使者往来
二月にオステン公への贈り物は完成した。宝箱の装飾に金ではなく青銅を使ったため、オーランドの出費はノーデンが消費する麦一年分ほどで済んだ。
玄関の車寄せの屋根の下で、オーランドがぼんやりと旅立ちの準備を眺めていると、後ろから肩をたたかれた。
「よう。ノーデン次期領主。オステンに贈り物とは、妙な気まぐれだな」
ルーシだった。オステンへの使者として彼を派遣することになっていた。彼は王女
「気まぐれじゃない。ノーデンの為だ。燃える水をノーデンの燃料にできれば、この厳しい冬の犠牲になる民を、少しでも減らせる」
「へい。
「そうか」
女の話が出て、オーランドは顏をしかめた。ルーシは一瞬やっちまった、という表情をした後、早口でしゃべりだした。
「ああ、つまり、領地は問題ないってことだ。オーランドは改良型
「そうだ。気を使わせたな」
「それじゃ、またな。いい知らせを待ってろよ!」
ルーシは軽い足取りで自分の馬車に乗り込んだ。オステンへ旅立つルーシを見送る間、オーランドは年が明けてからの事を考えていた。
年が明けてすぐに、蒸気機関を利用した工場はできていた。アフェクの紡績工場は特殊な設備が付け加えられていた。
簡単に水を手に入れるため、川沿いや地下水が出てくる場所に配置され、隣に人間の宿舎があるのは共通だが、アフェクは工場の横に羊小屋がある。そして、暖房用の装置がついていた。
アフェクの蒸気機関の周りには、水を通した銅の管が蔦のように巻きついている。銅の管を流れる水は熱せられ、羊小屋に繋がる陶器のパイプに流れ込む。熱湯が流れる陶器のパイプは、保温と火傷防止のための煉瓦に包まれ、羊小屋へ続く回廊の地下に潜る。湯は保温されてそのまま羊小屋の床下に到達し、床暖房としての役割を果たすのだ。その後、適温に冷めた湯は人間の宿舎へまわり、水だけで動く水槌ポンプのみの力で二階へ到達し、暖房としての最後の役割を果たす。居住区を回りきり、冷えた水は再び蒸気機関にまきついた銅の管に戻る。
この温水暖房装置は炭坑出身者の発案だそうだ。日が暮れ、蒸気機関を止める夜も使えるよう、暖炉がある個所も銅管で作られ、夜は蒸気機関に巻きつけた銅管から冷めることの無いよう、保温用のキルトまで設計されていた。
『すごい……ヒートパイプだ。とっても効率がいいから、アセルでも絶対採用した方がいいよ』
カーラは断言した。カーラがそういうなら、とオーランドはすぐにその装置を取り付けさせた。工事に反対する職工を説得し、極寒の中で作業にあたらせた。
昔なら、職工の体を気遣って、極寒の一月半ばに工事を強行しなかった。ふとオーランドは思った。気づけば、彼はカーラを世界で最も信頼していた。カーラには自分しかいないし、夜に悪夢を見るという秘密も共有している。
カーラの言うことは、ノーデンの為になることばかりだ。自分も、多くのノーデンの民の為に、ノーデンの民の盗賊団を制圧して殺傷した事など、一度や二度ではない。それ以外にも、殺人罪を犯したノーデンの民に、死刑を下したことも数回ある。ノーデンの為に直接間接を問わず――人を殺した今までの経験に比べれば、極寒の中の作業を拒む職人を説き伏せて足指を失わせたことなど、
「次期領主様、アフェクより文が届いています」
ニールに声をかけられ、オーランドは物思いを止めた。すぐに次期領主としての思考回路が戻ってくる。
「ああ、誰からだ?」
「アフェク伯オリヴィエ様と、連名でブリュンヒルド様と書かれています。件名は、アフェクから領都に正式使節を送る、とのことです」
「部屋で読もう。紅茶を入れてくれ」
オーランドは車寄せから城内へ戻った。かじかんだ手を紅茶のカップで暖めつつ手紙を読むと、大体こんなことが書いてあった。
――蒸気機関で布を織る絡繰りがアフェクで発明された。領内の恵みはまず領主に捧げるべき、という慣例に従ってその
あとは、使者が泊まる部屋は騎士身分の為の部屋ではなく、ブリュンヒルドと騎士の使うべき部屋の格の中間の、領主の親族が泊まる部屋を用意して欲しい、といった事務手続きの細かい打ち合わせだった。
『本当に、
「彼らは生まれたときから炭坑にいたらしい。その可能性はないだろう」
『文字を読めないなら本があっても読めるはずがないからなあ。アフェクでは、何があったんだろう?』
「確かに、な」
カーラにわからないなら、自分がその謎を解けるはずもない。オーランドは返信を書くため、ペンをとった。
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