3. /禅問答

3. /禅問答


「あと一週間で試合だけど、教えた練習をずっと続けるだけで夜空ちゃんはいい。そして、最後に重要なことを教えるよ。これはもっと先になってからでもよかったと思うけど、今の夜空ちゃんにはやっぱり必要かなって。あ、先生には教えたってこと言わないでね」

 夜空は無言で師範を促す。

 5月末の朝とはいえどまだ朝露が冷たい時期であり、夜空は頬に湿りを覚える。

「これはずっと精神統一をさせてた理由でもあるんだけどね」

 師範は少し息を吸う。

「決して戦ってはいけない」

「それはどういうことですか!」

「うわっ。びっくりした!」

 師範は身軽に飛び上がってみせる。その身軽さが夜空には妬ましいものだった。

「ふぅ。うちの独自の流派、『名無しちゃん』はね、とても実技的な技術を教えている。つまりは、過激な言葉で悪いけれど、『人を殺すこと』に特化し過ぎた流派なんだ」

 しばらく師範は夜空を見つめていたが夜空は無言を決め込む。

 恐らく流派名を突っ込んでほしかったのだろうと夜空は分かっていたが、面倒臭いので早く続きを話せと無言で促す。

「でも、競技はしっかりとした型や打つ場所なんかが決まっている。だから、いつもの調子でやっちゃうと当然減点を食らっちゃう。それどころか、一発退場かもしれない。僕はそれを知らなかったから、一発退場でね。先生も教えてくれればよかったのに、あの人、何も言わなかったからな。きっと、夜に酒のつまみとして楽しんでいたに違いないよ」

「私は一つも型などを教えていただいていないのですが」

「うん。多分それでいいかな。型なんて明確に守らなくていいし、夜空ちゃんはまだ6才で始めて2年も経ってないんだから、見逃してくれるよ」

 夜空は師範のいい加減さに眉をピクリと震わせる。

「しかし、戦ってはいけないとはどういうことですか。競技であるということは理解していますが、武道であり、相手がいる以上、戦わないという心構えは失礼に値します」

「失礼でもなんでもいいんだ。別に手加減をしろとは言ってないよ?教えたことを守ってくれればそれでいい。体は戦う姿勢でいいんだ。でも、心は戦ってはいけない。戦うつもりで競技に臨んでほしくないんだ」

