4. mind trooper
4. mind trooper
夜空は朝早くから大会に向けて準備をする。前日のうちに道具などの準備は済ませていた。体を動かし気持ちの準備をするのだった。
「今日は大会だったのだな」
「おはようございます。父上」
夜空はなぎなたを振ることを辞め、縁側に立つ父に挨拶をする。
「頑張って来いよ」
「はい」
父親にそのような言葉をかけられたことに喜び、夜空はさらになぎなたを振ろうとする。だが、そんな夜空を父親は諫める。
「あまり振らない方がいい」
「それは型を極めろということでしょうか。それとも――」
心に武器を持つなということなのかと問おうとして、夜空は言葉を飲み込む。秘伝のことは秘密にしなければならないと思ったからである。
「ただ単に無駄な体力を使うな、ということだ。大会では連戦となることだろう。まだ小学生になったばかりのお前は体力が乏しい。体力がなくなると集中力も乱れる。体を慣らす程度にして、あとは相手の動きをイメージしてどう動くかを考えよ」
相手の動きを考える、ということを問われて、多少道場に通う生徒と手合わせをしたものの上手くまとまらない自分がいて夜空は焦る。そんな夜空の様子を見て父親は言った。
「あまり肩ひじを張らんでもいい。競技に負けたからと言って死ぬわけでもないしな。負けてもいい。ただ楽しみたいという思いで競技と向き合え」
「父上は競技を楽しんでいましたか」
夜空の問いにしばらく考えた後、父親は言った。
「長らくは楽しむこともできなかった。俺には月影の責任というものがあったからな。だが、月影の本質はそこにはない」
「それはどこに?」
父親から家のことについて聞くのは初めてだった。
「いずれ分かる。そして、戦いを楽しむということも分かってくるだろう」
それ以上話すことはない、というように父親は奥に消えていった。夜空は軽く体操をした後、食事をとることにした。
遠足の後、だんだんと天気は崩れていき、ここ最近はずっと雨模様だった。梅雨が訪れたのだ。その湿気にうんざりしながら夜空は荷物をまとめて玄関を出て行く。
「今日、試合見に行くからね」
「うん」
姉にそう短く答えて夜空は家を出た。
しばらく家から歩き、バスに乗って体育館まで行く。バスには同じくなぎなたを持った小学生たちがいて、バスに乗ってきた夜空の方を時々見ていた。夜空も対戦相手となろう者たちの姿を気にはしたものの、自分より年上がほとんどだということを確認しただけで、その後はぼんやりとバスから景色を見ていた。
低い建物の間から、ちらりと建造中のタワーが見える。一体何のために建てられるのかよく分からないタワーだった。
(楽しむ……か)
今までの自分のなぎなたと向き合う時間が夜空には必要であった。
夜空はなぎなたを楽しいと思ったことはなかった。苦しいと思ったこともない。ただ、魔法少女になるためには必要な技術であり、姉の無念を晴らすために技術を磨いてきた。
(私は恐らく強い。力という面では。しかし、精神はまだまだ未熟だ。答えを何一つ見つけられないまま今日を迎えてしまった)
心に武器を持たないこと。心は戦わないということ。
何のために戦うかということ。
そして、楽しむということ。
幼い夜空にはいくら考えても答えは出なかった。
人間は経験から物事を理解する。だが、夜空にはその経験が少ない。
「やあ、夜空ちゃん。おはよう」
夜空を体育館で迎えた師範は大きく欠伸をする。
「大会での手続きやらは僕の方で済ませるから、夜空ちゃんは試合に集中してくれればいい。今まで学んだことをここで発揮する気持ちで頑張ってね」
「師範」
夜空は気迫のない声で師範を呼ぶ。
「私は未だ何一つ答えを出せていません。このままでは――」
「いいんだよ。それで」
夜空は師範の言葉が信じられず、師範の顔を見る。眠たげではあるもののいつもの師範の顔であった。
「秘伝って言うからには普通もっと時間をかけて答えが見つからないといけないものだからね。そう急ぐ必要もないんだ。ただ、頭の片隅にはその問いを持ち続けて欲しい。そうしないと答えは一生でないからね」
夜空は無言でうなずく。
そして、試合への準備を始めた。
防具を身に着けた夜空は場の中央に坐する。相手も同時に坐し、軽く礼をした後、立ち上がって試合を始める。相手は夜空より年上の女子だった。
