第1話 怪異のある日常
「何度見ても、ひどい文章だな。こりゃ」
僕、
暇だからとはいえ、自分の書いた文章を読むのは止めておくべきだったな。
粗が目立つし、良い文章ではないし、何より恥ずかしい気持ちになってしまう。
「そうかな~。私は好きだよ。誠くんの文章」
「……僕は好きになれないな」
「読んでるとなんかホラー! って感じがして、すごい良いと思うよ!」
「褒めてくれるのは嬉しい。けど、なんかホラーってどういう意味なんだ?」
「えっ? えっと、うまく説明できないかな、あはは」
ふんわりとウェーブを描く栗色のロングヘアに、穏やかで整っている顔立ち。
僕をはぐらかせるように出た柔らかな笑みは、山の麓にある湖を思わせるもの。
彼女の名前は、
天然なところもあるが、変わり者が多いサークルでは常識人の貴重な存在だ。
「あ、そうだ。コーヒー飲む? 私が淹れるよ」
「お言葉に甘えて、お願いするよ」
加えて、世話好きで気が利く心優しい性格。倶楽部随一の癒し系だ。
……僕を含めた部員共々、彼女の優しさに甘えすぎてるところもあるけど。
「はい。誠くんの好きな、砂糖なしのミルクたっぷり」
「ありがとう」
「どういたしまして~」
深みのある香りと共に、雫が淹れてくれたコーヒーを楽しむ。
ああ、なんて静かで自由な空間なのだろうか。
嵐の前の静けさと分かっているとはいえ、やはり幸せだ。そんな穏やかな気分で
――たったったっ
……けたたましく廊下に響く、誰かが走ってくる音を聞いた。
廊下は走るな。小学校で口が酸っぱく言われる言葉であり、ルールである。
それを守れないなんて、そいつは恐ろしく自律精神が欠如しているに違いない。
そんなことを思い頷いていると……音が止んで、間髪入れずに扉が開く。
「おーい! 面白そーなオカルト情報が入ってきたわっ!!」
「あ、とおのんだ。おはよ~」
僕たちを映しているのは気の強そうな瞳。雫とは違った雰囲気の少女。
服から見て分かる胸は頼りないが、すらっとした体型は魅力的に思えるもの。
走ったせいで乱れた茶色混じりの綺麗な黒髪を整え、彼女は部室へ入ってきた。
「おはよう。シズはすでに来ていたのね! それで誠也。何やってんの?」
「牧歌的な気分を楽しみながら、ゆっくりしていた」
「つまり暇人だったってことね。ものすっごく誠也らしいわ」
「そりゃどうも」
いきなり僕に喧嘩を売ってきた、そんな彼女の名前は
この変わり者の集まりの頂点、夕闇倶楽部の部長であり、僕の幼馴染でもある。
性格は思い立ったら即行動、人の話は聞かない。典型的な傍若無人だ。
もはや毎日と言っても過言でないほど、僕たちはこいつに振り回されている。
「二人が揃ってるってことは、あたしの連絡はちゃんと届いたようね」
「とおのんってば、メッセージをいっぱい送ってきたからびっくりしたよ~」
いっぱい、で済むのかとスマートフォン通知を見ながら思う。
何でもこの馬鹿は興奮しながら怪異を見つけたとLINEで送りつけてきたのだ。
その数、何百件にも及ぶ。それを講義中の僕にやってきた。
通知を切ってなかった僕にも非があるといっても、講義中にも関わらずひっきりなしにポケットで暴れる携帯には、流石の僕も怒りというものが湧き上がった。
「それで本題に移るが……。お前が見つけた『怪異』って何だ?」
「ふっふーん! よくぞ聞いてくれました!」
待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうな笑顔で続ける。
「その名も――呪いのゲームよ! プレイしたものはみんな呪われちゃうの!!」
「ええっ!? なんだか怖いなぁ……」
呪いのゲームか。遠乃の口から飛び出してきた単語に顔をしかめる。
かと言って、彼女の発言に対して真っ向から否定するものではなかった。
仮に僕だってこの倶楽部に所属している人間だ。こういうものに興味はあった。
「しかし、そんなもの何処で手に入れたんだ?」
「あ、言ってなかったっけ。何を隠そう、あたしの家に直接届いたのよ」
「と、届いたの!?」
「うん、それも郵送だったわ」
呪いのゲームとは、随分と原始的な方法で届くんだな。
どこか妙な気分になりながら、遠乃の手にあるCDを眺めてみた。
うん、清々しいほどまっさらだ。何も書かれていないし、傷も付いていない。
呪いの品と言われたが……とても、そのように僕には見えなかった。
「詳しくはこのサイトを見て! このゲームのことが載ってるわ!」
「えっ? ……うぉっと!」
