第10話 大虐殺
ランデル王国の王様は、今日初めて会ったおっさんの発言に酷く驚いていた。
いや、驚くというよりも戦を舐めない方が良いと言った表情であった。
恐らく伝説のドラゴンの力を信用してはいないのだろう。
「いいのですか? これは、ただの小競り合いではなく総力戦、長引くかもしれませんよ」
「構わないです。それに祖国が戦争とあっては、姫様も冒険に集中できないでしょう」
ビジューの方を軽くみた。
「姫様って呼ぶな。しかし、ドラゴン殿が王国の見方をしてくれるのはありがたい」
少し照れた様子で笑顔を見せる。レッドもこちらに向かって首を縦にふっていた。
仲間全員の同意を得ると、おっさん達の戦争参加が決定する。
「では、私達はもう出立しますので、戦場にてお会いましょう」
王様達はすぐさま鎧へと着替えて馬車に乗っていく。
後に続いて、おっさん達にも専用の馬車が割り振られた。
戦場に向かうまで、馬車内でしばしの時間が生まれたので、この世界の事をビジューから説明してもらった。
以下が内容である。
①この世界の大陸においてランデル王国は、極東に位置する小国にすぎない。
②隣国のガルーニャ連邦も同じく小国であるが、国力はガルーニャの方が上。
③人間が統治する国は、小国しか残っていない上に極東に集中している。
④極東がなぜ維持される理由は、進軍するメリットが魔人側にとってないからである。
その不便さが人間の国を存続させていた。
〈ガタッガタッ〉
説明を受けながら、揺れる馬車の中で三人は引き続き話し合っていた。
馬車の中といっても乗り心地は最悪で、硬い椅子が常に当たって体中が痛くなる。
しかし兵士長の表情は、乗り心地とは対照的に戦争へ向かうという状況下にありながらも明るかった。
伝説のドラゴンの力を目の当たりにしているので安心しているのだろう。
おっさんは腕を組み馬車の壁にもたれかけながら困惑していた。
「人間の国自体もう少ないのか… その状況でも国同士で争うのか」
ビジューは、顔を歪めながら言葉を選ぶ。
「お父様は何度もガルーニャ代表に協力要請を出し続けている。しかし無視されるのだ」
「簡単ですよ。強者は弱者の意見に耳を貸さないのです」
「ガルーニャ連邦の方が国力が上なのは確かだな。ははは」
レッドの心無い言葉をビジューが笑って誤魔化そうとしてくれたが、馬車内の雰囲気が少し悪くなったのでおっさんは外の景色を見ていた。
森を抜け、今いる場所は一面野原といった表現があっているだろう。
青々とした草木が一面に生い茂る。人の気配が一切ない自然の中だ。
しかし出発前の王様の説明を思い出すと、戦争とは無縁なこの地が戦場らしい。
外の景色が、草木から王国兵達の姿へと変わっていく。
馬車が王国兵の大軍の前で止まると、馬車を率いている兵士が馬車内のビジューに報告してくれた。
「姫様!戦場に到着いたしました」
「ありがとう兵士君。さ、姫様降りるぞ」
「姫様いくわよ〜」
「だから… 姫様って言うな」
おっさん達はゆっくりと歩き出したが、行き先は兵士達の野営地ではなく見晴らしの良い丘だ。
異世界での戦争というものが、どんなものかを知るために。
〈ザッザッ〉
丘に登ると衝撃の光景が目に映った。
地面が人に覆い尽くされている。一体どれほどの人間が戦火に身を投げるのだろうか。
「ビジュー。この戦争、何人参加してるんだ?」
「こちらが30万で、ガルーニャ側は50万ほどだったかな」
「目の前に30万人いるのか…」
「いいや。ここは右翼の10万しかいないぞ。左翼が3万で、中央が17万だ」
「!!?ここが主戦場じゃないのか?」
ドラゴンの力は信用されていなかったのだ。おっさん達が配置されたのは右翼、重要な戦場であることに変わりないが主戦場ではない。