まず師範が夜空にさせたことは防具になれさせることだった。
「面を取り付けると、ほら。こういう風に死角ができてしまう。視界が狭まってしまう以上はいつものように相手の全てを見切ることは難しくなる。だから、重要になってくるのはこちらがこう切り出したら向こうはこう動くだろうという考えを養うことと、できるだけ切っ先だけを見て相手の動きを予測することなんだ」
夜空はなぎなたを上に大きく構える。その構えを取ると胴ががらあきになってしまうが一撃の威力は大きなものとなる。
相手は夜空の型に一瞬戸惑いを見せる。その一撃必殺は隙も大きく、序盤から見せるものではないのだ。
相手は夜空は素人だと考え、余裕に満ちた足運びで夜空の胴を狙う。
「あぁあぁあぁあぁ!」
夜空は耳をつんざくほどの声を出し、相手に向かってきりかかる。相手はその一瞬に驚き、攻撃の速さを失ってしまう。
その一瞬さえあれば夜空には十分だった。
面を叩く音が響き渡り、会場は静寂に包まれる。
「審判」
師範の言葉に審判は慌てて声を上げる。
「一本」
その一声の後、会場はざわめきに包まれる。
「早い」
「あの子、まだ小学生になったばかりなのよね」
「初めて見る名前だぞ」
夜空は一試合目で場の雰囲気が変わったことを悟った。小さいからと侮っていた者たちが夜空を危険視し始めたからであった。
(まるで剣先を突きつけられているみたいだ)
人々の態度に夜空はそのような印象を受ける。
(この大会の間だけこんな居心地が悪いのならいいけど、ずっとこんな感じだったら私は耐えられない)
小学校でも敵視されたまま日常を過ごすというのは恐ろしいと夜空は想い、体を寒くする。
「よく頑張ったね。夜空ちゃん」
「ありがとうございます。師範から教わった通りでした」
夜空は師範から教わったことを思い出す。
「競技ではね、音、が重要視される」
夜空は大声を出しながら、師範の声を聞いていた。
「しかし、何故音なのですか!」
「うわぁっ。声が大きいよ」
「これも練習です!」
「それならいっか。夜空ちゃんも真面目だね。ところで、話を戻すけど、競技では何を判定の材料にすると思う?」
「それは、当てる場所だと思います!」
「その通り。でも、防具をつけている以上は威力はどこで判断するかというと、音なんだね。これは面の時くらいなものだけど、大きな声を出して胴やら小手を狙うと、威力があると思ってしまうんだね。というか、小手とかだと、当たったかどうかも判定されにくいから」
なるほど、と夜空は納得した。
「そして、構えだけど、こうなぎなたを上にかまえるといい。序盤はそれで何とかなると思う」
「でも、それではがら空きではないですか」
「競技の武道は技の世界ではあるけれど、それ以上に気迫の世界なんだ。だから、体を大きく見せることで僕は強いんだぞ、と見せつける。それだけで相手は躊躇して隙を見せるから、その一瞬で決めるんだ」
そのようなものか、と夜空は首をかしげる。
夜空に師範が教えたことはそれ以上なかった。
「あ、あと、すり足だけは守ってね」
次の試合が始まる。夜空は落ち着いていたが、相手は始まる前から少し様子がおかしかった。相手が緊張していることが夜空には分かる。
(あれでは冷静さを欠いてしまう)
なんとなく、気負い過ぎるなという父親の言葉が理解出来た気がした。
夜空は先ほどの試合と同じくなぎなたを高く構えて相手を威嚇する。相手はなぎなたを低く構え、徐々に間合いを詰めていた。
(足狙い、と見せかけて胴か)
一歩相手が大きく踏み出したのを見て夜空は自分の左になぎなたを振るう。夜空の右胴を狙って振るわれた相手のなぎなたを防いだ。勢いのある夜空のなぎなたは相手のなぎなたを跳ね飛ばす。そして、がら空きになった相手の面になぎなたを叩き込んだ。
「あぁあぁあぁあぁあぁ!」
面をとった後に夜空の声が響く。声を出している余裕はなかった。
「一本」
二戦目も夜空は無事勝利した。
「そろそろいつも通りでいいんじゃないかな」
夜空の構えはいつもなぎなたの切っ先を足の方に向けるものだった。そちらの方が相手の動きをけん制でき、当てる範囲も大きくできる。問題は威力があまり乗らないことと打つまでに時間がかかることだが、夜空の速さであれば問題はない。防御に関しては一貫して躱す方向に変えた。