そう疑問に思っていた僕に、遠乃が自身のスマホが投げつけてきた。
おいおい、精密機械なんだから大事にしろよ。そう呆れながらも目を向ける。
「うぅ……なんだか怖いサイトぉ」
そこに映し出されていたのは、オカルトや超常現象を専門としたサイト。
深い黒と赤を基調とした背景と胡散臭さが鼻につく見出しが僕の眼を刺激する。
カーソルを下に動かしていくと――それらしきものを発見できた。
『プレイしたものは発狂してしまう、呪いのゲーム!?』
おそらくこれだろう。あいつの口から呪いのゲーム、と言ってたし。
該当する記事を見てみると、体験談という形式で呪いのゲームが語られていた。
――ある日、見知らぬ人から一枚のCDが送られてくる。
CDには呪いのゲームが保存されていて、それを始めてしまうと呪われる。
呪いを解く方法は一つだけ。完全に呪われるまでにゲームをクリアすること。
もし完全に呪われたたら、自我を失い、人として死んだ状態になるという――
内容を要約するとこんな感じだ。
噂自体は実にシンプルな話で、僕たちには見慣れたもの。
「……ぶるぶる」
案の定、怖がりの雫は……涙目で僕の腕に強くしがみついていたけど。
女性特有の良い香りと腕に当たる柔らかさで、恥ずかしい気持ちになる。
「雫、大丈夫か?」
「えっ! あ、ごごごごめんね!! すぐ離れるから!」
「あ、ああ。構わないよ」
声をかけると、顔を真っ赤に染めて離れる。無意識の行動だったようだ。
「んで、どうだった? 記事を読んで」
「お前がこの正体不明のゲームを怪異と断定した理由はわかった」
「そういうこと。今のあたしと状況が当てはまってるのよね~」
だから遠乃は送られてきたCDを呪いのゲームと考えたわけか。
遠乃があれほど興奮していたのも、張り切って調査に乗り出したのも頷ける。
「説明も終わった所で、さっそく初めましょ! サークル用のパソコンは?」
「あ、あれ? そういえば……どこにあったっけ」
パソコンか。普通ならここでは使わない代物だけど、それなら……。
「この前の調査で撮った写真の編集をするために、千夏が持っていったぞ」
「はぁ? 今日に限って!? うーん、なら一刻もあいつを早く連れ戻して――」
「遅れましたー!」
聞き慣れた甲高い声と同時に、扉が大きく開かれた。
部室に入ってきたのはショートヘアの、中学生と間違われるほどの小柄な少女。
でも顔立ちはしっかりとしていて、年相応の落ち着きを感じさせるものだった。
「遅いわよー!」
「すみません。新聞部で色々とあったものですから」
ちなみに他のサークルと掛け持ちをしている唯一のメンバーでもある。
新聞部所属だけあって、千夏のマスメディアを用いた情報収集能力は高い。
ここに入ってくる怪異や超常現象の情報源は、遠乃か千夏が大体を占めている。
「ま、それはいいわ。そんなことより、サークル用のパソコン持ってる?」
「……え? あ、はい。持ってますけど」
「なら、さっさと差し出しなさい!」
遠乃に言われるがまま、千夏は鞄からパソコンを取り出すと渡した。
対して遠乃はそれを受け取ると、心が踊っているような様子で準備をし始める。
事情を知らないと変な遠乃の態度に、千夏は首を傾げながら隣に座ってきた。
「何なんですか、あれ」
「見ての通りさ。パソコンを使ってるんだよ」
「遠乃先輩がパソコンのような人間の機器を使おうとするなんて驚きですね」
「……君ってさ。意外と辛口だよね」
「ジャーナリストの卵たるもの、常に批判的思考であるべきですよ」
流石の遠乃も、そこまで頭の発達は遅れてないはずだ。
後輩に動物園の猿みたいな扱いをされている遠乃を、雀の涙は哀れに思う。
「これから呪いのゲームとやらを調査するんだよ。そのために必要なんだ」
「呪いのゲーム? 新しく発掘したホラーゲームか何かですか?」
「いやいや、アイツ曰く本物らしいぞ。何でも――」
「ねぇー、誠也ー! CDをパソコンで使うにはどうすりゃいいのー!」
「パソコンの左に小さなボタンがあるだろ。そこを押して、出たとこに入れろ」
「あ、ほんとだ。ありがとねー!」
……本当に大丈夫だろうか。色々と。
「やっぱり私も手伝いましょうか……?」
「お、お願いするよ。不甲斐ない先輩を助けてやってくれ」
「……心配だなぁ」
文明の機器を相手に悪戦苦闘する二人と、それを不安そうに眺める雫。
――それと一緒に、僕の日常は過ぎていく。
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