過去の話

 カーラの説明によると、ノーフォーク農法とは大麦→クローバー→小麦→カブかじゃがいもの順で畑に植えていき、休耕地きゅうこうちを作らないというものだった。



『麦の収穫はちょっと減るけど、その分家畜のエサが増えて一年中育てられるし、より遊ばせておく畑が無くなるのよ』

「麦が減るのはな……しかし家畜が増やせるなら冬の蓄えが増え……あっ」

『どうしたの?』

「……麦よりは肉のほうが価値が高いな、もし貿易が出来るとしたら」

『そうね。でも野菜とか果物とか、生鮮せいせん食品も大事だと思うな。ここを補給港にするとしたら、長旅でくる可能性が高いんじゃないかなあ。そしたら、腐りやすいものは食べつくしちゃってると思うし』

「なるほどな」

『あー、食べ物の話してたらチョコ食べたくなってきたなあ。カレー屋さんでバイトしてたときね、お店の終わりとあがりが同じ時は店長がコーヒーと一口チョコサービスしてくれて、それがすっごく楽しみだったの』

「無い物ねだりをするな」

『貿易がうまく行けばいくらでも手に入るし、うまく行けば育てられるもん』

「希望的観測を言うな」

『……ま、あっても、今じゃもうダメなんだけどね』

「え? ……あっ」


 なんのことかわからなかったオーランドだったが、一瞬後に気づいた。今のカーラは身体がない。身体がないカーラは何か食べることが出来ない。何も味わえない。大好きなものを目の前にしても。悪かった、と言おうか言うまいか迷っていた時



『とにかく、せめてノーフォーク農業は実践してみてよ。クローバーまくだけでも。絶対損はさせないから』



「あ、ああ……わかった」



 その時は、それで終わってしまった。後々、オーランドはこの時びなかったことを悔やむことになる。



 その晩、オーランドはルーシの屋敷に泊まった。ルーシ夫妻の歓待を受け、長い宴会も終わってオーランドは寝床に向かった。目がさえてなかなか眠れなかった。



『大丈夫? 何か眠くなる話でもしようか?』

「なにか……考えなくてもいい話をしてくれ。旧世界の便利なものとか」

『何があったかしらね……』



 そして、カーラはオーランドの未来を変える話を始めた。

 その寝物語は、今のオーランドにはたわいのないものに思えた。



『眠れるまで、旧世界の便利な物の話をすればいいのね?』

「ああ」

『んー、例えば、自動ドアとか? 大学は手を使わずに開けられるように、実験室がある建物には自動ドアがついてる。公的研究機関も』

「それは勝手に開くのか?ひもでドアを内側に引っ張るのか?」

『勝手に開くよ。人が近づいたらスライドするドアなの。ノーデンにある押し戸じゃなくて、ガラスや金属の板を、床に埋め込んだへこんだ溝に乗せて滑らせるの。役所や軍事施設でもよく見たわ』

「ドアを開けさせるために下男でも置けば、そんな絡繰からくりを置くより、安く上がるような気がするのだが……」


 オーランドが疑問を口にすると、カーラは口ごもった。


『んー、技術って、人間が楽に楽しく暮らすために発展したものだからね。私の……実家の近くにあった軍事施設は、ノーデンの城よりも多くの人が出入りしてたから、人力じゃドアの開け閉めが追いつかなかった気もするわ』

「……たしかに、大人数はさばけないな。そうだ。楽しく暮らすといえば、旧時代の娯楽はどんなものがあった?」

『んー、読書してたのは変わらないかな。テレビ見たりとか。テレビっていうのは、電波を動画に変換して画面に映す……あそこの窓くらいの、動く絵が映る板が付いた箱の事ね。レンガくらいの薄さのものが、私が大学入った頃には主力になってたかな。豪腕ダッシュとかをレンチンであっためたスコーンと紅茶食べながら見るの、好きだったなー』

「レンチンとは何だ?」

『あー、電子レンジで物を温める事よ。電子レンジっていう、特殊な電波で物を温められる一抱えくらいの箱があって、温め時間をセットするの。時間が経ったら、チンって音がなる仕掛けになってるから、レンチンって言うの』

「娯楽はよくわかった。じゃあ、仕事には何を使っていたんだ? 例えば……書類を書いたりとか」

『物を書くのに使ってたのはパソコンね。文字を打ってプリンターで印刷するの』

「パソコンに文字を書くのか?」

『あー、説明足りなかったわね。パソコンは画面とキーボード、っていう文字の書かれた板からできてる。キーボードにはデタラメにアルファベットや数字が並んでるから、タイピングは慣れないと打ちづらいわ』

「どうして並びがデタラメになったんだ?」

『さあ? 使いやすいように考えて作られたはずだったんだけど、七面倒くさい並びだと分かっても、新たに考えるのが面倒だったんじゃないかしら。私もよく知らないの』

「そうか……おやすみ」

『おやすみなさい』



 オーランドは目を閉じた。久しぶりに悪夢を見なかった。



 自分の城に帰ってから、オーランドはとたんに忙しくなった。出来ることからやっていくしかない。出来ることからこの国を豊かにしていくしかない。

 各村の村長に新しい農法を始めるように触れを出し、説得する。

 休耕地に出来る限りクローバーをまかせる。

 休耕地に植えるカブの種やじゃがいもの種芋を仕入れさせる。

 そうこうしているうちに夏も終わりに近づいていた。ニールの未来が決まる賭けの時だ。城下の街から林道を抜けて、少し馬を走らせた所に教会直営の畑はある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る