3戦目、4戦目と相手は手も足も出ないという状況で夜空は勝利する。そして、次は決勝という運びになった。
「一度、決勝の相手を見ておくかな?」
そういう師範に連れられて夜空は観覧席で決勝の相手の試合を見ることにした。
「二人とも今までの試合を見るにパワータイプだね。速さと威力で押し切るタイプかな」
この試合で勝った方と対戦するということで夜空は緊張した面持ちで試合を見つめる。
開幕直後、二人は互いになぎなたを勢いよく交えた。片方のすり足は見事なものだったが、もう一方はどこかぎこちない。夜空はすり足のうまい方が勝つと予測する。
「ああ、こりゃ、負けるね」
師範はそう呟いた。夜空はすり足の下手な方のことを言ったのだと思っていた。
両者は間合いを取る。間合いを詰めてきたのはすり足の下手な方だった。
うまい方は一撃を受けきる。そして再び両者は間合いを計ると思いきや、そこで決着がついた。
「え?」
くるり、とすり足の下手な方が足を軸に体を一回転させる。そして、胴に一発叩き込んだ。
威勢のいい音が体育館に響く。
その場の誰もが唖然としていた。それはもう、武道ではない。だが、勝ったことには勝ったのだった。
審判は他の審判と話し合いをしていた。
そして、声を上げる。
「一本」
その言葉に会場はどよめく。夜空の時以上のどよめきだった。
「あれはいいのですか」
夜空は師範に尋ねる。
「うん。勝ったことには勝ったわけだからね。恐ろしい子だね。やはり、そうなったか」
夜空は師範が次の対戦相手の勝利を予測していたことに驚く。
「どうして分かったんですか?」
「武道の弱さは型にはまりすぎることなんだ。ずっとあの子の試合を見ていたけど、筋は荒く、足運びもあやふやだった。けれど、勝とうという意思は誰よりも強靭だったからね。あれは一筋縄ではいかない。あんな技を見せられると嫌でも警戒するだろうから」
うーん、と師範は唸った。
「僕たちの流派に似ているね。勝つことだけを目的とした暗殺剣だ。世が世ならと思うと背筋が凍るかな」
夜空は師範と試合の準備に向かう。その際、観客席で泣いている子を夜空は見つけた。
どうしたのかと思い夜空は声をかけようとしたが、師範は夜空を手で制する。
「彼女は初戦で君に負けた子だよ。この前の大会で優勝した、ね」
突然夜空の胸は痛む。同時に吐き気を催してしまった。
「夜空ちゃんに負けたのがよっぽど悔しかったんだろう。戦って勝つっていうことは負ける人間を生み出すってことなんだ。勝つということはそれだけ責任感を伴う。そして、負ければ心に傷を負う。勝負ってのはそれだけ過酷なんだね。特に、互いに戦う心づもりでいれば」
夜空の胸に罪悪感がこみ上げる。背筋に悪寒が走り、手足が震えてしまった。
「これが真剣の勝負となると人の命を奪うことになる。すると、一度でも勝った人間はそれ相応の罪を背負わなければならないんだ。そのことを忘れてはいけないよ」
夜空は静かにうなずいた。
「先生も夜空ちゃんに余計なものまで背負わせたくないんだね」
そこでどうして父親の名前が出てくるのか夜空は疑問に思う。
「父上は私が魔法少女になることを望んでいるはずです。だから、勝利も望んでいるはずです」
そうかなあ、と師範はぽりぽり頭を掻く。
「先生も歳のくせして不器用だからなあ。魔法少女のことは僕も多少なりとも聞いている。僕ならきっと娘を魔法少女なんかにはしない。どんな手を使っても阻止してみせる」
師範はぎりりと自分の手を握りしめる。最後の方になると語調が強くなっていた。
「そうなのでしょうか」
魔法少女の末路は簡単に言うと人身御供だった。自身の命を引換えに戦い続けなければならない。戦えば戦うほど魔法少女の命は削られていく。夜空はそれが分かっていて魔法少女になることを決めた。
全ては姉の無念と晴らすため。そして、人々をワームから守るため――
「きっとそうだよ。先生も夜空ちゃんのことが大好きだから」
師範はたれ目を細めて歩き出す。夜空も師範に続いて歩き始めた。
(勝たなくてはいけない)
夜空は相手と相見えてそう確信する。遠くから見て背が小さいことが分かっていたが、相手は夜空と同じくらいの背であり、年の頃は同じに見えた。
(私は魔法少女にならなければならない。お姉ちゃんの無念を晴らすんだ!)