 ずっと必死でやってきた夜空にとってそれは一番難しい指導だった。

「そして、これからもずっと、戦うつもりでなぎなたを振るって欲しくない。これは月影先生も同じ考えだ」

 父親のことが出て夜空は少し動揺する。師範がいつものようにあやふやに答えるのではなくはっきりとそれが父親の意思であると告げたので動揺もいつもより大きかった。

「これは『名無しちゃん』の教えには書かれてないんだけど、代々、『受け継ぐ者』にだけ伝えられているものなんだ。秘伝だと思ってもいい」

 秘伝という言葉に夜空は体をこわばらせる。だが、夜空には疑問が残っている。

「戦うつもりで競技の臨んではいけないという理由は分かりました。けれど、それでは何もなせないではありませんか」

 夜空の脳裏には姉の姿が浮かんでいた。

「私はお姉ちゃん――姉のためにも強くならなければなりません。強くなって魔法少女にならなければ――」

 師範は夜空の前で残念そうな顔をした。夜空がその顔を見るのは師範に初めて稽古をつけてもらったとき以来だった。

「本来、ヒントを出すのもNGだけど、可愛い夜空ちゃんのためにヒントをあげよう」

 その時だけ夜空の目には師範が師範らしく映った。

「なんのために戦うのか。その答えを試合までに見つけて欲しい」

 だが、師範らしく見えたのは気のせいだったと夜空は肩を落とす。

「さもないと、君はきっと試合に勝てない」

 夜空は胸に冷たさを感じる。胸から一閃されたような冷たさを。夜空は師範の冷たい口調に怯え、思わず自分の胸を見てしまった。

「こらー!夜空ちゃんをいぢめるなー!」

「「げっ」」

 夜空と師範は揃って声を上げてしまった。

 ずかずかとかつてのすり足を忘れてしまったように道場の入り口から灯が駆けてくる。

「お姉ちゃん!?どうして?」

「あっかりーん!?何故ここに!?」

 灯はぷんすかと自分の口で言い、両腕を腰にやる。

「それは腐れ外道が夜空ちゃんを、わたしの可愛くてかわいくてお腹の中に入れても味が残っている夜空ちゃんを腐れ外道がいぢめるからだ!」

 灯の張りのある声が道場中に響き渡った。

「二度も腐れ外道って呼ばないでくれるかな!?」

「じゃあ、そ×ん」

「見せたことないよね!?というか、見せちゃうと刑務所行きだよね!?塀の中の懲りない面々になっちゃうよね!?それと、女の子がそんな言葉をいうのは腐れ外道、どうなのかなって思うよ!?月影先生に瞬殺されちゃうのは僕なんだからね!?」

 夜空は状況に戸惑い、自分の把握できる認識の許容量を超えてしまったので現実逃避を始める。

(ああ、秋だなあ)

「ああ、そういうのいいから。粗×ンは黙ってて。そして!忘れてたけど!夜空ちゃん!」

「はい!?」

 急に現実に戻され、夜空は困惑する。

「あなた、今日、遠足でしょう?早くしないとバスに乗り遅れるわよ?」

「行かない」

 夜空ははっきりとそう告げた。

「どうして?」

 夜空は一週間前のことを思い出していた。


「レクリエーションだぁ?」

 夜空は耳を塞ぎたくなる気持ちを必死で抑える。他の班員の様子を見ても夜空と同じような顔をしていた。

「なんで俺がレクリエーションなんざやらなくちゃなんねぇんだよ」

 夜空のこめかみがぴくりと動く。だが、先週の記憶が夜空の自制心を掻き立てた。

「でも、やらないと怒られるし」

「はぁ!?怒られるだと?テメェは怒られるからやってるのかよ。はん、薄ノロが」

 その日は先日花火に殴られかけた少年ではなく別の男子がリーダー役をやっていた。とはいえ、どの団員も花火に恐れをなしていて、場の空気は最悪だと夜空は思っていた。

「そもそも、俺は遠足なんかにはいかねえよ」

 夜空はその言葉に疑問を覚えるとともに、安堵している自分にも気がつき、そこそこ複雑な心境であった。

「どうして?」

 女子が不思議そうに尋ねる。花火はその女子を鬼のような形相で睨むので女子は一寸法師のように縮こまってしまう。

「意味がねえからだよ。なんだ?勉強するわけでもなく遊びに行くだけの遊戯だろうが。時間の無駄なんだよ。俺は無駄が嫌いだ」

 夜空は同じようなことを考えていたので、さらに複雑な心境になった。

「光さん。遠足は無駄なことではありませんよ?」

 担任が硬い口調でそう言った。顔をなんとか笑顔にしようとして失敗しているのがなんとも不気味に夜空は感じる。ちょうど夜空が描いた人物画がそっくりなのだった。型崩れして原形をとどめていない、人の顔なのかさえ判然としない顔。

「遠くに行って、お前を捨てて――じゃなくって、色んなことを知って、そして、将来何になるのかを勉強するとはいってもどうせなりたいものにはなれねえけどな――ではなく、そういうお勉強の一つというか、こっちがお前らの娯楽に付き合わされるだけの割に合わねえ仕事――なんですよ?」

「なるほど。よく分かった」

 その言葉を聞いて夜空は耳を疑う。あの花火が納得している姿は他のクラスメイトから見ても新鮮だった。

「じゃあ、勉強なんてしねぇよ。ついでに学校にも来ねえ」

「勝手なことほざいてんじゃねえぞ。く・そ・が・き・が」

 担任と花火とのやり取りを見て目をつぶり耳を塞いでいるものが大多数だった。6才らしく煽ろうとするものなら、どのような惨劇を産むか。最近の小学生は利発だと夜空は小学生ながら感心した。

「ったく、それでも大人かっての。クソガキにガチってんじゃねえよ。じゃ、俺は帰るからな」

「待ちなさい!」

 担任が教壇から花火のもとに向かうより早く花火はナップサックを手にして教室から出て行く。その身軽さに夜空は開いた口が塞がらなかった。

(近くにいた私でも捕まえることができなかった)

