第6話 ロード再開

 ざー、ざー、と、強い雨の音が電車内にも聞こえてくる。

 電車の中は、出かける人も少ないのかまばらに席が空いている。

 静かに考え事をしたい僕には好都合だった。端の方の席で目を瞑った。

 考えたのは呪いのゲームのこと。この怪異は、未だにわかってないことが多い。

 呪いのゲームは何なのか? 雫や千夏がおかしくなったの何故か?

 ――呪いの正体とは何なのか? 現状では、全ては闇で見えない状態にあった。


「……あれ?」


 そんな考え事の最中に、電話がかかってきた。誰からだろうか?


『着信 佐藤宏』


 ほぼ無意識的に、瞬間的に、通話拒否をしていた。

 そもそも電車内で通話をするのはマナー違反だ。そうだよな、うん。

 携帯をポケットに仕舞うと、ちょうど大学の最寄り駅へに電車が到着していた。

 乗る人が少ない駅のホームに降りると、もう一度、電話がかかってきた。

 ……流石に今度は出てやるか。いくらあの野郎が相手でも可哀想だし。


「もしも――」

「おいこら! 出られるんなら一回目で出てくれよ!!」


 マイペースな彼の叫びに、思わず体から気が抜けた。

 この声の主は、佐藤宏さとうひろし

 僕の数少ない友人で、知り合いでは2番目に厄介な人物である。

 ちなみに1番は遠乃だ。この記録は、これからの人生で塗り替えられないだろう。


「悪い、電車内だったんだよ」

『あ、そうなのか。でも珍しいな、お前が外に出るなんて』


 人を引きこもりみたいに言わないで欲しい。

 見た目以上にアクティブだぞ、僕は。


「それで何の用だよ」

『いや暇だったらさ、俺がやってるFOを手伝ってほしかったんだよ』


 やっぱりな、と心の中でため息をついた。

 宏は三度の飯よりゲームが好きと自称する重度のゲーマーなのだ。

 自身の生活時間や生活費すら削ってまで費やしているようだから驚きである。

 人の価値観にとやかく言いたくないが、少しはまともな生き方をしろとは思う。


「……そんなにゲーム、とやらは大切なのか?」

『そりゃそうだろ! ゲーム、そしてレベル上げはゲーマーの命だぁっ!!』

「そうか。じゃあな」


 単純な電子音と同時に、通話は切れた。というか切った。

 あんな野郎に付き合うよりは、夕闇倶楽部の活動の方がちょっとだけ有意義だ。

 それに今の僕たちは大変な状態にある。抜け出すことなんてできなかった。

 だが、それにしても――


「レベル上げか……」


 ――呪いのゲームにもレベルがあったな。

 そんなことを思い出して、どこか暗々しい気分に落ち込んでしまった。




「遅い! もう少し早く来なさいよー!」


 二人のいない、寂しさが残る部室には遠乃の姿があった。

 いつもと違って真剣そうな眼差しをしていたものの、同時に待ちきれないようにうずうずしているのが垣間見えてしまう、ちぐはぐな様子だった。

 まったく。どんな状況でも落ち着きが無い奴だな、こいつは。


「悪かったな。とりあえず、まずは説明をしてくれ」

「わかってるわよ。これを見てちょうだい」

「……お前は物を投げることでしか、人に渡せないのか?」


 彼女から投げ渡されたのは、数枚のプリントをクリップに止めたもの。


「何だ、この資料の束」

「一昨日集めた記事があったでしょ。それから関係あるのを抜き出したものよ」

「……けっこう大変だったんじゃないか、それ」

「そうよ。それで昨日は遅れることになったんだけど……」


 なるほど、昨日の遅刻はこれが原因だったのか。

 トラブルに巻き込まれてたと心配していたが、無駄な心配で終わったようだ。


「詳しい話はそれを読んでもらうとして。最初に確認しておきたいことが1つ」

「…………?」

「『ブレイブ・アドベンチャー』についてよ」

「昨日の夜、調べたよ。20年前くらいに発売されたゲームなんだろ?」