礼を終え、夜空はなぎなたを手にする。そして、切っ先を足の方に向ける。それだけで相手に対する恐怖心が芽生えた。
(この一戦に負ければ私は全てを失う。心の支えを失ってしまうかもしれない)
魔法少女に対する不安を和らげるために夜空は常に強くあろうとした。魔法少女になれないという怖さを克服するために。
試合開始の合図が行われる。相手は一歩も動かず、夜空もその場から動かなかった。
面の中からたらりと汗が流れる。
(気迫がない)
夜空は相手に先ほどまでの気迫がないことに疑問を抱く。完全に油断しているのだと思い夜空は怒りを覚える。
だが、怒り任せで何とかなる相手ではない、と夜空は相手の面を睨みつけながら右に一歩すり足で移動する。すると相手も同じ様に一歩動き出す。
その瞬間に頭が軋むほどの殺気が夜空を襲った。
(そうでなきゃね!)
夜空はさらに加速して相手の横に回ろうとする。相手もまた夜空の速さに合わせて移動する。相手が移動するたび夜空の頭は軋んだ。だが、その様子を夜空は少しも表に出さない。それが一瞬の隙を生む。
夜空はまた横に移動すると見せかけて前へ出る。相手の胴を狙い突き進む。
「あぁあぁあぁあぁ!」
早い一撃だった。だが相手はその一撃を見切り、なぎなたで防御する。だが、夜空の一撃は思ったよりも重かったらしく、次の攻撃につなげることはできていなかった。
(そこだ!)
夜空はすぐに体をひねり、相手に横からの一撃を加えようとする。
相手はなぎなたを突き刺し、夜空のなぎなたの切っ先をその切っ先で横に流す。それほど力のない裁きであったにもかかわらず夜空のなぎなたは軌道を逸らされた。
(まずい)
一般的に低年齢層のなぎなたでは突きは禁止されている。だが、夜空は首をひねった。ごきり、と首が嫌な音を立てるとともに、今まで夜空の面のあった場所に相手の突きが来た。夜空は慌ててなぎなたを上に振るい相手のなぎなたを弾く。そして、急いで間合いを取った。自分が思った以上に間合いととってしまったことに夜空は驚く。
(面への突きだなんて、普通はやらない。そんなの、人を殺しにかかっているようなものじゃない)
会場もどよめくが夜空の耳には入らない。夜空は急いですり足で移動する。一瞬を狙って相手が攻撃を仕掛けてくるとも限らない。
(なにが来るか分からない。敵は私を殺しにかかっている)
だが、夜空が身を置いている流派の最大の特徴でもある。故に夜空は死ぬか殺すかのつもりで稽古に励んでいたつもりだった。
(命を懸けて戦うなんてことがこんなにも怖いとは聞いてない。聞いてない!)
そして、魔法少女になるということがそれと同義であると気がついた。
思わず夜空の剣先が地面に触れる。それを見逃さない相手ではなかった。
相手は大きく開いていたはずの夜空との間合いを一気に詰める。足の短さからはあり得ないことだった。夜空は相手が移動しながら徐々に前進をしていたことを悟る。
迂闊だったと悟る暇もなく、夜空は面を狙う上からの斬撃を防ぐ。相手は夜空に防がれたのを見ると間髪入れずに胴を狙い一撃を放つ。徐々に打撃の威力が高まっていることを夜空は悟った。
夜空の左側の胴から右の胴を狙う攻撃にシフトする。夜空は急いで防ぐとともに、一歩、ほとんどジャンプに近い形で相手から間合いを取った。直後、風を切る音がし、夜空の目の前を頭からの打撃が掠めた。床になぎなたが叩きつけられる音が響く。
(殺す気でやらないと殺される!)
