第3話 予兆

「……疲れた」


 溜まりに溜まった疲労をほぐすように、体を伸ばした。

 僕たちがここに来てから……時計を見てみると、1時間は軽く経過している。

 そんなに長い間情報収集をしていたのか。そりゃこんなに疲れもするはずだ。


「うーん、くはぁ……。ここまでが限界かしら」


 遠乃も疲れた顔をして椅子に寄りかかっていた。

 そんな僕たちの横側には、大量に積み重なった資料の束。

 結局、この多くの時間を費やして得られたのは、呪いのゲームと関係があるかどうか不明な膨大すぎる情報だけだった。


「しっかし、呪いのゲームだけでこんなに情報が集まるなんてね……」

「……そりゃそうだ」


 真偽はともかく、噂話で検索すれば幾らでも出るだろうし。

 むしろ幾らでも出すぎて、最後の方になると内容にまったく目を通してない。

 一応、印刷しておいたが、どうせ部室のお荷物として埋もれるんだろうな。

 哀れみというか、作業の虚無感というか、変に混じった感情に浸っていると。


「ねぇ見た!? 昨日の心霊番組!!」

「見た見た! めっちゃ怖かったよね~! 心霊写真特集とか!!」


 隣から女子二人の話し声が聞こえてきた。課題の息抜きだろうか。

 普段は盗み聞きなんてしないが……彼女たちの声が大きく耳に入ってしまった。

 この夕闇倶楽部に所属しているため心霊という単語に反応した、のもある。

 職業病、ならぬサークル病みたいなものか。嬉しくはないけど。


「ふーん、面白いわね」


 そして、それは僕の隣にいる遠乃も同じだったようで。

 二人を眺めていた遠乃は、指で髪を弄り、口元を吊り上げながら呟いた。


「面白いって、何がだよ」

「科学の産物であるゲームが、呪いという非科学的なものと合わさること!」

「そう言われてみれば、確かにな」


 人々は時代を重ねていく内に未知を捨てて科学を選んだ。

 主観でしか観測できない未知よりも、論理と客観的根拠から基づく科学を。

 科学に不合理なことは起きない。同じことを行えば、必ず同じ結果をもたらす。

 それなら、データの集合体なんかに怪異が生まれるはずがない。

 なのに、不思議な事に、世の中の人々は科学に怪異を見出している。

 心霊写真然り、呪いのゲーム然り。テレビから人が出てくる話も有名だったな。

 ――やはり人は、未知なるものを捨てることが出来ていないかもしれない。

 そう部誌の文章を思い出していると、いつの間にか遠乃が電源を落としていた。


「さ、そろそろ戻りましょ。シズに話を聞いて何もなかったら調査は終わりね」

「そうだな。って、あれ?」


 彼女に続くようにパソコンを閉じた瞬間。携帯に電話がかかってきた。

 発信先は千夏。部室にいる後輩からの電話に、不思議に思いながら出てみる。


「もしも――」

「た、大変ですっ!! 雫先輩が!!!」


 聞こえてきたのは、千夏の悲痛に満ちた叫びだった。




「雫!!」

「シズ!!」


 千夏からの電話を受けて、僕たちは焦りながら部室へ戻った。

 電話の鬼気迫るような様子の千夏。僕たちは不安を芽生えさせていた。

 僕も慌ててしまって、詳しい事情は聞けなかったが……何があったんだ!?


「せ、先輩……! 良かった、来てくれて……」


 やっと到着した部室にいたのは、恐怖に満ちた顔で怯えている千夏の姿と。


 ――部室内に広がる異様な雰囲気と、綺麗な眼を漆黒に濁らせた雫の姿だった。


 目の焦点は定まらず飛び交い、何か譫言をぶつぶつと呟いている。

 いつもは穏やかで優しそうな表情も、全て削がれたように失われていた。

 ただ呆然と、何かに取り憑かれたかのように指と目玉を動かし続けている。

 

「……雫?」

「シズ? どうしたのよ?」

「…………」

「何やってるの。おーい、あたしの声聞こえてる……?」


 僕たちの呼びかけが耳に入ってないのか、黙々とゲームを続けている。

 まるで違う世界にいて、見えない壁で隔たれている錯覚すら覚えてしまう。

 ……おかしい。こんな雫、今まで見たことがなかった。


「さっきから私も話しかけてるんですけど、反応がなくて」

「どうすればいいんだ……!?」

「しょうがないわね。こんな時は、こうするのが手っ取り早いのよ!」


 不安に沈む僕たち二人の横を通って、遠乃が雫の傍に駆け寄った。


「ねぇ! ちょっとシズ! しっかりしなさい!!」


 そして、思いっきり引き剥がすように雫の体を揺さぶった。


「…………。…………。……きゃっ! あれ、とおのん。みんな、どうしたの?」


 何回か揺さぶられるうちに、雫はいつもの様子に戻っていた。

 良かった。安心で気が抜けてしまい、僕は近くの椅子へと座り込んだ。

 しかし、何をすると思ったら……随分と力任せなやり方だったな、遠乃の奴。

 結果的に成功したから良かったものの、変に首が動いていて危険だったぞ。


「どうしたのって……。シズこそ何やってたのよ」

「えっ、いや、ゲームをしてたら大きい敵さんが倒せなくて。それから……」

「そ、それから?」

「……あれっ。ここから先の記憶がないや。おかしいな」


 あ、あんなに異様な状態だったのに……本人は覚えてないというのか?


「ねぇシズ、本当に大丈夫なの?」

「うん。大丈夫だよ。変なとおのん」


 心配している遠乃に見せた雫の笑みに黒い部分は見えなかった。

 穏やかで優しさを感じさせるもの。いつもの雫の笑みと同じだ。


「……そう。なら今日の活動はもう終わりよ。一緒に帰りましょ!」

「もうそんな時間なんだね。帰ろっか」

「そ、そうですね! 帰りましょうか、片付けは私がやっときますよ」

「あ、近所のカフェに寄らない? 今日はケーキが安い日なのよ」

「良いね、行ってみようよ! 誠くんも行くよね?」

「ああ」


 重くなった場の空気を払い、夕闇倶楽部は明るくなっていく。

 それは一抹の不安を帯びながらで、どこか無理をしていた。

 ……しかし、そうでもしないと雫を、そして自分自身を不安にさせてしまう。

 遠乃も、千夏も、そして僕も、言葉に表せることのできない違和感を覚えながらも、なるべく今は考えなようにして帰りの支度を始めた。


「これは調査を続ける必要があるみたいね……」


 遠乃が、ぼそりと雫には聞こえないように呟いた。

 気分ではなかったので答えはしなかったが、僕も同じことは考えていた。

 ……もしかしたら、あのゲームは本物の怪異なのかもしれない。

 ふと僕と遠乃の二人が集めた資料が目に入った。呪いのゲームに関する資料だ。


「そういや遠乃。この資料、どうする?」

「あ、それね。あたしが預かるわ。何かの役に立つかもしれないし」

「……そうか」


 軽い受け答えの後に資料をまとめたものを遠乃に手渡す。

 量と重みのあるそれが彼女の鞄にしまわれ、後ろめたそうな様子で頷いた。

 ――こうして、暗い影を落とすと共に夕闇倶楽部の1日目の調査は終わった。

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