重要な戦場。その通り、もう既に王国兵10万という大軍の動きが慌ただしくなっている。
〈カンカンカンカンカン〉
開戦の鐘が、耳をつんざく程の尖った音で鳴り響く。戦争の火蓋が切って落とされたのだ。
しかしおっさんはこの時、王国と連邦どちらが勝利するのかといった次元の事は考えていなかった。
(人類が互いの戦力を削り合うのは馬鹿げている)
せめて片方の戦力だけでも温存させなければ、そう思うと居ても立っても居られずに戦場の方へと走り出していた。
「おれ、さっさと右翼潰してくるわ」
「え?ドラゴン殿何を言って‥」
〈バサァ〉
ビジューの制止を振り切りドラゴンに変身しながら前方に飛び立つ。
そしてそのまま伝説のドラゴンは、王国右翼軍の上空を猛スピードで通過して、敵軍を広大な草原もろとも地獄の業火で一面真っ赤に染めあげた。
ドラゴン通過後の光景は、ランデル王国軍右翼がきっちりと記録に残している。王国右翼軍に対するガルーニャ連邦軍17万は、対峙する際には既に大量の灰だったという。
さらに詳細な記録をみると、先頭の兵士達の証言が残っていた。
赤いドラゴンが火を吹きながら高速で移動し…燃え上がるガルーニャ軍兵士が、自身の体を地面に擦り付けて火を消そうとしている姿がまさに地獄だった。と
17万の大軍を一瞬にして灰へと帰されたガルーニャ側では報告に時間差が発生し、未だに17万が維持されていると考えていた連邦代表が、本陣で酒を貪っていた。
代表は、醜く太っている。
「ははは。ランデルなど捻り潰してやるわ!一気に潰せるまで蓄えた戦力でな」
優雅に酒を貪る代表の前方から兵士が走ってくる。その表情は非常に暗く、思いつめたような顔である。
「報告します、我らが対ランデル軍右翼17万が消滅しました」
「は、誤報だろ?何馬鹿げたこと言ってる。いい報告をよろしくなって軍長に伝えておいてくれ」
連邦代表は酒を貪り、全て飲み干すと陽気に馬に跨り国へ戻っていった。
〈ザッ〉
代表とすれ違い様に本陣へもう一人、一般兵とは異なった鎧を装着する老兵が訪れている。
「我が代表は何と愚かな人間よ」
「軍長。どうしましょうか?」
兵士から軍長と呼ばれている男は、白く長い髭を蓄えた老人である。
「元々、講和で早く戦争を終わらせるつもりだった。ランデル王国に使者を出してくれ」
指示を出した矢先に、また違う兵士が遠くから走ってくる。その様子を見て、軍長は呆れて髭を触っていた。
「今度は何じゃ?」
「上空から猛スピードでこちらに接近する物体が」
報告をしている途中から、兵士の後方に黒い塊が見え始める。肉眼でもこちらに急接近しているのが分かるほどだ。
そして
〈バサァバサァ〉
本陣に、翼が風を切る轟音が響き渡り、咆哮するドラゴンが上空から舞い降りた。
その光景を見て軍長は、ほんの少し固まったが状況を理解し顔つきが変わる。
「ドラゴンか、大軍が消滅したというのは本当かもしれんな」
腰につけた剣に手をかけ、相手の様子をうかがっていた。
「お前が軍のトップか?これから何をするつもりだ」
「ドラゴンが喋るのか… まぁいい、私が軍の長だ。これから王国へ講和の使者を送るつもりじゃよ」
軍長は全く怯まず抜刀し戦闘態勢に入っている。ドラゴンは、その言葉を聞いて少し考えるような素ぶりをしてから口を開いた。
「お前はまともそうだ。命を助けてやろうか?その代わり国を乗っ取ってもらうが」
空中で風を切りながら進む中で、敵本陣に辿り着く間に考えていたのだ。どのようにすれば人類の戦力を維持できるのかを。
その考えた末に出た答えが、国を乗っ取って戦争を早期に終わらせるという手段だったのだ。
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