第4話 深まる呪い

「ふわあぁぁぁ……」

「誠くん、眠いの?」

「ああ、まあ色々あってな」


 特に何事もなく平凡な、そんな次の日の、土曜日の朝。

 僕は登校途中で会った雫と一緒に、大学へ向かっていた。

 欠伸をしていたのは昨日の夜、色々頭に浮かんで深い眠りにつけなかったから。

 今も眠い。本音を言うと今日は休みたい。しかし、遠乃が許さないだろう。

 それに今は『呪いのゲーム』の調査がある。現状を鑑みると休めなかった。


「それより雫、具合とか悪くないか?」


 それとなく気になっていたことを雫に聞いてみる。

 実を言うと昨日の調査を終えた後、僕たちは近所のカフェでご飯を食べたりしたのだが、その時の雫におかしい点は見られなかったのだ。

 むしろ呪いなんてどこ吹く風のような態度の雫で、拍子抜けしたほどで。

 だが、あの光景を目の当たりにした以上、不安に思う気持ちは隠せなかった。


「だから大丈夫だよ。誠くんは、とおのんみたいに心配性なんだから」


 ほんの少し、雫の語尾が強くなる。……ちょっと深く聞きすぎたな。


「悪かった。気分を害したなら謝るよ」

「ううん。むしろ誠くんが心配してくれて、私は嬉しかったよ!」


 どこか恥ずかしそうな雫の言葉を聞いて、一先ず安心する。

 やはりいつもの雫だ。もしかすると昨日の光景は見間違いだったのかもな。

 脳裏に焼き付いているそれは消えないが、そう思うことは出来るようになった。

 落ち着きを取り戻す。そして、気を取り直して隣を歩く雫に目を向ける。

 ――その時だった。雫の体が一瞬にして地面へと崩れ落ちた。


「だ、大丈夫か、雫!!」


 反射的に、彼女の側へと駆け寄った。

 そんな僕を見上げた彼女の顔には、陰りのようなものがあった。


「なんか変な感じがする」


 不穏な呟き、雫は生まれたての子鹿のようにふらふらと立ち上がる。

 その光景を僕は、何も言葉を発せずに、手を貸すだけしかできないでいた。


「ねー!! 知ってる!? たっくんがバンドやめるんだってー!!」

「うっそー!! まじで!! ファンだったのにー!!」


 その時、運が悪いことに僕たちの前を騒がしい女子高生が通りかかった。

 つんざくような大声で会話をしているせいで耳障りに思える。

 友達との会話で盛り上がる気持ちはわかるが、周りを気にしてほしい。

 鬱蒼とした思いを抱きながら、彼女らが過ぎ去るのをひたすら待っていると


「うるさいなぁ。死んじゃえばいいのに」

「……えっ?」


 雫が、女子高生たちを敵意に満ちた眼で睨みつけていた。

 鈍い輝きを放つ刃物のような鋭い言葉に、僕は思わず自身の耳を疑った。

 何故なら普段の彼女ならこんな怒りの感情は滅多に出さないからだ。

 感じても、困ったように苦笑いを浮かべて流すのが雫だった。……なのに。


「……どうしたんだ、雫?」

「ん? 別にどうもしてないよ」

「そ、そうか」


 しかし、当の彼女は意に介してない様子で僕に向き直った。

 ……まあ、嫌なことがあって苛ついていたんだろう。そうだよな?