だが、殺すということはきっと重いものを背負わなければならない。例え試合であれど、殺す気で攻撃を撃てば本人の中では殺したという事実に他ならなくなる。
(それさえ、私は怖いんだ)
勝てない怖さと勝つ怖さのなかで夜空は身動きがとれなくなる。相手も一度間合いをとり、夜空の様子をうかがっているようだった。
(私はどうすればいいの?なんのために戦えば――)
そんな時だった。
「夜空ちゃん!負けるな!」
灯の声が聞こえる。思わず観客席の方を見そうになるが、決して敵から目を離さない。
「お姉ちゃんのために戦わなくてもいいの!夜空ちゃんは夜空ちゃんの好きなように生きてくれたら!魔法少女なんてどうだっていい!そんなものにならなくたっていい!だから――」
灯が一生懸命に叫んでいるのが分かった。それだけで夜空は嬉しくなる。
「姉の屍を越えてゆけぇえぇえぇえぇえぇ!」
夜空の目には毎日稽古をしていた姉の姿が映った。とにかく必死で強く凛々しい姿。夜空はその姿に憧れていた。しかし、魔法少女の夢を絶たれて部屋で泣き崩れている姿を見て夜空は姉の分まで魔法少女になることを決意した。
その後、灯はしばらく落ち込んでいたが、気を取り直してなぎなたを辞め、普通の生活に戻った。その顔は以前のように張り詰めたものではなく、以前よりも生き生きしていた。夜空は無理に明るく振舞っているものだと思っていたがそうではないかもしれないと思い至った。灯もまた夜空と同じように魔法少女になるということが重荷だったのかもしれない。一家の長としてならなければならないと張り詰めていたに違いない。
だが、灯は魔法少女になることだけが人生ではないといった。それは夜空を想って言ったことではなかったのか。夜空が責任を感じないように言ったことではなかったのか。自分のように思い詰めることのないように。自分と同じ道を夜空が辿らないようにするために。
「なんのために戦う、か」
夜空の勝ち取りたいものなどどこにもなかった。勝って得られるものなどなにもない。
ただ、夜空は守りたいと思った。
灯の笑顔を。灯だけではなく、皆の笑顔を。
それが夜空の戦う理由。守るために戦う。戦うためでも勝つためでもなく、大切なものを守るために――
夜空は肩の力を抜く。
そして、もう一度相手を見据える。
すると、今までずっと感じていた相手の殺気は消え去っていた。もう、敵ではなく相手として夜空の目には映っていた。
気持ちが落ち着いた夜空は師範の言葉の意味を理解した。相手は初めから殺すなどという意思を持っていなかった。夜空がそう思い込み、相手も夜空と同じように必死で生死を分ける戦いを強いられただけだった。
相手は切っ先を夜空に向ける。右手だけで持ち、まるでホームランの予告をする野球選手のような構えを取った。体が横になり、打ち込む場所が絞られる。
夜空には相手が笑っているような気がした。
「ようやく楽しむことができるようになったって顔ね」
夜空は手加減をするつもりはない。
だが、今は喜びの方が勝っていた。己と互角かそれ以上の相手を見て、自分の本気を出せることを喜んでいた。
「仕切り直しと行きましょうか」
夜空はなぎなたを中央に構える。防御にも攻撃にも転じやすい位置だった。
「みんなが笑顔でいるためには私が元気でいなくちゃね」
夜空は前へと突き進む。相手も同じ様に夜空に向かって行った。夜空は相手の胴を狙い打ち込む。相手はその攻撃をなぎなたで受け止める。そして、両者は再び間合いを取る。そしてもう一度打ち合う。
夜空は相手の面への攻撃を受け止め、胴を狙う。それを相手は受け止める。そして、両者は間合いを取った。
今度は相手が先に夜空に胴を打ち込む。夜空は姿勢を低くし躱す。型から外れた行為なれど、もうそんなことは夜空にはどうでもよかった。がら空きになった相手の胴へと夜空は打ち込む。相手は後ろに大きく跳躍しながらなぎなたで夜空の胴へと打撃をふせぐ。そして、間髪入れずに夜空に襲いかかった。