 花火は羽のように軽く体をさばき、即座にどの生徒からも手の届かない範囲まで逃げ去っていたのだ。

 担任もまた、花火が去っていった出口をポカンとした表情で見つめている。心はそこにはない様子だった。

 すると、またひょっこりと花火が出口から顔を出した。

「もう、冗談はいい加減に――」

「給食だけは食いに来るからな。俺が金を出してるんだから、当然だな。きちんと残しておけよ」

 そして、そよ風の如く去っていき、花火は再び教室に姿を現すことはなかった。

 その後の授業は殺風景なほど静かで、誰も開いた口が塞がらないまま終了した。その後の休み時間に友達同士で開いた口を無理矢理塞ぎ合っている姿を見て何の前衛美術なのかと夜空は目を薄くして次の授業に備えた。自分で、開いた口を夜空は塞いだ。


「意味がねえからだよ。なんだ?勉強するわけでもなく遊びに行くだけの遊戯だろうが。時間の無駄なんだよ。俺は無駄が嫌いだ」

「夜空ちゃん……」

 灯が心配そうに夜空を見つめているのを見て、夜空の胸はひどく痛んだ。

「保育園のお遊戯、いつも木の役だったもんね」

「背が足りないからいつも地べたに根を張ってたけど」

「急に偏差値高い会話してるね。本当に二人とも小学生なの!?」

 夜空と灯は互いに顔を合わせて、溜息を吐く。

 師範はなんでこんなに年下から敬われないんだろ、とぶつぶつ呟いていた。

「夜空ちゃんがそういうならそれでもいいけど」

 その言葉に夜空は反感を抱く。

「ダメだよ。あっかりーん。家族ってのは子どもを甘やかしてはいけないんだ。そういうのは猫型ロボットの役目だからね」

 珍しくまともなことを言ったな、と夜空は師範を白い目で見る。

「遠足は見聞を広め――」

「それは前にやりました」

 師範は一瞬後には道場の端で座り、肩を落としていた。時間がそこだけ切り取られたように見えて夜空は少し驚きはしたものの、芸の多さから、この人はマジシャンでもやっていた方がいいのではないかと夜空は思った。

「それに、きっと、答えが見つかるかもしれない」

「きっとのあとにかもしれないなんてつけると説得力に欠けるんですが」

 すると師範はくるくると床に円を書きながら、ぶつぶつと小言を言い始める。

「師範が私と本気で戦ってくれるのなら、行ってもいいですが」

「それはダメだ」

 師範は一瞬で二人の傍に戻ってきて言った。足音一つ立っていないので、本気で時間を止める能力があるのか、それとも時間を飛ばす能力でもあるのではないかと夜空は疑った。

「でも、もし条件を満たせれば戦ってもいいかな」

「それは、なんですか」

 ごくり、と夜空は唾をのむ。指先が妙に震えて、それを隠そうと道着の端を震える指で握る。

「親友を作ること。それは自分が親友だと心から思える存在じゃないといけないし、僕なら夜空ちゃんが嘘をついていることくらい分かってしまうから、うん。そういうことで」

「お姉ちゃんも分かるけどね」

「どうして?」

 親友を作ることという条件以上に嘘がバレてしまうことの方が夜空には気になった。

「だって、夜空ちゃん、分かりやすいもん」

「そうだね」

 夜空は思わずムッとする。少し口を尖らせたところを見て師範と灯はくすくすと笑う。

「夜空ちゃんは素直だね」

 夜空はなんだかバツが悪くなって、急いで道場を後にした。


「遅いぞ。ツンツン女」

「……」

 夜空は眉をひそめて花火を睨む。

「なんだよ。言いたいことでもあんのかよ」

「どうして来てるの?遠足には来ないんじゃなかったの?」

「一々みみっちいことを覚えてるよな」

 あれだけのことがあって覚えていないものはない、と夜空は心の中で毒づく。

「ったく、みんなテメェのことを待ってたんだぞ。早くバスに乗れ」

 夜空は遠足のバスを見上げる。他の組のバスはすでに発っていて、夜空の組のバスしか残っていなかった。そのバスにはぎゅうぎゅう詰めに生徒たちが乗っていて、夜空のことなど関せずにそれぞれおしゃべりをしていた。