 あの出来事からは、変わったことはなく大学へ着いた。

 休みの日だからか平日よりは構内で人に会うことなく部室へ向かえた。

 部室と言っても、普段使われていない部屋を勝手に占拠してるだけなのだが。

 そのせいで二号館は変な奴らが存在するという妙な評判が出来てしまっていた。


「よーし、今日もがんばろー。あ、こなっちゃ――ひぃっ!」


 ドアを開けた雫の顔が、みるみる青ざめていく。

 ど、どうしたんだ!? 気になった僕もすぐに部室を覗いてみることにした。


 ――そこには、異様な雰囲気の千夏がいた。


 底のない闇に染まった虚ろな眼に、能面を貼り付けたような無表情。

 周りには黒い靄のような物が見えて、それが重々しい雰囲気を醸し出している。

 生気が感じられないのに、ひたすらゲームを続けている姿は不気味そのもの。

 昨日の雫――いや、それ以上、苦しめるなにかが強くなっているように見えた。

 そして、よく耳を澄ましてみると何か言葉を呟いていることに気づく。


 ――あと56――


 ……聞こえた。聞こえたが、何を意味しているかは分からなかった。


「こなっちゃん! こなっちゃーん!!」


 大慌ての雫が、後ろから千夏の肩を思いっきり揺さぶった。

 その動きに合わせて、緩んだネジのように頭がガクガクと震えている。

 おいおい、そんなに強く揺さぶって大丈夫か!? 心配でしょうがなかった。


「……う、うん? 何してるんですか。シズ先輩?」

「よ、よかった~! こなっちゃんが元に戻った~!」


 何秒くらいか揺さぶられていると、千夏が我を取り戻した。

 千夏の純粋でつぶらな瞳が、心配をする僕たち二人を映し始める。


「私はゲームをしてただけですよ。あと、こなっちゃんって呼びましたよね!?」

「だめ? 小さいちなっちゃんで、こなっちゃん」

「だ・め・で・す! 私の身長はこれから伸びるんですから!」


 ……よかった。何とか戻ってきてくれたようだ。

 雫の『こなっちゃん』という呼び方に怒っているのが何よりの証拠だ。

 ちなみに女性の成長期は16歳くらいで終わるようだが、そのことは黙っておく。

 たとえ叶わないとしても、夢を見ることはいいことのはずだ。


「覚えてないのか? 昨日の雫みたいになってたんだぞ、千夏」

「えっ? そ、それは本当ですか!?」

「わ、私ってこんな感じだったの!? だからとおのん、心配してきたんだ……」


 やはり、雫の時と一緒で自覚はないようだった。

 雫は実際にあの姿を見て、何か思い詰めた感じで俯いていた。

 ショックを受けるのも無理はない。同じ立場だったら僕も怖いと思ったし。

 とりあえず場の状況が落ち着いた所で気になったことを千夏に聞いてみる。


「そういや千夏。何でこのゲームをやっていたんだ?」

「え、えーと。それは、ゲームに引き寄せられた感じがしたと言いますか……」


 目線をそらしながら弁解する千夏の姿に、思わずため息が出てしまった。


「怪異の調査は絶対に一人で行わない。って、そう前に言ったはずだよな」

「あはは……。ごめんなさい、誠也先輩」

「まったく。次からは気をつけてくれよ……」

「はい! 前向きに検討します!」

「あ、それ結局やらないセリフだよね!」


 本当に大丈夫なんだろうな……。

 好奇心旺盛な後輩を心配すると同時に、疑問に思うことがあった。

 千夏は、勝手に怪異の調査をするような奴だったか?

 どちらかといえば、千夏は常識を守って、慎重に物事を考える人間のはずだ。

 だから無闇に突っ込むことはしない。今回の千夏の行動は何処か引っかかった。


「それより、もう10時ちょうどなんですね」

「それがどうかしたか?」

「ゲームを始めたのが9時30分くらいだったんですけど、その間の記憶がなくて」


 つまり初めてから30分で、あの状態になっていたということか。

 雫の時は1時間過ぎてからだったよな。千夏は雫より早く呪われたのか。

 更に言えば、千夏の異様さは雫よりも強力になっているように感じられた。

 この違い……何か僕には違和感があった。だけど違和感の正体は掴めなかった。

 そう色々と考え込んでいると、周りを見渡して首を傾げる雫が目についた。


「どうしたんだ、雫」

「とおのんは来てないのかなって」


 そう言われてみれば、遠乃がいないな。千夏のあれで吹っ飛んでいた。

 いつもは一番乗りで部室を陣取っているんだけど。今日や昨日は違うらしい。


「遠乃先輩なら遅れて来るみたいですよ。連絡がありました」

「あ、本当だ。珍しいねー。寝坊かな?」


 寝坊か。あいつは縁がない話だな。朝が強いのが取り柄だし。


「とりあえず遠乃先輩が来るまで、どうしていましょうか」

「どうしよっか……」


 ……考えてみる。思いつかないな。

 現状、あのゲームには触れるわけにはいかないし、かといって別のことをするのは気が引けるし、よほど大きな力がかからない限り集中なんて出来ない。


「それなら、私のプレイ動画でも見ますか?」

「え、ええっ……。うーん、見たら変にならない?」

「実際にやるのはあれですけど、動画を見るだけなら大丈夫じゃないですか?」

「……というより、あるのか、その記録?」

「ええ。昨日の雫先輩の記録もばっちし残ってますよ!」


 そういえばあの時、記録してるって言ってたな。

 ろくに確認せずにお開きになったが、何か残っているかもしれない。


「わかった。頼めるか?」

「お任せください! 準備が有りますので、少し待っててくださいね」

「私はコーヒー淹れてくるね!」

「お願いします。でも、機器からは離れた場所に置いてくださいね?」

「わ、わかってるよ!?」


 雫が淹れに向かった所で僕たちは動画を見始めた。手がかりがあると信じて。

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