賭けの決着

 城下町の教会直営の畑を管理するデズモンドは、次期領主の不可解な行動の数々に首をひねっていた。



 そろそろ麦をまこうかと思っていた秋のある日、次期領主がいきなり畑にやって来た。



「悪いが、これからしばらく……麦の芽が育つ頃まで、俺の言うとおりに畑の管理をしてくれ。ここの神父と少し賭けをしてな。これからまく麦の芽が腐らなかったら、俺の勝ちなんだ」



 と言い出した日から、全ては始まった。



 前作の残りの麦わらを集めて焼けというのはまだわからなくもなかった。灰はいい肥料になるからだ。しかし、焼いた石灰と銅の顔料がんりょうを同じ重さずつ量りとれと言われたり、量り取ったその二つを別々に水に溶かした後、五百倍の重さの水で薄めてから合わせろと言われたりしたあたりで妙だと思うようになった。果ては、そうして出来た真っ青な液体に、まくためにとっておいた麦を浸せというのだ。



「麦がおかしくなっちまいますよ、次期領主様」

「麦の芽が出るまでは俺の言うとおりにしてくれ。そうだ、今日、道具屋から調達した骨の削りくずが届くから、麦をまくついでに、畑にそれをまいてくれ」



 さすがにデズモンドは抗議したが、次期領主からはさらにわけの分からない返事が返ってきただけだった。

 首をひねりながらも、デズモンドは言われたとおりにした。しかし、その効果はまったく信じていなかった。今作もどうせ腐って、大半が駄目になるに決まっている。


 *


 教会直営の畑から帰った夜、オーランドは不思議な夢を見た。目覚めた時には何が何だかわからなくなっていたが、旧世界の物を見たような気がしていた。


 ――はい。お父様。実家を離れても、お家のための努力いたします。


 他の事はさっぱり思い出せなくなっていたが、なぜかそう言う女の声が一日中脳裏にこびりついて離れなかった。

 *



 半月後。

 青々とした芽が茂る麦畑を前に、オーランドは神父へ宣言した。


「賭けは俺の勝ちだ。約束を果たしてもらうぞ」

「確かに、麦畑の芽が腐らなければ、ニール・エイミスを聖歌隊から除名し、次期領主の側仕えとしておくると約束しましたが……まさか……本当に……」

「では、このニール・エイミスは正式にこちらが引き取らせてもらおう」



 神父は、信じられないという顔で目の前の畑を見ていた。ニールも目を丸くしていた。信じられないという顔のニールを、デリックが小突いた。


「ニール、あなたは今日から正式に次期領主様の側仕えです。今まで以上に誠心誠意お仕えするように」

「はい……よかった……僕は僕のままでいいんだ……ハーヴィー、やったよ! 次期領主様……ありがとうございます。」


 実感がわいてきたのか、ニールは大粒の涙をぼろぼろとこぼした。助けられた。オーランドは胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。泣き笑いの彼を優しくさするデリックを充実感とともに眺めていると、畑の管理をしている男が、それは嬉しそうにオーランドに言った。


「この畑に、こんなに健康な芽が育つなんて、ここ何年もなかった事ですよ! 一体どんな奇跡を使ったので?」

「奇跡も何も、麦を消毒したのはお前だろう」

「あっしは、ただ次期領主様の言うとおりにしただけです」

「俺も言われた通りやっただけだがな」

「へ? どなたに言われたので?」

「いや……何でもない」


 オーランドは頭を掻いてごまかした。


「それよりもだ、うまく行けば、この麦畑はよその麦畑よりよく育つぞ。一緒にまいた骨の削り屑が効けばな」

「へえ!? あれにはそんな効果があったので!?」

「あるらしい。ここがうまく行けば、よその畑でも試させるつもりだ」



 オーランドは胸元の白い蛾に触れた。



 数年後には、道具屋から出る骨の削り屑は、ごみから一転して高値で取引されるようになり、取り合う農家たちの扱いに四苦八苦するとは、オーランドは知る由もない。

 なにはともあれ、盛りだくさんの一日だった。オーランドは布団をかぶると、カーラと話す暇もなく眠りに落ちていった。

 ふと気が付いたとき、オーランドは見知らぬ空間にいた。身動きもとれない。視界も薄暗く、よくわからない。



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