「ほら。ぼさっとしてんなよ」

 花火はくるりとバスの方に向き直り入り口からバスに乗り込んだ。夜空も同じくバスに乗り込む。

 バスに乗り込んだ夜空はみなに向かって謝った。

「申し訳ありません」

 夜空は精一杯の声を出したつもりだったが、みんなしゃべりに夢中で夜空のことに気がつく者はいない。

「もう出発してもよろしいでしょうか」

「ああ、いいぜ。全員そろったからな」

 何故花火が出欠をバスの運転手に報告しているのか夜空には分からなかった。

「ほら。バスが出るぞ。早く座れ」

 花火は隣の席をポンポンと叩いて示す。そこの他に席は空いていなさそうなので夜空は渋々花火の隣に座った。

「シートベルトを忘れずにな」

「一々うるさい」

 夜空は少しむずがゆいような気分だった。まるで母親に言われているように感じたからだ。

 花火はどこからかマイクを取り出すと席の上のコネクタに差し込む。

「テメェら!耳の穴かっぽじってよく聞けよ!」

 ただでさえ大きな花火の声がマイクによって増幅されたので、運転手以外はみなその場で耳を塞いだ。運転手はなれているのか、そのままバスを発進させる。

「死にたくなけりゃ、シートベルトしな。もししねえのなら、俺が殺しに行くぞ!」

 事故に遭うよりそちらの方が怖い、と、バス中にカチャカチャという音が響き渡った。

「じゃあ、レクリエーションまで適当にだべってな」

 そういうと花火はマイクの電源を切り、コネクタからコードを引き抜く。

 一息ついた花火に夜空は尋ねる。

「どうしてアンタが仕切ってるの?」

 すると花火は無言で後ろの席を見ろ、と顎を動かす。

 夜空はそっと後ろの席を見ると、そこには放心状態の担任が座っていた。

「まさか、ワームに――」

 それは最悪の事態だった。夜空はまだ遭遇したことがないものの、世界には人の心を食い尽くす存在がいると聞かされてきた。それを退けられるのが魔法少女だった。

「ああん?なんだそりゃ。コイツはなんだか知らねえ芸能人が結婚したとかで落ち込んでるだけだよ」

「声優よ!」

 担任は金切り声を上げるが、夜空たち以外に聞いている生徒はいないようだった。

「まさか、島根くんが結婚するだなんて!まだ若いからって油断してたのよ!くそっ。声優なんて嫌いだァ!」

 夜空は大したことではないと分かって、席に深く座り込む。気持ちが落ち着いたことで急に疲れが回ってきた、と夜空はゆっくりと息をする。すると、花火が夜空を見つめていることに気がついた。

「なによ」

「なんでもねえよ」

 花火は不愛想に言い放つとそのままぷいと窓の外に視線を移す。

 夜空もまた、花火に話しかけることもなくそのまま時間は流れた。


 バスが山道に差し掛かったところで夜空は不快感を覚える。

(疲れている、のかしら)

 頭がぐるぐると回るようで吐き気がする。後ろの席にいる教師に訴えようにも動くだけで不快感がこみ上げてどうしようもない状況に陥ってしまった。

(ヤバい。死ぬ)

