で無神経だが愚かではない。微かな雰囲気を感じ取ったのだろう。


「大丈夫だよ」

「……そう。あ、大事な話を忘れてた」

「とおのん、どうしたの?」

「あのゲームのことなんだけど、何か進展あった?」


 遠乃が言葉を発した瞬間。部室内の空気が、再び重くのしかかってきた。


「遠乃、実はだな――」

「どうしたのよ、歯切れ悪そうに。何かあったの?」


 二人に変わって僕が、遠乃がいなかった時の情報を伝えることにした。

 雫に続いて、千夏が呪われた可能性があること。

 証拠として撮っていた動画には手がかりがなかったこと。

 大学で向かう途中で見た雫のことや、先ほどの二人のことは伝えなかった。

 証人が僕しかいなかったし、変に誤解を招いてこの場を混乱させたくなかった。


「ふーん、そうだったの」

「はい。ですから、もう一度ゲームの続きをやろうとしたところなんです」

「……えっ?」


 千夏の提案は予想外だったのか、遠乃は驚いていた。

 しかし、すぐに髪を結んだ部分を弄りながら困った表情へと変わった。


「提案だけど、今は調査を止めにしない? 他に面白そうな怪異があったのよ!」


 ……またもや耳を疑った。

 途中まで続けてきて、本物の怪異だという線が深まってきたのに。

 怪異への好奇心で生きているようなこいつが、急にやめようと言い出すなんて。


「大学の近所で化け猫が出たって! 猫よ猫! すぐにでも調査よ!!」

「化け猫ですか。私はわんちゃん派なんですけど」

「あら、なーに言ってんのよ。猫の方が可愛いでしょ? 犬のどこがいいのよ?」

「…………あ゛?」

「こ、こなっちゃん落ち着いてー!」

「だから、こなっちゃんじゃないですってば!!」


 ……化け猫。呪いのゲームを放ってまで調べるものなのか?


「おい遠乃、お前は――」


 疑問に思ってどうしようもなかった僕が何か言おうとする。

 それを見た遠乃は……何故か僕だけ見えるように人差し指を唇に当てた。

 静かに、だって? こいつ、何を考えているんだ?

 とりあえず黙った僕に対して、遠乃は不敵に笑って側に立って囁いてくる。


「大丈夫よ。だって、あたしたちは幾度となく呪われてきたじゃない?」


 ……今度は目眩がした。何も考えてないんじゃないか、この馬鹿。


「よーし、早速化け猫を探しに出かけるわよ!!」

「待ってよ~、とおのん」

「……はぁ。相変わらず気分屋ですね、遠乃先輩は」

「あと明日の夕闇倶楽部はお休み! その分全身全霊で探すわよ!」


 普段のような遠乃の強引さに呆然となりながら、僕は従うことにする。

 ふと目に入ったのは、ゲームが入ったパソコン。あのままで良いのだろうか。

 しかし、どことなく夕闇倶楽部の日常が戻っている気がしたのは事実だった。




 見慣れた部屋に、居心地の良い空気。僕の部屋に帰ってきたのだと実感する。

 ……今日は疲れた。肉体的にも、精神的にも。

 雫や千夏のことが頭から離れないし、化け猫の調査で何時間も歩かされたし。

 買ってきた遠乃には悪いが、鞄にある大量のお菓子も食べる気になれなかった。

 

「……呪いのゲーム」


 今の頭の中にあったのは、このことだった。

 ここまで来ると、あの噂が嘘だと断定することは至難の業だろう。

 あれは本物の怪異。それも実害が出るレベルという稀に見ない代物だ。

 だが、もしあれが本物ならば、噂に致命的におかしい点が存在する。


 ――何故、僕は雫や千夏みたいに呪われていないんだ?


 最初にプレイしたのは紛れもなく僕だ。そして僕に異常は出ていない。

 この違いは何か。意味はあるだろうけど、それが何なのかは分からなかった。

 おそらく現状だと答えが出せないのだろう。別視点から考えてみることにする。


「……ブレイブ・アドベンチャー」


 その次に気になったのは、ゲームのタイトル。

 そして、目の前にはあらゆる英知に繋げられる文明の機器。

 そうなれば、やることは1つだ。

 試しに検索してみた。すると該当するサイトが幾つか出てきた。


 どうやらあのゲームは1998年に販売されたものらしい。

 内容と紹介されているタイトル画面は一致。おそらく同じものだろう。

 しかし、詳しく見てみると、そのゲームの評価は不評。

 更に問題があったせいで商品は全数返品され、会社は倒産している。

 ……何でそんなゲームが、現代に蘇って、遠乃のところに送られてきたんだ?

 素朴な疑問が頭をよぎった。続いて、スマホに目を向ける。


「……誰だ?」


 ちょうど良いタイミングで電話がかかってきた。遠乃からだった。


「もしもし、何の用だ?」

『きんきゅーれんらく! 明日の正午、部室に来て。シズや千夏には内緒よ!』


 おいおい、明日のサークル活動は休みにしたんじゃなかったのか?

 それに雫や千夏がいないということは、僕とあいつの二人だけということ。


「いきなりなんだよ。理由を説明してくれ」

『あのゲームについて。とにかく来ること、いいわね?』


 諦めてなかったのか、お前。

 まあ遠乃が目先にある怪異を見逃すわけがないよな。

 ……分かってた。分かっていたけど、何故か嬉しい気持ちになった。

 そして、二人を外したのは彼女たちのことを気遣ったからだろう。

 あいつにしては良い判断だと思う。


「ああ、わかったよ」

『物分りの良い誠也は大好きよ。んじゃ、また明日ね!』


 遠乃との通話が切れた瞬間、急激に眠気が襲ってきた。

 今まで張り巡らしていた緊張の糸が途切れた、そんな感覚だった。

 ……もう調査はできそうにないな。布団に横になって、眠ることにした。

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