「あら、その辺のことは知ってたの。案外、あんたもやるのね」


 感心したように頷く遠乃に、僕は素直に喜べなかった。

 むしろ何故今まで調べなかったのかと自身の至らなさを反省しているくらいだ。


「調べたのなら、このゲームの末路は知ってるわね」

「問題が発生して商品回収、会社も倒産した。僕が見た奴はそう書かれていた」

「その通りよ。販売直後に回収されたんだけど。そうなった原因の1つが――」


 原因か、そこまでは知らないな。素直に気になったので言葉の続きを待つ。


「――そのゲーム、クリア不可能らしいのよ」


 頭が真っ白になった。それは今までの調査の根底を変えるものだった。


「う、噂とは別の話になってないか!?」

「そうみたいね。あたしも最初見た時はびっくりしたわ」


 オカルトサイトで見た記事では、呪いを解く方法はゲームをクリアすること。

 でも、そのゲームはクリア不可能になっている。

 それを言葉通り受け取るのであれば――すなわち、呪いを解くことは不可能だ。


「……何で、こんなに噂と事実とで違ってたんだ?」

「多分だけど、噂として語り継がれてくうちに付け足されたんでしょ」


 確かに噂は生き物だ。人の言葉や認識を介する以上、事実とは異なってくる。

 それはこの話に限らない。噂が人に話される内に変化をするのは幾らでもある。

 しかし、どこか変な悪意を感じた。こうも都合良く変化するものなのか?

 そもそも噂通りの情報であれば、やろうとする人は少なくなるはずなのだから。

 ……まあ確証のない事をこれ以上考えても仕方がない。今に目を向けよう。


「それなら、どうするんだ? これじゃ八方塞がりじゃないか」

「これから見つけるの! すでに人質が二人取られてるようなものなんだから」

「……そうだよな」

「それに誠也も気づいてるんでしょ? これが単純な呪いではないことを」

「…………」

「そこには何かしらある。そして、その手がかりがありそうなのはゲームの中」


 真剣な顔つきで遠乃が見た先には、呪いのゲームが存在するパソコン。

 意図的に視線に入れないようにしていたけど、やはり向き合うことになるのか。

 ……覚悟はしていたが、雫や千夏を思い出すと嫌な気分になってしまう。

 だが、投げ出すことはできない。それは僕個人の意志として、彼女たちを大切に思う一人の人間として、怪異を明らかにする夕闇倶楽部の一員として。


「さて、もう説明は終わりにしましょ。気合い入れて始めるわよ」

「その前に、念のため聞いておくけど……良いのか?」


 準備中の遠乃に、僕は答えがわかりきっていることを聞いてみる。


「何が良いのよ」

「お前はまだプレイしていない。呪われてないんだ。後は僕に任せても――」

「愚問ね、そんなことしないわよ。せっかく出会えた本物の怪異なのよ?」


 こんな状況なのに、楽しそうに不敵な笑いを浮かべる。

 それは、まるで好奇心旺盛な子どものような何かを思わせるものだった。


「でも、こうして二人で調査をするってなると……昔を思い出すわね」


 ぽつりと、遠乃が意味ありげなことを呟く。

 遠乃が言っている昔とは、僕たちが今より幼い頃、小学生の時のこと。

 あの時は今と違って僕は活発な少年で、その反対に遠乃は寡黙な少女で。

 一人で遊んでる遠乃を強引に連れ出し、よく心霊スポット探検をしていた。

 それが何の運命か、逆の立場で同じことをしている。人生とは不思議なものだ。


「それじゃ夕闇倶楽部――もう一回、調査開始よ!」


 怪異なんてどこ吹く風といった様子の遠乃が、高らかにそう告げる。

 それと同時に忌まわしき呪いのゲームの画面が点いた。

 おそらく今日で決着がつくのだろう。この怪異に潜んでいる謎が。

 その先に何があるかは知らないが、僕たちは怪異を追求し続けるだけだ。

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