「ほらよ」

 花火が夜空に何かを差し出す。

「なに?これ」

「酔い止めだ。ったく、こんくらいで酔うとか軟弱なんだよ」

 夜空は初めて乗り物酔いを体験したのだった。

「飲み物くらいは自分で何とかしろ。薬を飲んですぐには効果が出ないから、窓の外を見てろよ。なるべく遠くをだ」

 夜空は薬を受け取り、口に含む。そして、持って来ていた水筒からお茶を取り出し、一気に薬を喉の奥に押し込んだ。

「ありがとう」

「しゃべると酔うぞ」

 夜空は花火の言う通り、窓の外の景色を眺める。窓の外からは隣町が一望できた。

「ねえ、どうして――」

「しゃべんなよ。鬱陶しい。ただ単に隣でゲロをされたくなかっただけだよ。わかったら大人しくしてろ」

 夜空は花火の言葉にムッとする。けれども、今は感謝の気持ちの方が大きかった。

 花火のことがよく分からない、と夜空は思った。

「なんだよ。じろじろ見るなよ」

「窓がそっちにあるんだから仕方ないじゃない」

 花火はまたもぷいと窓の方に目を向けて夜空の方を見ることはなかった。

 ただ、一度だけ、

「酔いが落ち着いたらレクリエーションとやらをやるぞ」

 と呟いていた。


「で?なんで俺が前に立ってやらなくちゃいけない?」

「そういう役回りだからでしょ?」

 花火が帰った後、班の話し合いで夜空と花火が発表する役となったのだった。花火は打ち合わせもしていないので主に夜空が進行する役割となる。

「そういうのを雑用を押し付けられたって言うんだぜ。損な役回りか?」

「その根源であるアンタに言われたくはないんだけど」

 しかし、その通りであると夜空は分かっていた。それでも引き受けた。誰かが損な役回りを受けなければならない。世界はそのようにできている。

「まあ、いいや。それよりも何するんだ?」

「なぞなぞ」

「ありきたりかよ!」

 だが、準備期間も短い中で大きなこともできようはずがなかった。

「で?問題は?」

「考えてもらってる」

 夜空は班員から受け取ったメモを開く。

「それよりも先に注目してもらわないと」

「いいんじゃねえか?そっちの方が緊張しなくて済むだろう?」

「アンタでも緊張するんだ」

 花火が普通の女の子に一瞬思えて夜空は胸をなでおろす。

「いいや、お前がだよ」

 そう言われて、夜空は花火が再度怪物のように思えてならなかった。

「お前、自分では気づいてねえだろうけど、いっつも肩ひじ張って、ロボットみてぇだぜ?そんなんだから友達ができねえんだよ」

「アンタが言うの?」

 そう返したものの、夜空は周りから自分がどう思われているか少し気になった。あまり気にしたことがなかったゆえに新たな発見に少し感動している節もある。

「はん。俺は他人なんて気にしねえからな」

(確かに、あの破天荒ぶりには呆れを通り越して尊敬してしまうほどだし)

「それより、ぱっぱとやっちまおうぜ。面倒事は嫌いだからな」

 それでもやろうという意思があることに夜空は複雑な心境を抱く。夜空の中で少しずつ花火の存在が変わってきている時の、変化がそのような複雑な心境を抱かせていた。

「では、第一問。朝は4本、昼は2本、夜は3本の足を持つものなーんだ」

「何のひねりもねえな。こりゃあ、適当に本で探してきたもんだろ」

「それにしてはそこそこマニアックね」

 案の定二人の発表を聞いているクラスメイトはなく、二人は答えを発表することにする。

「答え、書いてないわね」

「そうか。で?答えは?」

 にやり、と夜空は妖し気な笑みを浮かべる。

「さて。なんでしょう」

「なんで俺に聞くんだよ」

 動揺した花火の姿を見て夜空はより喜ぶ。

「だって、答えが分かっているようだったから。私、分からないわ」

「あ、ああ。そうだな。答え……答えか。あれだなシンゴジラだろ?」

「時代分かってる?」

「虚淵が俺から発想を得たとかそういう設定でいいんだよ!とにかく、答えはなんなんだ」

「え?人間じゃない」

「は?」

 花火が喧嘩を売っているのかという顔で夜空を見る。だが、夜空は取り合わず、答えの説明をする。

「スフィンクスのなぞかけがモデルでしょうね。赤ちゃんの時は四本の手でよちよちして、大人になると二本で歩く。そしておじいちゃんになると杖を突いて三本足で歩く」

「最後のは納得いかねえな。スフィなんとかってやつは頭悪いのか?」

「ちなみに答えられないとどうなったんだっけ。石にされちゃうか魂を食われるんじゃなかったかしら?」

「物騒だな」

 花火はバツの悪そうな顔をした。

「ほら、次だ」

 夜空は次のメモ書きを取り出す。

「頭は竜巻、耳は異次元、体はヒトデで背中はサンショウウオ。両腕に殺し屋の技術を持ち、足は骸骨、しっぽに蟹をもつものなーんだ」

「ふーん。答えは?」

「ないけど」

 ただ、夜空には正解がなんとなくわかった。

「どう?正解は分かった?」

「お前はどうなんだよ」

「ズバリ、イルカね」

 その答えを聞き花火はどっと笑いだす。

「何がおかしいのよ」

「いやな、頭が竜巻って時点ですぐに分かると思ってたからよ」

 どうも夜空の考えていた答えとは違うようで夜空は真剣に答えを考える。

 頭は竜巻。

 耳は異次元?

