第5話  束の間の朝




「――御嬢様、どうでしょうか?このお色のドレスでしたら、こちらの靴と髪飾りに…耳飾りと首飾りも良いかもしれません。」


「…そうね、靴と首飾りはこれで良いけれど。…髪飾りは、こっちの物ではどうかしら?」


「まぁ、素敵ですっ、スカーレット様!。でしたら、こちらのドレス等は――…。」



 時刻は、"翌朝"の午前5時半頃…。昨夜の、一族一同が介した夕食会で…スカーレットは、オロレウム上級伯爵家・現当主オルゼンから……。



『――"オロレウム上級伯爵家令嬢"として、茶会を開きなさい…。』



 っと、厳命されたスカーレットは――…。


 専属侍女モリーナ茶眼茶髪のきっちりアップヘアと、侍女見習いゲルシャ一人に手伝ってもらい。午前7時頃には、オロレウム上級伯爵家本家を"出立"したいと考え……。


 急ぎ、仕度を整えながらも。将来の……少々では済まない程…幸先が不安な"嫁ぎ先"――ヴァーセルリア公爵家に失礼が無いよう。限られた時間の中で、入念な身支度を練りに練っているスカーレットは。あれはこれはと持ち出し、運び込む装飾品やドレス等の選別を急ピッチで進めていると。他使用人からの、朝食の準備が出来た事を伝える言葉が届けられ。その動かしていた手を一瞬止め、手早くそれを切り上げる…。



「…仕方ないわ。もう、今選んだ物だけでも積み込みましょう…。前日のドレスとアクセサリーも決めてしまいたかったけど。それも、今あるだけでいいわ。」


「承知致しました。ゲルシャ、このドレスとアクセサリーはあちらのトランク。こっちは、隣の方に入れて頂戴。それと……ワンフェナはまだかしら。」


「――失礼いたします。遅くなりました、モリーナ様。馬車への、荷物の粗方の搬入が終わりました。…後は、こちらにある荷物だけです。」


「判りました。ゲルシャ、ワンフェナ、貴方達はこのトランクを馬車へ運びなさい。…このオロレウム邸敷地内では、そうそう在り得る事ではありませんが……。如何に、魔導による防護が在るといっても。あくまでそれは"内容物への衝撃軽減"が主であって、"盗難自体の阻止"を見込める物ではありません。…ですから貴方達が、責任を持って、御嬢様の所有物をお守りする意識を持ちなさい。」


「「はいっ、承知致しましたっ。」」



 …モリーが、いつになく厳格な指示を2人へ出し。それに、スカーレットとは"同い年"の――傍から見れば控えめな顔と淡い金髪編み込み入りのハーフアップに薄茶色の瞳を持つワンフェナは、その高い身長と会いまった真剣な表情でそれを受け止め。何処かハツラツな雰囲気を放つはっきりとした顔立ちに濃いめの茶髪緩い御団子ヘアと黒い瞳のゲルシャは、目に力を籠め応える…。



(――…今回の問題に向けた"活入れ"と。将来の、私の"輿入れ"に際した「前段階」に入りつつ在るのかしら…。……私も、しっかりしなければね。)



 そうして、一先ずは荷物を整え終え。最後に、スカーレットの化粧をモリーがドレスに馴染む様に施し…。赤みの強い赤銅色の艶やかな髪を美しく結い上げ、狂いなく編み込み翠玉エメラルドの銀細工の髪飾りで留めると。大人しめな薄い翡翠色に明るく淡い若葉色が映える、軽やかな春の"外行用ドレスプリンセスラインドレス"と。本当に薄っすらと緑がかった白のヒールと、髪飾りと同じ小さな銀の翠玉の耳飾りイヤリング首飾りネックレスを身に着け。日除け用兼小物のとして、純白の極繊細なレースの手袋を嵌めれば……。


 …昨日の単なるネグリジェや、飾り気の少ない普段着用ドレスとは比べ物にならない。華やかな春の装いを纏う――"春緑の令嬢スカーレット"が姿を現し。その出来栄えにモリーは一つ頷き、ワンフェナは柔らかく称賛の微笑みを浮かべ、ゲルシャはその黒い瞳を大きく煌かせる……が――。