面への一撃。だが、ふり幅が少ない。それは次の攻撃へとつなげようとしている証である。夜空は次の攻撃を予測し、縦の攻撃をよけ、なぎなたを横に振るう。それで相手の攻撃は弾かれ、最大のチャンスが訪れるはずだった。だが、相手は予想外の動きを見せる。なぎなたを手の中で転がし夜空の防御を無効化したのだ。
そして――
乾いた音が静かに響き渡った。
「お姉ちゃん」
泣かないと決めたのに夜空の目からは涙がこぼれる。そんな顔を灯には見せたくなかった。
「いいのよ。夜空ちゃん」
灯は夜空を抱きしめる。
「泣きたいときは泣いてもいいの。そのために家族はいるんだから。ね?」
夜空は灯の胸に顔をこすりつける。鼻水が灯の服についてしまったが、夜空はかまわなかった。
「うん。頑張ったよ。夜空ちゃんは。特に後半はとってもいい試合だった。僕も泣きそうになったよ」
師範は鼻をずるずると鳴らして言った。
「ああ。いい試合だったぞ。夜空」
父親の声に夜空は灯から体を離す。
「父上」
夜空の傍には憮然とした表情の父親が立っていた。
「先生。そんな怖い顔だと褒められた気がしませんよ?」
「べ、べつに褒めてなど――」
父親は灯と師範から白い目で見られて、大きく咳払いをする。
父親はおどろおどろしく、夜空の頭に大きな掌を載せた。
「大切なものは見つかったようだな」
「はい。父上」
夜空は顔が熱を持っていることに困惑する。自然と顔から硬さが抜けていった。
「うっ。夜空ちゃん可愛い。そんなの、反則だよ?蕩けちゃうじゃない」
「う、うむ……」
「父上。いつまで頭を載せているつもりですか?」
「す、すまん」
父親は名残惜しそうに手を引っ込めた。
「俺は別にお前が魔法少女にならなくてもいいと思っている。そういう道があっても悪くはない。お前が望む道を行ってくれればそれで――」
「いいえ。私は魔法少女になります」
父親は夜空の顔を驚きとともに見つめる。その顔には以前のように張り詰めたものはなく、真に輝いた顔だった。
「家とかお姉ちゃんとか関係なく、私は魔法少女になりたいです。それが私の夢だから」
父親は大きく頷いた。
「辛くなったらいつでもやめてもいい。気負わずにいけ」
「はい!」
夜空の笑顔にその場の誰もがときめく。
一斉に視線を逸らした一同を見て、夜空は不思議そうに首を傾げた。
夜空は対戦相手を探していた。決勝戦での相手である。表彰のときには現れなかったので少し心配になったのもある。それに、夜空はまだ対戦相手の顔を見ていなかった。ずっと面で覆われていて顔が分からなかったのだった。
「どこにもいない」
夜空は相手が帰ってしまったのだと思った。
体育館から離れた建物まで来て、いなかったので帰ろうとした時だった。夜空の耳に人の声が聞こえたのでそちらの方を覗いてみた。
「今日はありがとう。これでうちの道場は儲かる」
「え?」
夜空は見てしまった。対戦相手が指導者から封筒を渡されているところを。それは金品を渡す袋だった。
「コイツ、暑いからもう脱いでいいか?」
「ああ。ご苦労だった」
面が外される。そこには長いポニーテールが器用にしまわれていた。茶色がかった髪。横柄な態度。そして、なによりその後ろ姿を夜空は見てしまった。
「
「だから下の名前で呼ぶんじゃねえ!」
次回予告☆
「さて。守銭奴ということが分かった花火ちゃん。なにか一言」
「うるせえな。殺すぞ。ついでに下の名前で呼んだから二度殺す」
「ということでなぎなた編だったけど、作者、なぎなたとか知らないのよね。だから、ルールとか死ぬほど適当です。明らかにルール違反かもと思ったものは6才なので、許されてます」
「ウィキペディア見ただけだからな」
「とうとう4話まで来て、よくここまで話を続けたなって感じ☆多分、この作品のあらすじは3行で書けるんじゃないかしら」
「そろそろ終われ」
次回、『なんだか疲れたよ』
「連載末期の漫画家みたいだな。というか、最近ジャンプ、連載終了多くないか?」
ジガを打ち切りにしたこと、まだ恨んでます。
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