 体はヒトデ……

 背中にサンショウウオ。

 両腕に殺し屋の技術。

 足は骸骨?

 しっぽに蟹?

「やっぱ分からないわ」

「答えは暴君怪獣タイラントだ」

「なにそれ」

 そんな問題をなぜ班員が考えたのか夜空には謎で仕方がなかった。

「ウルトラマンの怪獣だよ。性格にはタロウだが。7体の怪獣を繋ぎ合わせて作られた怪獣だな」

 花火が喜んでいることが夜空には癪でならなかった。

「ほいで?次は?」

「もうない」

「仕事しろよ」

 確かにそうは思うものの、考える時間を削った要因は一体誰なのかと夜空は憤慨する。

「まあ、これで終わってもいいんじゃねぇか?」

「ちょっと待って」

 どうせ答えが出ないことは分かっていても夜空には尋ねたいことがあった。

「なんのために戦えばいいの?」

「ったく、つまらねえこと聞くんじゃねえよ。さっさと終わるぞ」

 そう言って花火は席に戻ろうとする。夜空は仕方なくマイクをコネクタから外す。

「おい、テメェ、電源切ってからじゃねえと――」

 花火が口にした時にはすでに遅く、バス中に不快な音が響き渡った。


 バスを降りるとそこは野原だった。バスを降りて野原で弁当を食べ始める。本来は班で食べる予定だったが、担任が無力化してしまっている以上、もう好き勝手になっていた。

 真面目な夜空はそのことに本来ならば憤慨するのであったが、クラスメイトと食べることに慣れておらず、そちらの方が好都合、とクラスメイトから離れた場所でシートを広げ、食事をとり始めた。