(……やっぱり、少し"いまいち"な気がするわ…。モリーやゲールゲルシャの見立てを否定する気もないし、別に、似合っていない訳ではないけれど。…………でも…。)



 ――それでも、スカーレットの心に湧き上がるは。自身を褒め称える、「完璧ね」、「良く似合っているじゃない。」といった感情ではなく。、もっと"好きな色"が――最も"似合う色"あるのに。それを着れない…自分自身への僅かで根深い"苛立ち"と、その体たらくに対しての"悔しさ"や"情けなさ"であったが…。



  ……それを、その感情を、欠片も表に出す事なく――。



 スカーレットは、周囲3人の称賛の表情を然も満足げに受けとめると…。最後の荷物の搬入をフェナーワンフェナゲールゲルシャに任せ、モリーと共に食堂へと急ぎ向かい。軽い朝食を取りにゆくと。食堂の扉が開かれ、中へ一歩入った時。目の前の長い食卓へ既に座っていたに…スカーレットは軽く"驚き"と、"困惑"を込めて言葉を発する……。



「…!……お父様…それにクロウクローリウスに、リリスウラリスまで……。如何したのです?見送りは、不要とお伝えした筈ですが…何かありましたか?」


「別段、理由はない。私は少し、執務室で雑務をこなしていたら目が冴えてしまった…。私は、早いが、一杯珈琲コーヒーを貰っていただけだ…が……。」



 …そう言って一杯の珈琲を啜り。それだけでは寂しいだろうと――料理長が気お聞かせ作った。簡単な、甘味強めの軽い食感の焼き菓子をつまむ…。黒味の強い深い栗色の整えられた髪ショートヘアに、同じ栗色の鋭い眼光の瞳を持つ――父オルゼンの、何処か意味ありげな視線を受け。…居心地悪そうに微かに身を捩る、オロレウム家唯一の"長男"――父譲りオルゼンの濃い栗毛に、母譲りセウレの濃い藍色の瞳を持つ――少し幼げな印象の強い、年頃の小生意気な「美少年」クローリウスの姿に。父親の時よりも幾分…"奇異なもの"を見る様な眼差しをくれるスカーレットへ。クローリウスは密やかに眉を寄せ、不機嫌そうに口を開き……毒づくが……。



「…勘違いしないで下さい。わたしは唯、リリスの"思いつき"に付き合っているだけですっ。」


「お兄様、ひどい!お姉様はこれから、とっても大変な"つとめ"を果たしにいくのでしょう?でしたら、わたくし達も、応援してさしあげなくちゃっ!」


「…じゃないか…。姉上があんな場で、足を挫くなんていう不作法をしなければ。こんな事にはなっていなんだから……。」


「もうっ!クローリウスお兄様!何でお姉様に、そんな意地悪をいうのっ!」


「…………残りは、わたしの部屋に運んでくれ。そちらで食べる…。」



 同母の兄クローリウスに拙く意見し。はしたなく椅子に乗り上げ、膝を立ててまで言い募る…。今年で7歳になる、オロレウム家の末子にして"次女"――兄よりも強く母セウレの形質を継いだ淡い藍色の髪と、同じ濃藍色の瞳を持つ――ウラリスの言葉に。クローリウスは更に、その眉を八の字に寄せ……席を立つ……。


 …モリーと同じ様に、クローリウスの背後に佇んでいた。クローリウスの専属従僕――"レイステッド黒髪ショートに焦げ茶色の瞳"が、主人の要望に応え。食堂に控えていた使用人へ軽く視線を飛ばし、残りの食事を部屋へ運ぶよう命じると。ちょうど対面に座したスカーレットへ……申し訳気に小さく頭を下げ…。スカーレットはそれへ、微かな微笑をもって堪える。さっさっと食堂を後にしようとするクローリウスに追い着くべく、大主人オルゼンへ恭しく介錯し。同じく、食堂を後するレイステッドの背中が扉の宇高川へ消えてい行くと…。早朝とはいえ…何とも言えない静寂が食堂内へ満たされてゆく……。