「おう。相変わらずボッチ飯か」

「悪い?」

 師範の言葉によってともだちを意識し始めていた夜空はからかうような花火の口調にムッとする。

「テメェがそうしてえっつーんなら、それでもいいんじゃねえか?」

 夜空は改めて花火の姿を見据える。

 みなはリュックサックだというのに花火は相変わらずのナップサックだった。

「アンタは食べないの?」

「食べるがな。お前が寂しがってると思ってな」

「気持ち悪い」

 夜空は花火と少し心を通わせることができるようになっていることに気がついたが、そのもどかしさをうまくコントロールできずにそう言ってしまった。

「はっはっは!お前、素直すぎるだろ」

 花火が突然笑い出したことに夜空は目を丸くする。

「なんだよ。おかしなところでもあるのかよ」

 目を丸くしている夜空に気がつき花火は眉をしかめた。

「別に。ただ、アンタが笑ってるところを見たことがなかったから」

「そう……か」

 花火は視線を下に落とす。

「遠足だからって浮かれてるんだろうな」

 そういうと花火はナップサックをごそごそと漁り、カメラを取り出す。縦長でレンズが二つもついた、見たことのないカメラだった。

「なに?それ」

「ほら。いつものようにしかめっ面をしろよ」

 その言葉を聞いて夜空は意図せずにしかめっ面をしてしまう。夜空がしまった、と思ったときにはすでに小さなシャッター音が鳴っていた。

「何の用?」

「ああ、シートがねえから、お前のを借りようと思ってな」

 そういうと花火は座っている夜空の背面に回り、どかんと腰を下ろす。

「図々しいぜおい」

「そりゃ何よりだ」

 花火は小さな弁当箱を取り出して食事をとり始める。夜空は少し体が熱くなった気がして、どうすればいいのか分からなくなった。

「月が綺麗ね」

「ボケてんのか?」

 そう言われ、夜空は思わず咽てしまった。

「オイオイ。大丈夫かよ」

「ふふっ」

「なんだよ」

 夜空は自分でも何故笑っているのか分からなかった。けれど、今はそれ以上に清々しいという気持ちが夜空の心に風を吹かせていた。

「なんか、アンタって悪い奴じゃないんだなって」

「俺は悪者だ」

 なんだか似たような言葉を聞いた気が夜空はしたが、どうでもいいと思い直す。

「でも、私のことを心配してくれてるみたいだしね」

「そんなんじゃねえよ。俺は俺のことだけを俺の好きなようにやっているだけだ」

 ふと、夜空は花火のことをもっと知りたいと思った。

「そのお弁当はお母さんが作ったの?」

「……」

 反応がないので夜空は後ろの花火の様子を探る。表情までは見えなかったが、肩が震えているのを見てとって、何事だろうかと訝しむ。

「あ、ああ。そうだな」

 花火は途中にもかかわらず、弁当をナップサックにしまい込む。

「そろそろ出発だから、早く食えよ」

 そう言って花火は立ち上がった。

 でも、と言いかけて夜空は言葉に詰まってしまう。

 恐怖が夜空に言葉を発することを止めた。

 花火が去った後、箸でご飯をつつきながら夜空は考える。

(そう。私はきっと怖いんだ。誰かと接することが)

 己が傷付くことを恐れ、心に武器を持った。それは心を守る盾と心を傷付けられないための剣。しかし、盾は剣任せであるゆえに薄く、それ故に武器を振り回して他人を遠ざけることしか知らない。

 普段の夜空ならその恐怖を克服しようとしただろう。しかし、まだ幼い夜空には早すぎる変貌かもしれなかった。


 その後、ロープウェイで小さな山の山頂まで登り、そこで少しレクリエーションをした後、遠足は終わった。帰るまでが遠足とは言うものの、帰りのバスではほとんどが寝ていて、行きとは違い静かなものだった。

 ロープウェイでは花火が写真を撮りまくり、夜空が諫める場面もあった。楽しそうな花火は夜空には新鮮で、この一日は悪いものではなかったと夜空に思い込ませた。

 帰りのバスでは夜空も眠っていた。夜空は知らぬうちに花火の肩に首を載せていた。

 その温かさを感じながら、花火はうっすらと微笑む。

「ったく、ほっとけないっての」

 花火の瞼も次第に重たくなってくる。

「でも、ダメだ。近づけば近づくほど俺が火傷することになるんだからよ」

 花火は眠ろうと決め込み、瞼をそっと閉じた。


次回予告☆

「なんだかんだであっさり終わっちゃったね☆遠足☆」

「そうだな。それと、俺に寄りかかってくんなよ。重たいんだよ」

「女の子にそんなことを言うのはダメだぞ☆」

「本編とのテンションの違いに驚くな」

「それは今回の話を見た読者も思ってるよ☆」

「どうせいないだろうけどな。カクヨムだろ?」

「本家もそれほど読んでいる人はいないけどね☆」

「自虐がひでぇな」

「自虐だけで回ってるもんだからね☆本家の『死亡業種は――魔法少女で!』についてなんだけど☆」

「作者の言葉を代弁させられるのは大変だな」

「まどマギを意識したっていうのはあったけど、まさか、ここまでそっくりになるとは作者も思ってなかったからびっくり☆特にネットで色々調べるとパクリと言われても仕方がないってのが多くてね☆」

「ある意味テンプレじゃねえか?」

「そうかも☆作者、テンプレとかすごく苦手だけどね☆」

「そうだな。最近考えた話は勇者が悪に落ちていく話だからな。それもメガテンもろパクリだが」

「目新しい作品をぽっと出してもそれほどブームになるってことは少ないからね☆はまればガンダムとかエヴァみたいにブームになるけど、すぐにとはいかないものだし☆」

「で?そろそろ幕切れといくが」

「次回は多分試合編☆作者が当初おもってたより全体的に分量は少なくなるわね☆」

「まあ、いいんじゃねえか?一応純文学風を目指したんだろ?あんまり事件が起きねえからそんなもんでいいだろ」

「それと、近藤勇☆」

「なぜ突然近藤が出てくる!?」


次回、『なんとか精神的に落ち着き始めました』。

「自殺はするなよ。ったく、ほっとけねえ」


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