「………ズルいわっ…。」



 そんな中。自身の問いには応えず…。折角の朝食を食べ掛けのまま席を立ち、父オルゼンに軽く会釈したのみで。足早に、食堂を後にしてしまった兄クローリウスに。小さく、不貞腐れた様な呟きを零すウラリスは……。父オルゼンの再びの、意味あり気な"咳"に「はっ!」っとなり。貴族令嬢あるまじき、自身の"はしたない"行いに気づき。ウラリスは父に謝罪の言葉を述べ、きちんと、椅子へ正しく着席し直し。息をつくと…。


 スカーレットからは、二席分左にズレた対面に座るウラリスは。スカーレットの視線に気づくと――花の咲く様な、無垢な笑顔を浮かべ。"異母姉"スカーレットに向け、先の不貞腐れた様子を一変させ…明るく嬉し気に話しかけてくる――…。



レティスカーレットお姉様っ!おはようございます!…クロウ兄様は、"ああいう所"がよろしくないわっ!…いえ、。お姉様、ステキですっ!

そのお召し物、綺麗な翡翠色に…淡く柔らかな若葉色……。雫型の澄んだ翠玉エメラルドと銀のアクセサリーの輝きが、まるで春の朝露の様でとってもキレイ…。そこに、お姉様の銅板の様に艶めく紅髪あかがみが映えて――まさに、完ぺきな『上月かみつきはる』の装いですねっ!……あ…ご、ごめんなさい…。お姉様は…これから、とても大変なのに…。こんな、はしゃいでいる場合ではありませんでした……。」



 くりくりとまあるい瞳を輝かせ、スカーレットの纏う春色のドレスに魅入り。もう既に一端の――"乙女"の興悦とした表情で。7歳とは思えぬほど饒舌に、スカーレットの装いの美しさを語りだしたウラリスは…。その途中で、これから急ぎで――早くて5時間は掛かる、ヴァーセルリア公爵家に馳せ参じなけばならない姉スカーレットに対し。一人はしゃいだ自分にいたたまれず…その声音を数段下げてゆく……。


 そんな素直で、心優しい異母妹の姿勢に…。スカーレットは自身の"心の端"が、じんわり暖かくなってゆく心地を感じ――思わず、その口角に笑みを溢すと。…愛らしい妹へ、優しく、スカーレットは声を掛ける……。



「…良いのよ、ありがとうリリス。ドレスをそんなに褒めてくれて、嬉しいわ。」


「!…本当ですかっ、レティお姉様!」


「ええ、勿論。」



 …ウフフっと、あっという間に機嫌を良くし。本当に嬉し気に喜びを噛み締める…愛らしい異母妹の姿に、一頻り癒されながら……。



 ――…着々と過ぎゆく時間と、用意された本当に簡単な一皿の――それでも非常に手の込んだ美味で、重過ぎず少なすぎない――朝食を終えたスカーレットは。名残惜しくも……"お見送り"をすると言うウラリスを押し留め。午前の勉強時に転寝うたたねをしてはいけないと…軽く、やんわりと、お見送りを断り。専属お世話係の侍女達に、またも可愛く不貞腐れるウラリスを部屋へ届けさせ…。


 スカーレットが食堂へ入室し、朝食を終えるまで……。ただ沈黙し、上流貴族御用達の新聞記事に目を通す父オルゼンへ。…短く、退席の言葉と介錯を交えると。モリーと共に食堂を出て、真っ直ぐ馬車が待つ正面玄関へ急ぎ向かうと。既に、準備万端で待ち構ていた。ワンフェナとゲルシャが、ちょうど馬車の乗車扉の左右に控え。恭しく、スカーレットへ浅い礼をとる…。



「……少し時間を測り違えたわ。勝手だけど…急いで頂戴。」


「はい、畏まりました。」



 …オロレウム家の雄々しい、"剣と茨に焔"の豪奢な紋章が刻印された馬車4頭立て4輪車の御者へ。急ぎの意思を再度言い含めると。スカーレットは、ワンフェナとゲルシャと共に馬車へ乗り込み。モリーをオロレウム邸での他雑務と、スカーレットの部屋の清掃に帰宅時の出迎え要員…。そして、何よりも――で残し……。



 ――スカーレットはまだ淡く明るい、早朝の青空の下…。


   侍女見習い2人のみを連れ、オロレウム上級伯爵邸を後にしてゆく……。


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